第二章 王都編

第一話 サラさんは素敵なお姉さんです! この世で一番綺麗です!!

 主、まだ? お腹、空いた。


 主、どこ? さみしい。いない。いつまで? ううん、弱気、駄目。絶対、主、来る!


 何も、見えない。でも、怖くない。まだ、頑張れる!











 ふーんふんふふーん。雲一つ無い、爽やかに晴れた空。清々しい空気。あぁ、最高だ! 全てが新鮮に見えてくる。こんなにいい気分なのは初めてだ!!


 そう、胸のポケットにあるこの布きれに気付くまではね……。


 出発して暫くは順調だった。天気も晴れ。心配だった魔物の姿も今のところは無い。隣には仲間のケルヒ。同乗者の人達の視線も最初だけで今じゃ各々が話に花を咲かせている状態だ。


 王都ってどんなところなんだろう? タスキン都市より大きいのかな? そもそも外が初めてだもんな。


 期待に胸を膨らませ、ワクワクしながら外を眺めていた。次第に気持ちにも余裕が出来、腕を組んでいると、ふと、コートの内側のポケットに何か入っている事に気付いた。


 あれ? ひょっとしてサラさんからのサプライズプレゼントかな? ドキドキしながら内ポケットに手を入れてみる。ん? この感触、さっきどこかで触った気がする。嫌な予感がしたけど、一度気になるとほっとく事なんて出来る筈もない。他の人に見えない様に少しだけ出してみる。


 そこにあったのは黒いレースのパンツだった。


 まだこのネタ引っ張るのかよ!? そりゃ下着ってセットですけどね! ってそうじゃないし!!


「おい、汗がひどいけど、どうした? 酔ったか?」


 隣のケルヒが異変に気付いて声を掛けてくる。ここは冷静に対処しなければ……。


「な、何でもないよ。ちょっと初めての事ばかりで疲れちゃったのかな? ハハハ……」


「ふーん、まぁそりゃそうか。まだ出発したばっかだし、あんまり気を張らないでゆっくりしとけよ?」


「ありがとう、そうするよ」


 フゥ。何とかバレずに済んだみたいだ。ちょっと怪しんでいるような気もするけど、今はそんな事より、この黒いブツの始末をどうするかだ。こいつの始末を間違えたら、人生終わっちゃうぞ。サラさんも恐ろしい事をしてくれるな……!


 うーん、どうしよう。捨てる? 燃やす? 隠し続ける? どれもしっくり来ない。


 あ、そうだ。『掃除機魔法』で吸ってしまおう。ふふふ、何でこんな簡単な手段に気付かなかったんだ。戦場では常に冷静であれとはこの事か。


 思い立ったら吉日。なるべく他の人にわからない様に、弱めに吸わせよう。


 『吸引』


 内ポケットに手を入れ、小声で『魔名』を唱える。あとはイメージするだけ。


 あれ? 全然吸えない。引っ張ってみたら端っこが内ポケットに縫い付けてあった。辺りには黒いブツが半端に吸われている音だけが響いており、みんなの視線が凄い。


 めっちゃ目立ってるじゃん!! とりあえず慌ててストップ! この状況はやばい……!


「おい。何してるんだ??」


「え? い、いやあ、ハハハ。ちょっと魔法の試運転を……ね?」


「おいおい、こんなところで魔法なんて使うなよ」


「う、うん。そうだよね。気を付けるよ。ごめんね」


「いや、まぁいいけどな?」


 気まずいぃぃぃぃぃぃぃ!! サラさん何て罠を張ったんだ。鎧車の中の空気が重いよぉ。しかも、結局は状況が悪化しただけで黒いブツが処理出来てないし……。こうなったらもったいないけど、この黒コートも一緒に後で吸わせるか……?


 うっ! 黒コートが身体を締め付けてくる……だと……!? 何だこれ。サラさんの呪いか!? 


 うそです。捨てる訳ありません! 一生大事にします!!


 ふぅ、収まった。こりゃ黒コートはどうにも出来ないな。もうこうなったら休憩中に黒いブツを隠れて捨てるしかないか……。最初からそうしてればよかったんだ。あぁもう、黒いブツなんて内ポケットに入ってるからこんな事になっちゃったんだよ。全部サラさんのせいだ。


 ぐっ! また黒コートが締め付けてくる……!! 何これ!? サラさんの呪い!?


 僕が全部悪いんです。サラさんは悪くありません! 


 収まらないだ……と!? サラさんは素敵なお姉さんです! この世で一番綺麗です!!


 はぁ……。やっと収まった。サラさんの呪縛恐ろしい。


 問題は全く解決していないが、とりあえずは方向性も決まったし、心を穏やかに、外の景色でも見て落ち着こう。ふと外を見ていると、急に鎧車が止まってしまった。


 あれ? 休憩かな? けど、休憩の割には周りが慌ただしいな。も、もしかして、魔物!?


