第三話 それは僕達が選んだ事であって、あの人達は自分たちで選んでやっている訳じゃないんだ!

 応接室の中はまさにシンプル。余計な物は一切なかった。そして各々が用意された席に座り、出されたお茶を一口すすって心を落ち着ける。うん、アベさんがケルヒの隣に座ってる以外は何も問題無さそうだ。


「いや、問題しかないだろ!!」


 ないったらないのだ。


「それではお話をするとしよう。ケルヒ、趣味は?」


「へ? しゅ、趣味?」


「俺の趣味は、食べ歩きだ。今日もいい素材に出会えた。食べる事が出来る日を楽しみにしている!」


 人の話を聞いていない……。恐ろしく己の欲望に忠実だ。ナニを食べるつもりか知らないけど、とりあえずケルヒ頑張れ!


 その後も寄り道しながら会話を続けていく。むしろ寄り道ばかりの会話だ。もうケルヒ以外いらないんじゃないか?


「ケルヒだけ置いていってくれても構わないんだぜ」


「絶対置いていくなよ!!」


「えっとですね、これ以上話をしていても埒が明かないので、単刀直入にお聞きしますが、今この帝国で何か起きてますか?」


 空気がピリッと張り詰める。先程までヘラヘラしてた顔が嘘のように真剣な顔でアベさんがこちらを伺うように見てきた。流石はギルドマスターになるだけはある。こっちが本当の顔かな?


「おう、ここまで来るのによく見てきてるな。そうだ。今この帝国ではとある事情で厳戒態勢が取られている」


 とある事情……? これだけピリピリしてる状態だ。よっぽどの事なのだろうか?


「なぁ、お前らは獣人を知ってるか?」


「え?」


 唐突に何を聞いてくるんだ? 獣人ってあのダイスン獣国で暮らしている人達の事だよね? 実際に見たことはないけど……。


「実際に見た事はありません。それがどうかしたのですか?」


「帝国ではな、奴隷制度ってのがあって、一部は犯罪を犯した者を使っているんだが、それ以外にも、獣人を使っているんだ。西にあるダイスン獣国から攫ってきてな」


 アベさんの言葉に思わず眉をひそめてしまう。奴隷、それは人でありながら、他の人の所有物のように物として扱われてしまう人の事を指す。サラさんの勉強で教わった事だったけど、王国では奴隷制度はなかった。教えてくれるって事はそれを利用している国があるって事だもんね。身近じゃなかったから考えもしなかった……。しかも攫うって。


「その報復をしようと、最近になって帝国内で獣人から襲撃にあう事案が発生してるんだよ。特に奴隷商人を狙ってな。すでに何人か犠牲になっている。奴隷は貴重な労働源だ。それで厳重体制になってるのさ」


「それなら奴隷制度をやめたらどうでしょうか? 獣人の方々からすれば仲間や家族を攫われて取り返そうとしたり、仕返しをするのは当然だと思います」


 平然としているアベさんに僕達は軽蔑している目で訴えかける。先程までとは違う空気がこの部屋を満たしていた。


「そんな事はわかっている。俺は奴隷制度を是としてないからな。だが、この国の事は、皇帝陛下が全てを決めている。皇帝陛下が縦に頷かなければ変わらないだろうよ」


「でも!!」


「これはこの国の問題だ。部外者がしゃしゃり出る場面じゃない。まぁこれで原因もわかっただろう? 話はここまでだ。帝国のためにも精々依頼をこなしてくれよ」


 半ば追い出される形でギルドを飛び出す事になった。後味が悪い雰囲気のまま誰も一言も喋る事なく、歩き出す。ただギルドへ挨拶に来ただけなのにどうしてこうなったんだ……。歩き出してから気づいた。よく見たら獣人らしき人達が首輪をして働かされている事に……。


「くそっ。止めて――」「やめておけって」


「だけど!!」


 どうして止めるんだ! こんなの間違っている。労働は無理矢理させられるもんじゃない! 確かに辛い事や、嫌な事だってある。けどその先には家族が待っていたり、報酬を得る事で幸福を得たり、感謝される事で次を頑張ろうって思える、それが労働だ。掃除の仕事だって汚い事をする事もあるし、魔物討伐だって命懸けだ。だけど、それは僕達が選んだ事であって、あの人達は自分たちで選んでやっている訳じゃないんだ!


