1章 18話 友達を見捨ててまで貫くような意地じゃねーよ

 たった一度の号令と共に100人のレディメイドが現れた。

 圧倒的数の暴力。

 そこからの戦いは一方的であった。

 すさまじい物量に押され、悠乃たちは追い込まれ続ける。

 2対100。

 しかも分身の数だけ力が分割される――

 一人一人がそのままの強さを保っているのだ。

 単純に考えて、1人あたり50人を相手取らねばならない。

 そして現実は単純ではない。

 相手が倍になれば倍苦しい――なんて計算にはならない。

 常に敵に囲まれ、背中を狙われ続ける。

 悠乃と薫子がいくら互いで死角をカバーしようとも限界はある。

 なんとか保っていた戦いの天秤も破綻するまでに数分とかからなかった。

「ぁぐッ……!」

 悠乃は背後から髪を掴まれ、地面に引き倒された。

 その隙をレディメイドが見逃すはずもなく、数人のレディメイドが跳びかかってくる。

「放してぇっ……!」

 当然、悠乃も全力で抵抗する。

 しかし一対一でさえ身体能力で敵わないのだ。

 複数人で取り押さえられては為す術がない。

「ハイ、捕まえた~」

 あっさりと悠乃は制圧され、地面に縫い付けられてしまう。

 手足を動かそうにも、体重を乗せてレディメイドが押さえつけているためにビクともしない。

「薫姉……」

「ぅ……こっちも難しそうです」

 悠乃が薫子へと視線を向けると、薫子は消沈した様子でそう呟いた。

 すでに彼女もレディメイドによって羽交い絞めにされており、爆弾を投げることもできない状態だ。

 2人で倒したレディメイドの数は20。

 なかなかの数ではあるが全体の2割でしかない。

 対して悠乃たちはすでに体の自由を奪われ、無力化されていた。

 状況としてはほとんど詰んでいる。

「んん~。最初は思わず妄想乙女パワーが爆発してキレちゃったけど、これってチャンスなのよねぇ」

 悠乃たちを捕えたレディメイドは余裕綽々の様子で頬に指を当てる。

 そして彼は懐から四角のものを取り出した。

 それは無色透明のキャンバスである。

「――ただの人間から集めるより、魔法少女から集めたほうが1000倍は早いわよねぇ」

 首に傷を負ったレディメイドがゆっくりと歩み寄って来た。

 悔しげな表情を向けてくる悠乃たちを見て、レディメイドは満足げに唸る。

 すると二人の分身レディメイドが透明のキャンバスを携えて悠乃たちへと近づいてくる。

 そして――キャンバスはそれぞれ悠乃たちの胸へと押し付けられた。

 悠乃はなんとか抵抗しようとするが――

(え……?)

 体に力がまったく入らないのだ。

(魔力が……)

 魔力がキャンバスに吸われている。

 魔法少女にとっての魔力とは、車にとってのガソリンのようなものだ。

 そんな魔力を吸われているせいで体が上手く動かないのだ。

 なくなったからといって壊れるわけではないが、確実に機能が停止する。

 今、悠乃たちにはそれがすさまじい脱力感となり襲いかかっていた。

 薫子も同じ状態のようでレディメイドたちにされるがままになっている。

「さすがに分かるみたいねぇ。そうよ~。このキャンバスは相手の魔力を吸って溜めておけるタンクなのよ~。これから全世界に戦争を仕掛けるんだもの、魔力の備蓄は必要ですわよねぇ」

 得意気にレディメイドはキャンバスの説明をする。

「ぅ……くぅ……!」

 悠乃の体が痙攣する。

 全身が言うことを聞かない。

 すでに魔力の底は目前だ。

「ゆ……悠乃君……! 魔力が、もう……!」

 薫子の悲痛な声が聞こえる。

 そして、ついに二人の魔力が――尽きた。

 魔力がなければ、魔法少女も体が頑丈なだけだ。

 レディメイドを打倒できるような力などない。

 勝負はここに決したのだ。

「ハイおしま~い。んん~思ったよりも大したことなかったわねぇ~ん」

 レディメイドは二人を解放する

 薫子はそのまま崩れ落ちるようにその場で座り込んだ。

 彼女は足を折りたたんだまま背後に倒れ込み動かなくなる。

 息はある。ただ、自力で起き上がれないほどに衰弱していた。

 それは悠乃も同じだった。

 分身レディメイドの拘束は解かれたというのに、今まで以上の重さを体に感じている。

 体に力が入らず動けない。

 魔力は吸いだされている。

 動けたとしても今の自分では残る80ものレディメイドを倒せるわけがない。

 戦況は絶望的だ。

 悠乃の目に涙が浮かぶ。

 もうこの窮地において己で道を切り開くことも仲間に頼ることさえできない。

「あらその表情。もうどうにもならないって分かっちゃったのよねぇ」

 レディメイドは悠乃の顔を覗き込む。

 そして彼女を嘲笑うと、レディメイドは拳を振り上げた。

「お察しの通りお終いよん」

(――お終いだ……)

