1章 17話 レディメイド

 悠乃はあれから薫子と合流し、ゲートをくぐった《怪画カリカチュア》が降りた先を目指していた。

 幸いにしてそれほど遠くはない位置。

 だが、悠乃は一つの予感があった。

 それは、《怪画》が目指した方角。

 あの向きに何が――誰がいたかを想えば想像は容易だ。

 そしてその予感は的中した。

 《怪画》が目指していたのは、かつての魔王グリザイユの居場所。

 《怪画》たちをまとめ上げていた彼女を旗印に据えることは、確かに理にかなっている。

 だが、実際に彼女のいる場所にたどり着いたときに見た景色は最悪の想像とはかけ離れていた。

 もっとも、想像よりも悪い光景を見ることとなってしまったのだが。

 倒れているグリザイユ――灰原エレナ。

 そして、それを足蹴にする《怪画》。

 かつての主従が逆転した様子だった。

 おそらくエレナが勧誘を拒否したのであろう。

 それにより逆上した《怪画》が彼女を攻撃したと考えるのが妥当か。

 《怪画》が大きく足を振り上げる。

 あの足が振り下ろされた時、エレナの命は潰えるだろう。

(それは……ダメだッ!)

 今のエレナは幸せそうだった。

 やっと自分のために生きることを覚えた彼女を……死なせてはいけない。

 民を守るため生きていたことを彼女は後悔してはいないだろう。

 それでも

 生まれてから、誰かのために戦い続けてきた彼女には、戦いの輪から外れた場所で生きて欲しいと思っている。

 なのに、こんなところで殺されるなんてダメだ。

「させないッ!」

 この時、悠乃の中には人型の《怪画》を攻撃することへの躊躇いなどは微塵も存在していなかった。

 気がつくと、悠乃は瞬時に氷剣を精製していた。

 そのまま流れるような動作で氷剣を投擲する。

 氷剣は《怪画》へと迫り、弾けた。

 あれは貫くための攻撃ではない。

 冷気を拡散させ、相手を拘束するための技だ。

 弾けた冷気が《怪画》の下半身を凍らせる。

 氷に固定された足がエレナに届くことはない。

 おかげでエレナの顔面が踏み潰されることは避けられた。

 悠乃は間に合ったのだ。

「ギリギリ……だったね」

 窮地を脱したことで悠乃は小さく息を吐いた。

 見てみればすでにエレナは気絶している。

 緊張の糸が切れ、限界が訪れたのであろう。

 常に衰弱状態なのだ。

 今の彼女は、昔のような生命力を持ってはいない。

 普通の、女の子なのだ。

「あなたは《怪画》で間違いないんだよね?」

 一応の確認として悠乃は問いかける。

 もっとも、答えを聞くまでもなく確信しているのだが。

 すると《怪画》は口元を三日月形に歪めて笑う。

「ええ。ワタクシはレディメイド。残党軍の将軍を務めているわ。とはいえ、もうすぐ新魔王軍の将軍になるのだけれど」

 《怪画》が名乗る。


 その時、雲の切れ間から月光が降り注いだ。


 闇夜を照らす光がレディメイドの姿を暴く。

 二メートルにも迫る身長。

 隆々とした筋肉。

 巨漢と評するにふさわしい体格に対し、彼は丈の短いメイド服を着用していた。

(ん……んんー………………?)

 ――俗にいうオカマという奴だろうか。

 ……直後、悠乃の目が死んだ。

「……薫姉。あれのどこにレディ要素とメイド要素があるの?」

「えっと……レディメイドっていうのは既製品という意味なので……。レディもメイドさんも関係ありませんよ」

 遅れて到着した薫子が小声で悠乃の疑問に答える。

 どうやら悠乃は勘違いをしていたらしい。

 きっとレディメイドがメイド服を着ているのが悪い。

 そう悠乃は決めつけることにした。

 一方で、そのやりとりをレディメイドは震えながら聞いていた。

 もちろん羞恥によるものではなく、憤怒によるものだ。

 彼は「人間のメスが……」などと呟きながら肩を怒らせている。

 髪は逆立ち、鬼の形相で悠乃たちを睨んでいた。

 そして彼は腰を落とし――駆ける。

「レディ要素も……メイド要素もムンムンでしょう、がァァッ!」

 すさまじい速度で接近してくるレディメイド。

 彼は腕を横に伸ばし、悠乃へと迫る。

「乙女ラリアァァァット!」

「ぐっ!」

 悠乃はギリギリで氷剣を再構築してガードするが、構うことなくガードの上からレディメイドの腕が叩きつけられた。

 衝撃で氷剣にヒビが入る。

「アンタたちは、冥土送りよォォッッ!」

 レディメイドの腕の筋肉が膨れ上がり、血管が浮かび上がる。

 そして彼は勢いのまま腕を振り抜いた。

 大型トラックとぶつかったような衝撃を受け、悠乃の体は容易く吹っ飛ぶ。

(速いし……パワーがすごッ……!)

