第十四話 僕達が勝った筈なのに俯いていた
やっと僕達にとって最良の形が取れた。ただ、アベさんの余裕加減が怖い。本来であれば二対一になった地点で僕達の有利さはかなり大きくなった筈だ。だけど、今のアベさんはむしろこうなる事が既に予想されていたかのように感じる。
「ヴイさん、改めて聞きますが、大丈夫なんですね」
「ガウ。大丈夫」
戦線には復帰したが、正直、ヴイさんの顔色はそんなに良くない。肉体的なダメージというより精神的なダメージを負ったのだろうか、本能的にアベさんを嫌がっているようだ。
それでも二対一には違いないはずだ。この好機を逃す理由はない!
お互いに動きに余裕はないが、気持ち的にはだいぶ楽になった。それと同時に視界が広がった気がする。それほど、僕は追い詰められていたのかもしれない。いつ戻ってくるかわからないヴイさん。読めないアベさんの戦法。身体能力的な部分はともかく経験値的に相手が上手なのもあって、後手後手になってしまったのだ。だけど、それも終わりだ。
「吸排拳弐式『排迅』!」
一気に距離を詰める。
「懲りないやつだ」
来た! 僕の目の前から消えて背後からアベさんの気配を感じる。今まではこれに翻弄されたけど、今は違うんだよ? ヴイさん!
「ガウ!!」
アベさんの背後から襲いかかるヴイさん。どんなに早くてもこればっかりは避けられない筈。
「懲りないやつだと言っただろ?」
瞬きをしたわけでも何でもないのに、今度は僕の真横で攻撃態勢に入っていた。さっきまで背後にいた筈なのに。
「くっ!」
咄嗟に防御態勢に入る。そしてやってくる衝撃! はなく、ヴイさんがなぜか膝をついていた。僕じゃなくてヴイさんに攻撃を加えた……?
「ヴイさん!!」
「ガウ。大丈夫! 俺、やれる!!」
その言葉を信じて、僕は先程と同様に、アベさんに突っ込んでいく。ちなみに気が付いた時には既にアベさんは離れていた。明らかに走っているとかそういう速度じゃない。やはり何かカラクリがある筈なんだ。それを何とかして暴き出さないと……!
「はぁはぁ……」
くそ、どんなに攻めても一方的にやられるだけだ。僕に攻撃を加えたと思ったらヴイさんに。来ないと思ってそのまま反撃しようと攻撃態勢に入ると僕に攻撃がそのまま入ってしまった。そこからは混乱する一方で防戦一方になってしまった。これでは二対一の意味がない。むしろこういう翻弄する戦い方がアベさんは得意なのかもしれない。だから余裕だったのか? だけど、少しわかった事がある。これは『恩恵』の力だ。その理由は空気中の魔力がアベさんが消えた時、必ず揺らいでいるんだ。おそらくそこのヒントがある。いや、いっその事、このままジリ貧になるなら……?
「もう降参しろよ。実力の差はわかっただろ?」
「嫌です。ここで負けたら獣人族のみなさんに顔向け出来ませんし、僕自身を僕が許せません。まだ全部を出してないですから」
「はは、そうかよ。それなら俺をガッカリさせないように本気にさっさとなれよ」
まだまだ、余裕そうな顔だけど、これがうまくいけば、状況を変える事が出来る筈だ。
「吸排拳弐式『排迅』」
もう何度目かわからないが再び、アベさんの元へと急ぐ。
「バカの一つ覚えだな。これで終わりなのか?」
ここだっ!
「『強吸引』!!」
この場の魔力を全て吸い込んでやる!! これで僕ははっきりいって無防備状態になってしまう。だけどこの目の前にいるアベさんがもし、この場にいないとしたら? これで暴く事が出来る筈だ!!
