1章 4話 5年というブランク
「で。どうしてシーツを体に巻いているのだね? 悠乃嬢」
「だって服が……」
イワモンの疑問に対し、悠乃は頬を赤くして顔を逸らした。
現在の悠乃はシーツを体に巻いて《
ちなみに両手はシーツを固定するために使っており、武器は一切持っていない。
丸腰どころか、両手縛りの状態である。
「それで戦えるとは思えんのだがな……来るぞ悠乃嬢」
「へ?」
イワモンの指摘に、悠乃は呆けた顔で《怪画》へと向き直った。
直後、目にしたのは大量の触手だった。
「うわ!」
悠乃はサイドステップで触手を躱す。
それは反撃を一切考えていない大袈裟な回避だった。
以前のような紙一重での攻防などいきなり再現できるはずもない。
「っとと……!」
彼は体勢を崩して転びかけながらも走って、なんとか《怪画》の後方へと回り込む。
だが《怪画》は振り返ることさえせずに触手をさらに伸ばした。
「ちょ……手数多すぎ! こっちは両手がふさがってるのにぃ……!」
何度もよろめきながら悠乃は触手の猛攻を避ける。
「……思ったよりも弱い《怪画》っぽいし、これなら両手使わなくてもなんとかなるかも……?」
攻撃が当たらなかったことでそう考えた悠乃だったが、視界の外から触手が襲いかかってくる。
「うわ!」
ギリギリのタイミングで攻撃に気付き、悠乃は身を反らして触手を避けた。
「……結構、戦いのカン錆びてるっぽい……」
昔なら、この程度の攻撃は織り込み済みで行動できていた。
こんな行き当たりばったりの戦い方などしなかったはずだ。
次の攻撃を呼んだ上で最適の回避行動を選択できていただろう。
たった一発の攻撃を避けるためだけにすべての意識を割いたりはしなかった。
以前に比べて明らかに対処が遅れていたことを痛感し、悠乃は泣き言を漏らしてしまう。
当然といえば当然だが、一年中戦っていたあの頃に比べ、5年間のブランクを挟んだ悠乃の戦闘センスは格段に劣化していた。
「それでも……とりゃ!」
なんとか隙を見つけ、悠乃は迫ってくる触手を蹴りつける。
「《
《氷天華》
それは悠乃が魔法少女として扱う魔法の名だ。
その力は凍結。
このまま触手を伝い本体まで凍りつかせればそれで決着だ。
そう思ったのだが――。
「……あれ? 魔力ってどう動かせばいいんだっけ?」
悠乃は疑問符を浮かべて固まった。
あれ以来、魔力など使っていないのだ。
あの頃は手足のように使えていた魔力の動きが鈍い。
全盛期であれば一秒もかからないはずの完全凍結が遠い。
やっと触手が凍り始めた頃には、悠乃の足は数本の触手に絡みつかれていた。
「え、嘘、た、タイムぅ……!」
悠乃は必死にタイムを要請するも聞き入れられるわけもなく、そのまま触手に引きずられる。
そして《怪画》の前まで引っ張られた悠乃は、その場で両足を縛られたまま逆さ吊りにされてしまう。
それだけにとどまらず、触手は彼女の腕へと伸びていった。
「待って……! ほんとに待って! シーツが剥がれちゃうってばぁ!」
触手は悠乃の両手を後ろ手に拘束した。
そうなれば当然、纏っていたシーツは地面に落ちるわけで――
「あ、あの……見ないでくださいぃ……!」
現れたのは、かつての悠乃が纏っていたままの衣装だ。
強いて違いを上げるのなら――胸元の布があまりに窮屈ということだ。
魔法少女となった悠乃の胸は平均を越えた発育を見せていた。
そのため胸元の布が突っ張り、乳房が今にもこぼれだしそうな有様となっていたのだ。
もっとも、本来であれば衣装サイズが体に合わないなどという事態は起こらない。
「まだ衣装のサイズがちゃんと調節できてないし……どんだけ魔力操作がお粗末になってるのさ僕……」
魔法少女が纏う服はすべて魔力で作られている。
だからこそ動きを阻害されることなく戦いに集中できるのだ。
しかし、逆にいえば魔力を上手く扱えなければ衣装も体に馴染まない。
