閑話 とある領主の観察日記
ヴァン八歳の朱の月
ヴァンがこの屋敷で暮らすようになったので日記を付けようと思う。
そもそもヴァンがこの屋敷で暮らす事になったきっかけは、私が愛したマスミが死んでしまったところから始まる。その時の私は、正直言うと後を追ってしまうんじゃないかって程に追い詰められていた。そう、ヴァンの存在が無かったら今の私はいなかっただろう。
ちなみにヴァンとは私とマスミとの間に産まれた子の事である。マスミは私に内緒で産んだようだったが、葬式で見た瞬間に私の子だと直ぐにわかった。いや、わかってしまった。ヴァンを見た時にはそれはもう、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。もう、見た目がそっくりそのままマスミを小さくしたようなそれもう可愛い、そう! 可愛い子供だったのだ。目元は私に似たがな!
こんなに可愛くていいのだろうか。初めて見た時には思わず違う意味で死ぬところだった。その場で倒れなかった私を褒めてほしいところである。
思い立ったら吉日。葬式後に直ぐ拉致、あ、保護した。そう、これは保護だ。先に誰かに連れて行かれたら困る。もう葬式で見た瞬間には動き出していた。私でこうなってしまうのだ。有象無象の輩に見つかったら即、連れて行かれてしまうだろう。
それは危険だ。これは緊急措置だから仕方ないんだ。可愛いあの子が悪いのだ。抵抗もされたが私も大人だ。子供の力程度では敵う筈もあるまい。むしろ抱きしめたくて必死だったのだ! しかし、抑える為に、冷たく接してしまった。やりすぎて手を出してしまった時には思わず死のうか、迷ってしまったが、死ぬとしてもヴァンを育てきってからでも遅くないだろう。とりあえず、戒めとして叩いた手を百叩きし、ポケットに入れて誤魔化した。
甘やかしたい。甘やかしたい。甘やかしたい。甘やかしたい。うわあああああ、甘やかしたいよぉ。この寝顔ときたら……。ヴァンは私を殺す気か!! ヴァンを眠らせて馬車に乗せてから、甘やかしたい衝動に駆られてしまった。私は、なけなしの理性で必死に耐えた! 私は領主だぞ。この程度の事で屈する筈がなかろう。それがたとえどんなに恐ろしい魅了の魔法であったとしてもだ! だが、こんなにも耐えたのだ。頭をちょっと、ほんのちょっとだけ撫でてもバチは当たらないだろう?
無事に屋敷に着くと、元々マスミを囲うために用意させた隠し部屋にヴァンを連れて行く。今日は妻も子供もいないので見つかってしまう心配もない。途中、回転ドアで驚かせた時のヴァンの顔が最高でした。御馳走様です。
ここまで来たらもうヴァンも逃げられないだろう。脅は、もとい、説得して成人までだが、ヴァンをここで生活させる事に成功した。もう、心の中では小躍りを披露してたもんだ。
ヴァンには子飼いの使用人であるサラを付け、囲い込みが完了した。最後には芯のある部分も見れたし、大満足だ!
そこから我慢をして、何日かに一度、様子を見に行く事にしたのだが、どうやらヴァンには好き嫌いがあるようだ。なんとバナナを出すと怒りだすのだ! どういう事なのだ!? 好き嫌いは良くないぞ! と叱りに行こうかとも思ったが、どうも様子が違うし、最終的には食べたのでいいとしよう。
ヴァン八歳の朱の月
ヴァンがこの屋敷に来て一週間程経った。この生活にも慣れてきたようでサラ相手にならぎこちなくはあるが、笑顔を見せるようになった。その笑顔を私にも、私にも! 向けてはくれないだろうか……!! とは言ってもそう上手くはいかないものだ。なんせサラに近寄る事を禁じられたからな! まぁ理由が私の事を怖がってるからと言われると何も言い返せないが……。やはり手を出してしまったのは間違いだった。あの時の私にもし会えるなら、刺してでも止めているのに……。あぁ、恨めしい。
ヴァンきゅん八歳の朱の月
ヴァンきゅん可愛いお。あぁ……、可愛いお。すっかり生活にも慣れ、勉強をスタートさせた訳だが、一生懸命頑張ってる姿がなんと可愛い事か!! 間違えて凹んでいる姿もよし! 正解して喜んでいる姿はなおよし!! 直ぐにでも抱きしめてやりたくなる。なのに未だにヴァンきゅんに会わせてくれないサラ、おかしいではないか! どんなに命令しても従わないのだ……。私が領主でサラは使用人ではないのか……?
