第十話 これは依頼だ。任務なのだ。そこに個人の感情は入れるべきではないし、受けた以上は遂行する努力をしなければならない
目指す場所は、校舎の裏側にある、ちょっとした森の中だ。他のクラスも講義中だったので、誰にも見つかる事なく、気配の元へとたどり着けた。そしてそこにいたのはやっぱり獣人……。
見た目は犬? 狼? みたい。犬の耳に尻尾。所々に犬の毛が生えている。いるのは三人か。相手も既に気づいてるのか、警戒してる様子が見える。ここは敵意を見せず、いきなり襲ってこない事を願って。
「失礼しますわ。あなた達に危害を加えるつもりはございませんの。少しお話をしませんこと?」
「オンナ!!」
いきなり飛びかかってきそうな勢い!! これ対話も出来ない感じ!?
「ちょっとお待ちくださいませ! 落ち着きください!!」
「待て」
一番うしろにいる獣人が、飛びかかろうとしてきた獣人を止めてくれる。危なかった。本当に話をする前に戦闘に入るかと思ったよ。
「ナンデマツ?」
「ガウ。馬鹿者が。我ら、気配を感じさない。けどここまできた。しかも一人。それを襲いかかる、獣と一緒。我ら、獣か? 違うだろ?」
「オレタチ、ケモノ、チガウ」
やばい、この人素敵。っておふざけしてる場合じゃない。この止めてくれた獣人だけ身なりも話し方も全然違う。おそらくそれなりに上の地位にいる人なのかな? それにしても普通に対話出来るとは思ってなかったので、言葉に詰まる。慌てて走ってきたし、頭の中が整理出来ていないんだ。
「ありがとうございますわ。えっと、まずは自己紹介ですわね。わたくし、この帝国学園の臨時教師をさせていただいております、ヴァン子ですわ」
よし、自己紹介している内に、頭の中を整理しろ。
「ガウ。ヴァン子か、いい名だ。俺は狼牙族のヴイ」
「ヴイさん……ですわね。それではヴイさん、本日はこの帝国学園にはどのようなご要件で?」
結局出来た事は直球。遠回しに聞いても微妙だと思ったからだ。それにこのヴイさんなら全く話が通じないって事はなさそうだし。
「ガウ。それは話せん。だが、我ら獣人の、復讐。そして聖戦だ」
復讐はわかるけど、聖戦……? 取り戻すってのは奴隷にされている獣人をって事だよね? けど、今気にしなければいけない事は
「その聖戦とは……帝国学園に在籍してます、双子の皇子にも関係するのかしら?」
「ガウ。それも話せん。だが、歯向かわなければ危害、加えない」
「それでは、なぜ女性の方に危害を加えているのですか!?」
思わず、声を荒げてしまいそうになる。ここは森の中とはいえ、周囲が静かな為、いつ誰が来るかもわからない。気をつけないと。
「ガウ。我ら、帝国、憎んでいる。だが、我ら、獣じゃない。帝国、どんなに卑怯しても、しきたり守る。だから、抵抗しなければ襲わない。だが、抵抗するなら、知らん」
帝国を憎んでいるのは当然だ。僕だって、あの奴隷の姿を見ていると、悲しくなり、辛くなる。女性が襲われているのだって、仕返しであり、根本を正すべきは帝国だと僕も思っている。だけど、これは依頼だ。任務なのだ。そこに個人の感情は入れるべきではないし、受けた以上は遂行する努力をしなければならない。
「ガウ。ヴァン子。お前、帝国の奴と匂い、違う。人間、みんな同じ、思ってた。だが、お前、違う。何が違うんだ?」
「へ?」
不用意に近づいてくる。そしてそのまま首元をくんくんしてくる。ちょっとまって! 汗かいてるから! ってそういう事じゃない!! 敵意がないから反応が遅れてしまった。慌てて距離を取って一息。その様子を全く気にする事がないヴイさん。
「ガウ。ヴァン子、何が違うんだ? 俺、気になる」
「えっと、わたくしが帝国の出身ではないからでしょうか?」
正直、それ位しか思い当たる事がない。
「ガウ。違う。それじゃない。俺、帝国の人間じゃない奴、いっぱい会った。けど、同じだった。けど、ヴァン子、違う。優しい匂い、する」
「そ、それは大変、光栄な事ですわ。ですが、レディーに向かっていきなりくんくんするのは
「ガウ。ごめん。次、気をつける」
なんかめっちゃ素直なんだけど! どうしよ、ちょっと可愛い。
「わかっていただければ構いませんわ!」
って何の話をしてるんだ。これじゃ話が進まない。抵抗しなければといっても護衛だから無抵抗って訳にもいかないしな。結局は改善できそうにない。このままじゃ、これからも双子の皇子を狙い続けるだろう。どこか落とし所はないのかな?
「あの、双子の皇子を狙う事はやめる事は無理なのですか?」
「ガウ。それは無理。これは狼牙族だけじゃない、獣人全体、総意。先程、言った。復讐なのだ」
「それは話し合いで……」
「ガウ。もうそんな時期、過ぎている」
沈黙が周囲を包み込む。そうだよね。普通に考えて獣人は連れ去られて、奴隷にされて、それを話し合いでなんて甘いだけだよね。獣人達の気持ちを蔑ろにしすぎているのもわかってる。けど、このままじゃこの聖戦って……!
「けど、それって結果的にたくさんの人が傷つきませんか? 奴隷となった獣人達を解放したいという気持ちは痛いほどわかります。けど、このままじゃ……」
これ以上言葉を続ける事が出来ない。なぜならそこまで含めて、獣人達が考えて、この行動に移しているのが、ヴイさんの表情からもわかったからだ。
「ガウ。ヴァン子、お前優しい。やっぱ他の奴、違う」
「違いませんわ。わたくしには何も出来ませんもの」
「ガウ。ヴァン子、お前本音。嘘言ってない。それが俺、嬉しい。けど、獣人全体、総意。もう止まらない。帝国、許せない」
ヴイさんの瞳には確かな憎しみと静かな怒りの炎がどんよりと輝いていた。それだけ、この問題は根深く、そして、もう後戻りが出来ないところまで来てしまっているって事なんだろう。僕のこの中途半端な気持ちだけでは止められない。
「ガウ。だが、今日、何もしないで帰る。やりたい事、出来た」
僕に背を向けて、歩き出す。全く僕に対して警戒している様子はない。それだけ信頼してくれるのはありがたいけど、問題としては何も解決出来ていない。それでもとりあえずは、何も起きる事なく、やり過ごせそうだ。けど、このままじゃ、きっと大きな戦いになる。何とかしないと……。けどどうしたら?
悩んでいると急にヴイさんが立ち止まった。そしてそのままこちらを振り向かないで
「ガウ。俺、お前、気に入った。ヴァン子、俺の嫁、なれ!」
ええええええええぇぇぇぇぇぇぇっぇえっぇえぇぇぇぇ!?
「ガウ。よく、考えておけ。今度、迎えに来る」
「え、ちょっと!?」
返事が来る前に他の獣人達も連れて森を去っていった。まさかの展開に頭の中が真っ白になる。なんとなく、気に入ってもらったのはわかったけど、僕、お嫁さんになっちゃうの?
どうしよ? 獣人の奴隷の問題だけじゃなく、僕のお嫁さん問題まで? 頭の中が混沌としてきた。静かな森の中、そこにはうんうん唸る、僕だけがいるのだった。
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