第七話 僕の事を覚えてくれる人が増えてきたのがまるで居場所がここにあるような気がして、地味に嬉しかった。

 窓から吹いてくる風が頬を撫でる。さすがに早朝なので、少し寒さを感じるけど、緊張している今の僕にとってはちょうどいい涼しさだ。うん、ようするに全然寝れなかった。だってこういうの初めてだもん! ていうか、これってもしかしなくてもデート?


 それにしても隣でぐーすか寝てるケルヒが羨ましい。さぁこの寒い風を浴びろこんちくしょう。


 まぁとやかくいってももう遅いし、ルロさんとお買い物行くのは楽しみなのは違いない。ただ今のこの緊張感に慣れないだけで。寝るのを諦めてからあっちへソワソワ、こっちへソワソワ、歩き続けている。あー、どうしようもないから外にでも行こう……。


 目覚ましと早朝訓練がてらに、川を泳いだ。日に当たって乾かしてから部屋に戻ると既にケルヒがいなかった。ちっ、逃げやがって、ずるいな。文句をいっても仕方ないから、僕も朝食食べて出掛けようかな。







 そして待ち合わせ場所へ。あぁ、ドキドキする。だってデートだよ、デート。いや、実はルロさんにとっては、友達をただ恥を欠かせないようにするために付き合ってくれてるだけかもしれない。いや、そうだ、そうに決まってる。そうに違いない。そう考えると気持ちも楽になってくる。うん、こうなったら気楽に楽しもう。実際問題、きちんとした服装で行かないと僕とケルヒの首が胴体とお別れになっちゃいそうで怖いし……。


 それにしても早く来すぎちゃったなぁ。けど、せっかく集合場所に着いたのにどこか行っている間にルロさんが来たら嫌だしなぁ。仕方ない、素直にここで待つ事にしよう。って思ってたけど、その待つ時間はそれほど長くはならなかった。


 遠くから見えるのは、綺麗なウェーブのかかった金色に輝く髪を靡かせた一人の女神。出るとこは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる、街で見かけたら、男女問わず、振り返るであろう美人。そう、ルロさんが表れた。羽織っているカーディガンにはところどころに、金色の花の刺繍が入り、長袖のワンピースには、銀色の羽の刺繍が施されている。綺羅びやかだけど、下品すぎず、それでいてルロさんを引き立てるような一品だった。ようは可愛い。わかりやすい表現だよね、可愛いって。けど、そうとしかいいようがないんだ。いつもは鎧を着た姿しか見たことがなかったので普段着の姿はとても新鮮だ。太陽の光を背に浴びてこちらにやってきているので本当に女神にしか見えなくなってきた。


「おはよ!! ヴァン君、はやいねっ。あたしとのデート、楽しみにしててくれたのかな?」


 ニコニコしながら上目遣いでこちらを見てくる。先制パンチである。この戦い、初めから勝ち目がない……!!


「えっ、そ、そうです。ルロさんとのお買い物、とても楽しみでした……」


 言葉がどんどん、尻すぼみになってしまった。だって恥ずかしいっ。すると、ルロさんがクラっと後ろに倒れそうになった。


 危ないっ! 思わず背中に手を回して抱きとめる。なんとか間に合ってよかったよ。ふぅっと安心して息を吐いて前を見ると、目と目が見つめ合った。今、とっても近いっ! ルロさんも同じ事を思ったのか、顔が真っ赤になるのがわかった。勿論、僕の顔も真っ赤になってると思う。慌てて背中に回していた手を離した。まだ始まってもいないのにこの体力の消費量は何なんだ!? 果たして最後まで生き残れるのだろうか。


「あ、ありがとう。じゃあ、あの二人の女の子に負けない位、デートを楽しんじゃおっか!!」


「いえ、あの、二人とはデートした訳じゃなくて、えっと……、よろしくお願いします!」


 言い訳みたいになった時にムッとした顔で睨んできたので、慌てて頭を下げて、今日の事を頼むと、僕の答えに満足したのか、笑顔でルロさんが僕の手を握って歩き始める。うわっ、こうやってサラさん以外の女の子と手を握ったの初めてだ。『飛翔部隊』の隊長さんなくらいなんだから、訓練だってかなりしてる筈なのに、何でこんなに柔らかいんだろう? 僕の手なんて、ゴツゴツだよ? それに甘い、優しい匂いがする。あんまりクンクンしてると失礼になっちゃうから気をつけないと。幸い、ルロさんは気づいてなさそうだ。よかった。


「それじゃあ、早速店に向かうからね」


「はいっ!」


 そこからは商業街を抜けつつ、西側に向かっていった。商業街では、今日も大きな声で呼び込みをする店員さんで溢れ、自分たちの店の自慢の商品を宣伝している。仕事の帰りに寄ったりするので、最近ではすっかり馴染みになってきている。相手も僕の事を覚えてくれる人が増えてきたのがまるで居場所がここにあるような気がして、地味に嬉しかった。


「お、あんちゃん! 今日はデートかい? ほれ、それならこれはサービスだ。二人で食べなっ」


 こっちに投げてきたのはいつも僕が食べているパン。お礼をいってその場をあとにして、パンを半分にする。そのまま渡そうとすると受け取ってくれず、どうしたんだろうと思ったら、お口をあーんってしている。えっ? そのお口にこのパンを入れろって事なの? そうなの? 無言で催促してくる。そんな姿も可愛い。くせう。


 とりあえず割ってしまった片方のパンをルロさんに渡して、食べやすいサイズにちぎった。渡したパンを食べればいいじゃん? HAHAHA、そんな事出来る訳ないでしょ? そして、ゆっくり口までパンを運ぶ。ちょっと小さめなお口に入っていくパン。パンから離れていく時に、ちょっと唇に触ってしまった。めちゃ柔らかい。唇ってこんなに柔らかいの?


 お互い気まずい雰囲気になってくる。けどこの原因作ったのルロさんだからね!? 恋しちゃいましたって顔してますけど、ぷぷって笑ったの聴こえてましたからね!?


「もう、怒らないで? ヴァン君ってやっぱ面白いね。からかってるつもりはないんだよ? だって今日はデートなんだから!」


「絶対からかってますよね!?」


 僕の言葉を無視して、ニコニコしながらまた手を繋いで歩き出す。その後も、ジュースの飲み合いっこをしたり、輪投げを一緒にしたり(なぜかルロさんは百発百中)、気がついたら緊張も解けてきて、最後には笑いあいながら遊ぶ事が出来た。それはもう楽しくて楽しくて、もうこれで帰ってもいいんじゃないかと思うくらいだったけど、そんなやりとりをしている内に目的の店へとやってきた。


 うん、そうだね。今日は服を見つける為にルロさんがわざわざきてくれたのに、目的を忘れるところだった。それにしても大きな店だ。ショーウィンドウには綺羅びやかな服が人形に着せられていて、いーくん達を思い出してしまって、ちょっと死にそうだった。視線を感じて後ろを振り返るが、そこには誰もいなかった。きっと気の所為だと思う。さすがの彼らもここまでは来れない筈だ。ルロさんが首を傾げていたけど、気にしないでと言って中に入る事にした。漸く目的の服が買えるぞ。このまま何事もなく、買い物が終わればいいんだけどね。

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