 悠乃は体を丸め、空中で体勢を整える。

 なんとか地面に足を突いてブレーキをかけるものの、勢いを殺すことは容易ではなく数メートルも地面を滑った。

 しかし、衝撃はきちんと逃がしたので大したダメージはない。

 精々、手が少し痺れた程度だ。

「ここに魔法少女がいただなんて意外だったわぁ。それはつまりぃ……そういうことよねぇ。お前たちが我が君を腑抜けにしてしまったんですわね?」

「…………やっと平穏な世界を掴めた人を腑抜けだなんて、野蛮じゃないかな」

「言ってろ小娘ェ!」

 怒り狂うレディメイド。

 彼は再び腰を落とし攻撃に移ろうとするが。

「させませんから!」

 薫子がそれを阻止する。

 彼女は、懐から筒状の爆弾を取り出してレディメイドに投げつけた。

 爆弾は彼の側頭部にヒット。

 そして起爆。

 爆炎の中から――一筋だけ血を流したレディメイドが現れる。

「ワタクシの女子力に比べれば、こんな爆発なんて糞未満よッ!」

 レディメイドは剛腕で薫子を薙ぎ払う。

「きゃっ」

 身体能力の低い彼女は軽々と吹っ飛び、地面を転がった。

 転がる勢いで、先程まで彼女が構えていたもう一つの爆弾が手を離れる。

「出血DIEサービスよォ!」

 レディメイドが追撃のために薫子へと向かって走る。

 一方で、薫子はまだ立ち上がっていない。

 元来、彼女の魔法少女としての性能は直接戦闘に向いていない。

 身体能力も、頑強さも悠乃や璃紗に劣るのだ。

「流血メイクを施してあげるわッ!」

 レディメイドは頭上で両手を組み、ハンマーのように振り下ろす。

 薫子の背中へと炸裂したそれは一撃で地面にクレーターを作りだす。

「――一匹殺したわん」

 にやりとレディメイドが笑う。

 彼の拳の下には、地面に倒れ伏して動かない薫子がいた。

 彼女の体は半分ほど地面に埋まっており、表情が見えない。

「じゃあ、次で最後ね」

 薫子から視線を切り、レディメイドは悠乃と対峙する。

 ――それがミスとも思わずに。


「薫姉はそれくらいじゃ倒せないよ」


 しかし悠乃は知っていた。

 彼女の強かさを。

 悠乃の予想通り、薫子を中心に青緑の爆発が起こる。

 人間一人を包めるくらいの小規模な爆発。

 それはの光だ。

「……避けられそうになかったので。時限式で治療用の爆弾をセットしておきました。その判断は正しかったみたいです」

 血まみれの薫子が立ち上がる。

 しかし、体の動きに異常はない。

 金流寺薫子の魔法は《女神の涙アメイジングブレス》。

 攻撃用と治療用の爆弾を生み出す能力だ。

 攻撃用はそのまま爆弾だが、治療用の爆弾は通常の爆弾と異なる。

 爆発に巻き込まれた相手を癒すのだ。

 それらの魔法を持つ薫子の役割は、サポート役であり貴重な回復役であった。

 ――先程の攻防の際、薫子は両手にそれぞれ攻撃用と治療用の爆弾を持っていた。

 自分が攻撃をされた際にいつでも治療をできるよう保険をかけていたのだろう。

 その周到さが薫子の命をつないでいた。

「そこ!」

 薫子が回復用の爆弾を起動させたことに悠乃は最初から気付いていた。

 だから、彼女の無事を疑いもせず一瞬で動けた。

 レディメイドは薫子を倒せたと勘違いしていた。

 だから立ち上がった彼女に気を取られた。

 ――それにより生まれた差は一瞬。

 だが、往々にして勝敗が決する分岐点とはそんな一瞬なのだ。

 悠乃がレディメイドへと肉薄する。

「な――」

 振り返るレディメイド。

「遅い」

 だが、その瞬間にはすでに悠乃は氷剣を振り抜いている。

 氷剣がレディメイドの首筋を裂く。

 血の噴水が巻き上がった。

「ぁ、ぁぁ……!」

「何が気に食わなかったのかは知らないけど、戦闘中に苛立つのは感心しないかな」

 レディメイドは首筋を押さえて止血を試みている。

 だが、すでに悠乃は確実に仕留めるため、氷銃を精製していた。

 そのまま奴を撃てば終わりだ。

 そう思ったのだが――

「うふふ」

 レディメイドは笑っていた。

 愉快そうに。

 首から血を流しながらも笑っていた。

「ッ!」

 寒気が走る。

 この感覚は、戦闘において危機が迫っている時のものだ。

「くッ!」

 勘に任せて悠乃は離脱する。

 結果として、それは正解だった。

 なぜなら、彼女の背後からレディメイドが殴りかかってきていたのだから。

「ど、どういうことですか……?」

 同じく離脱していた薫子が驚きの声を漏らす。

 仕方のないことだ。

 そこには首を押さえたレディメイド、地面を殴りつけているレディメイドというレディメイドが存在していたのだから。

 悪夢のようなドッペルゲンガー。

 そんな二人が笑う。

 否、二人ではない。

 周囲から続々とレディメイドが現れる。

 その数は軽く10人を超えている。

「んん~ん。ワタクシは将軍レディメイド」

 レディメイドは青髭の残る顎を手でさする。

 その目は己の勝利を確信していた。

 だから彼女はすでに勝利に酔いしれ、宣言する。


「ワタクシの能力は――?」


 2対100。圧倒的な物量差を孕んだ戦いが始まった。

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