第九話 あかん! これはあかんでぇ!!

 や、やばい!! 近づくにつれて、足の震えが止まらない……。さっきからこちらをチラチラと見てくるグループがいるけど、本当に怖い。そ、そんなにこっちを見ないで下さい。落ち着かないんですけど。


 ふ、ふぅ……。ヴァン、が、頑張れ! ここは戦場だ。先手必勝、必殺サラさんスマイルのお出ましだぜ! 第一印象が大事!!


 ところがどっこい。目を合わせて微笑むと、目を逸らされてしまう。


 あ、あるぇ? これって詰んだ? スタートから挫けてもう心が折れそうなんだけど。僕程度のサラさんスマイルじゃまだまだ甘いのだろうか……。よ、よし! 他の子にもやってみよう!


 もう帰ってもいいだろうか? とびきりのサラさんスマイルをかましたのにさっきより更に早く目を逸らされる。こ、これは完全に詰んでしまったのか……。


 俺の仲間づくり、終わっちゃった……。


 トボトボと凹みながらもせめて『恩恵』だけは授かろうと歩き続けると、漸く教会の入口まで辿り着いた。既に、かなりの人数が並んでいて、これは暫く待たされそうだ。それにしても沢山いるなぁ。教会って何か所もあるらしいから分かれてる筈なんだけど、こんなにいるのかぁ……。


 もう既にいくつかのグループが出来ていて、ワイワイ喋りながら順番を待っている。ちくしょう! ど、どうやってそんなに仲良くなるんだ……。


 すっかり自信を無くしてしまい、どこにも話し掛けられる気がしない。


 なるべく下を向きながら列が進むのを待っていると、後ろから不意に肩を叩かれる。振り向いてみると、そこには一人の少年がこちらを見ていて、ニカッとしながら声を掛けてきた。


「なんだ? そんな下なんか向いて、しけた面しやがって。せっかく『恩恵』を授けられる日なんだぜ? もっと楽しそうにしようぜ! せっかくの色男が台無しだぞ?」


 ……いきなりなんだ、この人。色男だったらそんな目を逸らされる筈ないじゃないか。とびきりサラさんスマイルまでしたのに。てか、そっちの方が色男じゃないか。爆ぜろコノヤロー。


「突然何ですか? そりゃ、僕だって今日の『恩恵』は楽しみでしたけど、それ以上に凹む事だってあるんです!!」


 くそ……。目から汗が出てきそうだ。前が良く見えない。せめて精一杯頬を膨らませて怒る。威嚇じゃ! キシャーー!


「あ、あぁ……。わりぃわりぃ。そんなつもりじゃなかったんだ。そんなに怒るなって。ただ、せっかくの今日を勿体ねぇなって思っただけだったんだ。謝る! すまん!!」


 ん? 何でこんなに目を泳がせて動揺してるんだ。顔赤いよ? 周りの人を見てみると他にも何人かが顔を赤くさせている。……具合でも悪い?


「ハァ……。まぁ、もういいですよ。もう気にしてませんから」


 ちょっと変な人っぽいけど、直ぐに謝ってくれたし、良い人かもしれない。声を掛けてきたのも、僕が元気無さそうだったからみたいだし、気が付いたらさっきまで震えていた足も収まってる。この人のおかげだね。


「そ、そう言ってもらえると助かる! 本当にごめんな。あ、そういや、まだ俺の名前言ってなかったな。俺はケルヒっていうんだ。よろしくな」


「ケルヒ君っていうんだね。僕はヴァンです。よろしくお願いします」


「君なんていらねぇよ。ケルヒって呼んでくれ。俺もヴァンって呼ぶからさ」


「う、うん! ケルヒだね。よ、呼び捨てって慣れないなぁ……」


「そうか? まぁボチボチ呼べるように頑張れや」


 無事仲直りも出来たし、友達一号が出来そうだ。その後は、他愛もない会話をしつつ、順番が来るまで待った。きっと普通に会話出来たと思うけど、やっぱり自信はない。領主様のところにいる事や、今の生活については話せないけど、ケルヒがリードしてくれたおかげで、割とスムーズに話が出来たと思う。


 ちなみにケルヒは、宿屋の三男坊で、さっぱりと短めに切り揃えた銀髪は、清潔的でさわやかだ。本人は、頭が洗いやすくっていいからって理由でその髪型らしいけど。何となく、子犬っぽくてわしゃわしゃしたらどんな感触か気になって思わず手をワキワキさせてたら目線で気付かれて怒られた。なぜわかった?


