第二十話 ガウ! 義兄上、俺達、勝った! 本当、感謝。ありがとう!
重い空気の中を僕達は一歩、また一歩進んでいく。クリサンちゃんとセアムちゃんですら怯む、そんな空間だった。だけど、不思議と僕は力強く歩みを進める事が出来ている。きっと、今回の勝利に僕自身に自信を持つ事が出来たからかもしれない。
「……よく参った。優勝者の二人よ。大儀であった。それでは二人の願いを言うがよい」
よし、ここからが最後の勝負だ。
「それでは、先日も話しましたが、獣人族の奴隷を解放してください」
「ガウ!!」
果たして、どんな反応が返ってくるのだろうか?
「よかろう。今日をもって、帝国内におる奴隷になっている獣人族を解放する事を約束してやろう」
あ、あっさり承諾した? もっと駄々をこねるか、権力を利用して無かった事にするのかと思ってたのだけど……。
「そして、ダイスン獣国に宣戦布告する事をここに宣言する!」
周囲が一気に騒めいた。どうやら他の家臣達も聞かされていなかったらしい。
「陛下! どうかご再考を!!」
「考え直してくだされ!!」
我にかえった人から順々に戦争を止める声が上がっていく。そりゃいきなり攻めるなんていえば、当然の事だ。
「ならぬ。妾が宣言する、と言ったであろう? 逆らうのか?」
「待ってください!! なぜ、獣人族と戦争をするのですか!?」
僕だって当然、黙ってられない。
「うるさい。ここから先は帝国内での
「関係あります! 僕には獣人族の知り合いがいます。そして意味のない戦争が行われようとしているのにほっとけません!」
「意味のないだ……と?」
皇帝陛下の表情が険しいものとなる。その恐ろしい表情に家臣達が一斉に下を向いてしまった。けど、僕はその程度じゃ怯まない!
「そうです! 皇帝陛下は、妹さんを亡くしてその復讐をしたいんですよね? その気持ちはわかります。けど、それが獣人族と争っていい訳ではありません。私欲でこの帝国と獣国を苦しめようとしないでください!!」
「黙れ! 妾が私欲で動いているとな? 勘違いも甚だしいわ!」
「ではなぜ、獣人族と戦争をする必要があるのですか!?」
「獣なんぞ、この世に必要ないからだ! 所詮、人間モドキの出来損ない。奴隷もろくに勤められぬとなれば、滅ぶしかあるまい?」
ダメだ。完全に獣人族を滅ぼす事しか考えてない。お互いの話が平行線のまま進んでいく。といっても攻めると決めた皇帝陛下を僕達に止める術はない。ヴイさんも黙ったままだけど、このまま襲い掛かるんじゃないかって位に怒っている気配がこちらにも伝わってくる。
「ママン! もうやめて!!」
ヴイさんと、皇帝陛下の両方を一気に止める方法なんてあるのか?? 一触即発と見られた謁見の間で大きな声が響き渡った。
「そうよん、ママン。もうやめましょ?」
双子が少しずつ皇帝陛下の元に進んでいく。それを見守る僕達。
「お前達も妾に逆らうのか?」
「そうよん。ママンは間違ってる。もう一度言うわん。そろそろやめましょ?」
見つめ合う三人。静寂が辺りを包んでいく……。
「妾に復讐を諦めろ、そう申すのか?」
「違うわん! ママンにだけは伝えたよね? 夢の事……」
「あんな戯言を信じろと? まだ『双魔魔法』が妾の中にあった頃、そんな不可思議な夢など、一度も見た事がないぞ?」
運が良かったのか悪かったのか、皇帝陛下は神託を受けた事がないらしい。だから二人の言葉も信じられない……?
「アタシ達だって半信半疑だったわん。けど、今は違うの。アイ様達がやってきて、確信に変わったのよん」
「わたし達……?」
思わぬところで注目を集める形になったアイさんは僕の後ろに隠れた。可愛い。
「そうよん。アイ様は夢の中で神託を受けて、ここまでやってきたのよねん? アタシ達はそれを聞いたからもう一度、ママンに伝えようと思えたの」
「あの時に受けた神託は二つだったわん。目の前の事に騙されないで。そして、闇が動き出したから注意しろ。これだけだったけど、アイ様の話を聞いた事で十分繋がったわん」
「皇帝陛下の妹さんは目の前で獣人族に殺された。そして闇とは『魔王』……?」
ま、まさか?
