第十話 ハッ、ココハドコ? ワタシハダアレ?
そして次の日、あんなゴタゴタがあったせいですっかり自分の掃除機魔法の事を忘れてしまっていた。忘れてしまった原因の大半が僕にあるところが笑えない。夕方には気づいたんだけど、勝手に使ってはダメだってサラさんにきつく言われていたので、ソワソワしながらも昨日は我慢して夜を過ごした。
それからケルヒの事だけど、僕から定期的に手紙を書いて、サラさんが渡してくれる事になった。頻繁には出来ないらしいけど、多少の近況報告位ならしてもいいって領主様が許可してくれた。成人するまで連絡を取らせてもらえないと思っていたので、出来るとわかった時、思わず飛び上がって喜んでしまったもんだ。その時、サラさんが、ヴァン君はそっちなのか、と心配してたけどソッチってドッチ??
それはともかく、予定になかったお休みのおかげで、心身共に最高の状態だ。きっとサラさんはこれを見越して休ませてくれたんだと思う。流石サラさん、さすサラ!
そして、今日は訓練の再開だ。今は、いつもの用水路のある部屋でサラさんが来るのを待っている。
実は、サラさんより先にこの部屋に来て待つ事って初めてなんだよね。準備があるからって言ってたけど、何を準備してるんだろう? 新しい事をするんだろうけど、どんな事をするか検討も付かない。ただ、わかる事は碌でも無い事だ、って事だよね。あぁ、早くお部屋に帰りたい。
手持ち無沙汰なので、サラさんから教えてもらった準備体操をしていると、サラさんが一メートル程の鉄の棒を五本程担いでやってきた。軽々担いでいるのは今更ツッコんでやらない。だってサラさんだし。僕? 持てる訳ないじゃん。
「よーし。準備体操までして待ってるなんてやる気だねぇ。せっかく魔法を覚えたんだから今日からいつもの訓練だけじゃなくて、魔法を使った訓練も併せてやっていこうか。先ずは、どんな魔法か知りたいから使ってみようか」
サラさんが鉄の棒を部屋の端っこに置く。前にも言ってたけど、魔法は使い方次第で可能性が広がる。サラさんがどんな魔法かわからないと活かし方を一緒に考えられないもんね。よし! ここは気合を入れよう!!
では、早速やってみよーー!! ってサラさんがノリノリなので魔法を使ってみる。
ふぅ……。先ずは、踏ん張れるように肩幅くらいに足を広げ、右手を前に出す。サラさんは不測の事態があった時に大丈夫なように、僕のすぐ右側の斜め前で様子を伺うように仁王立ちをしている。
まずは、イメージ。……そもそも掃除機ってなんだろ? 使い方は思い浮かぶんだけど、掃除機がわからないからいまいちイメージがピンと来ない。掃除なんだから綺麗にする魔法だよね? 出来る事は二つ。吸い込む事と、吐き出す事だ。ただ、生き物は吸えないみたい。細かくいえばもっと色々出来るだろうけど、一気にやろうとしてもそんな出来ないからまず、吸ってみるか。
僕の魔法は手のひらからしか出せないみたいなので、出したい方向に手のひらを向ける必要がある。今は何もない前方に手のひらを向けている。あとは、イメージしながら『魔名』を唱えるだけだ。
「『吸引』」
身体から魔力が抜けていくのがわかる。魔法を使うのってこんな感覚なのか。魔力が抜けていくにつれ、手のひらから凄い勢いで渦を巻くように周囲を吸い込もうとしていく。
あ、あれ? 思ったより勢いが強い。初めてで上手く制御出来ないし、ちょっとやばそうだ。あまりの強さに右手が暴れだしそうになる。
クッ、鎮まれ! 俺の右腕!!
