第二話 ケルヒがなんか諦めたような目でこちらを見てたけど、一番諦めてるの僕だからね?

「あぁースッキリした!!」


 やっぱ訓練は水泳に限るな!


「そんなのヴァンだけだ……」


「全く、ケルヒ情けないな。ちょっと泳いだだけじゃないか」


「あれをちょっととは言わねぇよ……」


 たかが城の周囲の堀になってる河を一周しただけじゃないか。勿論、許可ありで。貸してもらったお礼に、ボランティアで掃除までしちゃって逆に感謝された位だよ。


 そして、最近困った事があって、泳ごうとすると水着に自動で変形するんだよね……。勿論、ヴァン子サイズに。それに合わせてルンパまで予定通りといわんばかりに胸に変化して、なんか怖いんだけど。ケルヒがなんか諦めたような目でこちらを見てたけど、一番諦めてるのは僕だからね?


 泳ぐのはいいんだけど、視線がきつい。まぁそれも泳ぎ始めれば夢中になっちゃうから忘れちゃうんだけどね。途中でケルヒがいなくなったのも気付かなかったくらいだし。


「なぁ、あのヴァン子モードやめてくれねぇかな?」


「あ、あれは僕の意思じゃどうにもなんないんだよ……」


「サラさんの呪いか……」


 ぐぅ!! 呪いっていったのケルヒだから!! 僕じゃないから!!














 訓練を終えた僕達は、せっかく時間もあるからと、そのまま帝国内を歩き回る。まだそんなに長い月日を過ごしていない為、帝国内で知らない場所はまだまだ多い。王国と比べると広くはないが決して狭い訳ではない。ただ、王国と違って、明確にここは商業区、あそこは居住区など区画が分かれておらず、ごった返している印象が強い。潰れたお店に次のお店が入り、外側も徐々に徐々に広がっているのでとても賑やかな雰囲気だ。その分、治安は悪い。あちらこちらに浮浪者はいるし、その、獣人族の奴隷もいる。本当なら今すぐにでも止めたいが、それをしたとしても何一つ変わらないから我慢だ。


「あれだなぁ、ヴァン色に染まったレンガが増えてきたなぁ」


「へ?」


 よく見ると、僕達が依頼で清掃したところと、他のところのレンガの綺麗さが全然違うのが、遠目に見るとよくわかる。そして綺麗な方にお客さんも流れてるみたいだ。まぁ、そりゃ汚い店と綺麗な店なら綺麗な方に行きたいもんね。


「おー! 坊主! この前は綺麗にしてくれてありがとよ!!」


「いえいえー! またいつでも依頼してください!!」


「こっちもまた今度頼むよー!」


「なんだ、最近お前らの店が綺麗なのはこの兄ちゃん達がやったのか! 今度うちのもやってくれよ!!」


「ギルドで依頼してくだされば行きますよ! ただ、予約も多いのでお早目お願いしますねー!!」


 うんうん、感謝もされて、こっちもお金が入って、最高の仕事だね。


「どこ行ってもヴァンは有名人だな」


「そう思うなら、ケルヒももっと真剣に掃除しなよ」


「う、俺はいいんだ。めんどくさがりだからな。ヴァン程、頑張れる気がしねぇ」


「掃除は、順序を大事にすればいいんだよ。まずは上から下。方向を決めて、端っこを忘れない。これだけでだいぶ違うんだよ」


「わかっちゃいるんだけどなぁ……。まぁそういうのはヴァンに任せるわ」


「もう……。ケルヒだって『掃除人スイーパー』なんだからね?」


 しっかり自覚をもってもらわないとね!


「俺は討伐で『掃除人スイーパー』になれるように頑張るわ」


「えー、こっちでも頑張ろうよー」


「やーだ」


 他愛もない会話をしながらブラブラ歩き進める。ここ最近ゆっくりしてなかったからちょうどよかったかもしれない。そういえば、前にアイさんと買い物した時も楽しかったな。リスさんとはまだした事ないけど、一緒に買い物したらどんな感じなんだろう? そうそう、買い物といったらルロさんは元気にしてるんだろうか? まだそんなに月日は経ってない筈なのに、もう何年も会ってない気分だよ。まぁそれだけ帝国で過ごした日々が濃厚だって証拠だね。









 そろそろ日が傾いてきた。今日は結局、一日中歩き回っちゃったなぁ。まぁたまにはいいか。さてと、宿に戻って明日の準備をしないと。お風呂にも入って宿へと戻る途中、獣人の気配を感じた。ケルヒの方を見ると、ケルヒも気付いたみたいで、こちらへ頷いてくる。


 さっと二人で裏道へと歩いていくと、挟まれるようにフードを被った人達に阻まれた。この気配はヴイさんだ。


「ガウ。義兄上。結果、聞く。どうなった?」


「義兄上?」


 ケルヒ! そこは気にしないで!!