 悠乃は諦観のままに涙をこぼす。

 だが――


「――お前がな」


 レディメイドが攻撃をする直前、高速の飛来物が彼を吹っ飛ばす。

 飛来物はそのまま地面に深々と突き刺さった。

「あ…………」

それは大鎌だった。赤黒く、無骨な大鎌だ。

 特徴的な武器。

 その得物を悠乃は見たことがあった。

(これって……)

 だけど、これを持つ彼女がここにいるわけがない。

 だってこれは――

「大丈夫か? 悠乃」

 少女の声がそう問いかけてきた。

 彼女が纏っているのは女子高生の制服をアレンジしたような衣装だ。

 だがあれが学校の制服ではないことは悠乃がよく知っている。

 なぜなら、かつてマジカル☆ガーネットが着用していたものだったから。

「璃紗……!?」

「ワリー。遅くなった」


 少女――朱美璃紗はそう言うのだった。



「ったく、無茶苦茶してくれやがって……」

 璃紗は頭を掻きながら、左手で大鎌を持ち上げる。

 彼女は肩に大鎌を担ぎ、鋭い視線をレディメイドに向けた。

「ふむ。分身能力か。それならあの数も納得がいく」

 璃紗の足元ではイワモンが顎をさすりながら頷いている。

 この二人が同時に現れ、璃紗があの衣装を身につけている。

 それが示す事実は一つだ。

「璃紗。魔法少女にはならないって――」

「言った。それに、別に心変わりしたわけじゃねーよ。今でも魔法少女をやりたいだなんて思っちゃいない」

 そこまで言うと、わずかに璃紗は頬を赤くして顔を逸らす。

 そして口元を尖らせながら、

「でも、友達を見捨ててまで貫くほどの意地じゃねーよ」

 璃紗は大鎌をレディメイドへと向ける。

「てことで、アタシの友達を泣かせた分の罰は受けてもらうぜオバ――それともオッサンか?」

「ァア?」

 璃紗の挑発に、異常なほどレディメイドは反応した。

 顔面に幾筋もの青筋を浮かべ、筋肉を膨張させる。

 先程の大鎌によるダメージを全く感じさせず、彼は立ち上がった。

「乙女、全開だろうぉぉがァァァ!」

 レディメイドがロケットスタートで璃紗に迫る。

 その速度はいまだに衰えを見せない。

 彼女の大鎌でそれを受け止める。

 璃紗は勢いのままに吹き飛ばされる。だがそれは狙い通り。

 彼女が飛ばされた先には――大量のレディメイドがいる。

「らァ!」

 璃紗は飛ばされながら腰をひねり、体を回転させる。

 そして遠心力をたっぷりと乗せた大鎌を振り抜いた。

赤黒い軌跡が分身レディメイドの一体の腰を通り抜けた。

すると彼の腰がズレ、地面に落ちてゆく。

 残り――79。

「っしゃぁッ!」

 璃紗は狂犬のような激しさで次々に分身を引き裂く。

 獣のような荒々しさで、それでいて歴戦の戦士のように確実に命を狩り獲る

 残り――60。

「璃紗……昔より強くなってない?」

 悠乃の口から漏れたのはそんな疑問だった。

「ふむ。不良少女はわりと喧嘩もしていたらしいからな。君たち三人の中でもっとも実戦経験を積んでいたのではないか?」

 いつのまにか悠乃に歩み寄っていたイワモンがそう答える。

 その間にも璃紗は続々と分身を屠っている。

 体が子供から大人となったことで、身体スペックが一回りも二回りも上がったこともあるのだろう。

 彼女の体のキレは以前を圧倒的に超えている。

 だが――

「右手……」

 それでも、璃紗は右手を使わない。

 重量級の武器である大鎌は本来であれば片手で振るうものではない。

 だが璃紗は右手を使うことはない――使

 彼女の右手は、戦いに耐えられるものではない。

「璃紗……」

 なんとか加勢したい。

 だが体がついてこない。

 だから悠乃にできることは――ただ彼女の無事を祈ることだけだった。



 残り37。

 かなり幸先よく分身を処理できている。

 だが、いつまでも彼女の優位が続くほどに甘くはなかった。

「ぃぐっ!」

 激痛に璃紗が顔を歪めた。

 分身の1人が、彼女の右手を掴んだのだ。

 壊れた右手を強く握られ、璃紗の動きが止まる。

 彼女の手首はかなり治ってきてはいる。

 だが手首の骨に微妙な歪みが残っており、強い力を加えると骨が神経を圧迫し激痛を生じさせるのだ。

 これは、彼女の体につきまとう爆弾だ。

 なんとか隠しておきたかったのだが、思わず痛みに反応してしまった。

(ヤベーな)

