第十五話 一気にやろうとするんじゃなくて、目の前の事を一つ一つ解決させていけばきっと答えは見つかる筈だ!
「うぼあああああああ」
一人になるとアベさんの話が頭から離れなくなっちゃうなぁ……。皇帝陛下の獣人族への恨みはどこか異常だと思っていたけど、まさか妹さんが獣人族に殺されてたなんて。けど、ヴイさんはそれを否定していて……。正直、どっちが正しいのかは当事者ではない僕達には判断出来ない。
正義とは難しい。こうなると何が正しいのかわからなくなってくる。もし、万が一だけど、ヴイさん達獣人族が嘘をついていて、帝国側の主張が正しかった場合、僕は正しい事をしているといえるのだろうか? 確かに奴隷にするという行為が正しいとは思わない。ただ、皇帝陛下の気持ちも理解出来るんだ。
僕もお母さんを亡くしている。僕のお母さんがもし、殺されていたとしたら僕はどうなっていただろうか? それも目の前で殺されたとしたらその恨みは計り知れないモノになると思う。
ただし、今回の場合は、どちらが本当でどちらが嘘をついているのかの判断が難しい。アベさんの話だと、皇帝陛下がその場で直接見ているらしいけど、獣人族側にまず、それをするメリットが無い。当時の帝国と獣人族の間は良好だったらしいし、どう考えても戦争の種にしかならない、暗殺なんて行為を行う理由が無いんだ。
まぁ世の中、メリット、デメリットだけで物事が動いている訳じゃないから感情的になってやってしまった恐れもあるしね。今の皇帝陛下のように……。
一応、獣人族側も調査をしたらしいが、他の獣人族が一緒にいた時に起きた訳ではないらしいし、流石に当時の詳しい状況はアベさんも知らないらしい。それこそ本人に確認を取るしかないみたいだ。
そこで気になってくるのが双子の態度なんだよね。当時、謁見した時にあきらかに僕達の味方をしてくれていた。あまり先走った考えはよくないと思うけど、少なくとも敵ではないと判断出来る。ひょっとすると当時の状況をある程度知っていて、ただ、皇帝陛下の暴走を止められず、どこか助けを求めていたのかもしれない。うーん、それはいくら何でも僕達にとって都合がよすぎるかな……?
どちらにせよ、今の状況で双子に聞く事は出来ないし、まずは試合に集中しなくちゃ駄目だ。味方かもしれないと中途半端な気持ちで勝てる程、あの双子は弱くない。どちらにせよ、最低限、明日の試合に勝てなければ意味がないんだから。
「どちらにしてもこの戦いが終われば、次は獣人族の国に行くんだよね……」
僕達は遊びに帝国に来てる訳じゃない。アイさんとリスさんの使命を手伝う為に来てるんだ。少なくとも、既に帝国での役割は果たしてるんだから、本来であれば、僕の我儘に付き合ってもらうべきじゃない。むしろ本当なら――――。
「僕だけ残して、先に獣人国に行っててもらうべきか……」
これで負けた場合、僕は獣人達の為に、自分の使命も捨てて、出来る事を続ける覚悟だ。ただ、それだと仲間達に迷惑をかけてしまうのは間違いない。それならいっそ、ここでお別れしてしまう方が迷惑が掛からないんじゃないか?
「わたしは嫌です」
部屋のドアの方へ振り返るとそこにはアイさんが立っていた。いつの間にいたんだ……?
「一応ノックはしたんですよ? けど返事がちいいいいっともありませんでしたし? 今日の試合が終わってから様子がおかしかったので、心配になって来ちゃいました。もう一度言いますけど、ヴァンさんとお別れは嫌です」
真剣な表情でもう一度僕に訴えかけてくるアイさん。
「でも、僕がアイさん達の使命と関係ない事をしてしまっているせいでここで立ち止まっていると思うんです。それにもし、僕がこの試合に負けたとしても、獣人族の為に戦い続けると思います。もし、そうなったらアイさん達の使命に付いて行く事は出来なくなると思います」
僕も真剣に、アイさんに応える。アイさん達は大事な使命があるんだ。邪魔しちゃいけない。
「ヴァンさんならあの双子さんにも絶対勝てるので大丈夫です」
「そ、そうは言ってもクリサンちゃんとセアムちゃんは強いです。全力でやっても勝てるなんて言いきれないです」
むしろ、アイさんは何でそんなに言い切れるんだろう?
「確かにあの双子さんは強いかもしれません。ですが、ヴァンさんはこれまでたくさんの強敵と戦ってきました。それに獣人族のみなさまの為にずっと頑張ってるのです。これで勝てない筈はありません! わ、わたしと離れなくてもいいように、が、頑張ってください!!」
段々と気持ちがヒートアップしてきたのか顔が真っ赤になっているアイさん。こんなに真剣にいってくれてるのに、不覚にも僕は可愛いと思ってしまった。けど、そういってもらえると僕も頑張ろうって気になれる。さっきまで落ち込んでた気持ちが嘘のように晴れやかになってきた。
僕ってこんなに単純なのかな? 心配してくれる人がいる、それだけでこんなに気持ちって変われるんだ。
問題は確かに解決していない。けど、最初から出来る事なんて変わらないじゃないか。確かに皇帝陛下の気持ちはわかる。だからといって、それが全ての獣人族を奴隷化していい訳じゃない。確かに犯人は見つけなければいけないし、このままって訳にもいかない。ただ、それは今出来る事じゃない。まずは今の負の連鎖を一度止める。そして、皇帝陛下の妹さんが殺された真相を暴いていくしかない。
一気にやろうとするんじゃなくて、目の前の事を一つ一つ解決させていけばきっと答えは見つかる筈だ!
その為にはまず、明日の試合に勝って優勝する。そして獣人族の奴隷化をやめさせる。その後はどちらにせよ、獣人族の国に行く事になるんだ。そこで出来る限りの事をやればいい。よし、何か見えてきた気がする!!
「アイさん、ありがとう!! 僕、頑張ります!!」
「ふ、ふぇ? は、はい! が、頑張ってください!!」
思わず、至近距離で手を握ってしまい、目の前にアイさんの顔があった。ち、近い。そしてなんかいい匂いがする。
「あっ、す、すみませんっ!!」
慌てて手を放すとアイさんがちょっと寂しそうな表情をしている? 気がする。いや、僕の気のせいだろう。目線を逸れた際に、僕がプレゼントした髪留めについた紫色の水晶が輝いている。あれからずっと着けていてくれて地味に嬉しい。
「いえ、そ、それじゃあ明日頑張ってくださいね!」
「あ、ありがとうございますっ!!」
そういうと、アイさんは慌てて部屋を出て行ってしまった。や、やってしまったか? うーん、明日にでも謝っておこう。
それにしてもアイさんが来てくれてよかった。あのままだったら明日の試合に影響が出ていたと思う。やっぱ仲間の存在って大きいなってこういう時に感じるよね。
明日、決勝戦か……。これで最後の戦いになる。そしてこれで勝てば、獣人族は解放されるんだ。それで全てが解決する訳ではないけど、僕が全てを解決する事なんて出来ない。ただ、僕が出来るだけの事はやるつもりだ。その第一歩として、明日を勝って優勝する。
よし、気合いが入ってきたぞ! 絶対明日優勝してやるからな!!
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