第六話 ガウ。俺、待つ。戦い、出る。勝つ! ヴァン子、プロポーズ、する!!

 と、とりあえず食堂に向かおう。ヴイさんにそう呼びかけると、一緒に食堂に入っていった。よかった。中は綺麗になってるな。まだ匂いが残っているけど、それは仕方ないよね。後ろについてきていた筈のヴイさんが立ち止まってしまっている。さすがにこの匂いはきつかったのかな……?


 後ろを振り向いてみると、ヴイさんが仁王立ちのまま動かなくなっていた。あれ? 様子がおかしいな。ツンっと指先でつついてみると、そのまま後ろへ倒れこんでしまった。


「ヴイさん!?」


 どうやら立ったまま気絶してしまったようだ。仕方なく、僕の部屋まで運ぶ事にした。それにしても次の日になっても、まだヴイさんを気絶させるその威力、並大抵じゃない。


 暫く僕が眠っていた布団に眠らせておくと、ガバッと急に飛び起きて周囲の警戒を始めた。


「ガウ。義兄上! 毒! 撒かれてる!! 気を付ける!!」


 毒……。こりゃアイさんに聞かせられない台詞だなぁ。


「毒じゃないから大丈夫だよ。もうあの部屋にも行かないから安心して。それより今日はどうしたの?」


「ガウ。本当か。今日、願い、ある。いいか?」


 ヴイさんからのお願い? 一体なんだろう?


「うーんと、僕で叶えられる願いであれば何とかしたいと思うけど、お願いって何?」


 口にするのを戸惑っているのか言い淀んでいる様子のヴイさん。こんなヴイさんは珍しい。そんなにいいにくい事なのかな?


「ヴイさん、何か言いにくい事なにかもしれませんが、とりあえず言ってみませんか?」


 とにかくいってくれないとわからないもんね。すると、意を決したようにヴイさんが口を開いた。


「ガウ。義兄上! 俺、義兄上、一緒、戦いたい!! 大会、出たい!!」


 ヴイさんが大会に出る……。可能なのだろうか? 確か、登録の変更は可能だったと思うけど、ヴイさんは獣人族だ。差別されたりしないかな? そもそも獣人族が大会に出場する事が許されているのか……。いや、最初から否定で入っちゃダメだな。確認してみよう。


「すみません。絶対とは言えませんが、帝国側に確認するのと、元々組む予定だったケルヒの了承も得られないと何とも言えません。すぐ答えられなくてごめんなさい」


「ガウ。義兄上、謝る、必要ない。俺、我儘、ごめん。けど、俺、待ってるだけ、嫌だ。義兄上、任せる、待つ、嫌だった!!」


 拳から血が滲むほどに拳を握って悔しそうな顔をしているヴイさん。そうだよね、元々獣人族を解放しようと頑張っていたのは彼らだ。それをただ、僕が頑張るから大丈夫です! で納得できる筈がない。彼らは誇り高き戦士であり、ただ待っているだけで済む筈がなかったんだ。それにむしろなぜ僕は気付けなかったんだ。


「ヴイさん、力を抜いてください。わかりました。ちょっと相談してみます。なので少しの間待っててください」


「ガウ。俺、待つ。戦い、出る。勝つ! ヴァン子、プロポーズ、する!!」


 あるぇ? そっちが本音? これには僕も何ともいえないんだけど……。きっとこの場を和ませる為にいったんだよね? そうだよね?


 とりあえずいいたい事をいったヴイさんには帰ってもらい、急遽、仲間達を呼んで、会議を開く事にするのだった。













「ヴァンさん、体調はいかがですか?」


「おかげさまで元気になりましたよ」


「それはよかったです。それにしても突然倒れられたので驚きました。一体どうしたのでしょう?」


 まさか、アイさんは自分の料理がどんなんだったのか記憶にないのかな……? これは指摘した方がいいのか? いや、リスさんの視線が怖い。ここは具合が悪かった事にした方がよさそうだ。


「やっぱり疲れが溜まっていたんだと思います。それはそうと、ヴイさんのお願い、みんなはどう思いますか?」


 よし、うまく話をすり替える事が出来たぞ。アイさんが若干、落ち込んでいる気がするけど、そこはリスさんになんとかしてもらおう。それにしてもあれは凄かった。もう凄かったとしか言い表せない位に凄かった。ケルヒが逃げてたのは結局何でだったんだろう? あとで聞いてみようかな?


「ヴイの気持ち、俺はわかるぜ。ヴイって元々獣人族でも強い方なんだろ? それが自分は戦わないで、任せるだけってのはきついだろ」


「確かに、ヴァンさんに任せて、そのままお願いしますってタイプの人たちでは無いですよね」


「僕もお願いされてから気付きました。今までもずっと解放する為に活動されてて、それがいきなり自分達の手から離れて、はいそうですか、とはなれないと思います」


「けど帝国が許可する?」


 リスさんが一番痛いところを突いてきた。


「結局はそこなんですよね。ちなみにケルヒは代わりにヴイさんに出てもらってもいいと思う?」


「おう、そこは問題ないぜ。そりゃ俺も強い奴と戦いたいけどよ? けど、さっきも言ってたように、ヴイの気持ちもわかるしな。実力は問題ないし、模擬戦してても連携は出来てるし、今回は譲ってやるさ」


「そう言ってもらえると助かる。あとは、帝国側が出場させてくれるかだね」


「一応、規則には人種に関する事はなかったと思いますが、現状でそれを許してくれるかどうかは未知数ですね……」


「まぁ、これに関しては一度、お願いしてみるしかないですよね。早いうちに出来るかどうか確認に行ってみましょう」


「それがいいな」


 その後は帝国と話す事を話し合って解散した。日が暮れる頃には食堂の匂いもなくなり、いつもと変わらない姿を見せてくれていて、ちょっと安心したのはアイさんに内緒である。


 ちなみに余談だけど、あの時、ケルヒが逃げてきたのは試食係をさせられそうだったからみたい。結局、他のお客さんがアイさんの料理を食べてみたいって、実物を見る前に名乗り出て、あの惨状になったらしいよ。最後にはアイさんを含めて、全員食べて倒れてたみたいだけどね。アイさんが食べてるのに何で不味いのに気付かないのかって? 食べた時の記憶がないらしいよ? ハハッ、おかしいね。アイさんの料理を食べる次の機会が訪れなきゃいいんだけど、リスさんがいうには結構やる気らしい。何とか紛らせせてるらしいけど、万が一があったら先にごめんっていわれた。


 うん、次は気絶しないように頑張るよ。だからみんなもまた一緒に食べるんだからね? 逃がさないよ?

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