第六話 水の指揮者(ゴリラ)だ……と!?

 ケルヒと新たな護衛騎士様が相対する。ケルヒはすでに精霊を召喚済で、コロが肩の上に立っていた。それに対して、護衛騎士様は大剣を背中に背負っている。ちなみに両者イケメンである。爆ぜればいいと思う。


「よし、それじゃあ準備はいいな? はじめ!!」


「よろしく! です!!」


「こちらこそよろしくね」


 早速コロがポーチから葉っぱを出した。赤く輝くその葉っぱをコロが丸呑みにすると、あの時のようにコロが光り輝いた。そして、その光が収まるとそこには二本の朱い刀が地面に突き刺さっていた。


「精霊刀『火凰双刀かおうそうとう』。この刀は、異界にいるとされる鳳凰の力を借りた刀だ。です」


 真っ赤に朱い刀身に、燃えていると錯覚させる程、揺らめく真っ白な刃文、触れる物全てを燃やし尽くしそうなほど猛々しいオーラを放っている。その鍔には、それぞれに朱い鶏が一匹ずつ描かれている。この鶏が鳳凰なのかな?


「これはすごいな……」


 その双刀を見た護衛騎士様の表情が思わず引きつっていた。そりゃそうだろう。あんな刀に斬られてしまったら跡形も残らない、消し炭にされてしまう。さっきのもそうだけど、もはやこれって模擬戦になるのだろうか。


「ちょっと待つんだ、ケルヒ君。その双刀の威力は模擬戦の域を超えてしまっている。威力を抑えるか、こちらで用意した木刀でやってはくれないか?」


「あ、そりゃそうか。あ、ですね。威力を抑えますでござる」


 幾分かオーラが抑えられたけど、凶悪な武器には違いなさそうだ。一振りする度に炎が立ち上っている。間違いなく魔物に使えば、消し炭になって素材なんて取れないだろう。あ、僅かな炭なら採れるかな。うん、普段は使用禁止武器に決定だ。後で言っておこう。


 結果から言ってしまおう。ケルヒの圧勝だ。武器の差もあったけど、それだけじゃない。ケルヒは先が見えてるんじゃないかって位、相手を読むのが上手い。おそらく、初めての対人にも関わらず、相手がどんな動きをしてくるのかわかっているのか、イケメン騎士様の攻撃がことごとく封じ込められていた。さらに、相性の問題もあった。イケメン騎士様も火魔法使いで、色々試行錯誤して魔法を放っていたけど、ケルヒの双刀に全て掻き消されてしまったのだ。


 後は、イケメン騎士様が追い詰められていく一方で……。まさかこんな結果になると思わなかった。イケメン騎士様が弱かった訳じゃない。ケルヒが強すぎたんだ。模擬戦終了後、護衛騎士様達はざわついていた。


「ケルヒ君は凄いな……。強いとは思っていたがこれほどまでとは……」


 ゴリラ騎士様も思わず唸ってしまっていた。そりゃそうだ。たかだか十五歳程度の若造がここまでやれるとは思ってなかっただろう。僕もここまで強いとは思ってなかった。


 他の護衛騎士様達の模擬戦が続く中、しばらく考え込んでいたゴリラ騎士様だったけど、ふと何か思いついたのか、こちらに近づいてきた。


「二人共、せっかくの模擬戦だ。もう一戦いかないか?」


 僕とケルヒが目を合わせて頷く。


「勿論です! 是非やらせてください!!」


 せっかくの機会だし、一回だけじゃもったいない。さっきの模擬戦の疲れも取れたし、ケルヒに至ってはまだまだ余裕がありそうだった。


「では最終戦に呼ぶからな。準備だけはしといてくれ」


 それから何戦か護衛騎士様達の模擬戦もが続き、いよいよ最終戦、僕達の出番となった。目の前にいるのはゴリラ騎士様。それに対し、僕達は二人で戦っていい、との事だった。雰囲気からそんな気はしてたけどね……。


「おい、ヴァン。すげえ事になったな。まさか護衛騎士の隊長様と模擬戦する事になるなんてよ」


「うん、僕も正直びっくりしたよ。けど、これって僕達の力を試すチャンスだよね」


 こんな機会はきっとなかなかないだろう。胸を借りるつもりでやらせてもらおう。


「楽しみ……ね。ちなみに私の魔法は水魔法だ。それに今回は、ハンデとして素手でお相手しよう」


「そんな親切に魔法まで教えちゃっていいんですか? それに素手って……」


 自らの、アドバンテージを失うようなもんだ。


「君達の魔法を私が知ってて、私の事を知らないのは、戦場ならともかく、模擬戦が初体験の君達には、不公平だからね。これは指導だから素手で十分だよ。ちなみにだが、そんなに笑ってて大丈夫か? もう……始まるぞ?」


 背筋がゾクッとしてまだ始まってないのに思わず拳を構えてしまった。隣のケルヒも身構えてしまっている。


「君達が強い事は間違いない。私から見てもそこらへんの騎士や冒険者より強いかもしれない。だがな、そこで満足したらもったいないぞ。世界は広い。それを今から教えてあげるとしよう」


 背中から冷や汗が止まらない。まるでサラさんが笑ってない笑顔を見せている時のようだ。まさかゴリラ騎士様がサラさんクラスの強さだとは思わないけど、隊長を務める位だ。間違いなく……強い!!


「それでは、はじめ!!」


 はじまりの合図と共に僕はゴリラ騎士様に突っ込んでいった。まだコロを刀に変えていない。まずは刀に変える為の時間を稼がなきゃ。僕が頑張るからその間に、何とかしてくれケルヒ!!


