第十八話 ルンパ、これからよろしくね!!

 膠着状態は続く。どうもあの鎧はケルヒではなく、僕だけを狙ってきているらしい。しかも狙いは僕の鞄。何で僕の鞄だけを狙ってくるんだ、決して遅い攻撃とは言わないけど、狙いがわかるなら簡単に対処が出来る。ケルヒに至ってはどう動けばいいのかわからなくて困惑中だ。コロも同様だ。何より、この鎧、最初は攻撃をしてきたかと錯覚したけど、敵意を全く感じない。今の鎧はまるでこの鞄を欲しがってるだけのただの子供だ。


 思い切ってこの鞄を渡してみるか? サラさんが作ってくれた物ではないから最悪、無くなってもいいんだけど、もし渡したとしてその後どうなるのかが読めない。けど、このままじゃ何も進みそうにないしな。ここは意を決して鞄を渡してみよう。


 鎧の目の前に鞄を投げてみた。すると中身が飛び出してしまい、床に僕の私物が散らばってしまう。鎧は暫くその様子を見ていたけど、何かを見つけたのか、急に形を変え、液体状になってしまった。そして僕の鞄に入っていたある物に飛び付く。


 な、何だこの生き物は? 液体とも固体とも言えない、ぷるんぷるんな生き物。そして飛び付いた先にあった物、それは僕の『掃除機魔法』で魔法を『吸引』した後、『排出』しなかった時に出た魔法の塊だ。吸った魔法が僕の中で凝縮され、『排出ダスト』する事で出てきた、使い道もわからないただの石である。放たれた魔法の属性によって石の色が変わるんだけど、共通している事は魔力が宿っている事だけだ。とりあえず僕達はそれを魔力のこもった石、『魔石』と名付けた。眼鏡美人職員さんにも見せてみたけど、今まで見た事がなく、価値もわからず仕舞いだったので、とりあえず鞄に入れといたんだ。さっきの部屋で落としたのもこれで、たとえ落としたり、投げても決して割れる事は無いし、掃除の時にいつか使うかもしれないと思って持ってたけど、まさかこの魔石にこの子が飛び付くなんて。


 そして今、そのぷるんぷるんは魔石を食べていた。ぷるんぷるんな身体で魔石を包み込み、徐々に溶かしているのが半透明なのでよく見える。こころなしか元気も出てきて、何だか嬉しそうだ。


 邪魔する事も出来ず、二人でボーッと食べている様子を見ていると、無事に魔石を食べきったようだ。僕達の間に緊張が走る、と思ったけど、そのぷるんぷるんはなんと、ゆっくり僕に近づいてきた。それはまるでペットが主に近づいてくるようだった。もし犬のような尻尾があれば全力で振られているだろう。避ける事も出来ず、僕の目の前までその生き物はやってきた。


 ど、ど、ど、どうしよう? 困っていると、そのまま足にくっついて上ってきた。


「あ、あわ、あわわわわわわ」


「だ、大丈夫か!? どこか溶かされてないか!?」


「う、うん。ただ上ってきてるだけみたい」


 そんな事を言っている内に肩まで上ってきた。こころなしか満足気?


「もしかしてお友達になってくれるのか?」


「お、おいまさかそんな訳……!?」


 話す事は出来ないけど、ケルヒからでもわかる位に僕に懐いている。今もスリスリしてきてるし。何この生き物可愛い。


「ねぇ、この子飼ってもいいかな?」


「え? え!? いいいんじゃ? ないか? すまん、わからん」


「依頼主に確認かなぁ。一応この屋敷の物になっちゃうし……」


 その後、他に見る物が無いか確認してから、本を持って隠し部屋から出た。その間この子はずっと僕の肩から離れようとしなかった。本当うちの子可愛い。とりあえず掃除もだけど、うちの子をどうすればいいかわからないから依頼主に来てもらって判断してもらおう。


 あ、その前に酢だけは処理しとかないと匂いがキツすぎて怒られちゃうな。開けられる窓を全部開けて換気をしつつ、布を剥がす。一部を擦ってみると、水垢も白い結晶も剥がせた。よしよし、順調に剥がしきり、一度ケルヒの刀で水洗いをさせる。心なしか、ケルヒの変化した蒼色の瞳がくすんでいるように見える。いつもはキラキラ輝いてるのに。そして最後に乾拭き。この水を残さないのが大事だ。どうしてもそれが水垢になるので、乾く前に拭き取ってしまおう。


「俺の刀、そんな使い方じゃないんだけどな」


「え? なんて言った?」


「何でもない」


 おかしなケルヒだ。とりあえず、一段落したので依頼主をケルヒに呼びに行ってもらった。僕がこの屋敷から出て、万が一うちの子に逃げられたら大変だからだ。やる事がないので窓を磨いていると、依頼主の大商人がやってきた。


