1章 9話 エピローグのちょっと後の話

「ふむ。璃紗嬢といえば、明るい野球少女という印象が強かったのだがね。悠乃嬢とは相性が良かったと思ったのだが。……悠乃嬢も、璃紗嬢がホームランを打った時は自分のことの喜んでいただろう?」

 朱美璃紗は男友達が多かった。

 男子と混じり、毎日のように野球をしていたものだ。

 悠乃も参加こそしなかったものの、璃紗が野球をする姿を観戦していた。

 それこそ、イワモンが言うように試合の結果に一喜一憂していた覚えがある。

 だが、それも昔の話だ。


「野球……ね。辞めたよ。あの後すぐにね」


 悠乃は力なく呟いた。

 これから話すことを思うと、心が重い。

「ああ。そうだったね。女子野球というものは、あまりメジャーなものではなかったか。確かに、中学生になれば辞めねばならんのが現実だったな」

「いや。璃紗が野球を辞めたのは、6年生になってすぐのことだったよ」

「……何だと?」

 悠乃の言葉に、イワモンが反応する。

 それほどに意外だったのだろう。

「朕が知る限り、彼女には情熱があった。才能があった。飽きただとか、才能の壁だとかで辞めるとは思えないのだがね?」

 そうイワモンは言う。

 そうだろう。悠乃もそう思う。

 ただ、ままならないのが現実。それだけの話だ。

「イワモンが知らないのも無理はないだろうね」

 悠乃はそう言うと、語り始めた。

 あれから、自分と璃紗がどういう人生を歩んだのか。

「グリザイユの夜事件の後、僕たちは普通の人間に戻った。

 そして時は普通に流れて、僕たちは順当に小学六年生になった。

 その直後だよ――

 聞いた話では一緒に遊んでた友達を車から庇ったんだって。

 魔法少女だった頃なら無傷で守れたんだろうけどね。その時にはすでに僕たちは普通の……だった。

 結果として友達は無事だったんだけど、璃紗の右手には障害が残った。

 リハビリ次第で軽くなることはあっても、決してなくなりはしない障害が。

 そして大好きな野球も――できなくなった。

 親友だったから、僕も璃紗の手伝いをしていたんだよ?

 利き手が使えなくなったから、ご飯を食べるのも、字を書くのも自分では難しいって状態だったから。

 すっと一緒にいて、家以外では僕が彼女の右手になった。

 でもさ、正直、どう声をかけていいかも分からなくて――まともに会話も続かなくて……気まずかった。

 いつも通りに過ごそうと思っても、どうしても不自然になっちゃう。

 話題だって上手く選べない。笑顔がちゃんと『作れているか』が気になった。

 笑っちゃうでしょ? 親友と喋るのに、笑顔を作らなきゃって考えていた時点でおかしいのにさ。

 多分、璃紗は僕のそんなゴチャゴチャした気持ちを察していたんだと思う。

 お互いに気を遣い過ぎて、前みたいに付き合えなくなった。

 最終的には、会話どころか目も合わせられないような状態で僕たちは一年間をすごして――卒業した。そのまま学校が分かれてそれっきりだよ」

 悠乃は目を伏せる。

 あれから璃紗とは会っていない。

 彼女がどう過ごしているのかを知らない。

 彼女を支えてくれる人がいるのかも、知らない。

「卒業してから連絡は取らなかったのかい?」

「うん。あのとき僕たちは、互いが互いの重荷になっていた。それが分かっていたから、僕たちはあれから会わなかった。会えるための手段を残さなかった」

 言葉も交わさず、そのまま別離した。

 きっぱりと、関係を断ち切ったのだ。

「だからさ……今さら会うのって……正直に言うと気まずいよ」

 悠乃の顔に暗い影が差す。

「そのことは、薫嬢も知っているのかね?」

「知らないと思う。薫姉が卒業してからの話だし、僕たち薫姉の連絡先も知らなかったし」

 あれほど親しくしていたのに、悠乃たちは互いの連絡先も知らなかった。

 悠乃と璃紗は意図的に関係を断った。

 多分、薫子の場合は、受験に失敗して家族から冷遇されていることを悠乃たちに知られたくなくて教えなかったのだと思う。

「そう考えると僕たちって、あの戦いが終わってからはどんどん疎遠になっているんだよね」

 あの頃は、なんの根拠もなく自分たちは永遠の絆で結ばれていると信じていたのに。それはただの妄信でしかなかった。

「だが今回、再び悠乃嬢たちの道は交わることとなった。これを機に、璃紗嬢とも縒りを戻すというのはどうかね?」

「ヨリを戻すって言い方はやめて欲しいんだけど」

 悠乃は頬を膨らませた。

 とはいえ、イワモンの言うことに一理あるのも事実。

 イワモンは璃紗を魔法少女として再び勧誘するであろう。

 彼女がそれを受けるか否かはともかくとして、イワモンの仕事は悠乃が彼女と再会するに足る都合の良い方便となる。

 このまま放置していれば、それこそ悠乃は一生だろうと璃紗と関わらずに生きてゆくことになるだろう。

 それは少し寂しいと思う。

 いや。本当は耐えきれないほどに寂しい。

「……そうだね。じゃあ、璃紗を勧誘する時は教えてよ。僕も一緒に行くから」

 そう言って、悠乃はイワモンに笑いかけた。

 良くも悪くも、イワモンや薫子は長い時間を経て変わっていた。

 なら、きっと璃紗も変わっているだろう。

 そして、悠乃自身も。

 それなら、あの時とはまた違う関係を作れるかもしれない

 

 そう、信じたいのだ。

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