第十六話 しつこい、しつこい。まるでキャンキャン吠える犬のようじゃ。

 さぁ、賽は投げられた。皇帝陛下は、覇気をより高め、不愉快だという事を隠すつもりもなく、答えを返してきた。


「あぁ、勿論だとも。妾があの獣共を奴隷する為に、改定したのだからな」


 この発言だけでも、獣人族を深く恨んでいる事がよくわかる。けど、ここで引くわけにはいかない。


「それが原因でご子息達が襲われそうになっているのも勿論ご存じですよね?」


「あぁ、それも知っておる。どっかの誰かがその獣共を手懐けてくれた事もな?」


 手元の扇で口元を隠しながらクスクスと笑う。これは挑発だ。熱くなりすぎちゃいけない。


「違います。手懐けたのではありません。僕がお願いしたいのは、獣人族を奴隷にするのをやめていただきたいのです」


「では、奴隷にするのをやめたとしよう。それでこの帝国では何を得る事が出来るのだ?」


「なっ!」


 確かに帝国にとって得は少ないのかもしれないけどっ! そうだけど!!

 

「そうであろう? 帝国は貴重な労働力を失うのだ。その分はどこで補う?」


「ですが、このままでは帝国と獣人国で戦争になるかもしれません!」


「ふむ。それはあり得るやもしれんな。だが、覚悟の上でやっておるから問題なかろう。精強たる帝国が、獣如きに負ける訳がない」


 このままでは埒が明かない。少し切り口を変えてみよう。


「それでは、なぜ、そこまでして獣人族を奴隷にするのをこだわるのですか?」


 一瞬真顔になる皇帝陛下だったが、すぐに元の余裕そうな表情に戻る。やはり獣人国と戦争してでも奴隷にし続けるだけの理由があるんだ。


「中々威勢がいいな。そうだ、妾の子でも宿さぬか?」


「話を逸らさないでください!」


 いきなり子を宿さないかってなんて事をいう人だ!! あきらかに挑発してるだけなんだからアイさんが僕より動揺しないでください!


「帝国では強き血を好む。その血は生まれや、身分などより、よっぽど尊いのじゃ。まぁよい。なぜ奴隷にするのをこだわるか、それはあの獣共など、生かす価値がないからじゃ」


「生かす価値がない……?」


 生かす価値がないってどういう事なんだ?


「獣人族と何かあったって事なんですよね?」


「それをなぜ妾がそなたに話さなければならぬのだ?」


「獣人族を解放する為にも、その理由が大事だからです!!」


「しつこい、しつこい。まるでキャンキャン吠える犬のようじゃ。話を聞くとは言ったが、あまりにしつこい犬は……躾をせんといかんか?」


 今まで出していた魔力が、まるでそよ風だったかのように吹き荒れる暴風。弱い者はこれだけで気絶している程だ。その魔力がこちらに向かって押し出されている。正直立っているだけでも辛い。まるで頭を地面に抑えつけるかのように圧力が増していく。これが皇帝陛下の実力か。


「ほう、これでも大丈夫なのか。辛ければ跪いてもよいのだぞ?」


 くそ、ドSめ! 意地でも跪いてたまるものか!!


「今までの発言を謝罪し、撤回せよ。さすれば解いてやる」


「撤回しません。僕は、獣人族の奴隷化に反対です!」


 たとえ、どんなに圧力を上げてこようと僕は負けない! これが合理的な事であったなら僕も引くけど、これはおそらく私怨だ。このままじゃお互いに不幸しか生み出さない。僕がたとえ悪者になったっていい。こんな不幸は続けるべきじゃない!!


「なら、いっそ――――」


 謁見の間の緊張感が最大になった時、僕と皇帝陛下の間にクリサンちゃんとセアムちゃんが立った。


「ママ、ストップよん♪」


「なんじゃ、そなたらも邪魔をするのか?」


「違うわ、ママン。諦めさせる為の提案よん♪」


 提案……? 急に何を言い出すつもりなんだ?


「……よかろう。聞いてやる」


「ありがとう、ママン♪」


 二人がこちらを見てこっそりウィンクしてきた。やっぱり僕の事、バレてる?


