第七話 キッス! キッス! キッス! キッス!!

「ヴァン子ー! 幸せになれよー!!」


「おめでとう!! お幸せにー!!」


「ガウ。ありがとう! みな、ありがとう!!」


 純白のウェディングドレスを着た僕とその隣を歩く、これまた純白のタキシードを着たヴイさん。それをみんなが祝福してくれている。どうなってるんだ!? 僕とヴイさんが結婚!?


 そのまま、教会の中央へ。教壇に立っているのは当時、僕の『恩恵』を授けてくれたあの神父様。相変わらずなようで安心です。


「どこ見てんじゃゴラ。っとごほん、えー、ヴァン子。そなたは病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」


 状況が読めない。どうしてこうなったんだ?


「誓います」


 勝手に口が動くんだけど! そしてそれ以外話せないんだけど!!


「よろしい。ではヴイ、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」


「ガウ。誓う!!」


「よろしい。それでは、誓いのキスをお願いします」


「「「キッス! キッス! キッス! キッス!!」」」


 途端に騒ぎ出す、周囲。特に仲間達の声がうるさい。誓いのキスって何!? ヴイさんと僕、キスするの!?


「ヴァン子……」


 真剣な表情でベールアップをしてくるヴイさん。恥ずかしい! これ凄く恥ずかしい!!


 顔が真っ赤になっているのがわかる。このまま僕の初めて、奪われちゃうの!?


 そのまま顔を近づけてくるヴイさん。あー! ストップ、ストップ!! ダメだって! これダメだって!!


 思わず目をつぶってしまう。あー、どうしよ。これどうしよう。僕、ヴイさんのお嫁さんになっちゃう。


 すると、遠くから何か声が聴こえてくる。それは最初は小さかったけど、徐々に大きくなってきた。


「……ヴァンさん、ヴァンさん、朝ですよ。起きてください!!」












 ハッ!?


「ここはどこ!? 結婚式は!? キッスは!?」


「へっ??」


 あれ? ここはいつもの宿だ。目の前にいるのはヴイさんじゃなくてアイさんで。


「ヴァンさん結婚なされるんですか?」


 なぜか落ち込んでいる様子のアイさん。あれ? もしかしてさっきのは夢? それにしてもなんか凄く現実感のある夢だったなぁ……。


「えっと、結婚なんてしませんよ。変な夢を見ていただけです」


「夢ですか。…………それならよかったです」


 最後の方は聞き取れなかったけど、誤解は解けたようでよかった。


「えっと、それで朝ですね。わざわざ起こしに来てくれてありがとうございます」


「いえいえ、お気になさらず。今日は大事な日ですからね。お寝坊さんでは困りますよ?」


 すっかりいつもの調子で微笑んでくれるアイさん。後ろに結んだ髪には、僕がプレゼントした髪留めの水晶が朝日を浴びて輝いている。こうやっていつも着けてくれているのを見ると嬉しくなるな。さて、目も覚めたし、起きるとしようか。アイさんのいう通り、今日は大事な日なんだから。


「そうですね。今日は『双闘大会』の日ですからね。寝坊して失格じゃ笑えませんよ」


 そう、今日は待ちに待った『双闘大会』の日だ。隣のベッドには既にケルヒはいないし、この様子だと起きるのは僕が最後だったのかな? おそらく今日の為に気を遣ってくれて休ませてくれたんだと思う。つくづく、いい仲間を持てたよね。


「さて、それじゃ下へ行きますか」


 ベッドを立ち上がって伸びをする。うん、体調は万全だ。


 下へ向かおうと歩き出すと、不意に右の腕の裾を掴まれた。当然、掴んだのはアイさん。一体どうしたんだろう?


「あの……朝の挨拶がまだですよ?」


 上目遣いでこちらを見てくる。何この可愛い生き物。


「そ、そうですね、おはようございます」


 あう、ちょっと照れながらになってしまった。


「はい! おはようございます。ヴァンさん」


 この笑顔が見れただけで今日一日頑張れそうだ。













 食事をいつも通り済ませ、本番の会場へと向かう。闘技場は城の隣に併設されていて、いつもは剣闘士が死闘を演じ、観客をどちらが勝つか賭けを行っているらしい。街はそれに伴っていつも以上に賑やかで、そこら中で見た事ないような出店が軒を並べている。どうやら王国からも出店されているらしく、まるでお祭り騒ぎだ。本来なら僕達もそれに混じって楽しみたいところだけど、今日はそれどころじゃない。この戦いで獣人族の未来が決まるかもしれないからだ。


 そして辿り着いた会場の正面口。ここまで誰も一言も喋らなかった。いつもならおふざけの一つでもするケルヒまでもが黙るほど、緊張感に包まれていた。


 そして、正面口で待っていたのは今日のパートナー、ヴイさんだ。あの後、アベさん、スケベジジイを通じてヴイさんが出場していいか確認したところ、予想外にもあっさりと了承されてしまった。正直、拍子抜けだったけど、アベさん曰く、獣人族にどちらが上か、大衆の面前で改めてはっきりさせるのにちょうどいいからだろう、といわれた。その時は正直悔しかった。ちなみにそれをヴイさんに正直に報告したら、望むところだ、と逆に闘争心を滾らせる結果になったからよかった思う。


「ガウ。義兄上、今日、よろしく、頼む」


 既に戦意の高まっている様子のヴイさん。僕もパートナーとして負けていられないな。


「ヴイさん、おはようございます。こちらこそ、今日はよろしくお願いします!」


 ヴイさんの姿を好奇の目でジロジロと見ていく人が多い。どうしても獣人族であるヴイさんはどうしても目立ってしまう。基本的にここにいる獣人族は奴隷なので綺麗な恰好をしているヴイさんは珍しいんだ。こんなところでも不快にさせられるなんて……。本人は気にしてない様子だけど、とりあえずはやく受付を済ませて、落ち着いた場所に移動しよう。


 他の仲間達とはここで別れ、ヴイさんと選手受付へ急ぐのだった。

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