第十三話 楽しい! こんな状況ではあるけど、僕はそんな感情で溢れていた。

 これはまずい。どこからどうみてもお怒り状態である。


 身体中の毛が逆立ち、親の仇を見るかのような表情。このままじゃ今すぐにでも飛び掛かってくる勢いだ。


「ガウ。お前、何してる?」


 このままじゃまずい。この可能性も考えてなかった訳じゃなかったけど、まさかの探りを入れるだけの筈が、一触即発の危機に陥ってしまった。この状況を少しでも改善するには……。


「敵意があってやった事ではありません。ですが、あなたの仲間を傷付けたのは事実です。本当にすみませんでした」


 頭を下げて素直に謝る事だった。遠回しな事はせずに謝る。結局はこれが一番なんだ。ここで言い訳をしてはいけない。幸いにもヴイさんは、前回出会った時の様子から察するに理性的な人だ。これが必ず効くとはいえないけど、やってみるだけの価値はある。


 沈黙があたりを包み込む。何時間もこのままにしていたと勘違いする位、重い空気。そしてため息とともに返ってきた答えは。


「ガウ。俺、お前、許せない。けど、悪意ない、わかる。だから、チャンス、やる。俺と戦え」


 思いがけない言葉に、頭を上げてヴイさんの方を見る。そこにいたのは先程までの怒り狂った獣ではなく、一人の戦士だった。


 気持ちが伝わった……! これで確実に助かる訳じゃないけど、一縷の望みは繋がった。ただし、ヴイさんは間違いなく強い。けどここを切り抜けるにはそのヴイさんに勝たなければいけないんだ。


「ありがとうございます。やはり、ヴイさんは優しいですね。よろしくお願いします」


「ガウ。お前、俺、なぜ知ってる? どこ、会った?」


「い、いえ、会った事はありませんよ」


 これは失言だった。まだヴイさんと会った事がない。完全に気が動転してるな。まずは落ち着こう。冷静になれなきゃ、勝てる相手じゃない。


「ガウ。まぁいい」


 まだちょっと疑うような目で見てきたけど、なんとか大丈夫そうだ。ここはしらを切り通すしかない。










 場所を少し移動して、倉庫の中央へ。怯えている親子には申し訳ないけど、端っこで大人しくしてもらうことにした。逃げられない事は母親の方もわかっているので、素直にいうことを聞いてくれたのは正直、助かった。子供の方も泣きそうだったけど、うまく母親があやしてくれた為、とりあえずは落ち着いてくれている。これで戦いに集中出来る。


 目の前にいるのは、戦意の高まっているヴイさん。そして僕達を囲むように広がっている獣人達。ピリッとした空気に、嫌でも緊張感が高まってくる。


「ガウ。では、いくぞ」


「よろしくお願いします」


 まだお互いの攻撃が当たらない距離で構えをとる。相対してみる改めて感じるこの強さ。油断してたら一気にやられそうだ。様子見をするのもありだけど、ここは意表をついて……僕からっ!


「吸排拳弐式『排迅はいじん』!!」


 一気に懐に潜り込む! さすがに予想してなかったであろう速度に、ヴイさんは一旦距離を取ろうとする。だけどそんな事を僕はさせない!!


「『吸引』!!」


 『吸引』は生物を吸う事が出来ない。だけど、生物を吸い寄せる事は出来るんだ。後ろに下がる事を妨害する事に成功。そしてその隙を逃す僕じゃない! 挨拶代わりの正拳突きをくらわせる! 避ける事の間がかなわなかった一撃は、見事に腹部を捉えた。だけど、そこで待っていたのは、岩の様に硬く鍛え抜かれた肉体だった。芯を捉える事が出来なかったのもあるが、ほとんどダメージを与えられていない。僕の拳は、いともたやすく弾かれてしまった。もっと溜めが出来れば、吸排拳壱式『排勁はいけい』で叩けたのに……!


 後悔しても遅かった。そして、この隙をヴイさんは見逃さない。攻守は逆転し、今度は僕が、ヴイさんの攻撃を避ける番になった。そして繰り出される攻撃のどれもが鋭く、そして重い。威力は僕より僅かに上だろうか、数発程度であれば大丈夫だと思うけど、もし被弾が続いてしまったら、どこまで耐える事が出来るかわからない。


 ギリギリの攻防が続く。時折、攻守が入れ替わり、その度に、お互いに致命打を与えられずにいた。


「ガウ。お前、やるな」


「そっちこそ強いですね」


 お互いに息があがりはじめる。序盤こそ、ヴイさんを応援していた獣人達も、僕達の戦いを見て、開いた口が塞がらず、気がついたら周囲はシーンと静まり返っていた。


 楽しい! こんな状況ではあるけど、僕はそんな感情で溢れていた。振り返ってみたら、今までの相手といえば、格上ばかりだった。勿論、同レベルの人もいたけど、そのどれもが得物を持っていたり、『魔法』が主体だったりと、同条件で戦った事が、今までなかったんだ。


 それに比べ、ヴイさんは僕と同じ、体術で戦ってくれる。そしてどんなに戦いの中で工夫しても、お互いが押しきれない、そんな状況だ。それがたまらなく楽しい。僕ってこんなに戦闘狂だったのかな? 思わず顔がニヤけてしまう。それは向こうも同じのようで、ヴイさんの顔がニヤけているのがわかる。きっと僕と同じ気持ちなんだと思う。


 けど、楽しいからといってこのままじゃダメなんだ。僕は、この好敵手ライバルに勝たなければいけない。あそこで怯えている親子の為に、そして僕の事を待っている仲間の為に……!


「ヴイさん、僕は勝たなければいけません。


 僕は勝つ為に、本気を出す。つまり僕を我へと切り替える。頼んだよ、裏ヴァン。


「ここからは、我の時間だ。先程までと一緒だと思うでないぞ?」


「ガウ。お前、さっきまで、違う? ははは! 面白い!!」


 お互いの戦意が高まっていく。さぁ、ここからは本当の勝負だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る