「今度、アチシ達の双闘大会があるじゃない? そこで優勝すれば願いを一つだけ叶えるって話でしょ? この大会に参加させればいいと思うわん♪」


「何だと……? 本気で言ってるのか?」


「本気よ。それともママはアタシ達が勝つって信じられないって訳??」


 二人の提案に皇帝陛下が黙り、周囲がシーンとなる。……沈黙が重い。先程とは違った重圧に誰も動けない。そしてその沈黙を破ったのは勿論この人だ。


「よかろう。此度の双闘大会に出場させてやる」


「さすがママ♪」


「ありがとう、ママン♪」


 くそ、状況が読めない。双闘大会ってなんだ? これはチャンスをもらったって事か?


「双闘大会がわからんようだな。双闘大会とはな、この帝国において、『双魔魔法』のお披露目を含めた、闘技大会だ。優勝したら、帝国内で可能な事であればどんな願いも叶える事が出来る。妾の子らがチャンスをくれたのだ、感謝せい。まぁそれがどういう結果になるかまでは何も言えんがな。ちなみに今までこの大会で『双魔魔法』の使い手以外が優勝した事はないぞ」


「ど、どんな願いでも! でも……」


 こんな都合のいい話あるのか? 何でわざわざこんな提案をするんだ。普通に考えて、知らぬ、存ぜぬを通せば、僕の負けなのに……。


「必死になってる姿が可哀そうだったから、諦めさせるのにてっとり早い方法だと思っただけだわん♪」


「そうよ。正直うるさいだけ。さっさと負けて諦めてほしいわん♪」


 そっぽ向いて唇を尖らせている。この二人なら信じてもいいかもしれない。どちらにせよ、僕にはこれしかないのだから。


「わかりました。その大会に出場させてください」



















 そこから先の双闘大会の詳細は、後日に伝えられる事となった。何とかチャンスは掴んだ(もらえた)。どんな意図があってクリサンちゃんとセアムちゃんがチャンスを与えてくれたのかはわからないけど、このチャンスを逃してはいけない。


「ヴァン! 何でこんな勝手な事をしたんだよ!!」


「そうですよ、ヴァンさん! もしかしたらあの場で殺されていたかもしれませんよ!!」


「バカ」


 そしてただいま正座中である。みんなに心配かけたんだ、当然の結果だと思う。アイさんなんて今にも泣きそうだ。今更ながら仲間には相談すべきだったのかなぁ。


「ご、ごめんなさい」


 こうなったら謝り続けるのみ。


「まさかあの場で獣人の奴隷解放を直接、皇帝陛下にお願いするなんて誰も思わねぇぞ」


「あはは、だよね。皇帝陛下も予想外っぽい表情だったし」


「普通、他国の政治に一般人が介入できるはずがありませんからね。帝国が実力主義だったので、助けられたのかもしれません。それとあの双子の皇子達が介入してくれたのも大きいです。なぜ、あのタイミングで、自分達に利が全くないにも関わらず、手助けしてくれたのでしょうか? 何か心当たりはありませんか?」


「心当たりは……ある。多分だけど、僕がヴァン子だったのがバレてたんだと思う。教師だった時には、クリサンちゃんとセアムちゃんは僕に懐いてくれてたから」


「なるほど。まぁ真意まではわかりませんが、結果だけをいえば最高に近い形が取れたと思います」


「リスはもうダメだと思った」


「俺も死んだって思ったぜ」


「どうやって助命をお願いすべきかずっと考えてましたよ……」


 やっぱりそれだけ危ない状態だったんだな、僕って。


「とにかく、何とか獣人族の奴隷解放の可能性を残す事が出来たんだ。その双闘大会を頑張るしかないと思う」


「それも大事だけど、その前に、二度とあんな無理をしない事!! わかりましたか?」


「は、はい。わかりました」


「それでよろしい♪」


 あぁ、何とかアイさんの機嫌がなおってくれたみたいだ。それを見て、ケルヒ、リスさんもホッとしてくれている。確かに結果は二人のおかげで最善とまではいかなかったけど、悪くなかった。だけど、過程を反省しなきゃいけない。


 まず、次からはなるべく仲間には相談する事。それだけは怠らないようにしないと。今度は愛想を尽かされちゃう。


 その双闘大会については後日にならないとわからない。ただ、クリサンちゃんとセアムちゃんの二人と戦うのは確実だ。あの二人の実力は相当なので今のうちに訓練だけは欠かさないようにしないと。


 獣人族の為、そして自分の為に僕は新たな決意を胸に刻むのだった。

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