思わず左手で右手を支える。これで勢いを少しずつ抑えてられればいいんだけど、今のところは弱まるどころか強くなる一方だ。
サラさんに助けを求めようとするが、風の勢いが強く、スカートが捲れそうでそれを必死に抑えている。ピンチにパンツだ! やばい、あとで殺されそうだ。
更に、不意に砂埃が目に入ってしまい、目も開けていられなくなってしまった。
何でこんなに不運が続くんだ……! 咄嗟に目を守る為に、左手を目元に当ててしまう。
そうするとどうなるか、おわかりいただけるだろうか。今まで支えていたからギリギリだった右手が縦横無尽に暴れだしてしまった。目は相変わらず開かないし、右手は暴れだすしで、すっかりパニック状態になっていると、不意に右手に何かが吸い付く。
ん? この感触はなんだ? 僕の手のひらより大きくて、柔らかい。布っぽいけど、何だか温か―――。
ハッ、ココハドコ? ワタシハダアレ?
記憶がない。僕は何をしてたんだっけ? 倒れてたせいか背中が痛い。ついでに頭も痛い。若干腫れている気がする。なぜだ?
朦朧としていた意識が戻りはじめ、周囲を見回してみると、サラさんが鉄の棒を地面に突き刺しながらこちらを見ている事に気が付いた。
「ヴァン君、おはよう。訓練前から居眠りなんていい度胸だね。今日の訓練はみっちりやらないとね?」
笑顔なんだけど、全く笑ってない。自分で言ってておかしいんだけど、どう見ても笑ってない。な、何がどうなっているんだ。
「サラさん、何があったんですか? さっきまで何かしてたような気がするんですが、何してました??」
「え? 何もしてないよ。私が来たらヴァン君ったら寝ちゃってたのよ。全く、ダメダメなんだから」
寝てた……? そんな事あるのだろうか。くそ、何か大事な事を忘れているような気がするぞ。
「そんな事ない筈です! 確かに何かあったと―――」
「何もなかったよ?」
鉄の棒が更に深く突き刺さる。え? 突き刺さる?
「いやはや、全くもって何もなかったですね! それにしても寝ちゃったなんてなんとお恥ずかしい! 訓練、頑張らせていただきます!!」
世の中には知らない方がいい事もあると思うんだ。もし悪いところがあるとしたらそれは右手だ。なんたって右手の手のひらを見ているだけでサラさんの顔が凄くなっている気がする。
さぁ、気を取り直して今日の訓練だ!! 今日は何をするのかな?
「サラさん! 今日の訓練は何をするんですか!!」
よし、声は震えてない! グッジョブ、僕!
「あと少しで準備が終わるからちょっと待っててね」
そう言うと、等間隔に鉄の棒を次々と突き刺していく。殆ど時間がかからずに全ての鉄の棒を刺し終えると、漸くこちらを向いて今日の訓練の説明に入る。
「今日の訓練だけど、見ての通り、この鉄の棒を使ってくよ。ヴァン君の魔法は手のひらから出すのが基本みたいだし、武具を使うより、体術を中心にした方が相性良さそうだから、無手で戦うにはどうしたらいいか、訓練していくね。先ずは、この鉄の棒の上に立つ事から始めよう。最終的には鉄棒の上で魔法を併用した体術の型を覚えていこうね」
今までも、無手だったけど、何が違うのかな? 僕の魔法の事を知ってるとこはノーコメントでいこう。
これはいつものおかしなやつだよ。鉄の棒の上に立てるようになったらどうせ、鎧を着せられたり、サラさん特性ギブスを着せられて……。碌な事にならないに決まってるよ。
「その通りだよ」
何で考えている事がわかるし。うわーん。
型?ってやつもサラさんが考えて教えてくれるらしい。さらっと言ってるけど、もの凄くない? サラさんなだけに。
……………………。
それで、今日は早速鉄の棒の上に立つ事から始める事になった。サラさんの前提でいくと、鉄の棒に立つ事がスタートラインだと考えていい。これから始めるのはある意味当たり前の事だった。
という事でレッツゴー! と全力ジャンプ!! はい、届かない。
更にジャンプ! 届かない。ひたすらジャンプ!! 全然届かない。鉄の棒の長さは大体一メートル。地面に刺さっているのでおおよそ九十センチってところか? 助走を付けたり、壁を蹴って跳ねてみたけど、なかなかうまくはいかない。
そこからはもう、ずっとジャンプ、ジャンプ、ジャンプ。日が暮れ始めるが、未だに一回も鉄の棒の上までジャンプする事は出来なかった。
何でだろう? いくらサラさんでも全く出来ない事をわざわざさせるだろうか? サラさんの事だから、ちゃんと考えれば出来る筈なんだ。それが今出来てないのは僕に何か足りないところがあって、それがわからない限り、前に進めないって事だと思う。
こんな状況でもサラさんは微動だにせず、静観している状態だ。……まだまだ自分で考えてみろって事か。今までの中にヒントはなかったかな?
