第五話 意を決してスプーンを口の中に突っ込んだ。そして、僕はその日、死んだのだった。
辺り一面、異臭が立ち込める部屋の中、死屍累々といった光景に僕は唖然としていた。どうしてこうなったんだ……。
今日は久しぶりの完全休息日だ。最近、仕事、訓練の繰り返しで身体を酷使していた為、身体を休ませよう、ってアイさんが提案してくれたんだ。自分自身ではそんなに疲れてないと思ってたんだけど、いざ気が抜けたらどっと身体が重く感じてきた。どうやら『双闘大会』が近いのもあって気を張り詰めすぎていたらしい。
「みんな、きっと気を遣ってくれたんだろうなぁ……」
部屋に一人、ぼーっと外を眺めていた。いつもならケルヒかアイさんが絡みに来てくれるんだけど、きっと意図的に一人にしてくれたんだと思う。
「僕って弱いな」
僕の知ってる強い人はみんな身体だけじゃなくて、心も強い。ゴリラ騎士様、ルロさん、ブルーレッドさん。この帝国に来てからもスケベジジイ、アベさん、ヴイさん。そして今回、対戦相手でもあるクリサンちゃんとセアムちゃんも心が強い。その瞳には確固たる信念が宿っており、その目標があるからこそ、それだけ強くなれるんだ。
僕にはその確固たる信念があるといえるのかな……? 正直、自信がない。それでもやるしかないんだ。あぁ、僕にももっと強い心があればよかったのに……。
ちょっと落ち込みつつ、ぼーっと外を眺めていると、こっそりと階段を上ってくる足音が聴こえてきた。気配的にケルヒかな。隠れるようにどうしたんだろう? 僕に用事でもあるのかな。
落ち着かないのか、部屋のドアの前ウロウロしてるので、とりあえずこちらからドアを開けてみた。固まるケルヒとそれを見つめる僕。たまらず、ケルヒが部屋へと入り込んできた。
「ケルヒ、部屋の前で何してるの?」
「ハハ、わ、わりぃ。そ、その、ちょっとな」
ケルヒにしては、妙に歯切れが悪いなぁ。何か悪い事でもしたのかな?
「ちょっと? 下で何かあったの?」
しきりに下の様子を気にしているケルヒに問いかけるがうんともすんとも返事が返ってこない。
「やっぱりここにいた」
「うわっ!!」
気が付いたら僕達の後ろにリスさんが立っていた。全然気配に気づかなかったんだけど……。
「ま、待ってくれ。リス、落ち着け? な? 俺にはもう無理なんだって」
「リスだけでも無理。正直、甘く見てた」
な、なんか状況がよくわからないけど、困ってるのかな?
「え、えっと、二人は何か困ってるのかな? それなら僕も暇だから何か手伝おうか?」
「いや、それはいいんだ。ヴァンは疲れてるんだから休んでてくれ。よし、リス、行こうぜ」
「ヴァンはここにいて」
「え、う、うん」
まさか、断れるのは予想外だった。もしかして、僕嫌われてるのかな? ショックから立ち直れずにいる間に二人は下へと去って行ってしまった。あきらかに困ってた様子だったのに断られちゃった。下でずっと何かしてるみたいだけど、どうやらお呼びじゃないようだ。
どうせやる事もないし、ちょっと寝よう……。なんともいえない気分になってしまったので、そのままくるまるように布団へと潜るのだった。
……気が付いたら夕方になってしまった。布団の隙間から覗ける窓からの風景は、一面の夕焼けで真っ赤に染まっていた。結局、今日何もしてないんだけど。まぁゆっくり休むだけのつもりだったし、別にいいんだけどね。必死に言い訳をするように不貞寝してた事を正当化しているけれど、拗ねていただけだった事実は隠せそうにない。
領主様と、サラさんに出会うまでは一人が当たり前だったんだけどな。確かにお母さんはいたけど、僕の為に朝から晩までずっと働いていたし、外にほとんど出る事のなかったせいか、
お友達も全然いなかった。けど、当時の僕はそれが当たり前だと思っていたし、寂しい気持ちが多少はあったけど、あんなにお母さんが頑張ってたから、僕も頑張らないとって子供ながらに思ってた。
うん、僕は寂しいんだね。寂しくなっちゃったからこんな時間まで不貞寝をして、こんな拗ねるように落ち込んでるんだね。今までと違う寂しさを感じる事が出来、嬉しいような恥ずかしいような。もう一度布団に潜ろうかと思ったけど、さすがにかなりの時間眠ってたので、眠気は遠のいてしまった。
それにしても三人は下で何をしてるんだろう? ちょっとだけなら覗いちゃダメかな?
