第十二話 こうやって守りたい人って増えていくのかな……? サラさんは、僕に教えてくれてた時、どう思ってたのかな? 今になって気になるよ。

 それからそれなりに時間が経ったが、実技に水泳が追加された以外、特に変わった事はなかった。ヴイさんからのアクションはないし、外部からの侵入も今のところなさそうだ。獣人による襲撃は鳴りを潜め、表面上は平和になったといえる。だけど、僕はわかっている。ヴイさん達のあの恨みの籠もった表情。あれは簡単に諦める人の顔じゃなかった。今は嵐の前の静けさだ。これから獣人達による嵐が巻き起こるのは間違いない。その時、僕が取れる行動は……。









 ちなみにクリサンちゃんとセアムちゃんの情報によると、帝国内でも獣人の奴隷化を一旦停止し、獣人国と和解すべきじゃないかって意見は少なくない数、出ているらしい。え? 何で急に双子の皇子から名前にしたかって? 間違って双子の皇子って呼び方してるのを聞かれた時にもの凄く怒られたからだ。双子であってもそれぞれの考え方をしてるし、きちんと一人一人を別に扱って考えてほしいのが、本人達の希望なんだそうだ。


 あの怖い顔で間近に迫られるのはもう勘弁してほしいので、日頃から名前呼びを徹底するようにしたのだ。とまぁ余談はいいとして、それだけ、帝国内でも反対する声があがっているにも関わらず、なぜ獣人達への扱いを変えないのか? それは結局、皇帝陛下が変える気がないからだ。どんなに周囲の人が反対しようと、最終判断するのが皇帝陛下。そこは絶対不変の決まりになっている。だからこそ、僕は皇帝陛下と直接話したい。僕のような外部の人間が何かいって変わるとは思えないけど、やらないよりはやった方が絶対いいからだ。その為に今は、この依頼を終わらせるのが先だよね。


「センセ〜?」


「あ、すみませんわ。ぼーっとしてたみたいで。どうしましたか?」


 考え事してたせいで周りが全然見えてなかったみたいだ。それじゃ護衛として失格だな。気をつけないと。


「んもう。仕事のしすぎよっ」


 物凄い勢いで背中を叩かれた。普通の人じゃそのままふっ飛ばされる衝撃だったけど、僕なら大丈夫。精々一メートル程度だ。それにクリサンちゃんには悪意はない。ただじゃれあってる程度なのだ。ただ、二メートルを超える巨体は、ただのじゃれあいじゃ済まされない。しかも『漢女』への感染属性まで持っている。どうもこれまで、普通のお友達を作るのに苦労していたみたいで、普段は、気丈に振る舞っているけど、時折、他の生徒達を見ては寂しそうな顔をしている。皇族だからといって得ばかりではないんだろうな。


 そんな事もあり、僕はなるべく、クリサンちゃんとセアムちゃんには普通に接するようにしている。そのせいもあってか二人ともかなり懐いてくれているのは純粋に嬉しい。


「この仕事は生き甲斐ですからね。教えがいのある生徒達がいると、頑張りたくもなりますわ」


「あらん♪ そう言ってもらえるとアチシももっとも〜〜〜〜〜っと頑張っちゃいますわよんっ」


 いつの間にか背後にいたセアムちゃん。あれ以来、背後は気をつけている筈なんだけどなぁ。気がついたら背後を取られてる。


「クリサンちゃんとセアムちゃんは強いのですから程々にですわよ。もし本気を出したい時は、わたくしに相談してくださいね。二人とも我が校の生徒なのですから」


「「センセ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」」


 挟むな! 本当に死ぬ! 筋肉の塊なんだからね。二人共!! たったこれだけの言葉で感涙するほど喜ぶのは、今までがどれだけ不遇だったかわかる。


 僕のイメージでは、偉い人達って贅沢をしたり、自由奔放にしているのかと思っていたけど、実際は全然違う。上に立つ者には責任がある。そしてこの二人は将来、皇帝陛下になる事がほぼ確定している。この二人の背中にはどれだけの重荷が背負わされているのだろうか? 僕には想像出来ない。


