第四話 今日、夕飯がまともに食べれると思うなよ

 それからは順調に時を重ねていった。あんなに寒かった黒の月が過ぎ、月を見れば碧色に変化していっていた。ヴイさんとの訓練も順調に進み、日々、強くなっているのが実感出来ている。ケルヒとも連携を深める事が出来ていて、自信もついてきた。


 だけど、それと同時に、今の仕事についても悩むようになってきた。仕事自体は順調なんだけどね。けど、忙しすぎて手が回っていないのが現状だ。質は落としたくないけど、数はもっと回したい。贅沢な悩みかなぁ。けど、依頼者には喜んでもらえるし、僕達も生活が出来る。どちらもいい事だらけなんだけどね。まぁこれ以上考えていても答えは出ないだろうし、今日も『双闘大会』の訓練を頑張ろう!


 今日はヴイさんと組んでケルヒ、アイさんチームと組手だ。あえて色々なパターンで戦う事で戦いの幅を広げようって作戦なんだけど、これが意外と面白い。特にヴイさんと組んでいると、今までの戦い方がいかに凝り固まっていたのかがわかる。戦いに対する柔軟性はおそらく天性のものなんだろうけど、直感が鋭いのか、初見の攻撃や、死角からの攻撃も難なく避けてくる。これにはケルヒが自信をなくしかけていたくらい見事だった。ヴイさんが訓練に加わった事で新しいチームのようになれたと思う。別に仲間になった訳じゃないけどね。とまぁ今は目の前のアイさんとケルヒに集中しなきゃ。


 ちなみに僕とヴイさんでは、どちらも前衛、後衛が出来るので臨機応変に対応し、ケルヒとアイさんの場合はいわずもがな、ケルヒが前衛でアイさんが後衛だ。実は、この訓練を始めてから実力が一番上がったのがケルヒで、その理由が『精霊魔法』をほとんど使えないからだ。基本的に『精霊魔法』は高火力だ。範囲も広いものが多いし、正直、ガビみたいな強敵じゃない限りは逆に火力が高くなりすぎてしまっている。昔、魔物を消し炭にした事がある位だしね。特に今のように模擬戦で使って僕達が消し炭にされてしまっては困る。なので『精霊魔法』を使わないことで、基礎的な能力が向上する結果になったんだ。それにしても、みんな楽しそうに訓練していて、とてもいいと思う。何より、ヴイさんを含めて、誰も気にせず、普通に訓練出来ているってのが素晴らしい事だ。これが継続して続けばいいんだけどな。


 と、そんな事を考えながらも戦いは続いている。今は僕が前衛で、ヴイさんが後衛。僕がケルヒを牽制しつつ、ヴイさんがアイさんの隙を狙っている状況だ。ケルヒの斬撃は鋭く、避けるのも一苦労だけど、模擬戦をいっぱいしただけあって、癖がわかってきた。ケルヒは最初の一撃を必ず振り下ろしてくる。そう、今のように。


「くそ! 当たらねぇ」


「ケルヒ、甘いよ」


 まぁ当たっても、サラさん特製コートのおかげでほとんど衝撃を吸収してしまうので、今ぐらいのであれば防御でもよかったんだけど。サラさんが当時、鎧に負けないくらい、頑丈にしたっていってたけど、大げさじゃなくて、本当に鎧くらい頑丈だった。おそらくだけど、そこらの剣で斬ろうとしても斬れないと思う。


 そして振り下ろしの最後を狙ってリバーブロー。左足に重心を乗せて、そして溜めた力をそのまま打ち込む!


「ぐへっ!」


 中々のヒット!!


「今日、夕飯がまともに食べれると思うなよ」


「なんだ、俺になんか恨みでもあんのか!!」


「勝負の世界は無慈悲なのだよ」


 そのまま超接近戦にうつる。そうなってしまえばケルヒの木刀なんてただの邪魔者でしかない。


「うざってえ! 離れろっての!!」


「いやだよー。逃がさないんだから」


 せっかくの僕の得意な距離なんだ。簡単に逃げられると思わないでね。


「『守護陣』」


「イタッ!!」


 アイさんの『守護陣』をもろに殴ってしまった。これがあるからむやみに攻撃出来ないんだ。全力で殴ると下手すると僕の拳が砕けてしまう。


「『吸引』!」


 アイさんの『守護陣』だけを吸い取る。


「まだまだです。『守護連陣』!!」


 無数のバリアが張り巡らされる。これ、いくつ出てるんだ? 全部吸ってるほどの余裕はないよ。その隙をついて、ケルヒが僕に襲い掛かってくる。攻守が逆転する形になってしまった。


「ガウ。義兄上、俺、これ、壊す」


 ヴイさんがサイドから出てくる。狙うはアイさん、本人。術者を無力化するつもりらしい。けど、アイさんを狙うには相当の火力が必要で、この前戦った時みたいな『獣装変化』でもやらないと一撃で壊す事は出来ない。壊せないで手間取るとケルヒにその隙を狙われるので、この鉄壁を突破するのが難しくてずっと苦労してるんだ。一体、どうするんだ?