 璃紗は舌打ちした。

 今ので確実に見抜かれただろう。

 ――璃紗の右腕の状態に。

 痛みと焦りで璃紗は顔を歪める。

「さっきから右手を使わないと思ったら……弱点発見~」

 案の定、レディメイドが卑劣な笑みを浮かべた。

 そして分身が彼女の右手首を捻り上げる。

「ぃっ、ひぎぃぃッッ……!」

 それは想像を絶する痛みだった。

 普通でも痛みを感じる角度だ。まともな状態ではない璃紗の体ではどうなってしまうかなど簡単に想像がつく。

 璃紗は痛々しい悲鳴をあげ、脂汗を流した。

 激痛で視界が明滅する。

 分身に捕まらないよう動き回っていた璃紗の動きが――止まった。

 その隙を突き、彼女を取り囲んでいた分身が一気に掴みかかる。

「来んじゃ……ねぇッ!」

 痛みに侵されながらも璃紗は左手で大鎌を振るい、分身共を一掃する。

 残り35。

 璃紗は右手を奪われながらも、左手の大鎌と両足を巧みに使って分身を倒す。

「ほうら、まだ終わりませんわよぉ?」

 さらに分身が二人飛びかかってくる。

 それを璃紗は迎撃――

「んがぁッ!?」

 全身を蝕む痛みに璃紗は体をのけ反らせた。

 舌を突き出し、痛みに涙をにじませる璃紗。

 彼女が攻撃をしようとしたタイミングで、さらに手首を捻られたのだ。

 明らかに璃紗の行動を妨害するための行動。

 そのせいで彼女は攻撃のチャンスを逸してしまう。

「しまッ――」

 殺到する分身レディメイドは璃紗を狙うのではなく、手足を掴むことに集中していた。

 すでに右手は掴まれている。

 そのまま残る腕一本と足二本を捕まえられれば璃紗は無力化される。

 レディメイドは彼女を末端から制圧する戦法に切り替えたのだ。

 縋りつくようにしてレディメイドの分身たちは璃紗の四肢を捕まえる。

 璃紗の力を以ってしても、筋肉質なレディメイドの拘束からは逃れられない。

 一対一なら対抗できる。

 しかし、全身を使って手足を一本ずつ押さえ込まれては抜け出せない。

「くそ……!」

 璃紗の両足が持ち上げられ、彼女の体が地面から外れる。

 すでに両手両足を掴まれており、抵抗ができない。

「はい。武器は没収~」

 本体のレディメイドが璃紗に歩み寄り、彼女の大鎌を奪い取る。

 そのまま大鎌は遠くに投げ捨てられた。

 どう見ても手が届かない距離に大鎌は落ちる。

「うふふん。どうワタクシの能力は。このワタクシで視界が埋め尽くされた感想はどうかしらん? 眼福の光景と、絶望的戦力差のコントラスト。数というシンプルにして絶対的なパワー。単純ゆえに穴がない。強いて弱点を言うのであれば、本体であるワタクシがコピーたちに比べても美しすぎるせいで、本体がバレバレな事かしらん?」

 レディメイドは自慢げに髪をかきあげた。

「……いや。どう考えても絶望的なのはこの絵面だろ。とはいえ、本体がこの地獄絵図の中では一番マシってことは認めてやるよ。ちゃんとで通るレベルではあるんじゃねぇーか? 多分な」

 拘束されてなお璃紗は強気な姿勢を崩さない。

 彼女は皮肉げに笑うと、レディメイドの顔面に唾を吐いた。

「あんまり可哀想だからよ。アタシの化粧水貸してやるよ」

「こんの……小娘ェェ!」

 怒り狂うレディメイド。

 彼は腕を振り上げ、無防備な璃紗の胸へと肘を叩きつけた。

「が……ぁ」

 璃紗は肺を突き抜ける衝撃によって息を詰まらせ、体を痙攣させた。

「さっきお前が嫉妬でワタクシのことオッサンだとか貶したの忘れてねぇぞォ!」

 肺に空気が溜まった状態で攻撃されたせいで肺を痛めたのだろう。

 胸に鈍い痛みを感じる。

 だが、それでも璃紗は何事もなかったかのように装う。

「……オイ。言ってることが大分事実と違うみてぇだけど、もう忘れかけてんじゃねぇの? さっきからキレまくりだし、更年期か?」

「口の減らない小娘ねェ!」

 怒りに任せてレディメイドは叫ぶ。

 彼は乱暴に璃紗の髪を掴んで揺さぶる。

 そして彼女に対しても――透明なキャンバスを押し付ける。

「……!?」

「あらぁ。さすがに魔力を吸われるのは予想外だったかしらぁン?」

 レディメイドは嗜虐的に笑う。

「くっそ……てめー……!」

 璃紗は抵抗の意志を失わない。

 だが、意志とは裏腹に体からはどんどん力が失われてゆく。

 すでに組み敷かれている現状。

 ここから逆転するだけの力は――ない。


「これで本当におー終い」


 ついに、璃紗の魔力も根こそぎ奪い去られてしまった。

 勝利宣言をするレディメイド。

 その宣言はきっと――正しい。



 ――このままならば。

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