 身長も僕より高く、何でも出来そうな色男である。そういわゆるイケメンだ。爆ぜろ。


 まぁ、こうやって僕みたいな人にも声を掛けてくれるあたり、性格も良さそうだ。きっとモテモテだろう。宿屋の跡は長男が継ぐ事になっている為、将来は家を出る事になるらしい。


 な、中々の好条件じゃないか……! ゴ、ゴクリ。今の内に唾を付けるシミュレーションをしとかないと。『恩恵』次第でどうなるかはわからないけど、出来ればケルヒに唾を付けたい……! あぁ、この待たなきゃいけない状況がもどかしい!


 そんなこんなで順番が回ってきた。 目の前にはお爺ちゃん神父様。僕と神父様の間には水晶が置かれていて、ヒノカミ様が僕達に『恩恵』を授ける為に作ってくれた物、神具と呼ばれている。水晶に触れるとピカッと光って、神父様がどんな『恩恵』だったのか伝えてくれる事になっている。


 さぁさぁやってきましたよ! 僕の番だ! 緊張しすぎてテンションおかしくなってきた。後ろではケルヒがワクワクしながらこちらの様子を伺っている。神父様は『恩恵』を授けている間、余計な感情を持ってはいけない為、説明している時以外、終始無言で淡々と作業をこなしていた。神父様はあくまでも神様の代理人なのだ。


 まぁ今はそんな事より目の前の水晶! これに触ったら僕にも『恩恵』が授けられる筈だ! そうだよね、神父様!! 心なしか隣で補佐をしているシスターが目で早くしろって訴えてきている気がする。おっと、まだまだ他の人もいるから急がないと……!


 慌てて一歩前に出る。そ、そんなに焦らせないでほしい。緊張で怖くなってきた。深呼吸をして、目を閉じながら手を伸ばす。手を前に出すにつれ、自分の心臓の鼓動が大きく高鳴っていく。息がどんどん荒くなり、手をワキワキさせながら水晶に近付ける。


 そ、そして遂に、水晶に触れた!!


 ピカッと共に!! ……あれ? さぁピカッと共に!! あるぇ?? 光った様子がない。それにしてもこの水晶、やけに温かい。それに何だかヌメヌメしている気がする。


 あ、もしかして僕は『恩恵』がもらえないとか? 後ろでもクスクス笑ってる声まで聞こえてくる始末。困惑しながらも、恐る恐る目を開けてみる。


 な、なんということでしょう!! 目の前にあったのは水晶じゃなく、神父様の頭でした! って嘘でしょ!? 思わず神父様の頭を打つべし! 打つべし! とペチペチ叩く。自分でも何で叩いてしまったのかわからないけど、とりあえずいい音だった。ていうか何で神父様わざわざ、頭を前に出してるの? あ……、一歩前に出たら先にお辞儀して、それから水晶に触るのが正しい順番だった。思わぬ状況に動けないシスターと、ぷるぷる震えている神父様。


 あかん! これはあかんでぇ!!


 慌てて手を離し、助けを求めるように後ろを振り向くと、ケルヒが腹を抱えて、今にも吹き出しそうになっていた。完全に笑いを堪えている。


 ヤッテシマッターーーーー!!










 という夢を見ました。ふぅ、夢でよかった。あんな事起きる訳ないよねー?もう、おかしな夢を見せやがって……。


 はい、嘘です。謝りまくりました。人生初の土下座一直線。心優しい神父様は無表情のまま何も反応してくれなかったけど、心優しい神父様なのできっと許してくれたのでしょう。心優しい神父様なのでそうなのでしょう。途中まではケルヒも謝ってくれてたけど、神父様の顔を見るなり、さっきの事を思い出したのか、大爆笑しながら後ろに走って逃げて行った。くせう。それでも負けないで謝りましたよぅ。ケルヒめ、後で覚えておけよ!


