第八話 マダナニカアリマスカ?
ドアを開けると、綺麗な鈴の音が店内に鳴り響く。その上品な音に耳を傾けていると、いつの間にかビシッとした格好の初老の男性があらわれた。全然気配に気づかなかったけど、一流の冒険者かなにかかな?
「いらっしゃいませ、ルロ様。そちらが例の方ですね。準備は整っておりますので、こちらへどうぞ」
どうやら既に話は通っていて、いわれるがままに先へと進んでいった。そのまま奥の方へと案内され、ドアを開けるとその中には、たくさんの女性用の服が並んでいた。あれ? 部屋間違った??
「あっと、これは終わったあとのお楽しみでしたね。ヴァン君の選べる服はこちらですよ!」
お楽しみって何!? 女性用の服に対して、こっちの選べる服って五着しかないじゃん!
「誠に申し訳ありませんが、ご予算上選べる服がこの五着しかありませんでした。どれも品質には問題ございませんので、お好きな物をお選びください」
いわれてみればそりゃそうだ。予算には限りがある。日常的にギルドで仕事をしているのでそれなりに蓄えはあるけど、それを全て注ぎ込める訳もなく。王様に謁見するのに必要最低限の予算でお願いしたからそんなに選択肢がある筈ないよね。
「じゃ、じゃあこれで」
あんまり派手すぎず、落ち着いた服を選んだ。あれ? 試着もないし、これで終了?
「それではお客様の採寸をさせていただいてもよろしいでしょうか? 先程選んだ服の手直しをさせていただきます」
「あ、は、はい」
いわれるがままに脱がされる僕。その間、無言で見つめてくるルロさん。いや、普通に恥ずかしいんだけど……。
無事採寸も終わり、服の受け取りの日を決めたので部屋を出ようとするが、ルロさんに肩を掴まれて阻止された。
マダナニカアリマスカ? ギギギと振り向くと満面の笑みを浮かべるルロさん。
「よし、じゃあこれからがお楽しみの時間だね! あたし、女の子とデートしてみたかったんだ!! どの服着せようかなぁ?」
「いやああああああああああ!!」
あぁ、股がスースーする。あのあと何着も試着させられて、ルロさんは大興奮。まさに表に飾られていた着せ替え人形のようになっていた。その中でもお気に入りの(ルロさんにとって)一着を今着せられたまま外に出ている。つまり今の僕は女装である。まとめてあった髪をストレートに降ろし、ルロさんに影に隠れていたルンパを捕獲され、胸に擬態させてさながら本物の女性と変わりない姿になっている。
街のみんなの視線が熱い。もしかして、僕ってバレてるんじゃないだろうか? 特に男からの視線が多く、胸元をジロジロ見てくる人がどれだけ多い事。少なくとも男にはバレてないな。てか、いつも女性ってこんなに胸を見られてるんだね。そこのおっちゃん、わからないようにしてるんだろうけど、視線バレバレですよ。
男性代表として、世の女性に謝りながらルロさんと一緒に進んでいく。
「『飛翔部隊』なんてやってると中々、同世代の女の子とも遊べなかったんだよね。ヴァン子ちゃんはどっちでも遊べるからホントお得だよね!! それにしてもホント可愛い! このままお持ち帰りしてもいい!?」
勘弁してください。けど、確かに騎士団って男の人が多いし、忙しそうだから中々遊べないんだろうな。けどお持ち帰りは駄目です。
「騎士団も大変そうですもんね。こんな僕でよかったらいつでもお相手しますよ。けど女装は今回だけで許してください」
「えー、勿体ないよ。ほら、見て? 周りの視線。ヴァン子ちゃんが可愛いからみんな見てるんだよ。女のあたしから見ても羨ましい位可愛いもんっ」
「恥ずかしいからやめてくださいっ。あぅあぅ」
思わず両手で顔を隠す。するとバタバタっと何かが倒れる音が聴こえてきた。ん?
