第五話 いい匂いのするパン屋、切れ味良さそうな武器を飾っている装備屋、表で必死に踊っているおじさん。ん? 踊っているおじさんって何!?
あれから数日。帝国の街並みにも慣れ、ギルドの外壁掃除も無事に終わった。ギルドマスターであるアベさんには大層喜ばれ、帝国のギルドでも定期清掃契約を結ぶ事が出来た。一定の成果を上げ、こちらで生活する為の基盤は出来上がった。あれだけ綺麗にすれば、これからどんどん依頼も来るだろうし、忙しくなるぞ!
そんな今日だけど、この帝国を知る為に四人で帝国内を散策する事にした。王国とはまた違った街並みに高まっていく鼓動。そして思ったよりアイさんと近い距離感。いい匂いがしてくる……。ま、街並みを見て高まってるんだからねっ! リスさんが隣の時はそんなに気にならないのに、アイさんの時だけはなぜか気になってしまう。何でだろう?
「アイさん、近くないですか?」
「仲間なので普通でしょう?」
「さ、さようですか」
隣をチラチラしつつ、店を物色。いい匂いのするパン屋、切れ味良さそうな武器を飾っている装備屋、表で必死に踊っているおじさん。ん? 踊っているおじさんって何!?
一部おかしな人はいたけど、王国と同じで、盛んに商売している人々を見ていると、こっちまで楽しくなってくる。僕もあのおじさんと一緒に踊っちゃおうかな?
「「「頼むからやめろ(て)!!」」」
「は、はい……」
そしてここからなぜか二手に分かれる事になった。そして今一緒にいるのはアイさん。どうしてこうなった……?
そんなアイさんは鼻歌まじりでめっちゃご機嫌。改めて、間近で見るとその可愛さがよくわかる。後ろにまとめたサラサラな黒い髪。吸い込まれるに透き通った黒い瞳。太すぎず、けど細すぎない健康的な肢体。うん、可愛すぎる。
っと、ヴァン子ちゃんのとき学んだじゃないか。女性の身体を見すぎてはいけない。といってもアイさんも僕の事を見てるんだけどね。何か付いてるのかな?
「その服装、変わってますね?」
「へ?」
「わたしの国にそのような服はありません。最初はこちらの国の一般的な服装なのかと思ってましたが、そうでもないようですし……。それにしても生地がきめ細かくて美しいですね」
美しいのはアイさんです。うーん、たしかにそういわれてみれば同じような服装の人って見たことないな。サラさんって変わり者だったから服も変わってたのかな? くっ、久しぶりのこの感覚!
「僕は……負けない!!」
「な、何にですか??」
「気にしないでください。この服は僕の育ての親とも言える人が作ってくれた服で、その人が変わった、いや、天才的なセンスを屈指してこの服を誕生させたのだと思います」
アイさんが首を傾げている。正直、自分でも後半は何いってるかよくわからない。
「つまり、ヴァンさんの服は育ててくださった方が作ってくれたのですね。とても素敵です」
「そうですね。サラさんは母のような方です」
「サラさん……?」
あれ? 雲行きが怪しくなってきた。アイさんの表情が笑ってるけど笑ってない。
「ヴァンさんって色々な女性の方と仲良しさんですよね?」
「え? えっと……」
「ルロさんとか、あのギルドの眼鏡の職員さんとか」
「あの、アイさん?」
「まぁいいんです。わたしだって……」
どこかの世界に飛んでいってしまっているようだ。こんな時はどうしたらいいんだろう? 僕はこういった時にどうしたらいいかわからない。けど、確か前にサラさんが何かいってたような……。あ、これだ! これならきっと上手くいくはず。
「えいっ」
掛け声と共に優しく頭を撫でる。これをすれば大抵の場合は落ち着くか、正気になって殴られるかのどちらかだって確かいってた。どちらにしても正気に戻るのだからこれなら問題ないだろう。アイさんの場合は前者のようだった。一瞬アタフタしてたけど、そのまま受け入れるように目を閉じて頭を差し出してきた。
よし、ミッション完了だ! ただこうなってくると問題なのはやめるタイミング。さっき一瞬離そうとしたら寂しそうな目でこちらを見てきて、やめられなくなってしまった。ここ、道の往来なんだけど……。周囲の人達が生暖かい目で見てくるし、ちょっと恥ずかしくなってきた。
「あ、あの、アイさん……?」
「ふぁ、ふぁい? あ、はい!」
慌ててアイさんが離れた。アイさんも恥ずかしくなってのか、耳まで真っ赤になっている。そんな姿を見ているとこちらまで余計に恥ずかしくなってきて、おそらく僕も顔は真っ赤だろう。ホント、こんなところで何をしてるんだ。