暫く座って唸っていると、サラさんがため息を吐きながらこちらにやってきて、不意に手を差し伸べてきた。反射的に手を握ると人間の力とはおもえないような凄い力で立ち上がらせ、再び、背を向けて元の位置に戻って行った。
「その後ろ姿はまさに歴戦の猛将。いや、むしろ鬼のようだっ―――」
「あ”あ”ん!?」
心の声がひょっこり表に出ていたようだ。失敗失敗。しかし、これでわかった気がする。
そう! 答えは魔力だ! 握手をした時、サラさんの手から魔力を感じた。必要なところに魔力を集めて身体能力を上げているんじゃないだろうか? 魔物が魔力を持つ者を襲うわけだよ。前に教えてくれた魔力が上がるってのは、単純に上げるだけじゃなくってこうやって身体能力にまで影響を与えるって事なんだ!
そうとわかれば、レッツゴー! さっきの握手で何となくだけど、イメージ出来るようになった。後は実践あるのみだ。色々試してみながら魔力を高めてみよう。
手段その一。力一杯に力を込める! フンフン!! サラさんに鼻で笑われた……。そうだよね、これじゃさっきと何も変わってないし。
手段その二。瞑想する。寝た。叩かれた。意味もなく瞑想したって寝るだけだよね。ずっとジャンプしてて疲れちゃってるし……。
手段その三。魔法を使って感覚を掴んでみる。本能が魔法を使う事を拒絶した。震えが止まらない……。解せぬ。
どうしよう……。詰んだ。あー、これは今日はもうダメかなぁ……。外もだいぶ暗くなってきたし、時間が無い。さっきのサラさんとの握手、サラさんが特別な事をしてた様子はなかったんだけどなぁ。こう、手のひらに魔力を集めるように……。そう、こんな感じだったよね。ってあれ? 魔力集まってるじゃん! 何で? 今度は左手でも! うーん、やっぱ出来るなぁ。
そうか! 魔法は基本的にイメージ。だから魔力を集めるのもまた、イメージなんだ! さっきサラさんが右手に魔力を集めていたのをイメージ出来たから、僕にも集める事が出来たんだ。答えは最初から出てたんだね。
「はい! 良く出来ました! ヴァン君が気付いてくれてよかったよぉ。ちょっと天然さんだからお姉さん心配しちゃった」
拍手をしながらサラさんがこっちへやってきた。正解出来たのでサラさんも上機嫌だ!
「あのヒントからよくわかったね。あ、ちなみに私の魔力だけど、『操糸魔法』を使って身体の筋肉、筋繊維を弄って強化してるから普通の人の強化とはちょっと違うんだよ。この方法なら『操糸魔法』の訓練にもなるから一石二鳥なの。まぁそれはいいとして、もう時間もないし、早く鉄の棒の上に跳んじゃいなさい!」
それもそうだ。部屋の中が若干だけど、見えにくくなってきた。
よし、足に魔力を集めて……。ジャンプだ!!
跳べたぞ!! 今までのジャンプとは比べものにならない高さだ。これならどこまでも跳んでいけそうだ! あとは鉄の棒の上に立てば―――。
結局頭を打って意識を失い、鉄の棒の上に立てたのは翌日でした。締まらなかったなぁ……。しかも良く考えたら、ジャンプ出来たってそんなに簡単にあんな小さいところに立てる訳がなかった。成功するまでに何回も頭を打って散々な結果に……。
あ、ちなみに魔法だけど、中々の重症で、震えは止まらないし、発動は拒否されるし、使えるようになるまで五日間かかりました。何であんなに震えが止まらなかったんだろう? 不思議でならない。けど、深く考えちゃいけない気もするし、最終的には使えたんだからよしとしよう。
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