1章 14話 学園にて

 いつも通りの教室。いつも通りの休み時間。

 悠乃は机に突っ伏して唸っていた。

「ぅー。ぁー」

「どうした悠乃?」

 呻く悠乃の頭上から玲央の声が降ってくる。

 しかし玲央の声は心配しているというより、面白がっているようだった。

「今、お昼寝のフリをしています」

「友達いないのか?」

「玲央にそう言われるということは、多分いないんだと思います」

 実を言うと、悠乃にとって仲が良いといえるクラスメイトは加賀玲央かがれおの他にはいない。

 別にクラスメイトから嫌われてはいない、とは思う。

 とはいえ、自分から誰かに歩み寄らない。そして、無理に歩み寄られることも苦手な悠乃にとって親しい人間というのは貴重なのだ。

 その割に、同性から告白をされる頻度が高いのは頭が痛い。

「ふむふむ。オレしか友達いないのか。悠乃の世界はオレで占められているのかぁ」

「別に僕の世界は友人関係だけで構成されてるわけじゃないんだけど」

 友達いないと生きていけないマンではないのだ。

 もちろんウーマンでもない。

 友情は大切だが、それだけで構成されるほど単純構造でもない。

「…………」

 とはいえ、悠乃の世界は何で構成されていたのだろうか、

 小学生の頃――仲間と戦いで形作られていた。

 今の悠乃は?