「あー、えっと、落ち着いたところで、どこか見に行きますか?」
「そ、そうですね! そうしましょ!! あ、あの雑貨屋さんなんてどうですか? 日用品から色々ありそうですよ!」
そういうと慌てた様子でその雑貨屋へ向かっていってしまった。周りの視線も気になるので僕もそれに付いていく。先に入ってしまったアイさんを追いかけるように中に入ると、そこには可愛らしい雑貨から調理器具等、日用品が所狭しと並べられていた。この店は当たりっぽいな。見た目だけでなく、質も悪くなさそうだ。それでいて価格も良心的。アイさんは並べられている商品を比較していた。アイさんのいいところはきちんと他の物と比べ、客観的に必要な物を選べる事だ。今だって見てるのは調理器具で、
「このフライパンなら簡易的にスープ位までならいけそうな深さですね。丈夫そうですし、このお値段なら買いかもしれませんねっ」
「確かに……。これなら野営になっても使えるかもしれません」
よかった。いつもどおりになってる。
一安心してからいくつか日用品を見ていると、ふとアイさんが一つのヘアゴムを見ているに気づいた。それは紫色の水晶がアクセントになっているシンプルながら綺麗な髪留めだった。暫くすると目線をそらし、また別の商品を探す作業に戻ってしまった。
その後、必要な物を購入し、店を出る。アイさんはいつもどおりの表情だけど、僕はあの時の表情がどうしても気になった。……よしっ!
「あっ、忘れ物をしたのでそこで少し待っててください!」
「え? あ、はい。わかりました」
素早く店内に戻る。
「おばちゃん――――」
それから色々な店を見て回ったり、屋台で買い食いをしてみたりと、それはそれは楽しい時間だった。今まで、ルロさんとも買い物をした事もあったけど、あれは本当に必要な物を買う為に行った事だったから、こんなに気兼ねなく買い物を友達と楽しんだのは初めてかもしれない。アイさんも楽しんでくれてたらいいんだけど……。終始笑顔だったし、楽しかったと思いたい。
だけどそれもそろそろ終わり。合流の時間だからだ。けど最後にお礼をしたい。
「今日は楽しかったですね! 必要な物、いっぱい買えました」
「ホントですね。ア、アイさん!」
「は、はい? 何ですか?」
あぁ、ドキドキしてきたっ。けどここで渡さないと……!
「えっと、今日一緒に買い物して楽しかったお礼です!」
「こ、これは……!」
そう、これは雑貨屋で見てた紫色の水晶の付いた髪留めだ。あの表情がどうしても気になって思わず買ってしまった。
「い、いいんですか?」
「勿論です! むしろもらってください! そうしないと僕がつける事になっちゃいますよ?」
「ふふ、それは困りますね。それではありがたくいただいちゃいます。えっと、今ここで付けていただいてもよろしいですか?」
「ぼ、僕がですか!?」
「そうです。せっかくですから……。ダメですか?」
「そ、そんな目で僕を見ないでください。わかりました。後ろ向いてください」
すすっと後ろを向くので、今まで付けてた髪留めを外す。すると当然ながら髪の毛がバラける。それをまとめて少し持ち上げると、綺麗なうなじがこっそり見えた。うぅ……。何を考えてるんだ、僕。無心になれ。
「どうしたのですか?」
「い、いえ、気にしないでくださいっ」
なるべく余計なところを見ないように髪留めを付けるとアイさんがこちらを振り向く。
「どうですか? 似合いますか?」
「とても似合ってますよ。素敵です」
「そ、そうですか? ありがとうございますっ」
照れながらも今日一番の笑顔で返してくれた。思わず見惚れてしまう位可愛い笑顔でプレゼントを送る事が出来てよかったって心の底から思う。
「おーい!!」
ん? この声はケルヒ? 振り向いてみるとケルヒとリスさんが手を振りながらこちらに向かって歩いてきている。
「それじゃ、僕達も向かいますか」
「はいっ。今日はありがとうございました」
「こちらこそ、楽しかったです。ありがとうございました!」
そういいながらケルヒ達のところへ向かう。
「……また今度一緒に買い物に行きましょうね?」
こっちを覗き込みながら声をかけてくる。
「勿論です!!」
色々あったけど、今日一日楽しかった! アイさんの事が色々知れたし、これからも一緒に頑張りたいって改めて思った一日になりました。明日からまた頑張ろうっと!!
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