第九話 とりあえず、気軽に背後をとられている事が最近多い僕だけど、今後はもっと気をつけようと思う

「ごきげんよう」


「先生おはよー!!」


 今日も生徒達が元気ですこと! 素晴らしい事ですわっ! ……うーん、やっぱり違和感ある。そしてこれがとても疲れる。けど、ある程度気を張ってないと素が出てきそうで怖いんだよね。ルロさんの時みたいに一時的ならまだそこまでじゃないんだけど、流石に日常的に男である事を隠すのってかなり難しい。


「あらん? 先生、おはようございますですわん」


 きたっ! 後ろを振り向くと今回の護衛対象である双子の片割れが僕に挨拶をしてきた。


「ごきげんよう。今日は無事、登校出来てよかったですわね」


「ホントよ〜。家の用事だからって学園を休めなんてママもひどいわんっ」


 この双子、皇子というだけあって男である。体格は二メートルはあるだろうか、ゴリラ騎士様よりでかい。はちきれんばかりの筋肉と立派な青ヒゲ、魔物の方が可愛らしい位の威圧感。この帝国に来てから人間以外の種族って普通に見掛けるようになったけど、この『漢女おとめ』という種族は異質で特殊だ。まだあの時戦ったガビの方が、まともだったと思う。


「センセ〜? ちょっと、失礼なこと考えてません??」


 そして、この勘の鋭さ! いや、これは僕がわかりやすいだけか。


「そんな事ないですわ。トル君、ネオ君はどうしたのですか?」


「トルじゃないわよぉ〜〜ん!アタシはクリサンちゃんって呼んでっ。んっもう!」


 本当、アベさんといい、あのスケベジジイといい、帝国は何でこんなにキャラが濃い人が多いんだ!! 気持ちがついていかないんだけど!!


「し、失礼しましたわ。クリサンさんはネオ君がどちらに行ったかわかりますか?」


「それは……。んふ、今、センセ〜の後ろにいますわんっ♪」


「アチシもセアムちゃんって呼んでっ!!」


 くっ、いつの間に!! ここ最近、いつの間にか背後を取られたりする事が多いんだけどっ!


「セアムさんも無事登校出来たのですね。ごきげんよう」


「センセ〜、おはようございますですわん♪」


 双子なのだから当然なんだけど、この二人、同じ容姿である。ちなみに帝国学園には双子の皇子をトップとした、『朱菊』と呼ばれる親衛隊があるらしい。ちなみに、みんな種族は『漢女』である。メンバーは十人ほどらしいけど、皇子が作る親衛隊だけあってかなり強い。正直、十人全員でかかってこられたら、僕でも負けるかもしれない。絵面を想像しただけでも恐怖だ。それでも今回、護衛が必要な理由には獣人との関係があるらしい。


 前にもいった、獣人の襲撃、そのメインターゲットの一人にこの双子の皇子が選ばれているからだ。先日も襲撃にあったようで、二人に被害はなかったけど、学園内だからと、安心出来ない状況になっているようだ。ただ、学園内では単純に護衛をたくさん増やすわけにはいかない。学園内、そこらじゅうに護衛を配置する事は不可能だし、双子の皇子もそれは望んでいない。そうなるとある程度、限られた人数でしか護衛は出来ず、そうなると、量ではなく、質で補うしかない。そして、獣人は魔法が使えない代わりに優れた身体能力と、僕達でいう『恩恵』と似た能力を得ている人が複数いる報告を受けている。獣人達は、確か白神教を信仰している筈なので、アイさん達同様、僕達と違った形で能力を授けられていてもおかしくはない。そこで選ばれたのが女装してもバレない僕だ。獣人はおろか、護衛される双子にすらバレずに護衛出来る、最後の切り札になりえるのだ。


