第十話 身から出た錆ってやつです
お互いに構えを取る。やられキャラのような台詞ばかりだったけど、いざ構えてみると中々強そうだ。けど、肩が上がらないのが残念なところ。そうはいっても勝負だからね。身から出た錆ってやつです。
「うおおおおおりゃあああああ!!」
雑念が入っていたところにケガをしている方が突っ込んできた。中々の速度だけど、油断しすぎだよ。そんなに僕達が弱そうに見えたのかな?
相手がばか正直に顔面に向かって正拳突きを繰り出してくる。避けることは可能だったけど、両腕であえてそれを受け止める。とても驚いている。ちょっと甘くみすぎじゃないかな。そして、止めた瞬間を狙ってヴイさんが顎を狙って一突き。
糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちてしまった。もう一人がポカーンとした顔でこちらを見ているがもう遅いよ。もっと最初から警戒して戦っていれば違う展開になってたかもしれないけどね。
「それじゃ、ヴイさん。さっさと終わらせましょうか」
「ガウ、義兄上」
「おつかれさん!」
「お疲れ様です」
「おつ」
「ありがとう、みんな」
「ガウ、ありがとう」
今日の試合は、無事に終わった。拾った勝利みたいなもんだったけど、勝ちには違いないからね。明日からまた気合い入れればいいんだよ、うん。
今日の試合は、実力も隠したままアベさんも双子も勝ってしまったので、どの程度の実力で何が得意なのか分析出来なかったのが痛い。まぁそれは僕達も運良くあまり実力は出さずに済んだから同じなんだけど。冷静になってみると、今回の対戦するであろう二組、実は、今警戒してるのはアベさんの方だ。
双子は元々、『双魔魔法』って手札が割れているし、学園生活の講義中に見れているからまだいいんだけど、アベさんは全く情報がない。帰りにギルドに寄って情報収集したんだけど、誰も口を割ってくれなかった。ただ、気になったのが、アベさんを守る為というより何かに怯えるように口を閉ざしていた事だった。まぁギルドマスターの情報を適当にばらまけないのはわかるので追及はしなかったけど、なぜあんなに怯えていたのか、気になるところだった。
ちなみに順当に勝ち進めれば、準決勝がアベさん、決勝が双子だ。このクジ運がよかったと取るべきか悪かったと取るべきか、この大会が終わるまでわからないけど、どちらにせよ、全員に勝つしかないんだ。その結果が出せれば、それでいい。
「それにしてもよ、まさかアベの野郎が出てくるなんてな」
「ほんとですね。びっくりしました」
やっぱりアベさんがいたのにみんなも驚いたようだ。
「僕もとても驚いたよ」
「ガウ、アベ、青いやつか? あいつ、怖い」
「ヴイも怖いか、俺も怖いんだ。何でだろうな、殺気とかそういうのじゃないんだけど」
「ガウガウ」
「僕はそんな事ないんだけどな、アイさんとリスさんは?」
「わたしは大丈夫ですね」
「同じく」
この違いはなんだ? そういえば、ケルヒはギルドに初めて入ったときにアベさんに妙に話しかけられてたっけ? そしてヴイさんも同じ……。そこに何か共通点でもあるのだろうか?
「まぁ、とりあえず今日は勝った事だしよ、戦いの事は忘れて、飯を楽しもうぜ!」
「そうだね、せっかくいつもよりちょっといいお店に来たんだしね」
そう、今日は戦勝祝いにみんなが気を利かせてくれて、ちょっと高いお店に食べに来てるのだ。普段の宿屋の料理もいいんだけど、こういう変わったところで食べるのもいいよね。明日から、また頑張ろう! って思えるよ。
「せっかくヴイもいるしよ、肉がいいと思って、ここを選んだんだが、みんなよかったか?」
「お野菜も好きですが、お肉も好きですよ」
「僕も肉は好きなので問題ないです」
「ガウ、肉、好き!!」
「肉でいいよ」
「おい、リス。でいいよってなんだ、でいいよって! 俺のチョイスがダメなのか!?」
「はぁ……、ケルヒうるさい」
呆れた様子のリスさんとそれに噛みつくケルヒ。いつの間に、二人ってあんなに仲良くなってたんだ? まぁ仲間だし、仲良くなった方がいいんだけどね。
「二人とも仲良くでいいね」
「「どこか!?」」
はは、ハモってて面白い。
「いつの間にかお二人が仲良くなってますね」
気が付いたらアイさんがこちらまで顔を寄せて内緒話をしてきていた。ちなみに席は六人席で僕の隣がヴイさんとアイさん。逆側にリスさんとケルヒだ。
「僕も実は知らなかったんですよ。アイさんに心当たりはありませんか?」
僕も小さな声でそれに答える。それにしても距離が近い。恥ずかしくて話が耳に入らなくなりそうだ。
「いえ、わたしはありませんね。ヴァンさんは?」
「僕は――――、あ、そういえば先日でしたが、二手に分かれて買い物したじゃないですか? その時、仲良くなったみたいですよ」
「ふふ、そうなのですね。それはいい事なのです。またわたし達も買い物したいですね」
「そうですね、僕もそう思います」
お互いに笑いあっていると、どこからか視線を感じたので前を向いてみたら、三人がこちらを見ていた。二人で会話してるのに夢中になってたらしく見られていたのに全然気付かなかったよ。
「お前らの方が仲いいじゃねぇか」
「ガウ、義兄上、俺、羨ましい。ヴァン子、恋しい」
「そっちの方がラブラブ」
「「えっ」」
思わずバッと離れてしまった。確かに距離が近すぎた。僕、匂わなかったかな? 戦った後だから汗かいてたかも。お風呂入ってから食事にすればよかった。
妙に顔が熱い。それはアイさんも同じだったようで、しきりに手で顔をパタパタさせていた。
「ガウ、義兄上、ヴァン子、会いたい」
「えっと……」
それって物理的に無理なんだよね。ど、どうしよ……?
「ヴイ、男だったら優勝してからヴァン子を呼べ。その方がかっこいいぜ?」
「ガウ、ガウガウ! ケルヒ、その通り! 優勝する! ヴァン子、呼ぶ!!」
ナイス、ケルヒ!! さすが僕の心友だ!
そのまま話は大いに盛り上がった。牛を丸ごと一頭焼いた肉は格別だったし、みんなが僕達を応援してくれてるのがよくわかって本当に嬉しかった。まだ初日しか終わってないけど、いや、初日を終える事が出来たって思わないとね。勝った分だけ、負けた組もある。当たり前に勝てたんじゃない。勝つ事は難しいんだから……。うん、自信をつけないと。
食事も終わり、ヴイさんとも別れ、宿屋へと戻った。お風呂にも入り、今日やれる事はもう終わり。漸く落ち着く事が出来るな。うん、眠くなってきた。
それにしても何とか勝ててよかった。この戦いには獣人族の未来がかかってるんだからね。ヴイさんも勝って嬉しそうにしてたしね。まだ三試合もあるけど、負けられないな。ヴイさんの為に、獣人族の為に、そしてこの帝国の為にも……。
今の歪な形を正さなければならない。歪んだ感情は更なる歪みを生んでしまう。ここで止めてしまわないと更にひどい事になってしまうかもしれない。だから、今のうちに止めないと……。
よし、気合いが入ってきた。明日も頑張ろう。改めて心に刻み、明日の為に布団へと向かうのだった。
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