 それでは、さぁさぁ運命の時だよ! 今度は間違えないように、お辞儀! そして目を開けたままピトッと水晶に触れる。


 触れた瞬間、水晶が今まで見た事ない位に白く輝きだした! そう! これを待ってたんです!!


 あまりの眩しさに目を閉じてしまう。いや、閉じちゃダメだっ! さっきはそれで失敗したんじゃないか。もしかすると閉じた瞬間に神父様の頭に変わってしまうかもしれない!! しばらく目を開けていると漸く光が収まった。


 フッ、勝ったな。心を落ち着かせてから神父様の方を見る。まだ目がチカチカしていて表情が読めない。けどあの心優しい神父様だ。僕だ神父様の方を向くまで待っていてくれたに違いない。さぁさぁ、神父様! 説明の時間ですよ!!


 …………。


 あ、あるぇ? 何時まで経っても答えが返ってこない。もう神父様の表情見えるよ? めっちゃ無表情。目を合わせようとしてもちっとも合わせてくれない。照れ屋さんかっ! しかし、今は耐える時。目を合わせて、目を合わせて、ふふ、目を合わせて、目を合わせて……! はい、折れた! 勝ったぜ!! 舌打ちが聴こえた気がするけど気のせいだろう。


 ワクワクして待っていると神父様がシスターを手招きして、ひそひそ話を始める。


 え? 今って余計な話をしちゃいけないって言ってなかった? そして神父様からではなく、シスターが話始める。


「『掃除機魔法』だそうです。はい。次の方どうぞー」


 ちょっと!? それだけ? もうちょっと説明が欲しいんだけど!! 問い詰めようとしたけど、ケルヒに必死に掴まれ、止められてしまう。


「HA NA SE!! 僕は神父様とちょっとOHANASHIする事があるんだ!!」


「落ち着けって! 俺が後で説明してやっから待ってろって!!」


 む、むぅ。まぁケルヒがどうしてもって言うなら少し待っててみよう。なんたって友達が言うんだもんね。初めての友達が言うんだもんね。


「それじゃあ次は俺の番だな。神父様、お願いします」


 とりあえずやる事もなし、隣に立って待つ事にする。ケルヒが一歩前に出た。


 今だ! ケルヒも神父様の水晶に触れるんだ!! チィ!! 普通にお辞儀しやがって! 神父様も角度が甘くなってやがる!!


 ケルヒは気にする事なく、水晶に触れる。僕の時にはあんなに時間掛かったのに、ケルヒの時は何でこんなにスムーズにいくんだ。解せぬ。


 水晶は今度も白く輝き、その輝きはさっきの僕の時より遥かに眩しい! さぁ目を閉じろ! 水晶が変わる筈だ!


 まぁそんな筈もなく、普通に輝きは収まる。神父様は、僅かに微笑むと、ケルヒに向かって声を掛けた。


「『恩恵』は四種類の魔法とは別の特異魔法、『精霊魔法』ですね。水晶がこれ程輝くとは……。初めて見ましたよ。輝けば輝く程、その者の魔力の限界値は高くなると言われています。精進しなさい。どんなに素晴らしい才能も、頑張らなければ意味がありませんからね。さて、魔法の使い方だが、『恩恵』は授かった瞬間にあなたの魂に刻まれている筈。考えればわかってくるだろう。あなたのこれからの活躍を期待しています。はい、次どうぞ」


 ケルヒがお礼を言って離れる。


 ツッコまないぞ! ツッコんでやるもんか!!

 

 『恩恵』も無事? 授かる事も出来たし、他の人の邪魔にならない様に外へ出た。


 それにしても、ケルヒが特異魔法だなんて。それも『精霊魔法』! かっこいいなぁ……。神父様が初めて見る程の魔力の限界値。顔、性格、どれを取っても一流!ケルヒめ、お前は主人公か!! それはともかく、決めたぞ!ケルヒを勧誘しよう!こんなに有能な男は他にいない。


 決意をしていると、タイミングよくケルヒが背を向けた。 今がチャンスでーす! 人差し指よし! 唾よし! 親指よ小指も出して、後は付けるだけだ!! ケルヒ、覚悟ー! ジャー○ティス!!


