第七話 パンパカパーン! やったぞ! ヴァンは鎧を手に入れた!

 昼食を食べ終え、いつも通り用水路のある部屋のドアを開ける。部屋では既にサラさんが待っていて、思わずそのままドアを閉めたくなる。閉めるのを堪え、恐る恐る部屋に入る。やばい。既に背中から嫌な汗が出てきた。


 あたりを見回すと端っこの方に今まで見た事がない鎧が飾られていた。


 あれれ~? おかしいぞ~? こんなの今まであったっけ? 直ぐにでもこんな鎧は用水路に投げ込んだ方がいい。きっと呪われている。


 僕が鎧を見たのを確認したサラさんが、鼻歌交じりに鎧へと近づいていく。ダメです、サラさん! その鎧に触ってはいけません! 鎧の兜を手に持ち、僕に向かって投げてくる。サラさんとの付き合いも長くなってきた僕だ。予想通りだったので、危なげなく受け取る事が出来た。


 うわ! 何これ、重!! 受け取ったけどやっぱり捨てたい。受け取ったのはいいけど、いや、ちっともよくないけど! やっぱ捨てていい? あ、ダメ? あぁ、被れ? HAHAHA! 御冗談を。嘘です。ごめんなさい。今すぐ被らせていただきやす。


 笑顔で睨まれると逆らえない。クソ! 身体にもう染み付いてやがる。


 諦めて兜を被ると更に鎧まで投げてくる。いや、鎧とか危ないから! 何とかキャッチするけど当然鎧も重い。流石に僕一人じゃ着れないのでサラさんに手伝ってもらいながら着ける。着けたくないよぉ……。


 ちょっと手間取ったけど、何とか無事に装着する事が出来た。パンパカパーン! やったぞ! ヴァンは鎧を手に入れた! なんてなる訳ないじゃん! 全然嬉しくないんですけど! 本当にありがとうございませんでした!


 ハァ……。実際にそんな事言ったら殺されるから言えないおかげで、僕のツッコミ能力がどんどん上がっていく一方だ。今もいそいそといつも通りの縄を腰に縛ってもらっている。


 なお、ここまでサラさんは笑顔のみで一言も言葉を交わしてません。


『おかしいぞ


 言われてないのに


 わかる僕』


 しかもどうすればいいのかわかっちゃうしね、嫌な以心伝心……。


 鎧の擦れた音と共に用水路の前に立たされた。いやいや、これはダメでしょうよ。ねぇ、ダメですって。足震えて動けないんですけど。いやぁこれは流石に無理だっ―――。


 あっーーー! もうバッ! もう! いつも急に! ダメだって、これ! 沈む、沈む! 息がぁ……。


 死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死んじゃうううううううううううううううう。お母さん、僕は遂にお母さんのところへ逝けるようです。


 死を覚悟したその時、サラさんが縄を引き上げてくれた。


 あー、そうだった縄があるんだった。暫く何も考えられず放心状態。まだ僕を死なせてくれるつもりはないらしい。暫く宙ぶらりん状態が続く。気持ちも落ち着き、サラさんの方を見てみる。


 ……なんということでしょう。鎧を着た状態の僕を吊るした縄を、サラさんが片手で持って余裕で支えているではありませんか。何でこんなに状況説明してるんだ。いやいや、いくら何でもおかしくありませんか? サラさん結構腕が細いしどうやって支えているんだろう? っていうか縄のしなりがさっきから凄い。ギシギシ悲鳴あげてるし、ってあれ? ブチブチ?


 あっ、てサラさんの声がしたと思ったら一瞬空を飛んだ。そう、僕は羽ばたくんだ。空中で必死にもがくが勿論意味なんてない。凄まじい水飛沫と共に再び用水路にただいまをする。


 これ本当にやばいやつだ! 必死になってもがく。もがき、もがかれ、もがききる! とにかく呼吸をしないと! うおおおおおおおおお! 足掻け、足掻くんだ! お前なら出来る! 出来るって!! もっと熱くなれよおおおおお!!


 ゴホッ! 一瞬息出来た! よし、この調子で……って急に背中に強い衝撃を受ける。必死になってもがいている内に下流の鉄格子まで流されてしまっていたようだ。突然の衝撃にせっかく残っていた息も吐きだしてしまい、一気に苦しくなってしまった。しかも、今日の水の流れ、一段と強い……! どんなにもがいたってもう身動き一つ取れそうにない。


 あぁ……。今度こそダメだ。お母さん、今会いに行きます。


 再び、死を覚悟したその時、急な浮遊感とが身体を襲い、再び宙ぶらりん状態になった。


 アレ、ボクイキテルヨ。


 飲んでしまった水を吐き出し、鎧と兜が酷い状態になってしまうと。ヒュンって再び用水路に落とされ、ジャボジャボと洗浄される。もうどうにでもしやがれください。ガボガボしながらもなすがままに洗い流される。そして綺麗になると漸く宙ぶらりんに戻された。意識が朦朧とする中、元凶の方を見てみると右手を前に出して何かを出している。よく見てみると、丸い玉のような物を持って、その玉から薄っすらとした細い糸のようなものが出ている。その糸は天井にある滑車を通して僕に巻き付いていた。


 とりあえず息を整える。漸く落ち着いてきたので、今の状況について考えてみよう。サラさんが訓練の時に無言なのは、先ずは自分で考えてみろって事だ。


 先ず、この状況だけど、サラさんのおかげで助かっているって事は間違いない。そうなるとどうやって僕を助けてくれたのか。見た限りだと右手に持ってる玉から出ている糸で僕を支えているようだ。だけど、こんなに細い糸で支える事が出来るのだろうか。いや、待てよ。さっき勉強したばかりじゃないか。『恩恵』による特異魔法、これは間違いなく特異魔法だ!