 頑張っていること――特になし。

 趣味――昔、薫子に教わったお菓子作り。

 羅列しても、それらが悠乃を示す要素とは思えない。

「どうしたんだ? 黙り込んで」

「自分のアイデンティティについて模索していました」

「思春期だねぇ」

 冗談と受け取ったのだろう。

 玲央は軽く笑って流す。

 悠乃としても、そんな話をするつもりはないので流れに任せた。

「で、なんで昼寝のフリなんかしてたんだ?」

「……だってぇ」

 悠乃は頬を赤くする。

 ――思い出してしまったからだ。

「玲央が言ってたもん」

「何この可愛い生物」

「…………」

 悠乃は頬を膨らませ、半眼で玲央を睨みつける。

 すると玲央は両手を挙げて降参する。

 もっともその表情は「やれやれ仕方がないな」と言わんばかりなので、悠乃としては不満だらけなのだが。

「……ゆゆゆ……『悠乃は撫でるものではなく愛でるもの』……とか言ってたじゃん」

「言ったな」

「アレのせいで、みんなと目が合わせられないのっ」

 悠乃は半泣きであった。

 あの言葉の真偽は分からない。

 しかし、一度気になってしまえば周囲の目が気になってしまい、顔が上げられないのだ。

 それが昼寝の演技の真相であった。

「なるほどな」

「ねぇ玲央。あれって嘘だよね。嘘って言ってよぉ。これまで一歩引いた位置から視線を感じてたのって気のせいなんだよねぇ?」

 縋るように玲央を見つめる悠乃。

 一方で、玲央は――痛ましいそうに顔を歪めていた。

 それは、これから辛い事実を宣告しなければならないかのような表情。

 例えるなら、余命を宣告しなければならない医者といったところか。

「――オレは、友のためなら優しい嘘を吐ける男だ……! くッ……! ゆ……悠乃! この前言ったことは――嘘だ!」

「全ッ然、嘘吐けてないよ! そんな悲痛な表情で目を逸らしながら言われても信じられるわけないよね!? 流れから考えて、それ優しい嘘なんでしょ!?」

「すまん悠乃! その優しさは嘘だ!」

「しかも悪意からの嘘だったし!」

 90度に腰を曲げる玲央。

 すがすがしいまでの謝罪であった。

「ぇぇ……。つまり、玲央が言ってたのって本当なの?」

「だな」

「絶望しました」

「悠乃の可愛さからオレたちは希望を貰っている」

「お願いだから返して。それ僕からこぼれた希望だから返して」

 そんな悠乃の言葉を、玲央は笑って誤魔化す。

 悠乃の抗議は彼に届かなかったようだ。

 どうやら、しばらくは昼寝の演技が必要らしい。



「そういえば知ってるか?」

「何をさ」

「最近、また化物が現れ始めたって話」

 不意に玲央がそんな話題を切り出した。

 また。化物。

 そんなワードから悠乃は話の全貌をある程度察する。

「化物って。5年前の」

「それそれ。グリザイユの夜とかの奴だよ」

 玲央がそう言いながら、ケータイの画面を見せる。

 そこには《怪画カリカチュア》の画像が映っている。

 誰かがネットに写真をアップしたらしい。

 悠乃たちも《怪画》の出現直後に倒せているわけではない。

 いくら急いでも《怪画》が現れるほうが先で、人目につかないというのは不可能に近い。

 そうなる以上、出現地点に元々いた一般人が《怪画》の姿を写真に残していたとしても不思議ではないだろう。

「こんな化物が出ても被害がないってことはさ……いるのかね」

「……何が?」

 大体分かっていながらも悠乃は聞き返す。

「魔法少女」

 想像通りの言葉を口にする玲央。

 当然だろう。

 化物がいて、被害がない。

 なら、被害を未然に防いだ者がいると考えるのは必然。

 そして、そんなことをなせるのは魔法少女くらいだ。

「……かもね」

 無理に否定しても意味がないので悠乃は同意する。

 結局のところ、自分とマジカル☆サファイアがつながらなければいいのだ。

「マジカル☆サファイアたんかねぇ」

 玲央がニヤリと笑う。

「年齢的にはオレと同じくらい。やっぱ、胸とか育っちゃってるのか? それともまさか、永遠の小学生なのか? 夢が広がるなぁ」

 ……割りと大きくなっちゃってます。

 悠乃は目のハイライトを消しながら内心で答える。

「全然、夢なんて広がらないです」

 当の本人である悠乃にとって、魔法少女の話題は苦々しいものだ。

 ――蒼井悠乃は加賀玲央を友人だと思う。

 よくからかわれ、翻弄されているが友人であるという認識を否定するつもりはない。

 しかし、悠乃としては困った点が一つ。

「ったく。写真撮る奴もさ、キモい化物じゃなくて魔法少女のほう撮ってくれよ……マジで」

 ――加賀玲央は魔法少女のファンである。

 しかも、最推しはマジカル☆サファイア――言い換えれば悠乃である。

 グリザイユの夜以降、魔法少女グッズがいくつも作られている。

 実在するファンタジーだ。少なからず売れたらしい。

 そして、玲央はそんなグッズをコンプリートしている男だ。

 実際、彼のケータイにはマジカル☆サファイアのキーホルダーがついている。

「…………」

 揺れるマジカル☆サファイアのキーホルダー。

 デフォルメされた自分と目が合い、悠乃は顔をしかめた。

「玲央って、グリザイユの夜の時にもこの町にいたんだっけ」

「おう。魔法少女もバッチリ見たぜ」

 ――可愛かったなぁ。

 懐かしそうに玲央は天井を見上げる。

 彼はグリザイユの夜で家が倒壊し、外に避難していたらしい。

 その際、戦うマジカル☆サファイアの姿を見てファンになったという。

「5年前から1回も現れてないから話題性もなくなってきてたけど……この調子だともしかするかもな」

 魔法少女を《怪画》と戦う存在と定義づけたとする。

 であれば、《怪画》が現れるということは、魔法少女が現れるということだ。玲央の推測は的外れではない。

 しかし、そうなると憂鬱なのが悠乃だ。

 都市伝説として語られていた頃から正体の露見に戦々恐々としていたのだ。

 実在する存在と認知された以上、今回は昔よりも魔法少女の話題は熱を帯びるかもしれない。

「考えるだけで鬱だぁ」

 悠乃は小声でつぶやいて頭を抱える。

 さっさと任務を終わらせて、イワモンに力を返却したい。

 そして今度こそ平穏に生きたい。

 そして今度こそ魔法少女とは一生関わりたくない。


「そういや悠乃って、少しだけマジカル☆サファイアに似てるよな」

「ち、ちぎゃうよっ!?」

(――声、ひっくり返っちゃった)

 動揺と羞恥で悠乃は机に顔面から突っ伏すのであった。

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