第十二話 サラさんの鬼いいいい!! 悪魔ああああああああああ!!
訓練してたらしてたで怒られてしまった。解せぬ。それはともかく、サラさんが戻ってきた。そして、その隣には僕と同じ位の背格好で、身体中を糸でぐるぐる巻きにされた人が一緒に入ってくる。
変態だ!! この人一旦誰なんだろ? サラさんの知り合い? ここに来て、初めて他の人が来たな。
「全く、休憩だって言ってたのに……。まぁいいわ。これを作るのに時間掛かっちゃった私も悪かったし。この子、気になるでしょー? 実はね、私の『操糸魔法』で作った糸人形なんだよ。ヴァン君と同じ動きが出来る様に調節したんだ。私の魔力で作ったから疲れ知らずでずっと訓練出来るよ。家族が増えるよ!! やったねヴァンちゃん!!」
「おい、やめろ!」
なぜか背筋が震えてきた。今の台詞は禁句にしよう。ダメ、絶対!! 良い子のみんなは決して真似して言わないように!!
それはそうと、だからさっき僕の動きを真剣に見てたんだね。これって本当に人形? 普通に歩いてたし、とても人形とは思えないんだけど。サラさんの『操糸魔法』って本当に規格外だよね。まぁ、サラさんが規格外なのは今更だけど。むしろ気になるのはいつでも訓練出来るってとこ。やばくないですか? いつでも訓練出来るんですよ? 死ぬしかないじゃないですか。
「それじゃあ早速組手からいってみようか! 鉄の棒の上に乗ってね。糸人形改め、いーくん一号はヴァン君が乗った瞬間にスタートするから油断しないようにね? 勿論、鎧もそのまま。ちなみに先に落ちた方が負けだよ? じゃあスタート!」
「え? ちょ、ちょっと、鎧脱いだらダメなんですか? 最初位普通に組手したいのですが……」
「ダメダメ。普通に組手なんてさせないよ? 文句を言わずにやりなさい」
普通の組手じゃないのね……。まぁとにかく始めるしかないか。
これ以上待たせるとサラさんが怖いのでさっさとジャンプ! 鉄の棒の上に乗った途端、いーくん一号も同じ様に鉄の棒の上に乗ってきた。よし、先ずはどう出てくるか様子見で―――ってはやっ! 速攻で顔面を狙ってきやがった。
何とか避けたが相手は既に反対側の鉄の棒の上。結構危なかった。油断するなって言ってたけどここまでとは。流石に鎧着てても顔面当てられたらそのまま落とされるのは確実だ。それにしてもいーくん一号がやけに速い。向こうは鎧を着てない状態って事なのかな? ひどくない?
「サラさん! もしかしていーくん一号って鎧着てない状態なんですか? いくらなんでも僕が不利ですよーー!!」
こうして話している間にも、いーくん一号が襲ってくる。幸いにも鎧を貫通する程の威力はないので何とかなってるけど、スピードは明らかに相手が上。それに対し、今の僕は落ちない様に踏ん張って防御を固めるのが精一杯だ。
「当然でしょ? ただ同じ状態で組手してる程度じゃダメダメ。ちなみに負けたらいーくん一号の糸がヴァン君の鎧とか諸々を脱がして、そのまま磔の計だからね。素っ裸で隠す事も出来ないヴァン君。ぷぷっ。楽しみだわぁ」
鬼めえええええ! これって負けたら精神的に死んでしまう! さりげなく今日も領主様が覗いてるし。帰ったんじゃなかったのか! 暇人め。それにしてもこれはまずいぞ……!!
「サラさんの鬼いいいい!! 悪魔ああああああああああ!!」
「ふふ、何とでも言いなさい。まぁ流石にこのままじゃ可愛そうだからヒントだけあげるね。いーくん一号はヴァン君と同じ速さ、強さで動くよ。癖まで真似てるからね。それを踏まえて考えてみよう。ちなみに魔法は禁止だからね。流石のいーくん一号も『掃除機魔法』までは使えないからね」
要するに、鎧を着たまま、魔法なし、体術のみで鎧を着てない僕を倒せって事か。こうして考えている間も、いーくん一号は攻撃の手を休めてくれない。一撃入れつつ、他の棒に移動し、また次の一撃を入れてくる。その繰り返しだ。このままじゃジリ貧になりそうだ。
とりあえず唯一の利点とも言える鎧の防御力を活かし、腕全体で上半身を固め続ける。
よく考えたら初めての対人戦だ。鎧の上からでも伝わってくる衝撃に思わず逃げたくなってくる。けど、ここで逃げてしまったら、僕は二度と訓練を見てもらえなくなってしまうだろう。サラさんは出来ない訓練はさせない。工夫さえすれば必ず勝てる筈だ!
先ずは、よく相手を見る! 幸いにも、僕の力では、急所さえ気を付けていれば、この鎧を貫通させる程の攻撃力はない。それに、僕と同じって事は、相手も対人経験が無いって事だ。だからこそ、今のいーくん一号は、僕との駆け引きがそこまで上手く出来ていないんだ。なんたって今の僕も駆け引き出来ないからね!!
