第十二話 敵だけど応援してますよ

 改めて相手の様子を確かめる。僕はそんな事すら今更していたのだ。アベさんに目がいってしまっていたのは言い訳にならない。本気になったふりをして、完全に油断していたんだ。


 不敵に笑うその姿からはまだまだ余裕を感じ取れた。その姿は、アベさんと同じ服装だけど、アベさんと比べると細く、ひょろっとしている。パッと見るだけではそれほど強そうには見えないが、先ほどのやりとりだけでその強さの一端を見せ付けられた。


「やっとこちらを見ましたね」


 見透かされてるな……。


「僕は見るべき相手をしっかり見ていなかったようです。それに気づかさせてくれてありがとうございます」


「いえいえ、そんなつもりではありませんでしたし、気付いたからって勝てる訳ではありませんよ?」


「そうですね。けど、僕は勝たなければいけないんです。一緒に戦っているヴイさんの為にも、そして僕の為にも」


 そうだよ、こんなところで足踏みしていられない。確かにこの人は強敵だろうけど、勝てない相手じゃない。もっと強い人と戦ってきたじゃないか。出来る事をやるべきだ。


「それではいきますよ。吸排拳弐式『排迅はいじん』」


「それでは先程と同じでしょう? それだと――――!?」


「それだと……どうなるんですか?」


 僕は一気に懐にまで潜り込んだ。お互い素手同士ならお互いに得意な距離になる筈だけど、僕の予想が正しければこれがこの人と戦うにはここだ。


 そこからは連打、連打、連打! と休ませる間もなく、攻撃を加える。僕の予想通り、先程までのように威力を殺す事が出来なくなっていた。確かに避けられているが、先程までの余裕はなくなっている。


 これは単純に、手数を増やして威力を逃がす余裕をなくしているだけだけど、これがこの人にとっては苦手な戦法だと思う。今回大事なのは一発じゃない。それにこの距離感であれば相手の間合いが伸びようが関係ない。多少の被弾を覚悟して、確実にダメージを与え、そこから勝利につなげるんだ。


「本当に楽しい方ですね。ボクにもそんな素直な時期がありましたよ、たぶん」


 鞭のようにしならせた手刀をお返しといわんばかりに打ち込んでくる。この手刀は半端な避け方をしちゃいけない。そのからくりはわからないけど、距離は空けないように、サイドに避けきる。


「ちょっと気持ちが入れば、こうも戦い方が変わりますか。アベさんが褒める訳です」


 基本的な身体能力は僕の方が格段に高い。それはこれまでのやりとりからして、間違いないと思う。ただ、戦いの経験は相手の方が上だ。今までの攻撃もクリーンヒットは一度も出来ていないし、戦闘の間を読むのがうまいのか、僕が一瞬止まる瞬間を狙われてしまう。


 とても勉強になるな。ゴリラ騎士様なんかもこういった読みあいが得意で大変だったけど、この人は才能より、努力でそれを得たのだろう。だからこそ思う、僕はこの人に勝ちたい。


「ちなみにですが、『恩恵』を使わないんですか?」


 意外な質問だったか、ちょっと驚いた表情をしている。こうやってどんどん揺さぶるんだ。そしてそこから解決口を見つけていく。


「『恩恵』ですが、残念ながらボクの『恩恵』は大した『恩恵』ではないんですよね。なのでこんな変わった戦い方をしてるんですよ」


 どこまで本当なんだ。このタイプの人はそういって『恩恵』を使ってくるからなぁ。


「なのでご心配なく。『恩恵』は使いませんよ、きっとね?」


 相手のギアも上がってきた。避けきれずにかすり傷が増えてきている。ただの手刀の筈なのに、何でこんなに切れ味がいいんだ。まさか……?


「『吸引』!!」


 手刀を肩で受け止めつつ、『吸引』を発動させる。


「やっぱりそうでしたか……」


「おやおや、バレましたか。これは面白い『恩恵』をお持ちのようですね。先程の『排迅』とやらもその力を利用されてたんですね」


 向こうの手札を暴いてたけど、それと同時に僕の『恩恵』も一部がバレてしまったようだ。けど、これくらいなら問題ない。それより……。


「使ってたのは『風魔法』ですか」


 無言の笑みで返してきたのが当たってた証拠だ。


「もっと奇抜な『恩恵』かと思ってました」


「意外でしたか、ボクは気に入ってるんですけどね」


「さっき『恩恵』は使わないって言ってませんでした?」


「はて?」


 なんてやらしい人なんだ。ダメだ。話してたら逆に惑わされる。今のところ翻弄されてるだけで、中々主導権が握れない。


 気を取り直して再び懐へと飛び込む。それを嫌がるように『風魔法』を纏った手刀で引き離そうとする。


「『吸引』」


 細かく何度も『風魔法』を『吸引』し、ただの手刀になった攻撃を受け止めつつ、着実にダメージを加えていく。実力的には僕の方が少しだけど、上なんだ。時間はかかってもいいから地道にいくべきか? いや、そうなると向こうの勝負がどうなるかわからない。ヴイさんが負けるとは思わないけど、アベさんの実力も未知数だ。パートナーさんがこれだけ強いって事は、アベさんも同じかそれ以上の筈だ。


