第六話 なんか帝国でも勝手に噂が一人歩きしてるんだけど!!

 後ろ髪に付いている、紫色の水晶は、今日も太陽に照らされて眩しい。あれからアイさんは、僕がプレゼントした髪留めをいつも付けてくれている。どうやら気に入ってくれたようで僕も嬉しい。それに対してのリスさんとケルヒの視線があれだけど……。


 最近ではお互いの緊張も完全に解け、一緒にいる時に、リラックスして接する事が出来るようになってきた。姫様ではあるけど、アイさんはアイさんだし。リスさんは、毒舌が時々刺さるけど、優しい人だ。その毒舌がなかなか鋭いけど。そういえば散々僕をからかいやがったけど、ケルヒだってリスさんと二人だったんだよね? これはお返しのチャンスか?


「ケルヒ、そういえばこの前リスさんと二人だったんでしょ? 何してたの?」


 我ながら下世話な表情で聞いているのはわかっている。けど、僕だってからかいたいんだ!


「あ? 別に……、普通に店を回ったり、飯食っただけだぞ?」


「ご飯食べた時にあーんしたとか? お店でカップルに間違われたとか?」


「おまえらじゃあるまいし、そんなのあるわけねぇじゃねぇか。だってリスだぞ?」


「ケルヒ、あとで処刑」


 聴かれてた!!


「ち、違うんだ! そういう意味じゃねぇ、おい! ヴァンのせいで俺死んじまうぞ!!」


「大丈夫、ヴァンもあとを追いかける」


「え、僕も!?」


 大丈夫じゃないよ!? あたふたしてると苦笑いしていたアイさんが近づいてきた。


「リス、やめてあげて。いじめちゃダメです」


「……わかった。半殺しにする」


「半殺しもだーめ!!」


 あぁ、楽しいなぁ……。


「ハハ、アハハハハハハハ! これは笑っちゃうよ。アイさん、リスさん、本当、毎日が楽しいね。ケルヒと二人じゃ味わえないよ、こんなの。ありがとう」


「え? ど、どうしたの? 急に」


「頭がパーン?」


 頭がパーンとは失礼な! ケルヒもポカーンとしてないでよ。


 そんなこんな話をしていると目的地にたどり着いた。まぁ毎度おなじみ、ギルドだ。先日の掃除のおかげで新築のようなピカピカ具合にニヤニヤしてしまう。そして遠巻きにこちらをヒソヒソしてくる人たち。


「あれが噂の『掃除人スイーパー』か。あんな可愛い顔してるのにな……。掃除を始めると別人のようになるらしいぜ。しかも仲間もまるで奴隷のように掃除させるんだってよ」


「この前なんかあのイケメンの刀からすげえ龍が出てたけど、冷酷非情にボロクソ注文してたの見たぜ。一緒にいる女達二人もきっと奴隷のように……」


 なんか帝国でも勝手に噂が一人歩きしてるんだけど!! ケルヒ! 何で頷いてるの!? そんなボロクソな注文してないよ? むしろあれくらい普通にやってくれないと困るよ! だってこのままだと僕も含めて、掃除案件が全部ルンパに取られるよ!? ホントルンパの掃除性能って化け物だよ!? 宿屋のおばちゃんなんて綺麗にしてくれたのが嬉しすぎたみたいで崇められてたんだから。それがルンパにとっても嬉しかったみたいで(主に貢物が)最近じゃ近所の掃除までやってて、生き神様状態だよ! 本物の神様からバチが当たらないか心配なんだけど。


 あぁ、ギルドに入る前からなんだか疲れた……。けどこれからが仕事だ。といっても今日は、仕事の依頼を探すんだけど。あ、ちなみに掃除じゃないよ。主に僕以外がたまには他の仕事もすべきだっていうから掃除はさせてもらえないんだ。


「ケルヒ、よく来てくれた。さぁこっちにおいで」


 今日も『ハッテン場』から出てくる、ギルドマスターのアベさん。相変わらずケルヒしか見てくれていない。おーい、僕達四人で来てるんだけど?