寂しい気持ちと、涌き出てきた好奇心に負けて、音を立てないように部屋を出る。三人がどこにいるかはわからないけど、ケルヒが僕のところまで来てる位だから、きっとこの宿屋の中にいるのは間違いないはずだ。そして階段から来たからいるのは下だな。
バレないように階段をゆっくりゆっくり降りていくと、今更ながら妙な静けさに気付いた。いつもなら宿屋の食堂が賑やかな時間でもおかしくないんだけど……。あきらかな異常に警戒しながらも階段を一段、また一段と降りていく。ん? なんだ、この何か腐ったというか焦げたというか、本能が拒絶するような匂いは……。
嫌な予感がしつつも階段を降り切って、匂いの原因である食堂へと向かう。食堂はロビーの隣にあって階段はロビーと繋がっている。ロビーまでやってくると、いつもなら笑顔で対応してくれる女将さんがいない。食事時だから食堂の対応をしてるのかな? それにしては誰もいなさそうだけど……。
食堂の中を覗いた僕は、慌てて中へと駆け出して行った。
「ケルヒ! アイさん! リスさん! どうしたの!!」
三人だけじゃなく、大勢の人達が食堂で倒れていた。幸いにも命に別状はなさそうだけど、これだけの人数が倒れているのはあきらかにおかしい。それにしても凄い匂いだ。さっきの匂いはやはりここからきてたんだな。それにしても、僕が上で寝ていた間に何があったんだ?
「うっ……」
「ケルヒ! 目が覚めたんだね! どうしたの!? 誰かの襲撃? 凄い匂いだけど、毒でも撒かれたの?」
肩を揺さぶってみるけど、反応が薄い。やはり毒にやられたのか? 誰の仕業だ? 帝国側の妨害工作か? いや、それだったら一番に狙われる筈の僕が無傷なのはおかしい。ここには一般のお客さんもいるし、無差別にやるには派手すぎる。
色々考えているうちにケルヒの意識が完全に戻ったようだ。寝ているふりをしているようだけど、僕に隠す事は出来ない。
「ごふっ。お、起きてるって。そんな脇腹殴るなよ」
「ケルヒがふざけるからだよ。それでこの状況は何? 敵襲でもあったの?」
「えっとだな、これはまぁ不幸な事故があってな?」
ケルヒがこちらと目を合わせようとしてくれない。返事もしどろもどろだし、様子が変だ。それに不幸な事故って? 襲われてないなら何でこんなひどい状況になるの??
ケルヒの様子を伺っていると、後ろの方で、アイさんの声が聴こえてきた。アイさんもどうやら起きてきたらしい。ケルヒをポイっと投げ捨てて、アイさんの元へと向かった。ケルヒが頭を抑えていたけど、気にしない。何も答えないケルヒが悪いんだ。
「アイさん、この状況はどうしたんですか? みなさん倒れられてますけど」
「あ、ヴァンさん。えっとですね、お恥ずかしいお話になるのですが、わたし、料理をした事がないのです」
「はい、お姫様ですしね」
「は、はい」
照れた顔して返事をしているその姿がとても可愛いらしい。けど、料理がどうかしたのかな?
「で、ですね、今回、ヴァンさんが疲れてるみたいだったので、リスと相談して、元気の出る料理を作ろうと考えたのです」
「それはとても光栄な事です」
「で、こうなりました」
話がよくわからない。料理してたんだよね?
「料理してたんですよね? ちなみに完成はしたのですか?」
手をもじもじさせてとあるテーブルの中央にあるナニかを指でさす。今まで何で僕はこの存在に気付かなかったのだろうか。あれだな、僕の本能がこれを拒絶してたんだ。生物としての根底が近づく事を拒否し、今も僕の第六感が警報を鳴らしている。
「初めてだったので」
だったので? あれ? もしかしてあれって料理?
「一応、あれで完成したのです。ヴァンさん、ちょっと見た目は不格好ですが、頑張って作りました。食べてくださいますか?」
「え?」
「食べてくださらないのですか……?」
「食べます」
一歩、目標に近づくにつれ、とてつもないプレッシャーを感じている。これはガビよりもすさまじいかもしれない。少し前から起きていたケルヒとリスさんが遠巻きからこちらの様子を伺っているが、手助けをしてくれる気配はない。アイさんが心配そうにしながら僕の方を見ているので、逃げるという選択肢もない。
詰んだか……?
山を登り切ったかのような疲労感を感じながら、料理? の前まで来る事が出来た。スプーンを握り、料理? をすくう。なんとも言い難い音を放ちながら、すくった料理? をアイさんと交互に見つめながら動けずにいると、アイさんの背後にいつの間にか移動していたリスさんが、僕にこれを食べるように催促してきた。
他人事だと思いやがって。けど、結局食べなきゃいけないんだ。見た目が悪いだけで、中身はいいのかもしれない。
意を決してスプーンを口の中に突っ込んだ。そして、僕はその日、死んだのだった。
いや、生きてたけどね!? 気が付いたら朝だっただけだよ? お母さんに会った気がするけど、おそらく気のせいだと思う。もう寝れないと思ってたのにあっさり次の日まで寝れたなぁ。さすがアイさんの料理だ。うん、みんな頑張ってくれたんだよね。その気持ちだけで十分嬉しいよ。
とりあえず起きたら一人だったので、下までまた降りてみよう。ひょっとするとまだ片づけてるかもしれないし。あれはそんな簡単に片付けられる代物じゃない。そんな事を思いながら下へと降りていくと、ロビーに最近ではすっかり見慣れた人がそこに立っていた。こちらに気付いて近づいてきたのでとりあえず僕が挨拶すると、挨拶もそこそこに神妙な様子で話掛けてきた。
「ガウ。義兄上、話、ある」
そこで立っていたのは、真剣な表情でいるヴイさん。こりゃ只事じゃ無さそうだ。
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