「言いたい事はわかる。だけどここで暴れたって変わらねぇ。さっきのアベって奴が言ってただろ。ここでは皇帝陛下って奴が一番偉いんだ。それに逆らったらどうなるかヴァンだってわかるだろ?」


「なら今すぐに皇帝陛下のところに行こう! どうせ行かなきゃだし!!」


「慌てるな。急に行っても無理に決まってるだろ。それよりまずはここでの生活をどうにかしてからじゃないと。それにしてもさっきからどうしたんだ? ヴァンらしくないぜ」


「それは……」


 思わず言い淀んでしまう。僕らしくない……。そうかもしれないけど、他人事とは思えないんだ。僕はお母さんを亡くしたあの時、たまたまなのか、あれも一種の運命だったのか、領主様に拾われた。確かに訓練は死ぬほど辛かったけど、サラさんに出会えた。けど、もしあの時、領主様に拾われてなかったら……。今の僕は一体どうなってたであろうか。確かに王国には奴隷制度はない。けど、実際にあの状況で一人で生きていけたか。きっと無理だったと思う。それこそ、今あそこにいる獣人達のようにひどい状況で働いていたかもしれない。むしろ働けてればまだいい。一応、孤児が集まっている施設もあるらしいが、そんなにいい環境ではないらしいし。僕の力では、知らない人までは確かに助けられないかもしれない。けど、けど、僕が知ってる範囲の人は出来るだけ、そう、出来るだけ助けたいんだ。


 とまぁそんな事も考えてしまい、熱くなってしまった。けど、そんな事はみんなにはとてもじゃないけどいえない。うん、まずはアイさんの使命を優先させないとだしね。もし、もしだけど、皇帝陛下にいえる機会が出てきたら懇願してみるしかない。それでいこう。


「おい、何を一人で納得してんだよ」


「ヴァンさんは一人で勝手に解決しようとするところありますよね」


「おバカ」


 えー! だってそんなのいえないよ? 相手は皇帝陛下だし、万が一をそれが原因で不興を買ってしまったらアイさんとリスさんの使命を全う出来なくなってしまうじゃないか!


「僕の事は大丈夫。もう落ち着いたよ」


「バカだな。仲間だろ? それに全然落ち着いてないじゃねぇか」


「重荷になるだなんて思わないでください。わたし達はヴァンさんに王国で助けられたのです。それにわたし達ってもう仲間なんですよね? 仲間はずれは寂しいです」


「おバカ」


 涙が出てきそうだ。この決断は仲間達に迷惑をかけるかもしれない。けど、今目の前にいる仲間達は誰も嫌そうな表情を見せなかった。僕は一人じゃない。ケルヒ、リスさん、そしてアイさん。


「僕は、僕はこの国の獣人を助けたい。それはこの国にとって不利益となる事かもしれない。けど、犯罪者ならまだわかる。罪を犯したらそれを償わなければいけないから。けど、獣人達は違うんだろう? 無理矢理連れ去られ、こんなところで働かされて……。難しい問題かもしれないけど、僕はなんとかしたいんだ」


 頭を下げてみんなにお願いする。暫くしても何も返事がなくて、心配になって頭を恐る恐る上げると、穏やかに笑顔で見ている三人がそこにいた。


「俺も獣人をあんな扱いしてるのは気に食わねぇからな。皇帝陛下にガツンと言ってやろうぜ」


「わたしからも皇帝陛下にお願いしてみようと思います!」


「任せて」


「み、みんな……」


 僕はいい仲間を持った。普通に考えて、今の奴隷制度をやめさせるなんて不可能だろう。むしろその場で逆らった事で死刑になってもおかしくない。それでもこの三人から不安の色は見えない。それが僕には心強くもあって、けど、怖くもある。万が一、そう、万が一があった時は僕がみんなを守ろう。この命を賭けて……。


 アイさん達の神託を伝える時、それが勝負の時だ。今回は王様からの紹介状もあるし、無下にされる事もないと思う。勿論、世界の危機を伝える事も大事な事だ。これが頑張らないとな……!


 新たなる決意を胸に、僕達は歩き出すのだった。

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