「ガウ。『柔牙じゅうが』」


 指一本、『守護陣』に指を当てると粉々に砕け散ってしまった。思わず、リスさんを含めた四人が固まってしまった。その隙に、手刀をアイさんの首筋に添えた。


「そ、そこまで!!」


 慌てて、リスさんがストップをかけた。


「ガウ。俺達、勝ち!!」


 喜ぶヴイさんとは逆に、アイさんの顔色が青ざめていく。リスさんが走ってアイさんのところへ駆け寄っていく。青ざめてしまうのも無理はない。アイさんを守る最大の防壁を指一本で突破してしまったんだから。これには僕も驚いた。そしてこれは脅威だ。今はまだ仲間だからいいかもしれないけど、ヴイさんはいつまで僕達と仲間でいるかわからない。今は、仲間というより、共通の敵を倒す為の共闘関係だから、一緒に戦っているだけだ。場合によっては敵になってしまうかもしれない。その時、アイさんの『守護陣』が役に立たなかったら、防衛面で半減どころじゃすまなくなってしまう。


「ヴイさん、今のどうやったのですか?」


 ショックから立ち直れていないアイさんの代わりに僕が、恐る恐るヴイさんに質問してみる。


「ガウ。『柔牙』、波紋、弱いとこ、破壊する」


「波紋ですか?」


「ガウ。魔力、波、ある。波、強い、弱い、ある。弱いとこ、魔力、やる。壊れる!」


「魔力に波があって弱い部分を突いたって事ですか?」


「ガウ。そう!」


 どうやら、ヴイさんが出来るだけなのか、獣人族が出来るのかわからないけど、魔力が見えて、その弱いところを叩いて、今回壊したみたいだ。


「けど、ヴイさんは何で最初からその技を使わなかったのですか? 使ってれば今みたいに戦況が違う事になってたのに」


「ガウ。魔力、探る、時間、かかる!」


「ようはその魔力を見るのにも時間がかかるって事なんですね?」


「ガウ。アイ、魔力、見つける、難しい。魔力、均等」


 やっぱそうなのか。魔力の扱いが上手な人ほど、魔力が均等になって、弱いところを探すのが難しくなる。だから、今までヴイさんはこの技を使えなかったんだね。


「ちなみにこの技の対処法はないんですか?」


 この質問は流石に答えてくれないか……?


「ガウ。魔力、波長、変える」


「波長を変える……?」


 まさか答えてくれると思わなかった。そして、波長を変えるって?


「ガウ。魔力、波、変えられる。魔力、練る、続ける!」


 ヴイさんが手振りで空気を練りこむような素振りを見せる。


「魔力を練るとどうなるのですか?」


「ガウ。魔力、練る。魔力、強くなる!」


 あれ、もしかすると、ヴイさんがいってる事って魔力を高めるんじゃなくて、今ある魔力を強くする為の修行法?


「ヴイさん、そこを詳しく教えてくださいませんか!?」


 気が付いたら、アイさんが立ち直ってヴイさんに懇願をしていた。


「ガウ。任せろ! みんな、強くなる!!」


 なんて優しい人なんだ。前から思っていたけど、ヴイさんは本当にいい人だ。確かに戦った事もあるし、出会い方がよかった訳じゃない。けど、話は聞いてくれたし、他の獣人族も止めてくれた。そして、今も裏表なく、僕達と接し、なんでも教えてくれる。だからこそ、今の獣人族をこのままにしておけない。なんとしても『双闘大会』を勝たなければならないんだ。


 その後、模擬戦はやめて、急遽、ヴイさんによる、魔力練りこみ講座が始まった。簡単には出来無さそうだけど、練習を続けていれば誰でも出来るようになるらしい。アイさんは元々センスがあるらしく、さっそく練りこめてて、ヴイさんに驚かれていた。それにしても、アイさんが元気を取り戻してくれてよかった。


 みんなで訓練を終えた後、僕がヴァン子になる以外、得に何もなく、一日を終える事が出来たのだった。いや、十分、何もあったんだけどね?

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