悠乃の技術が衰えている兆候はすでにあったのだ。
「こんなの人様に見せられないよぉ……」
すでに泣きたい気持ちでいっぱいの悠乃だった。
そこに追い打ちをかけるように《怪画》は彼女の体を揺さぶる。
「待って……! それはダメだって!」
悠乃の体が振られるたび、乳房が上下に弾む。
羞恥に悠乃は頬を紅潮させる。
完全にパニックを起こしてしまい、駄々っ子のように暴れる。
だが技術も何もない抵抗では触手を振りほどけはしない。
「だからぁ……」
何かが切れる。
悠乃の中で何かが迸った。
「ダメぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
悲鳴と共に、周囲の気温が一気に下がった。
☆
「……正直、
すすり泣く悠乃の傍らでイワモンはため息を吐いた。
すでに《怪画》は氷漬けとなり、消滅している。
「まあ……潜在能力は5年前を越えているらしいのだが」
そう呟き、イワモンは周囲を見渡した。
戦場となったグラウンド。
その景色はあまりにも変わり果てていた。
氷。氷。氷。
砂のグラウンドが雪原となっている。
氷柱が竹林のように生えており、震えるほど肌寒い。
「まさか、幼子のように魔力を暴走させた結果の勝利とは……」
いくら腕が鈍ろうとも、さすがに悠乃が敗北することはなかった。
とはいえかつて魔王を倒した魔法少女とは思えない醜態を初戦で晒してしまったのも事実。
しかも、勝因はパニックになった悠乃が魔力を暴走させただけという残念なものだった。
グラウンドの氷は、魔法とも呼べない魔力が噴き出した末路。
ロスだらけのオーバーキル。
以前の彼女なら、あの程度の《怪画》を倒すために周辺の環境を破壊してしまうことなどなかったはずだ。
点数をつけるなら確実に赤点の戦いだ。
「はぁ……。ラスボスを倒した魔法少女を率いれば、自分は何もせずに再び英雄としての名誉を得られると思ったんだがね」
見事に目論見が外れ、イワモンは天を仰ぎたい気分だった。
この数年の間に、悠乃がここまで弱体化しているとは思わなかった。
残るは二人。
マジカル☆トパーズ。
マジカル☆ガーネット。
「楽な仕事だと思い引き受けたのだが早計だったかもしれんな……」
もしも全員が悠乃並みに弱くなっているとしたら、いくら残党とはいえ《怪画》の掃討など不可能かもしれない。
「ああ。ここで仕事を失敗しようものなら、朕の名声は地に落ちてしまうのだろうな」
出世してイワモンに表立って反抗できる相手はほとんどいなくなった。
しかし、隙あらば彼の足を引っ張りたい輩は、彼がなんの地位も持たなかった頃に比べて増えているのだ。
魔法界で自分の地位は幹部といっても差し支えない。
すでに国家の中枢に食い込んだといっても良いだろう。
だが新入りでしかないイワモンは、幹部の座を狙う者にとって食いやすい敵なのだ。
彼を蹴落とし、成り代わりたい者は嫌になるほどいる。
国家の未来を賭けた任務でのミスなど、そいつらにとっては最高級のエサだ。
これ幸いにイワモンを糾弾し、彼の地位を剥奪することだろう。
「朕の最高ライフを守るためにも、この任務は成功させねばならないのだがな」
自分の立場が危うくなりかけているという事実に内心で頭を抱えているイワモンであった。
「ぅぅ……穢されちゃったよ……」
そんなイワモンをよそに、悠乃は泣き続けている。
すでに変身は解け男性に戻っているはずなのに、庇護欲をそそる可憐な美少女にしか見えない。
以前よりも体が大人になっていることもあり、ちょっとした色気さえ感じられる。
本人の言葉がなければ彼が男だとは思うまい。
「――ともかく、まずは悠乃嬢を慰めねばならんな」
目下の問題を解決するため、イワモンは動き出すのであった。
夜のお店で女の子の扱いには慣れているのだ。
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