第八話 どこからどう見ても女じゃ! なのに中身は男! つまりは触りたい放題って訳じゃな!!

 ここは教師用の寮。無事、今日の仕事を終えたので日課にしている日誌を書いている。今日も疲れたなぁ……。そもそも、何でこんな事になったんだろうか。頭を整理するしながら、数日前を思い出してみる。











 ギルドマスターであるアベさんからの指名依頼をお願いされてから数日後、依頼の詳細を伝えたいとの事で、再び、ギルドにやってきた。待たされたのはいつもの応接室。僕達は、その依頼主が来るのを待っている状態だった。


「なぁ、どんな依頼主なんだろうな?」


「うーん、わざわざギルドマスターに頼むような指名依頼だし、偉い人じゃないかな?」


「それはあるかもしれませんね」


「かもね」


 考えても仕方ないが、どうしても気になる。暫く待ち、その話題が尽きた頃に、応接室のドアが漸く開いた。そこに立っていたのはギルドマスターのアベさんと一人の老人。予想通り、結構偉い人っぽい。老人の視線が女性陣の二人に注がれる。うん、アベさんがおかしいだけでこれが普通だよね。けど、初対面でそんな表情はないんじゃないかな? 隠しきれてないどころか隠す気ないよね?


 あからさまな視線に表情。本来我慢すべきところなんだろうけど、なぜかこの時の僕は我慢出来なかった……。


「あの、初対面で失礼ですが、そのような視線は女性にするべきではないです」


「おうおう、すまんの。わしとした事……。お嬢ちゃん、わしはスケベじゃからな、それだけ魅力的だったっちゅう事じゃ。許しておくれ」


 いっそ清々しいスケベジジイだった。そんな答えが返ってくるとは誰も思っていなかったので、全員が困惑顔。とりあえず、なんともいえないから許す事にした。


「いやはや、そなた達を見てると孫を見てるようでのぉ。スケベ心は八割程度しか出しておらん筈じゃが」


「孫を見てるくせに八割もスケベ心を出してるんかい!!!!」


 おっと、冷静にだ。クレヴァーにいこうぜ。このスケベジジイの話に付き合ってるとペースが狂う。そしてキャラも狂う。


「じいさん、何いってるんだ。孫どころか結婚してないから息子すらいないじゃないか」


「結婚してないのかよ!!」


「しとらんぞ。まぁ、認知しとらん息子、娘は数え切れんほどにおるがのぉ」


「おかしいでしょ! どうすりゃそんな状況になるんだよ!!」


 スケベジジイが一瞬だけちょっと困った顔をしてる。あれ、ちょっと言い過ぎた?


「あぁ、それはな。このじいさんはちょっと特殊な事情があってな。結婚はしないんだ。だが、無類の女好きで、みんなからは『帝国の種馬』と呼ばれてるんだ。そこの二人は気をつけろよ?」


「いつでも大歓迎じゃぞ!」


「抹殺してもいいですか?」


 心配して損した!!


「やったら帝国にいられないと思えよ? これでも国の重要人物だからな」


「え? そんなに凄い方なのですか??」


「お嬢ちゃん、そんなにわしの事が気になるのかね?」


 なっ!? いつの間にかアイさんの隣で肩を組もうとしている。ギリギリのところで僕が腕を払いのけ、肩組みを死守。油断も隙もないスケベジジイだ。だけど、あの動き。全く目で追えなかった。一体どうやって……。


「ほお、そこの坊主もなかなかやりおるのぉ。アベが推薦するだけあるわい。もしかしてこの坊主にやってもらうのじゃな? 確かにこの坊主ならいけそうじゃわい」


 え、僕? みんなじゃなくて僕に何かやらせるの??


「何じゃ、その顔は。アベから何も聞いとらんのか」


「あぁ、じいさんに直接、話を聞いた方がいいと思ってな。詳細は伏せておいた」


「そういう事かの。まぁええわい。坊主、女装をして帝国学園の教師になってもらえんかの?」


「じょじょじょじょじょおじょじょじょじょじょじょ、女装!? 何で僕が!?」


「何で、と言われても王国でも女装してたんだろ? 顔付きも女顔出しな。髪も長い。バレる可能性は極めて低いだろう。これほどの適任は帝国のギルドにおいてもお前以外にはない」


 隣でほっとしているケルヒ。笑い出しそうなリスさん。心配そうにしてるけど、やっぱり少し笑っているアイさん。誰も女装する事を否定してくれない。おかしい、これは絶対おかしい!