「原因がわかったと言われてやってきたが、一体原因は何だったのだね?」


「わざわざ来ていただき、ありがとうございます。原因はこのルンパです」


「ん? ルンパって? な、何だね、その生き物は!? 魔物か!?」


「落ち着いて下さい。見ての通り、何も危害は加えてきません。あちらの噴水を清掃していたところ、隠し扉を見つけ、中を調査したところで発見しました。元の持ち主が育てていた生き物のようです。こちらに証拠の本も残っています」


「そ、そうか。『生成魔法』の使い手が育てていた生き物か。ふむ、読んだ限り、確かにその生き物が育てていた生き物で間違いないようだな。だが、その見た目では物音を鳴らせるとはとても思えないがどうなのだ?」


 あ、そっか。今の状態じゃただの可愛い生き物じゃないか。えっと、言えば鎧になってくれるのかな?


「ねぇ、ルンパ。僕の言葉がわかるかな? もしわかるなら最初に会った時の鎧になれないかい?」


 するとルンパが僕の肩から下り、うにょうにょしながら形を変えていった。そして目の前に現れたのは、なぜか形状が僕が訓練していた時に使っていた鎧。何で知ってるし。何気に精神的ダメージが大きい。


「ル、ルンパ! 元に戻っていいよ」


 するとすぐに元のぷるんぷるんに戻った。もう二度と、鎧になれなんて言わない。


「僕達が見つけた時には鎧の状態でした。そしてルンパは自由に形状を変える事が出来るみたいなんです」


「なるほど。信じがたい事だが、目の前でそれを見せられたら信じるしかなかろう。隠し部屋も後で見させてもらうので、どこにあるか教えてもらおうか」


「わかりました。これで物音などが無くなれば、原因はこのルンパだと思います。そしてここからが本題なのですが、ルンパのこれからの事についてです」


「そうだな。こんな生き物は見た事がない。どれほどの価値になるかわからんし、すぐにはどうするかとてもじゃないが決められんな」


「あ、あのお願いなのですが、僕に預けてくれませんか? 今回の報酬はいりません。勿論、清掃は最後までやらせていただきます」


「ちょっ! おい、ヴァン!!」


「ほぉ? これは普通に考えて私の物になる筈なんだが、一応理由だけでも聞いてみようじゃないか」


「はい。それは重々承知の上で言っています。まず、このルンパですが、おそらくですが魔力があるので魔物です。僕が持っていた石を溶かした事から、物を溶かす事が得意なんだと思います。この能力が相手では檻で囲う事が難しいので最終的に処分される可能性が高いです。僭越ながら、ルンパは僕に懐いてくれています。その本にも書いてありましたが、『うちの子を頼む』というのは、処分してくれっていう意味では無いと思います。僕は一生、ルンパを大事にしていく覚悟はあります。無理を承知で言っているのもわかっていますが、どうか、どうか僕にルンパを預けてくれませんか?」


「ヴァ、ヴァン……」


 僕は必死に頭を下げた。ルンパはきっとあそこでずっと一人ぼっちだったんだ。お母さんを亡くした後の僕と一緒だ。出来るだけ独りにしたくない。僕にサラさんがいたように、ルンパにとってのサラさんになってあげたい。それに、あんなに簡単に魔石を溶かすことが出来た位だから、逃げる事だって簡単だった筈なのに、それをしなかったのは、御主人様が帰ってくるのをずっと待っててくれたんだ。そこで僕達と出会った。たまたま見つけただけだけど、そこに運命を感じたんだ。


「どうか、どうかお願いします!!」


 沈黙が続いた。いつの間にかルンパは肩に戻ってきている。


「はぁ、仕方ないな。そんな魔物など、いらんわ。私がやって欲しかったのは原因の調査とこの屋敷の清掃だ。それさえ達成してくれれば他はかまわん」


「ありがとうございます!!」


「まぁ実はな、私も息子と一緒で、『生成魔法』の使い手のファンだったんだ。その最後の子が一番幸せになる形が何なのか、そんなの誰が見てもわかるであろう。いつの間にか名前まで付けているようだしな。今回の依頼料で売ってやる。あとは勝手にするといい。そしてこれは個人的な依頼なんだがな、私と息子に定期的にその子を見せに来てはくれないか? そうすればきっと息子も喜ぶ。依頼料は今回頼んでいる清掃料と同じでどうだろうか?」


「あ、ありがとうございます! 勿論見せに行きます!!」


「なんか、どんどん俺を置いて話を進められてるけど、まぁよかったのか?」


「ケルヒ、勝手に決めてごめんね」


「まぁヴァンが暴走するのもいつもの事だから気にしてねぇよ。けど良かったな。新しい仲間か。よろしくな、ルンパ」


「うん! 新しい仲間だ!! ルンパ、よろしくね!!」


 ぷるんぷるんと震えて僕の言葉に応えてくれる。まさかこんなところで仲間が増えるとは思ってなかったけど、これでもっと毎日が楽しくなりそうだ。


 ルンパ、これからよろしくね!!

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