「なにっ!?」
目の前にいたアベさんが消え、僕の背後に姿を現したアベさん。ここまではさっきと同じだけど、その表情は先程とは違って明らかに驚いている。
「ヴイさん!!」
「ガウ。任せろ!!」
ヴイさんの正拳がアベさんに向かって放たれる。これまでだったらまたどこかに消えていたが、今回は違った。
「ぐっ!」
真正面から防御したのだ。つまりこのアベさんは本体。やはり『恩恵』の力を使ってたんだ。
そしてこの好機を逃していい筈がないっ!! アベさんは僕に背を向けている。両手もヴイさんの攻撃を防いでいるんだ。今、これで決めるんだ!!
「吸排拳壱式『排勁』!!」
そして今度こそ、脇腹に突き刺さる拳。当たった!! そのまま何回転も転がりながら吹き飛んでいったアベさん。手ごたえは十分だった。
倒れこんだアベさん、ピクリとも動かない。
「この状況を誰が予想出来たか! なんと勝者は『
勝てたのか……。僕もヴイさんも既にボロボロだ。
「ヴイさん、やりましたね」
「ガウ。義兄上、ありがとう」
「まだ決勝があるのでその台詞は優勝してからにしましょ?」
「ガウ!!」
大歓声の中、お互いを支えあうように控室へと向かった僕達。これで今日は終わりなので、着替え始める。すると、背後から僕達を呼ぶ声が聴こえた。
「……おい、ちょっと待て」
呼んでいたのは脇腹を抑えながらこちらに向かってくるアベさんだった。
「どうしたのですか??」
断る理由もなかったのでアベさんの話を聞く事にした。
「まずはあれだな。よく俺達に勝ったな。最後の一撃凄かったぜ」
殴られた脇腹をさすりながらそう伝えてくるアベさん。
「あ、ありがとうございます」
先程と違って柔らかい雰囲気にどうしていいかわからない。
「お前らの気持ちが本気なのがわかったからよ、だからこそ、知っておいてほしい事があるんだ」
「知っておいてほしい事……?」
アベさんには僕達とは違った? 思惑があったようだ。
「そうだ。お前らは今の皇帝陛下をおかしいと思わないか? 悪いとわかっていて獣人族を奴隷化していて、これまでもヴァン、お前のように止めた人間もいたんだぜ。だけど、皇帝陛下がそれを受け入れる事はなかった。それがなぜだかわかるか?」
それはずっと疑問に思ってた事だった。どう考えてもメリットとデメリットで考えた時、デメリットの方が多いと思ってたんだ。それでも皇帝陛下は今の政策を続けている。そこには必ず理由がある筈なんだ。
「そうだ、理由があるんだ。そしてその理由なんだけどな、っとその前に、お前らは皇帝陛下になる人間が双子なのは知ってるな?」
「はい。必ず『恩恵』で『双魔魔法』を得るには双子じゃないとダメだから、と僕は思っています」
「その通りだ。今までもそうであったし、おそらくこれからもそうだろう。では、今の皇帝陛下はおひとりだ。ならもう片方はどうしたと思う?」
嫌な予感がする。背中から嫌な汗が流れてきた。
「わかったようだな。そうだ、皇帝陛下の妹は獣人族に殺されたんだよ」
衝撃の事実に言葉を失ってしまった。そして思わずヴイさんの方を見てしまう。
「ガウ。それ、違う! 俺達、そんな事、してない!!」
「そう、お前たち獣人はそう主張してきた。だがな、皇帝陛下はその現場にいたんだよ。そして目の前で殺されてしまった。そこからだ、今の獣人族を奴隷にしようとする流れが出来てしまったのは……」
僕は今まで皇帝陛下が一方的に悪者として考えてきた。だけど、皇帝陛下にそれなりの理由があったとしたら……?
「これは帝国内でも一部の人間しか知らない事だ。一般的には、病死で通してあるからな。絶対誰にも言うなよ」
「わ、わかりました」
予想外の展開に頭が追いつかない。一通り、話終えるとそのままアベさんと別れ、僕達も着替えを済ませると外に出る事にした。僕達が勝った筈なのに俯いていた。
ふと、空を見上げると厚い雲に覆われていて、今にも雨が降りそうだ。そう、それはまるで今の僕達の気持ちを表しているようだった。
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