 不意を突いて人差し指をケルヒに当てようとするが、途中でなんと、こちらに気付かれてしまった。あと一歩のところで避けられてしまう。くっ! 避けるなんてひどいじゃないか!


「いきなり何をするんだ!」


「え、だって仲間にするなら唾付けろってサラさんが……!」


「え? どういう事だ。説明しろ」


 何やら様子がおかしいぞ……。サラさんに言われた事をケルヒに説明する。説明しているとケルヒにまた腹を抱えて笑われる。解せぬ。


「そんなに睨むなって。それにしても、サラさんって人面白い事、教えるんだな。完全に騙されてるって。唾付けろなんて聞いた事ないぞ? 何でこんな事教えたんだ? ふざけてなのか? それとも意味があってか……? 本人に聞かなければわからないが、変わった人なのは間違いないな」


 後半からはケルヒが一人で考え、ぶつぶつと思考に耽るが、僕を置いていかないで欲しい。正直、未だによくわからない事も多いけどこれだけはわかる。完全に僕は騙されてたんだね。あの時の笑顔はそういう事だったのか……! なんか違和感あると思ったんだ。サラさんってば何てことをしてくれたんだ。これでどうやって仲間にしたらいいかわからないじゃないか。どうしよう……。


「よし、決めた! 俺をヴァンの旅の仲間に入れてくれ!!」


 頭でも打ったのだろうか? 困っていたらなぜかケルヒから誘われた。どういう事なんだ? 人間関係難しいよ。ま、まぁ何はともあれ、ケルヒが仲間になってくれるなんて本当に助かる。夢のようだ。


「あ、ありがとう。けど、僕が成人してからになるからまだ時間もだいぶあるよ? いいの?」


「構わねぇよ。俺だって成人するまでは親父が許してくれないしさ。これも何かの縁だろ。成人したら、一緒に旅に出ようぜ!」


 お、おう。なんかトントン拍子で話が進んでしまったな。何だか怖くなってくる位に順調だ。


「わかった。あ、ちょっと話は変わるけど、さっきの魔法の事だけど……」


「それはな、さっき俺と神父様の話、ヴァンにも聞こえてただろ? あれ、きっと神父様がヴァンにも聞こえるようにわざと大きな声で言ってくれてたんだぜ。たぶんだけどな? やっぱり神様の代理人になるような人って違うんだな。俺だったら水晶で頭かち割ってるわ」


 ……今からでも神父様に唾を付けに行くべきか? いや、やめておこう。流石にキルされそうな気がする。それにしても素晴らしい人だった。


 その後は、細かい事を話し合ってから、再会の約束をし、ケルヒと別れた。勿論不安もあるけど、ケルヒならきっと大丈夫。何か忘れてるような気がするけど、今は、今日をやりきった余韻に浸りたい。


 馬車に戻り、そこからサラさんの操縦で再び屋敷に戻る。裏口からこっそり入り、回転ドアから部屋へと戻る。


 あぁ、戻ってきてしまったのか。またいつもの生活に戻ってしまう訳だが、今までとは違う気持ちでこれからを頑張れる。なんたって成人後について、漸く一歩を踏み出す事が出来たんだからね。せっかくだから次に会った時には驚かせてやりたい。


 今日もやる気満々だったけど、慣れない事もしたし、疲れただろうからって、午後の訓練は無しにしてくれた。逸る気持ちを抑えて、気持ちの整理をしてから、明日の訓練を頑張ろうって。まぁ正直興奮しすぎてテンションおかしいと思う。こんな状態でケガしたら意味ないもんね。今日はお言葉に甘えてゆっくりさせてもらおう。


 あぁ……。明日からが楽しみだな。


 ちなみに今日の事を帰りの馬車でサラさんに話したら爆笑された。ケルヒの事、そして神父様の事も予想の斜め上すぎてびっくりだって。半分はサラさんのせいじゃないか。解せぬ。

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