「あぁ、お前たちもいたのか。そこのヴァン、先日は、ギルドの掃除ご苦労さん。おかげで綺麗になった。来た客が大騒ぎしていったぜ。是非、今後も頼むぞ。あ、今からケルヒとこの部屋使うからからここの掃除も後で頼む」


「いや、行かねぇからな!?」


 ケルヒって普通にイケメンなんだけど、奇妙な人に好かれるんだな。『特異魔法』の使い手で、魔力の限界値も高い。優良物件の筈なんだけど……。本人が結構奥手なのもあって、王国にいた時にも浮いた話はなかったなぁ。結局、眼鏡美人職員さんにも気持ち伝えられなかったし。あれ? むしろ、アベさんが初めて、ケルヒをナンパした人!?


「タスキンにいたときに好かれた事くらいあるわ!! 五歳位の時に……」


「ぷっ」


「おいリス、笑うんじゃねぇ!!」


「ぷっ……。笑ってないよ?」


「今更取り繕ったって遅いだろ! どうみたって笑ってたぞ、こいつめ!」


 おー、やっぱりケルヒとリスさんも仲良しになってる。最初の頃からじゃ考えられなかったよ。お互いに心から笑ってるのがよくわかって嬉しくなるね。アイさんの方を見てみると、同じように思ったのか、微笑ましそうに見ていた。そして僕と目が合うと笑顔で僕にも微笑んでくれた。まさに女神だ。


「俺を無視するとはいい度胸だ。せっかくの依頼を他に斡旋してしまうか」


「「「「すみませんでしたぁ!!」」」」


 怒られつつ、先日も入った応接室に案内される。何でこんなに特別な待遇されてるんだろ……。


「王国のギルドからお前らの話は受けてるからな。どういった事情で帝国に来ているかも知っている。今、こちらから皇帝陛下と謁見するタイミングを調整している。忙しい方だからな、すぐにとはいかないが、予定は組んでくれるだろう。暫く待て」


「あ、ありがとうございます!」


 思わぬところで皇帝陛下と繋がる事が出来た。やっぱ王族の力って凄いんだろうなぁ。


「だがな、これだけこちらは骨を折ったんだ。今回、指名させてもらう依頼を受けてもらいたい。絶対とは言わないが、受けてもらいたい。それかケルヒを俺にくれ」


 これだけの事をやってもらったんだ。内容にもよるけど、ケルヒを差し出そう。


「そしたらケルヒを……」


「おい!!」


「冗談だよ、冗談。出来る限りは依頼を受けようと思います。けど、さすがに内容によっては考えさせてください」


「俺はケルヒをくれればそれで構わないんだがな。それで依頼なんだが――――」


 驚愕の依頼内容。これには僕も言葉が出なくなってしまった。そして必死に口を押さえるみんな。いや、微かに漏れる、みんなの笑い声。


「か、考えさせてください!」


「いいじゃねぇか! ヴァン、受けてやれよ」


「ヴァンさん、これも使命の為です。是非とも受けましょう」


「面白そうだし、受けよ」


 ……みんなひどい。あきらかに面白がってるよ! むしろリスさんにいたっては隠してもいないし。けど、確かに断るほどではないかな? いやいや、おかしい! けどこれで断るのも。くそ、まさかこんな事までギルドに情報がいってなんて。あれで最後になる筈だったのに!


 暫く沈黙が続いてあとに僕が出した答えは


「その依頼、受けます……」


 くそ、みんな覚えてろよ!


「それは助かる。それでは詳細については後日に。必要な物もその時に渡そう」


 この結果に、アベさんもご満悦。思わず、ケルヒの肩を組んでいる位だ。そのまま連れて行ってしまえ。そんな困った顔したってダメだぞ。僕なんかこれから困る事になるんだから少し位同じ気分を味わうべきだ!


 それから暫く雑談をしてからギルドを後にする。うわぁ、本当に受けちゃったよ……。けど、もう受けてしまったものは仕方ないもんね。アイさんとリスさんの為にも頑張らないとなぁ。


「ヴァンさん、大変だと思いますけど、頑張ってくださいね。わたし、応援してます!」


「がんば」


 アイさんとリスさんは楽しそうに応援してくれている。それに対し、アベさんの相手をしていたケルヒと、依頼の内容が憂鬱な僕は既に疲労困憊だ。


 楽しそうな二人と疲労困憊な二人。対照的な二組は軽い足取りと、重い足取りで僕達の宿に戻るのだった。

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