第八話 唾を付けるだけの簡単なお仕事よ!!

 時は流れ、遂に僕は十歳になった。


 昨晩、月の色が緑色になった。これで季節が完全に移り変わった事になる。一年は四つの季節に分かれていて、それぞれの季節に合わせて、月の色が変わる。


 雪が溶け、新緑溢れる事に碧の月。燦々さんさんと降り注ぐ太陽が大地を照り付け、最も暑くなる頃に朱の月。暑さが和らぎ、実り豊かになる頃に白の月。白銀世界に覆われ、最も寒くなる頃に黒の月になる。どの月で産まれたとしても、その次の都市の碧の月になった時に一つ年を取る。教会の名前もこの月の色の名前が利用されている事から、月を神様に見立てている人もいるんだって。


 季節の移り変わりと共に月の色が徐々に変わっていく姿は、幼い頃からまるで、次の色に浸食されていくようで何とも不思議に感じたものだった。


 まぁそれはともかくとして、無事十歳になれたんだ!


 あぁ、そういえばあれからの訓練だけど、控えめに言って地獄だったよ。え? 知ってたって? だよね。あれはもう涙なしには語れない。いや、涙が枯れたからなしでも語れるのか。どっちでもいいか。そうそう、せっかく頑張って泳げるようになってきたと思ったら、鎧に石を積んだり、両足を縛って泳がされたり……。背筋が寒くなってきた。もう碧の月になってる筈なのに。今思い出してもよく生き残れたなって思うよ。


 あぁ……、やめよ、やめよ。気持ちを切り替えて。深呼吸だ。ひーひーふー。あ、これ違うか。


 そ、そう! 今日は特別な日なんだ。待ちに待った『恩恵』が授けられる日なんだよ! 本当、今日という日を待っていたんだ。サラさんが『操糸魔法』を使う度に羨ましく思い、見れば見る程、魔法への想いは高まる一方だった。昨日は一睡も寝れなかったけど、元気いっぱいだよ! 果たして僕にはどんな魔法が使えるようになるんだろう。楽しみだね。


 そんな僕は今、馬車の中でサラさんと教会に向かっている最中だ。流石に、あの部屋で『恩恵』は授けてもらえない為、夜明け前にこっそりと回転ドアを通って馬車に乗り込んだんだ。他の人に出会わないように配慮されたのかな。実は、この外出が新しい生活が始まってから初めてになる。正直、一人で行けって言われても間違いなく迷子だ。どこへ行ったらいいか検討もつかないし、サラさんがいてくれて本当に助かる。


 馬車から見える外の風景が現実なのか、夢なのか、正直、実感が湧かない。そういえば外に出たのって何年ぶりになるんだろう?


 実は、僕が外に出る時、こっそり領主様が隠れてこちらを見ている事に気付いたんだよね。いや、まぁ前々から勉強や、訓練中に部屋に覗きに来てたのは知ってたんだけどね。ただ、いつもだとまぁ、こちらに声を掛ける訳でもなく、ただ、ジーッと覗くだけだったんだ。まぁ怒られる訳ではなさそうだし、ちょっと気味悪いだけで、どうしようもないから無視しちゃった。けど、今回はこちらに声を掛けたかったのか子犬のような目をしてこちらを見てたんだよね。どうしちゃったんだろ?


「ヴァン君ちゃんと起きてますかー? あとちょっとで着きますから、その前に着いてからの事を説明しますよー」


 ボーッと外を眺めていると、サラさんがこっちを見ながら声を掛けてくる。あとちょっとで着いちゃうのかぁ。今日の事は当日まで内緒だよ、って言われてたからどうすればいいのか全くわからないんだよね。着いてからわからないと困っちゃうからここはきちんと聞いておきたいな。


「それでは、先ず教会に着くでしょ? そしたら降りまして、みんなが並んでるところに同じ様に並びつつ順番を待ちまして、順番が来たらそこに神父様がいるのでそこで神具があるからそれに祈ると『恩恵』が授けられちゃうの。授かったら周りの人を観察して、いい人見つけたら唾を付けとくの! ぺたぺたっとね!!」


 サラさんが片手で手綱を握りながら、もう片方の手の指先に唾を付け、僕に付けようとする。


「うぎゃ!」


 危なかった。後少しで唾付けられるところだった。ていうか、サラさん前見てませんけど! 前見て、前!!


「い、いい人ってどういう事ですか?」


「それはね、ヴァン君が成人した後の事に関係してくるんだけど、ヴァン君は王都に行く事になるでしょ? 王国で生活していく上で、仲間って大事になってくると思うの。そりゃ一人でもいいと思うけど、それだと出来る事にも限界ってあるし、もしヴァン君一人で解決出来ない事も仲間と力を合われば解決出来るかもしれない。勿論王都でも仲間は作れるけど、実は『恩恵』を授かる今日って結構チャンスなのよね。見ていれば、どんな『恩恵』で魔力の限界値も確認出来るしね。全部は言えなくても今のヴァン君の状況を言って、待ってくれる様な人がいたら素敵じゃない? 私なら信用出来ると思うわ。あ、けどその人の事はちゃんと見るのよ? ヴァン君ってちょっと抜けてるからお姉さん心配だよ」


 仲間かぁ……。僕、何年もサラさん以外と話をした事が無いんだけど、大丈夫なのかな? 難しくない? どうやって僕から話掛ければいいんだろう。あと、抜けてるって、サラさんも同じじゃないですか。唾付けてくるなんておかしいです!!


「が、頑張ってみますが、どうやったらいいのか全くわかりません。あ、あとサラさんのさっきの唾付けてきたの何ですか? ばっちぃですよ?」


「こればっかりは勉強すれば何とかなるもんじゃないもんね。けど、『恩恵』を授かれるのって十歳だけだからみんな一緒だよ? ちょっとの勇気と、決断力! きっかけとして唾を付ければいいのよ。いい? 動物ってのは様々な方法で自分の縄張りを示す為にマーキングをするの。それは人間も一緒。だからヴァン君も仲間にしたいなぁって思ったら、ペタペタっとマーキングしちゃいなさい。話し掛ける必要もないし、唾を付けるだけの簡単なお仕事よ!!」


 ウィンクしながらビシッと人差し指を立てて豪語する。


 な、なるほど……? 何かおかしい気はするけどサラさんがそこまで言う位だから間違いないんだろう。僕から話し掛ける事が出来るかどうか自信も無いし、まだ唾を付けるだけの方が出来そうな気がしてきた……! 上手く出来るだろうか、今のうちに練習しておこっと。


 その後も細かい説明を受け、サラさんが漸く前を向いて馬車の操縦を始める。さぁ、今の内に練習だ! スッと舐めてサッと出す! スッと舐めてサッと出す! 最後に意味深な笑顔が見えた気がするけど、きっと気のせいだ。もう他の手段も無いし、これに賭けよう。


 指がふやける位に練習を繰り返していると、馬車の速度が落ちてくる。そろそろ着くのかな?第一印象が大事だぞ? 身なりを整えよう。


 近くには馬車が置けないらしいので、少し離れた場所に馬車を停める。慣れない馬車だったから、身体が固くなっちゃったな。ゆっくり伸びをして身体をほぐし、ついでに気持ちを落ち着かせる為に深呼吸。スーハースーハー。


 ここからはサラさんは一緒に来てくれないぞ。僕だけで教会まで歩いていかなきゃ。サラさんに一言挨拶をして教会に向かう。


 よし! 頑張るぞ……!!

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