「もう、大げさですわ。それでは教室に戻りましょう。実技の時間は終わりですよ」


 こうやって守りたい人って増えていくのかな……? サラさんは、僕に教えてくれてた時、どう思ってたのかな? 今になって気になるよ。












  そこから数日。今日も賑やかな街並みが拡がっている。商業街では、通り行くお客さんの呼び込みをしている。それに呼び込まれたお客さんは、少しでも安くしてもらおうと、店主と壮絶な値引き合戦をしていて、それを周囲の人が笑いながら遠巻きに観察している。一見平和に見えるこの風景。だけど、僕は気づいてしまった。街を歩いていると奴隷ではない獣人の気配を感じる。今日は久しぶりに学園のお仕事がお休みでやっと普通の格好に戻れたのに……。気づいてしまったらこのままほっとくわけにはいかない。あぁ、休み返上だけど、仕方ないかな。僕はその気配に向かって走り出すのだった。


 そして路地裏にいたのは数人の獣人達。おそらくまだ僕がいる事には気づいていない。……ヴイさんはいないか。まぁいたとしても今の僕の格好じゃ気づかないんだろうけど。さてはて、どうしようか。


 なんだか前回出会った時より、獣人達の空気が重いな。これじゃ話し合いどころじゃなさそうだ。だけど、この状況で取れる手段って限られてるよね。鎮圧か、逃走。はたまた様子を見ながらこのまま追跡するか。


 見た限り、あの獣人達が相手なら僕一人でも鎮圧は可能だろう。だけど、それじゃ獣人の目的もわからず、溝は深まるばかりだ。という事で却下。


 次は逃走。ここまで来た意味がないから逃走はないよね。これも却下だ。


 そうなると追跡……か。うん、相手にも気づかれてないし、追跡が一番かな。ひょっとすると相手の隠れ家を見つけられたり、そこから情報を得る事ができるかもしれない。


 考えがまとまったところで、ちょうどよく獣人達が移動を始めた。よし、気づかれないように跡をつけよう。







 暫く歩いたその先は、誰も使っていないであろう、空き倉庫だった。周囲を警戒しながら中へ入っていく獣人達。僕は少し時間をあけてから入り口へと近づいていく。


 幸いにも自分達の存在がバレるのを恐れてか、入り口には見張りが立っている様子はなかった。それでも最大限の警戒をしつつ、中の様子を伺う。そこにいたのは先程の獣人達に加え、他の種族? の獣人を含めた十人以上の集団だった。


 こ、これは流石に僕の手に余るか? 倒せないわけではないと思うけど、ちょっと人数が多すぎるかなぁ……。撤退を視野に入れながら様子を伺っていると、奥の方から泣き声が聴こえてきた。


 ま、まさか?


 獣人達が叫ぶとピタリと泣き声が止まる。そして奥の部屋に下っ端ぽい獣人が入っていき、暫くすると一組の人間の親子が姿を表した。予想してた範囲で最悪な部類だ。やっぱ攫っていたのは護衛についていた人間だけじゃなかったんだ。まだ幼子を抱えていた母親は必死に頭を下げて許しを請う様子がこちらからも見えてくる。それに対し、獣人達はかなり苛立っているみたいだ。


 このままじゃまずい!! 慌てて走り出し、親子に一番近い獣人をまず、無力化する!


「吸排拳壱式『排勁はいけい』!!」


 見事に脇腹に命中。その獣人は遠くまで吹っ飛び、そのまま立てなくなったようだ。


「ナニモノ!?」


「名乗るほどの者じゃない! この親子を解放しろ」


 ざわざわと騒ぎ出す獣人達。あぁ、やっちゃったなぁ。けど今のタイミングで飛び出さないと、この親子がどうなっていたかわからなかった。なんとかこの親子だけでも無傷で逃がせればいいんだけど……。


 相手も突然の事で戸惑っているようだ。混乱している内になんとか逃げ出そう。幸いにも僕の方が入り口に近い。なんとか入り口に向かって――――。


 この気配はもしかして!? 殺気を感じて、慌てて後ろを振り向く。


「ガウ。お前、何してる?」


 そこにいたのは怒り心頭といった様子のヴイさんだった。

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