「ねぇ、ヴァン子ちゃんのそれって実はわざと? もはや災害みたいになってるよ」
災害とは失礼である。まぁ、そんなこんなで二人できゃぴきゃぴしながら引き続きデートを続行。遊んでいる内に段々と慣れてきて、楽しくなってきた頃、二人でカフェに入った。ゆったりとしていて、落ち着いた雰囲気な店内。いい感じだ。そして、注文したコーヒーを飲んでいると、いきなり男二人が僕達の席に座ってきた。
「ねぇ、綺麗なお姉さん達。暇だったら俺らと遊ばない?」
まさかのナンパ!? 思わずコーヒーを吹き出しそうになったけど、何とか堪えた。ちなみにルロさんは我慢出来ずに吹き出してた。だって、最初に声を掛けたのがルロさんじゃなくて、僕の方だったし……。男達に掛かってしまったのはご愛嬌だと思う。
「キミ達、いきなり何? あたし達は二人で遊んでるからヤローには用がないんだけど?」
コーヒーを吹き出した直後にいっても迫力ありませんよ? 吹き出されても文句一ついわない男達が凄いと思った。この根性が他で発揮出来ればよかったのに……。
「そ、そんな事言わないでさ? 俺達、楽しいところに案内しちゃうよ?」
結構強めに断り続けてるんだけど中々しつこい。ルロさんはともかく、僕なんて男だよ? 誰得だよって思う。ルロさんもニコニコしてるけど怒っているのがわかる。むしろ見てるこっちが怖くなってくる位に。この寒気がする程のオーラがなぜこの男達には見えないのだろうか? 鈍感系はこれだから……。はぁ、ここはヴァン子ちゃんの出番だな。
「あの、そろそろやめていただけませんか? いい加減怒りますよ?」
それでも男達がヘラヘラするのをやめる事はなかった。それどころか、より強引に迫ろうとしてルロさんの肩に手を伸ばそうとした。これはよくないぞ。肩に触れる前に素早く相手の手首を取り、そのまま軽くひねる。なんの抵抗もなく、そのまま地面へと転がる男。もう一人の男が唖然としている間に首元に手刀をあてた。
「これ以上は……わかりますよね?」
ニコリと笑顔でいうと先程倒した男と共に慌てて逃げていった。最後に名前まで名乗って、覚えててください! となぜか丁寧な言葉を残して走り去っていった。なぜか耳まで真っ赤にしていたけど、そんなに転ばされたのが恥ずかしかったのかな? そんな風に思っていると急に後ろからルロさんに抱きつかれた。背中の感触!! やばいから! ほんとやばいから!!
「ヴァン子ちゃんありがとうっ! とっっってもかっこ可愛かったよ!」
いやいや、ルロさんがやってたら間違いなくあの男達は挽肉になってたんじゃないかな?
「あたしは騎士だから、一般人には簡単に手を出せないの。もう我慢の限界だったから本当に助かったよっ」
ルロさんは隊長を務める位の実力者だもんね。そりゃ簡単には手は出せないか。ギリギリだったけど、僕が止める事が出来てよかった。
「それにしても相手の男達、ヴァン子ちゃんに惚れてたね。お顔真っ赤にしちゃって、罪な女だよ、全く」
「え? 嘘ですよね?」
さっきの一連の流れの中に惚れる要素あった? ヴァン子、男心が全くわからないわ。
残りを飲み終え、お店を出る時に謝ってから外に出ると、太陽が既に傾き始めていた。気が付いたらこんな時間かぁ。
「ヴァン子ちゃん、楽しかったね。あたし、こんなに笑ったの初めて。これからも一緒に遊んでくれる??」
「僕も楽しかったです。僕でよかったらまたいつでも誘ってください!」
色々あったけど、今日は本当に楽しかった。そのままルロさんと別れ、僕はギルド寮へ。そして今、部屋の前までやってきた。実はまだ、女装したままだ。勝手に逃げたケルヒに一泡吹かせてやる。まずは、ドアをノックする。
「ヴァンか? 入っていいぞー!」
しめしめ、ちゃんと部屋にいるな。ドアをゆっくり開けて、中に入る。
「隊長さんとはどうだった? 服は選べたかー? ってあれ? ど、どちら様ですか?」
ニッコリしながら近づいていく。咄嗟のことで動けないケルヒ。
「ケルヒ様」
手を握り、僕の胸元まで持ってくる。
「ちょ、えっ、なっ!」
顔を真っ赤にして狼狽えている。もうダメだ。笑うのを我慢出来ない!!
「ははは!! ケルヒ、僕だよ! 顔真っ赤にしてどうしたの??」
「おまっ! ヴァンか! おい、びっくりしたじゃねぇか」
ふはは! やってやったぜ!!
まぁ冷静になると、ケルヒに女装を披露したから僕も恥ずかしかったんだけどね。痛み分けである。そして、漠然とした感覚なんだけど、またヴァン子ちゃんになる事がある気がする。今回の女物の服はルロさんからのプレゼントだし。
そんな事が無いように願いつつ、今日という濃い一日が終わりを告げるのだった。
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