 予想通り、魔物が近くまで来ているからマルマジロが動かなくなったみたいだ。護衛騎士の人達が的確に指示を出しながら陣形を整えている。そんな慌ただしい雰囲気の中、僕達が出来る事、それは待機だ。


 よく、物語であるのが勝手に表に出て、戦闘に参加する事。俺は強いから大丈夫だ! って根拠もない自信ばかり溢れていて、現場を混乱に導くのだ。そもそもこういった事態に陥った時の為に護衛騎士様と冒険者がいるんだ。余計な事をすればかえって迷惑になってしまう。


 そう、ここは大人しく待機だ! たとえ、隣のケルヒがウズウズしてて今にも飛び出そうとしてても待機だ!!


「なぁ、こっそり参戦してみねぇか?」


「ダメだよ。勝手な事をして護衛の人達に迷惑になっちゃうよ」


「それが実はよ。俺、我慢出来なくて、タスキンで冒険者登録しちゃったんだよな。だから何かあれば参戦する事出来るだぜ。俺の仲間だって言えば、ヴァンだってきっと大丈夫だぜ」


 初耳なんですけど?? 先に登録するなんてひどくない!?


「ケルヒ! 勝手に先に登録するなんてずるいよ!! 一緒に登録する約束はしてないけど、そこは空気読もうよ!!」


「わりぃわりぃ。けど、俺だって一応理由はあるんだぜ? 登録しとけば身分証にもなるし、そもそも大体の奴が『恩恵』を授かったらそのまま登録に行っちまうもんだ。むしろ何でまだヴァンは登録してないんだ? 何をするにしても登録してなきゃ出来ないし、結局はさ、どこかのタイミングで登録しなきゃいけないんだから、さっさと登録しといた方がいいだろ」


 うっ、正論で返されてしまった。そんな事言われちゃったら言い返せないじゃないか。


 返す言葉も無く、ただぶーぶー拗ねている内に魔物達がやってきた。


 あれは、蒼狼かな? サラさんとの授業で教わったので記憶している。目や、毛並みが青く、水辺を好む魔物だ。群れで活動している事が多く、多ければ百頭を超える群れになる事もあるらしい。ここは水辺じゃないんだけど、何でこんなところにいるんだろう?


 蒼狼達はある程度の距離を保って、こちらの様子を伺っているようだ。一際大きな蒼狼が止まるのに合わせ、他の蒼狼達も止まる。あの大きいのが群れのボスなんだろうな。それと対峙するように護衛騎士様達は盾兵を中心に僕たちを囲うように円形になっていて、いつ魔物が来てもいいように待機している。その一連の動きには、無駄や焦りといった様子は見られない。流石は、護衛騎士様達だね。かっこいい……!!


 そこから暫くの間、睨み合いが続いた。しかし、段々と焦れてきたのか、蒼狼達がソワソワしている様子が見えた。


 そして遂に一際大きな蒼狼が遠吠えを上げて走り出した! それに合わせて他の蒼狼達も走り出す。そんな蒼狼達の姿を見ても、焦らずに射程距離内に入るまで待機している。


 つ、遂に戦闘が始まるのか……! 護衛騎士様達は、蒼狼達に向かって魔法を飛ばしていく。それに対し、蒼狼達は自分達の早さを生かしてジグザグに動きながらこちらに向かってくる。


 流石に全ての魔法を避ける事は出来ないのでやや数を減らしながらも距離を縮めてくる。ふと、この蒼狼達の攻め方に違和感を覚える。犠牲無しは難しいとしても、なぜこの蒼狼達はこんな無謀な攻め方をしてくるのだろう? 今回の襲撃は半数以上がこちらの一団に来ているのだが、たとえ、ここの一か所を攻めたとしても最終的には、囲まれて討伐されてしまうのがオチだ。わざわざこんな無謀な突撃をする意味があるのだろうか?


 まぁ実際仕掛けてくるって事は何か理由があるんだろうけど、気になるなぁ。と、考えている間にかなりこちらまで蒼狼達は迫ってきていた。予想以上の速度で来た為か、護衛騎士達も驚いている様子だ。まるで生き残る事を考えているとは思えない特攻みたいな感じだもんね。


 ここで護衛騎士様達の隊列が抜かれてしまったら本当にこちらまで来てしまうかもしれない。だからって隣でウキウキしないでよ! ケルヒ!! 他の人達なんか、みんなブルブル震えてるのに……。


 けど、僕もやけに落ち着いてるな……。思ったより、怖くない。きっとサラさんとの訓練のおかげなのかな? 蒼狼達の気迫も、サラさんに比べたら天と地ほどの差がある。


 そんな事を思っている間に本当に蒼狼達が三頭、護衛騎士様達の隊列を抜けてこちらに向かってきた。その中には群れのボスと思われる一際大きな蒼狼も含まれている。


「こうなっちまったもんは仕方ないな! おい、ヴァン!! 行くぞ!!」


「あぁーもう! ケルヒ待ってよ!!」


 もうこんなに嬉しそうにして……! まぁこうなっては仕方ない! 受けて立つしかない!!


 慌てて鎧車を降りてケルヒを追いかける。飛び出して来た僕らを見た蒼狼達は、僕らに狙いを定めたようだ。


 あぁ、まさかこんなところで初めての戦闘になるだなんて……! もっと旅を満喫する予定だったんだけどなぁ。けど仕方ないか、今は目の前の敵に集中しよう。相手は僕達に襲いかかってきている魔物なんだ。

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