 あぁ、もう考えても仕方ない。出したくなかったけど、手札を一つ晒そう。


「吸排拳弐式『排迅』・派生技『幻速』!」


 これで一気に勝負をつける!!


「くっ、これは……!」


 立体的とまではいかないが、翻弄しつつ、急所を狙っていく。まだ僅かながら避けられているけど、倒すのも時間の問題だ。どんどん手数を増やしていく。


 そして脇腹を一発抉ったその時、僕は最後の一撃を加える為に攻撃を溜める。最初の時のように攻撃を逃がすのはもう出来ないだろう。ここが勝負所だ!


「吸排拳壱式『排勁』!!」


「まだまだ甘いですよ!!」


 それに合わせて相手も『風魔法』を纏ったであろう手刀を僕に繰り出してきた。


 あの伸びる手刀か!? 既に止められないところまで攻撃態勢が出来てしまっている。『幻速』を使った事でスペースが出来てしまった為、相手に攻撃の余裕を与えてしまったようだ。


 今の態勢じゃ避ける事は不可能だ。となると、残された道は先に当てるしかない! 拳をさらに早く突き出す。相手が勝利を確信している。そう、このままだと僕の拳より先に相手の手刀が僕まで届くだろう。だけど、今の僕なら……!!


「『排出』!!」


 僕の拳から出てきたのは先程までずっと『吸引』していた『風魔法』だ。今までは吐き出すモノは選べなかったけど、鍛錬を続けた事で『吸引』していたモノを選ぶ事が出来るようになった。この『風魔法』はこの試合で吸った分の全てが詰まっている。


「ガハッ!!」


 僕の攻撃が、先に相手を捉えた。そのまま数メートル吹き飛び、倒れてしまった。……まだ終わったとは限らない。近くにいって最後の確認を取らないと。


 若干の疲労を覚えながら相手の近くまで警戒しながら近づく。気絶はしていないが呼吸が荒い。どこか骨折してるのだろう。これならもう戦えない筈だ。


「残念です。ボクの負けですね。まさかボクの『風魔法』を利用してくるとは思いませんでした」


 悔しそうにしながらも清々しい表情をしていた。全力を出したんだろう。僕もこんな強い人と戦えてよかった。


「ちょっと前の僕だったらこんなに器用に戦えませんでした。あの『風魔法』は凄いですね。まるで本当に腕が伸びてたみたいでしたよ」


「ふふ、あの手刀が伸びてるのは『風魔法』の力ではありませんよ。ボクはあなたと違って不器用ですからね。そんな芸当は不可能です」


「え、それじゃあどうやって……?」


「肩の関節を外しただけですよ。ただそうなると威力が落ちてしまう。それを補う為に『風魔法』を纏わせたんです」


 関節を外す!? だから『吸引』してからの手刀の威力が落ちていたのか。もし、最初の威力のままだったら僕は負けていたかもしれない。


「僕は、行きます。戦ってくれてありがとうございました」


「いえ、ボクも楽しかったですよ。アベさんはボクより強いですからね。是非、頑張ってください。敵だけど応援してますよ」


「ありがとうございます」


 勝負はついた。このままヴイさんの方へと向かおう。そういえば戦いに夢中でヴイさんの方がどうなっていたか確認出来ていなかった。常に死角になるようにポジションを取らされたのもあり、チラっとは見れたけど、どんな戦いになっていたかが、全くわからなかった。


 そして僕は見てしまった。そこには膝をついて肩で息をつくヴイさんと、それを見下ろすアベさんの姿が……。


「ヴイさ――――!?」


 突如視界からアベさんが消える。そして背後から聞こえる声。


「ほう、あいつを倒したか。大したもんだ。だが、俺とあいつを一緒にするなよ? そこのヴイと同じように今楽にしてやるからな」


 慌てて距離を取る。一体どうやって……!? 不適な笑みを浮かべたアベさん。せっかく一人倒したけど、まだこの戦いは続きそうだ。

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