「あぁ、実はの、陛下の相談役をわしはしていてな? もしこの依頼をクリアしたら最短で謁見出来るように準備出来るんじゃがの?」


 ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……。痛いところを突いてくる。これで断りにくくなってしまった。


「ヴァン、お前なら出来る」


「がんば」


「えっと、無理のないようにですよ?」


「えぇ……」


「勿論、残りの三人にも仕事はしてもらうぞい。女装も男装もせんがな」


「「「よろしくお願いします!」」」


 ちゃっかり外堀が埋められてしまった……。


「よ、よろしくお願いします」


 どうしてこうなった……。












 そして今、僕はなぜか、更衣室に来ている。いるのはアイさんとリスさん。心なしか表情がウキウキしている。おそらく、ルロさんの時と同様、僕を着せ替え人形にでもするつもりなんだろう。


「お、お手柔らかにお願いします」


「任せてください!!」


「美人にしたげる」


 そこからはまさに戦争。あれの方が似合うだの、この服の合わせの方が可愛いだの、脱がされては着せられて、何がなんだかわからなかった。これって依頼の為なんだよね? 仕方なくなんだよね? それにしても二人共楽しそう。素材がいい? 僕男だよ?


「お待たせしましたー!」


 せっかくだからとお披露目する事になった。何がせっかくなのかはよくわからないけど、せっかくだから僕の晴れ姿をお見せしよう!!


「ひゃっほーーー!!」


「近づくな、スケベジジイ!!」


 アイさんや、リスさんへの対応と全然違うじゃん! 何で僕には抱き着いてこようとするの!?


「どこからどう見ても女じゃ! なのに中身は男! つまりは触りたい放題って訳じゃな!!」


「違うよ!?」


「じいさん、せっかくだから触ってみてくれ。実物との違いを確かめてもらいたい」


 おい、アベ! 何いってるんだ!!


「やめてええええええええええ!!」









 結果、お婿に行けない身体になってしまった。ヴァン子モードでは胸パッドの代わりにルンパパッドを使用し、肌の色まで擬態してもらっている為、本物と遜色はない。問題はないんだけど、付けるところでリスさんの視線が怖かった事だけはどうにもならない……。実際のところ、間違って触られたとしても本物か偽物かわからないらしい(アイさん談)。


 ちなみにスケベジジイとの戦は全戦全敗。身体能力的には僕の方が上だったけど、あの正体不明の瞬間移動だけがどうやっても対処出来なかった。気がついたら胸を揉まれ、尻も触られ(これは普通に僕の尻)、完全にお婿にいけない身体になってしまった。誰が責任を取ってくれるのだろうか?


「ふむ。これなら女装がバレる事はなかろう。これほど完璧な女装は初めて見たわい」


 何歳若返ったんだって位、ツヤツヤなスケベジジイ。


「そういえばですが、今回の依頼の内容ってなんですか? 女装して教師するのが仕事ってどういう事なんですか?」


「おぉ、すっかり忘れとったわい。それはだな……」


 ごくりとつばを飲み込む音が聴こえてくる。


「学園内で双子の皇子の護衛をしてもらいたいのじゃ!」


 皇子の護衛!? それと女装と何が関係してくるんだ??


「まぁ会ってみればわかるじゃろ。坊主には学園内でだけ皇子の護衛をしてくれるだけでかまわん。外でなら近衛騎士が護衛しておるからな」


 そこから詳しい話を聞いて、解散した。思ったより深刻な状況で、重要な任務だった。けど、女装……したくなかったな。


 ちなみに、残った三人は裏方として、普通に学園に紛れ込めるように上手くやってくれるらしい。なのに僕だけ理不尽だ。訴えてやる!!









  思い出しただけで悲しくなってきた。なぜか認められたせいか、スケベジジイって呼んでも怒らないし、むしろちょっと喜んでる気がする。僕、何度もいうけど男だよ?


 うーーーーーーん、日誌も書き終えたし、明日には例の双子も学園に来る。明日からはまた、今日みたいにおふざけしないで、護衛を真剣にしないとなぁ。けど、それがバレちゃダメなんでしょ……。難しいなぁ。


 身体を伸びして、明日の事を憂鬱に思いながら備え付けのベッドへ向かう。あっと、机に備え付けてある蝋燭の火を消さないと。


 フッと息を吹きかけて真っ暗になると、月明かりだけが窓から照らし出す。最初の夜もこんな月夜だったなぁ。それが今じゃ、気がついたら帝国まで来ちゃったんだ。感慨にふけていると壁にかけてあったサラさんの作ってくれたコートが風もないのに靡いた。それがあの時みたいにサラさんに見守られているようで……。


 心が落ち着いたところで布団に入ると、慣れない仕事もあってかすっと意識がなくなっていくのがわかる。明日もがんばろっと……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る