 それではそもそもなぜ、男が学泉の護衛として参加させるのに問題があるのか。それは、この二人に気に入られた男は、種族を『漢女』に変えられてしまうからだ。なので学園内において、男子生徒の殆どが、双子の皇子に近づかないようにしている。ちなみに、それと対を成す存在がギルドマスター、アベさんである。メンバー全員が、真っ赤な制服を来ている事から呼ばれている『朱菊』に対し、アベさんは青い上下が一緒になった服から、『蒼菊』と呼ばれている。なぜ菊なのかはわからないが、正直、知りたいとも思わない。世の中知らない方が幸せな事もあると思うんだ。とりあえず、気軽に背後をとられている事が最近多い僕だけど、今後はもっと気をつけようと思う。


 話がちょっと逸れてしまった。話を戻すと、それなら単純に、女性にすればいいって思うんだけど、女性だと獣人達は、最重要護衛人物である、双子の皇子の護衛に気を取られている隙を狙われて、代わりのターゲットにされるケースが複数回あり、攫われた際にひどい目に合うケースが既に起きてしまっていたからだ。


 これ以上、女性の被害は増やしたくない。けど、男だと『漢女』にされてしまう。ちなみに双子のストライクゾーンはものすごく広く、おそらく僕も『漢女』にされてしまうだろうとの事だ。なので苦渋の決断をした結果、このような形で収まったんだって。


 自分で説明してて、なんていえばいいか正直わからないけど、帝国の上層部の人が相当苦労したのはわかった。それに付き合わされている僕も。はい、ご愁傷さま。


「ねぇ、センセ〜? そんなところでぼーっとしてないで教室に入りましょ??」


「そうよぉ〜。遅刻しちゃうわん」


 おっと、ついつい深く考え込んじゃった。僕の悪い癖だな。気をつけないと。


「そうですね。スケベジジイに怒られてしまいますわ」


「御老公をスケベジジイなんて呼べるのはセンセ〜だけだわん」


「アチシ達でも言えないのに、センセ〜ってやっぱ素敵よねん♪」


「スケベジジイはスケベジジイなのでそんな呼び方でいいのですよ。さぁ、それでは教室に入りましょう」


「「は〜〜い♪」」


 今日も一日が始まるぞ。












「魔法というのはじゃな――――」


 静かな教室内でスケベジジイの魔法の講義が続く。今は『恩恵』の魔法について話しており、それを生徒達が、一生懸命になって紙に書き写していた。そういえば、サラさんは黒板ってのを使ってたけど、ここでは使ってないな? あれがあれば話を聞きそびれても紙に写しやすいし、わかりやすいんだけどな。初めて螺旋チョークをおみまいしたときも、誰もピンと来てる様子はなかったし、タスキンでしか流通してないとか、そんなところなのかな? 今度スケベジジイに聞いてみよう。


 ふと、窓から外を眺めていると、まだちょっと遠いけど、学園内で妙な気配を感じた。双子の皇子が来た途端にこれだよ。上手く気配を隠しているつもりなんだろうけど、僕の目は誤魔化せないぞ。この気配が獣人なのかはまだ定かではないけど、何か目的があって侵入してきたのは間違いないな。まだ講義中だけど、ちょっと失礼されてもらって、不審者へのご挨拶といこうかな。


「ごほん。スケベジジイ、ちょっとお花を摘みに行ってきますわ」


「どれ、わしもついていこう」


「死んでくださいませ」


 スケベジジイへの挨拶を済ませて教室を出ると、他のクラスも迷惑をかけないように見つけた気配に向かって歩き出す。うーん、まだ今回の首謀者とかではないと思うけど、今は少しでも獣人に対しての情報もほしい。できれば穏便に済ませられればいいんだけど……。


 無理だとはわかりつつも、僕はそれを諦めたくはなかった。なぜなら獣人達は被害者だからだ。確かに女性を襲ったことは悪いことだが、その根本となる原因は帝国だ。なので出来るだけ傷付けたくない。けど、今回の依頼は護衛。仕事である。そんな事を考えている内に、気配に近づいてきた。まずは対話、頑張ろう……!

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