「『水縄』」


 全方向から網目状の水の縄が、僕を捕らえようとしてくる。これに捕まったらそれだけで戦況が厳しくなる。ここは……。


「『吸引』!!」


 全方向、右手を伸ばして『水縄』を吸い込む! いきなり出鼻をくじかれてしまった……。ゴリラ騎士様の方を見たが、そこにはもういなかった。


 どこだ……!?


「精霊刀だけどね、どんなに強くても出せなければ意味がないんだよ……?」


 あの一瞬でケルヒの背後に!?


「こなくそおおお!!」


 咄嗟にケルヒが蹴りを放つが、片手であしらわれていた。続けて、攻撃を続けるが、全て片手で防御されるか避けられている。


「ケルヒ君はまず、戦闘開始時に、瞬時に精霊刀を出せる状態にしなさい。最初から武器を持っている人間と武器を『召喚』する人間、どちらが攻撃に移るのが早いか、今のでわかっただろう? 後、ヴァン君がいくら前で戦ってくれるからって、油断しすぎだ。魔物だろうと人間だろうと、弱いところから狙われるんだからね」


「く、くそ……」


 手刀でケルヒの後ろ首を叩くとケルヒはそのまま落とされた。あのケルヒが一瞬でやられるなんて……。


「よそ見をしている場合じゃないぞ、ヴァン君。『水鏡』」


 今度は何だ!? ゴリラ騎士様を視界に入れつつ、キョロキョロとしていると僕を囲むように水で出来た鏡が現れた。それぞれに僕が写っている。


 どうする? 『吸引』で吸わせる? 叩き割る? 『吸引』であれば確実に吸えるけど、それは誘われてる気がする……。けどこのままじゃジリ貧だ。


 正直、この水の鏡を見ているだけで何か吸い込まれそうになってく感覚に陥ってくる。水で出来た鏡が揺れると僕の姿も揺れる。何度か揺れていく内に気がついたら全ての鏡に写る僕がこちらを見ていた。くそ! 何かしてくるのか!?


「『吸引』!!」


 結局は、これしかない! 罠を想定しながら『吸引』すると、あっさり水の鏡は吸い込まれていった。あれ? てっきり何かあるのかと思って……。


 !?


 ゴリラ騎士様はどこだ!? いつの間にか完全に視界からいなくなっていた。


「もう遅いよ。ヴァン君は動く前に考えすぎかな。それにどんな事があっても基本的に敵から目をそらしちゃ駄目だ。さっきの模擬戦でやってみせた事を自分がやられてるようじゃまだまだこれからだね」


 上か!!


「はずれだ」


 いない!? くそぉ……! 後ろだったかぁ…………。









 見事に二人共気絶させられ、気がついた時には鎧車の中だった。惨敗だった……。ちょっと護衛騎士様相手にいい勝負出来たからってちょっといい気になってたみたいだ。


「負けたな……」


「負けたね……」


 それぞれがゴリラ騎士様に言われた事を、今後の課題にしたいと思う。それにしても護衛隊長って凄いね。手も足も出なかった。王都に行けばこんな人ばっかなのかな?


「お? 起きたな。おはようさん。身体に異常はないか?」


 噂をすると、例のゴリラ騎士様が、お連れの護衛騎士様と共に鎧車の中にやってきた。こうやって心配してやってきてくれるところがまた紳士的だ。他の護衛騎士様からも慕われているし、人望は厚そうだ。


「身体は大丈夫ですよ。痛める程、相手になれませんでしたし、自分達の未熟さを痛感しました。王都では隊長さんのような強い方っていっぱいいるんですか?」


 もし、王都にゴリラ騎士様みたいな人ばかりだったら、僕達如きでは、冒険者なんて夢のまた夢かなって思える。


「そんな事はありませんよ? 隊長が特別なんです。なんたって『水の指揮者コンダクター』と呼ばれる程の方ですから。騎士団学校主席で卒業後、隊長としての初陣で巧みな水魔法と指揮によって、水竜をたったの一部隊で討伐された事から名付けられた名です」


 お供の護衛騎士様がドヤ顔で説明してくれた。きっと自慢の隊長なんだと思う。


「おい、その名前は恥ずかしいからやめろって!」


 それにしても『水の指揮者コンダクター』(ゴリラ)だ……と……!?


 竜ってあの竜!? 上位の冒険者じゃないと一瞬で全滅させられるって言われてる程強いって聞いたけど。ゴリラ騎士様ってそんな凄い人だったのか。僕はそんな凄い人をゴリラ呼ばわりしてたけど、今更になって怖くなってきた。けど面と向かって言ってないし、セーフだよね? え? 駄目?


「そんな凄い人だったんですね。そりゃ歯が立たない訳です」


「そりゃ簡単に負ける訳にはいかんだろう? 他の騎士達の前だしな。……先程も言ったがな、君達は強いぞ? だがな、そこで満足するにはもったいないと感じたから模擬戦をさせてもらった。これで少しでも何かを感じる事が出来たのなら私としても嬉しく思うよ」


「はい! ありがとうございました!」


「こんなつええ人とやれたの嬉しかったぜ! です!!」


「ハハハ! 若者はいいな。君達の未来に幸あれ、ってやつだな。それじゃあな。今日はゆっくり休みなさい」


 ゴリラ騎士様達が去った後、二人で改めて、今の自分達の課題を話し合った。僕達はまだまだ弱い。今回はまだ模擬戦だったからよかったけど、これがもし、本当の戦いだったら僕達は死んでいたって事だ。未来に幸あれ……か。今日の模擬戦は本当にいい経験になった。


 王都に着いたら、必然的に本当の戦いってやつが待っている。その前にもっと強くならなくちゃ。そのためにはまず訓練だ。そして二人で出来る事をもう一度考えてみよう。


 さぁ、明日からが楽しみだ! 気合い入れて頑張るぞ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る