「アチシもそう思うわん。ママンの気持ちはわかるわん。けど、よく考えてほしいの。もし、この事件の裏に『魔王』が絡んでるのだとしたら。そして、このまま戦争して、誰が喜ぶのかを」
「お願い! ママン、目を覚まして!!」
辺りが沈黙に包まれる……。その間、誰も一歩も動かなかった。そしてその沈黙を破ったのはやっぱりこの人だった。
「……妾が間違っていたのか」
「そうよん。けど、まだやり直せる筈だわん……。たくさんの人を傷つけてしまったかもしれない。ママンはそれを償ってくには、これが最後のチャンスだと思うの」
俯きながら考えこむ皇帝陛下はふと、こちらを振り向いた。そして誰かを見ている。僕? いや――――。
「……そこのヴイとやら、こちらに来てもらっても構わぬか?」
「ガウ」
恐る恐る皇帝陛下の前まで進む。何が起きるんだ……?
「妾が間違っておった。これまでの行為、誠に申し訳なかった」
誰がこんな姿を想像出来ただろうか。なんと、皇帝陛下がすっと立ち上がると頭を下げたのだ。ヴイさんも驚いた表情をしていたが、すぐに厳しい表情に変わる。
「ガウ。俺、みんな、すぐ許せない。けど、謝った。それだけ、認める」
「ありがたい。すぐに許せとは言わん。認めてもらっただけでも僥倖じゃ」
空気がようやく柔らかいものになった。これで一安心かな?
「して、これからの事じゃな。本来であれば妾が直接、ダイスン獣国まで謝罪に行くべきであるが、この国を空ける事は許されておらぬ。そこで書状を用意する。使者には二人を付けよう。これが現状での精一杯の謝罪であるが……」
「何か考えがあるの? ママン」
何か考え込んでいる皇帝陛下に質問するクリサンちゃん。
「いや、護衛をどうしようかと思っておったが、ここに適任がおるではないか。ヴァンよ、そなたらはギルドに登録しておるのだったな?」
「へ? は、はい。そうです」
いつの間にか置いてけぼりにされてたので、いきなり名指しにされて驚いてしまった。
「そなたは獣人とも仲が良い。そして我が子にも信頼されておる。まさに今回の依頼にぴったしじゃな」
「えっと、どういう事で?」
「確か、この後はダイスン獣国に行くのじゃろ?」
「はい、その予定です」
「完璧じゃ!! よし、ヴァンとその仲間よ。此度の使者の護衛の任をお主たちに任せる。頼んだぞ」
ニコニコ笑顔でそういってくる皇帝陛下に断る権利は僕達になかった。しかもまだ爆弾発言は続く。
「して、ヴァンよ。そなたは今、伴侶はおるのか?」
「へ?」
「伴侶じゃ、伴侶」
「えっと、い、いません……?」
「おぉ、おらぬか。それでは妾はどうじゃ?」
「だめええええええええええええ!!」
後ろに隠れていた筈のアイさんがいきなり飛び出してきた。僕は困惑するだけで何もいえてない。
「おやおや、妾はヴァンと話しておるのじゃが?」
「ダメなもんはダメです!!」
優秀な血は~とか、好きあった~とか言い合っている。これまでの空気が嘘のようだ。暫く二人が睨み合っていると、どこからともなく笑い声が聴こえてきた。それにつられて他の人達も笑い出した。ここでやっと気づいた。ここにいた人達も僕達と同じでずっと気に病んでいたのだ。だけど、この国の臣下では、皇帝陛下に逆らう事は出来なかった。それを僕達は変える事が出来たんだ。これをきっかけに仲直り出来たらいいな、そう僕は思った。
細かい話は後日、ギルドより通達が来るとの事で、解散になった。城を出ると、太陽が僕達を照らしていた。空には雲一つない、まさに今の僕達のような心を表しているかのような晴天だ。
「ヴイさん、僕達、勝ったんですよね?」
「ガウ! 義兄上、俺達、勝った! 本当、感謝。ありがとう!」
抱き着いてきたヴイさんに僕もたまらず抱き着き返す。それを見て、また笑うみんな。やっと実感してきた。僕達って勝てたんだ。あんなに絶望した状況でも勝てたんだな。
「おい、このまま今日は美味い飯でも食いに行こうぜ!!」
ケルヒも嬉しそうにしている。
「いいですね!」
「ケルヒにしては珍しくいい案」
「珍しくは余計だ!」
「アハハ! ヴイさんも一緒に行こう?」
「ガウ! 俺、一緒、行く!!」
まだ完全に終わった訳じゃない。けど、一歩踏み出す事は出来たんだ。
それにしても今回の事件から考えると、『魔王』はだいぶ前から動き出してたのがわかる。おそらく、ダイスン獣国には、『魔王』と繋がる人物が待ち受けているだろう。その人が皇帝陛下の妹を殺害し、今回の悲劇を生みだしたんだと思う。
「おい、ヴァン! 置いてくぞ!!」
「あ、待って!!」
まぁ、今はせっかくの勝利を噛み締めよう。そしてまた明日からみんなで頑張ろう。
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