自慢にならない……。言ってて悲しい。
相手は人形だし、疲れたから手を休めてくれるって事はないだろう。ただ攻撃を受けているだけでは、こちらのダメージが溜まっていく一方だ。どこかでこちらからも攻撃が出来ないと……。ただ、我武者羅に攻撃したとしても、僕の方が遅いんだから逆にやられてしまう結果になってしまう。何とかして一撃を加える手段を探すんだ。
いーくん一号は相変わらずこちらを攻撃しては、近くの鉄の棒へ飛び移り、時には、他の棒へ移動しつつ、角度を変えて攻撃を加えてくる。どれも一撃だから堪えきれているが、もしそれが連打だったら、とっくに僕はやられていただろう。攻撃するには、必ずどこかの鉄の棒から飛ばないと、こちらに攻撃出来ない。バランスの悪い鉄の棒の上では、足場がどうしても必要になる。
相手が必ずどこかの鉄の棒の上からこちらに飛んでくる……。ここがポイントになる筈だ。あとはどのタイミングでそれに対応するのか、それは感覚を掴んでいくしかないか。今回の組手は相手を倒すんじゃなくて、先に落とせばいいんだから最悪、一緒に落ちて、下敷きにしてしまえばいい。そうなれば僕の勝ちだ!
問題はタイミング。いーくん一号は時折フェイントを入れたり、足場を移動しながらタイミングをずらすように攻撃を加えてきている。兜のせいで視界もあまり良くないので動き回られるとどうしても死角が出来てしまう。それでもこの兜のおかげで顔に直接当たらないから助かっているのも事実。兜なしで顔に当たったら一発でやられちゃうからね。
兜……。そうか。これならいけるかもしれない。どちらにしてもこのままじゃ負けてしまうのは確実なので、この作戦に賭けてみよう。
攻撃を受ける度に鉄の棒が足に食い込んできて痛い。出血もひどくなってきたし、踏ん張りも利かなくなってきた。残されたチャンスはもうそんなに残っていない。
いーくん一号が鉄の棒を移動する度に、それに合わせて正面を向くように角度を調節する。真っすぐ正面を向けるタイミングを待つんだ……。耐えろ、僕。
そしてその時が来た! 相手が正面の鉄の棒の上に立った瞬間、僕の足が血で滑り、バランスを崩す。その時、兜が脱げ、顔が曝される。いーくん一号がこれを好機と見てこちらに顔面を狙うように飛んでくる……!!
そう! ここまでは計算通り。これまでずっと守り抜いていた顔面を曝せば、必ず狙ってくると思った。なんたって僕自身が一発くらえば終わりなのをわかっているのだから、いーくん一号だって当然わかっている筈だ。これだけ隙を曝せば必ず食いついてくる!!
ハハハ! 浅はかだったな! いーくん一号よ!! 予想通り、いーくん一号が飛び出してきたところを狙って僕も渾身の力を持って、いーくん一号に向かって飛び跳ねる! 一度飛んでしまえばどんなに速くたって逃げられないんだ!!
僕は、腕をクロスさせながらいーくん一号とぶつかる!! 今までで一番の衝撃だ……! そしてここも計算通り! たとえ同じ力同士であったとしても、今回は僕の方がいーくん一号を押していく。それはなぜか? そう、僕には鎧がある。鎧がある分遅くなってこれまでは不利だったけど、こうやってぶつかりあった時には、それが逆転するんだ。
そのままいーくん一号が下となり、自然の赴くまま、落下していく。いーくん一号も最後の抵抗をしてくるが、こちらはガッチリと糸を掴んでいる。これなら間違って先に落ちる事もないだろう。
バタンッ!! と音と共に、いーくん一号が先に地面に身体をつけた。それとほぼ同時に僕もその上に乗っかるように落ちた。
やった……! 何とか勝ったぞ!! ピクリとも動かないでいるいーくん一号をそのままにし、何とか起き上がる。
足がズキズキする……。身体中も鉛の様に重い。そしてこの作戦。僕が如何に浅はかなのか、痛感させられた。魔法が使えないとはいえ、いーくん一号は鎧を着た僕に勝つ手段を見出せなかった。つまり、逆になれば、僕も同じ結果になっていたかもしれないって事だ。これはこれからの課題だな……。
そういえばいつの間にかサラさんがいなくなっている。てっきり直ぐにでも何か言ってくると思ってたのに。辺りも大分暗くなってるし、これで今日の訓練は終わりなのかな? それにしても何処に行ったんだろう?
サラさんを探そうか迷っていたら、突然ドアが開いた。そこにはサラさんと、そして四体の糸人形が後ろに着いてきていた。
え? 着いてきていた??
「ちょっと待ってください! 何ですか!? その人形達は!!」
「何って、いーくん二号、いーくん三号、いーくん四号、いーくん五号だよ。五倍って言ったでしょ? このままいーくん一号も含めて今度は五体でやるよ。戦い方も分かってきた事だし、後は実戦あるのみ。あ、勿論負けたら磔の計だからね。それじゃあ逝ってみよーーー!」
「サラさんの鬼いいいいいいいいいいいいいい!!」
結果からいくと、朝までずっと戦い続けました。鬼畜サラさんは、いーくん一号を倒した時の強さまでいーくん達を上書きさせた為、更に強いいーくん達になってしまい、本当の地獄を味わいました。肉体的には勿論、精神的にも……。
最終的に罰ゲームがどうなったかですが、そんなの教えません。秘密です。墓場まで持っていきます。もうお婿さんにいけない……。
ちなみにこれから毎日これを続けるらしいよ?
それはもう忘れて寝よう……。寝ればいーくん達の事、そして今日の出来事も忘れれる筈だ。鎧を脱いで、水浴びをして、自分の部屋に戻ると、ベッドにダイブ。そのまま夕方まで寝てしまった。
そして起きた時、部屋には五体のいーくん達が端っこに行儀よく一列に並び、僕の方を向いていた。サラさん曰く、いーくん達は命令が無ければ勝手に動く事はないし、サラさんが最後に命令したのはその場で待機だったらしい……。
その後、どんなに命令をしても、なぜか翌日にはいーくん達が部屋の端っこにいて、僕の方を向いていた。危害を加えられる事は無かったけど、なぜ、いーくん達が僕の部屋にいて、僕の方を見ていたのか? それがわかる事は最後まで無かった。
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