ヴァンきゅん八歳の白の月
今日も密かに覗き見、いや、視察に来ている。だってだって、私に何もさせてくれないのだ。我が子なのに……。解せぬ。
そんな本日のヴァンきゅんだが、ただいまパンツ一丁でござる。危うく死ぬところだったわ! そんな見目麗しい姿をしたヴァンきゅんの後ろでは悪鬼羅刹のサラが不穏な動きを見せていた。そう、気付かれ無い様に縄で縛っていたのである。むしろなぜ気付かないのだヴァンきゅん!! 更にあろうことか、用水路に蹴り落としてるではないか!! 思わず部屋に乗り込もうとしたが、私にも『操糸魔法』の糸で拘束されていた。なるほど、これは流石のヴァンきゅんも気付かぬわけだ!! まぁようは私に出来る事など、何もないという事なんだがな。これ程自分の無力さに後悔した日は無かったぞ。こちらを見てニヤつくサラには目もくれず、ただただ必死になって泳ぐヴァンきゅんを応戦していた。とにかく頑張れ! 負けるなヴァンきゅん!!
あ、ちなみにそこで使用していた水の一部は、学術的なうんたらの為、回収しました。他意はない事をここに表記しておきます。
ヴァンきゅん九歳の朱の月
ヴァンきゅんが来てから早一年経った。この一年で様々な苦労を乗り越えながら立派に成長してきている。私とは相変わらずだが、サラとはすっかり仲良しでまるで姉弟のようだ。だがなサラ、私とヴァンきゅんは親子なのだ! 親子なのだぞ!!
そんなヴァンきゅんだが、今日から遂に本格的な勉強に入る。流石ヴァンきゅん!
それにしてもサラめ、何なのだ、あの眼鏡は。事ある事にくいくい。気分が乗るとくいくい。お前の本体は眼鏡か! けどそれを見て喜んでるヴァンきゅん可愛い! 私も付けたら喜んでくれないかな?
その前にこの糸を何とかせんと、パパ、頑張るから!!
昼食を食べた後は、いつもの訓練だ。以前、発注させられた鎧が早速活躍しておるな! うんうん、この鎧はこのまま当家の家宝としよう。
ヴァンきゅん十歳の碧の月
ヴァンきゅんが十歳になった。おめでとうヴァンきゅん!!
そんなめでたい今日は、ヴァンきゅんが『恩恵』を授かる日であった。いつも通り、同行を拒否された私だが、今日は諦めなかった。どうしても後を付けたかったので、馬車の下にへばりついて同行した。
ふふ、これが家族との時間か……。私とヴァンきゅんとの時間。このような尊き時間の為なら馬車の下程度、苦でもなんでも無かった。
しかし、せっかく教会まで来たのだ。最後までストーカー、もとい、尾行するつもりだったのだが、服と馬車が縫い付けられていた。バレていたらしい。明日あたりが怖い。
そのまま屋敷に戻るまで馬車の下で待機。戻ってくる時の足取りが良さそうだったので素晴らしい『恩恵』を授けてもらえたのであろう? 流石私のヴァンきゅんだ!!
今日は、家族の時間がいっぱい取れて幸せだった。
ああああああああ、ヴァンきゅんんん!もうヴァンきゅうううううんん!!あわわわわわああああわうわああああああわわああわうあわああヴァンきゅん!!どわああああああああぁぁぁぁぁ!!!!
発作が止まらなかった。そして、三日ほど寝込んだ。どうやらヴァンきゅんとの時間が長すぎて熱が出てしまったらしい。ふふ、幸せな事だ。
ヴァンきゅん十二歳の碧の月
『恩恵』を授かって二年、私のヴァンきゅんは立派に成長した。もうどこへ婿へやっても恥ずかしく無さそうだ。いや、婿になんて出さんけどな?
そんな今日は、なんと私の愚息、ミスドが私のヴァンきゅんの存在に気付いてしまった。殺るか迷ったが、あれでも一応息子だ。将来の領主でもある。何とか踏み止まる事が出来た。ただし、次は無い。
まぁ次も何も、ミスドへ私の子飼いの諜報部隊を警護兼、処理用に配置する予定だ。これでなお安心だな。
まぁ、そんな些事などどうでもいい。今日の訓練は素晴らしかった。今日ほど、サラに感謝した日はない。途中記憶が無くなったりもしたが、大変素晴らしいものを拝見させていただいた。思わず、その後、暫く寝込んでしまった位だ。御馳走様でした。
ヴァンきゅん十五歳の碧の月
遂にこの日が来てしまった。私のヴァンきゅんが、ヴァンきゅんがいなくなってしまった。あぁ……、昨日の事のように思い出される私と私のヴァンきゅんとの日々。ヴァンきゅんの笑顔。
くそ、領主なんて身分さえ無ければ……。だが、この立場があったからこそ、ヴァンきゅんを監禁、もとい、保護出来たのだ。
こうなったら密かに収集していた学術的になんとやらな私のヴァンきゅんのあれやこれを使って、私のヴァンきゅんを増やしてしまえばいいんだ。何か手はないか?
どこかにそんな事が出来る特異魔法を持ち主を探すしかないか。そうとわかったら旅支度だ!
あぁ……。私のヴァンきゅんよ、待っていておくれ。今度こそ、今度こそ幸せに暮らそう、二人だけで。
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