「ガウ。ヴァン、俺、義兄上。それで、結果」


「慌てないで。とりあえず、結果だけど、チャンスはもらえたよ。今度『双闘大会』で優勝すれば解放してもらえると思う」


「ガウ! そうか!! さすが義兄上!!」


 コートの中で尻尾がフリフリしてるのがここからでも容易にわかる。何だかこんなに好かれてて、むずかゆいな。


「まぁ、助けてもらった形で……だけどね。けど、優勝すれば君たちの仲間を奴隷から解放出来るんだ。このチャンスを逃す手はないよ」


 どんな形であれ、これは間違いなく、チャンスなんだから。


「ガウ。それなら、俺、大会まで、一緒、戦う! それで、強くなる!!」


「訓練の相手になってくれるの?」


「ガウ!!」


 これはいい誤算かもしれない。あの時、戦っていた感じでいくと、僕とヴイさんはほぼ互角だったし、むしろ単純な戦闘力なら、ヴイさんの方が上な位だ。これで一緒に訓練すれば得る事が多いだろう。


「けど、いいの?」


「ガウ! 気にするな! だが、お願い、ある!」


「お願い?」


「ガウ。俺、ヴァン子、会いたい」


「ブフゥーーーーー!!」


 ケルヒ! 噴くな!


「ガウ! お前! なぜ、笑う!!」


 剣呑な雰囲気が周囲を包み込む。このままじゃ一触即発だ。


「ごめんね! ちょっと事情があって。ヴァン子ね、いいよ! 暇があるか、聞いてみるから!!」


 あぁもう! 勢いでいいっていっちゃったよ!


「ガウ! さすが義兄上!」


「う、うん。任せて」


 いい事と悪い事が一緒にきちゃったなぁ……。











 その後、ヴイさんと別れて、宿に戻ってみんなで作戦会議。ここで問題になったのが訓練をする場所を選ばなければいけないからだ。


「無難なのはやっぱ外壁の外じゃねぇか?」


「けどそれは危険ではありませんか?」


「まぁなぁ……。けどよ、俺達が使ってるみたいに訓練場って訳にもいかねぇだろ」


「獣人と訓練場はダメ」


「だよね。あそこで慌てて別れなければよかったかなぁ」


 いつ会えるかってヴイさんに迫られたから、次の約束だけして、慌ててはぐらかせて逃げてきたんだよね。


「あれは仕方ねぇだろ。けどヴァンはどうするんだ? ヴァン子で会うのか?」


「えぇ……。約束したし、会うつもりだけどさ。むしろ僕、どうしたらいいの?」


「えっと、どうしましょ?」


「フィアンセ?」


「それは無理だって!!」


「けど、ヴァン。しっかり断れるのかよ」


「そこは、僕だって男だし、しっかり断るよ」


 男が好きならまだしも、普通に女の子が好きだし、さすがにヴイさんと結婚は無理だよ。


「出来るのかよ? あの対応の仕方じゃ不安になるぜ」


「あれだけ好意を持たれると流石に言いにくいんだよ。けど、ずっと期待させるのも問題だし、今度会う時にはきっちり断ってくるよ」


「ヴァンさん、頑張ってくださいね」


「ファイト」


「っと、話がズレちまったな。それでだ、訓練するならどうする?」


「ズラしたのケルヒじゃんか。うーん、けど人の目を気にしないとなると外壁の外側しかないのかな。他に意見はある?」


「獣人さんの隠れ家にしてる場所は貸してもらえないんですかね? 先日、ヴァンさんが戦われたようなの倉庫ですが」


「同じような場所が他にあるかだね。もし、使えるなら人目も気にしないで戦えるからいいかもしれない」


 下手に外でやるより安全かもしれないな。今度会った時に聞いてみよう。


「よし、それじゃ次回あった時に、出来るかどうか確認してみようぜ。そこで提案だ。その時はヴァン子で行くのはどうだ?」


「え?」


「名案」


「え?」


「ちょっと惚れた弱みに付け込むようですが、アリですね」


「え、ちょっと?」


「決定だ。んじゃ次の時はヴァン子で行ってみようぜ!」


「勝手に決めないでよ!!」


 結局、みんなに説得され、ヴァン子モードでヴイさんと会う事になった。みんな他人事だと思って調子いいんだから。僕の身にもなってよね。


 次に会う日が不安になりながら、今日を無事? 終える事が出来たのだった。あぁ、今から憂鬱だなぁ。

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