「サ、サラさん。今、僕を支えてくれているこの糸、サラさんの魔法の力なんですか……?」


「正解! よく出来ました! 勉強した事をしっかり覚えていて感心、感心。そうです。これが私の特異魔法『操糸魔法』です。ちなみにこの糸も私の魔力で出来ていて、太さから、強度、糸の事であれば大体操る事が出来ちゃいます。さっきまでの縄も全部私の『操糸魔法』で支えていたんですよ」


 正解を導き出す事が出来るとそりゃもうサラさんは上機嫌だ。拍手をしながら満面の笑みで答えてくれた。やる気スイッチモードであれば眼鏡を間違いなくクイクイしてたね。それにしても、サラさんが特異魔法の使い手だったなんて。今までの縄も全てサラさんの魔法で作られてたなんて凄いな。


 ……ん?今、おかしな事言ってなかった? さっきまでの縄もって言ってたよね? こんなに細い糸で今支えられてるのに、あんなに太い縄で切れる筈ないよね!?


 衝撃の事実に言葉が出ない。僕が答えに辿り着いた事に気付いたサラさんがニヤッっと悪い顔で笑う。


 は、謀られたああああああああああ!!


「その様子じゃ気付いたようですね。そうです、わざと縄を切っちゃいました。テヘッ☆」


「そんな可愛い顔したってダメですよ! 何でこんなに酷い事をするんですか!」


「そんな可愛いだなんて……。もう、上手だなぁ、もう。えへへ、一回目に押した時、驚いてはいたけど、私に押されるの、薄々わかってたでしょ? まぁ、わかったからって溺れない訳ではないでしょうけど、わかっている不意打ちなんて意味ありませんからね。そこで、一回目に助けて油断させる事で、わざと予期せぬ危機を演じてみたのです。そうする事によって、ヴァン君は必死になって泳いだでしょ? おかげで一回目より二回目の方が、明らかに上手く溺れて、いえ、泳いでいました。死ぬ気で頑張らせた甲斐がありましたよ」


「今溺れてって言いましたよね!! いや、溺れてましたけど、えぇ溺れてましたけど!! 結局はサラさんの手のひらの上で踊らされてたんですね。何がテヘッ☆ですか。何がえへへ、ですか。鎧着て泳ぐだけで十分訓練になってますから! そんな理由で不意打ちするのはやめて下さい! いや、確かに効果があったのかもしれませんが。……サラさん! そこでドヤ顔しないで下さい! いつか死にますって……」


「よーし! ヴァン君も元気になった事だし、次逝ってみますかー!!」


 そこから先の記憶が殆どない。ないったらない。忘れさせて下さい。そう、日が暮れるまで永遠に同じ事が続きました。当然、抵抗する術を持たない僕には、吊るされては落とされ、吊るされては落とされ……。気が付いたら床に降ろされていて、地面の有り難さを実感した本日の訓練でした。あぁ……、地面ってこんなにも素晴らしいんですね。これ程大地を作ってくれた、チノカミ様に感謝した日はないと思います。本当に逝くかと思いました。


「うーん、今日も頑張ったね。いい子、いい子。明日からもこんな調子で頑張ろうね! 私も糸を操るのに丁度いいし、一石二鳥だよね! あ、ちなみに今の訓練に慣れたら、どんどん追加していくから楽しみにしててね。身体一つで何でも出来るようにビシバシ鍛えるから。まぁまだ『恩恵』も授かってないし、今の訓練は準備運動みたいなもんだよ。フフフ、楽しみだなぁ。それでは今日はここまで! ちゃんと身体を拭いて、風邪引かないように気を付けるんだよー!! それじゃあねぇ」


「あ、ありが……とうござ、いました」


 突っ伏したまま何とかお礼を言うと、サラさんは本日最高の笑顔で部屋を去って行った。今日は、特にご機嫌だったなぁ。


 暫くして身動きが取れるようになってきたので鎧を少しずつ脱ぐ事から始める。身体は重いし、ビショビショだし、鎧なんて着た事ないので凄く脱ぎにくい。


 悪戦苦闘しながらもなんとか鎧を脱ぎ終えると、先ずは身体を布で拭く。さっぱりして気持ちに余裕が生まれてくると、今日の地獄が思い出されてくる。それにしても凄かった。内容は勿論凄かったんだけど、サラさんの『操糸魔法』は圧巻だった。あんなに細い糸で鎧を着た僕を支える力、それも苦も無く片手で支えていた。どうやって支えていたんだろう? 『操糸魔法』にそんな力が備わっているのか、それとも……。


 疑問が尽きる事はないが、きっとサラさんの事だから、簡単に答えは返ってこないだろう。勉強でも訓練でも自分なりの答えを見つけられなければサラさんはそれに答えてはくれない。自分で考えなければ身につかないし、僕もそれが正しいと思う。それに最後に話してくれた、次の訓練。次があるって事は僕が今の訓練を乗り越え、次に進めるって信じてくれている証拠だ。今日の訓練は今までで一番地獄だったけど、逆にこの地獄を乗り越えれば、それだけ僕が成長した証なんだと思う。まぁ死ぬ程辛いけどね?


 その後、鎧の片づけや、床の掃除等を終わらせてから部屋を出る。


 明日への不安もあるけど、先ずは今日一日を無事終えられた事に感謝。部屋に戻れば夕食が用意されてるかな? いっぱい動いたからお腹空いちゃった。きっとサラさんが笑顔で待っていてくれるだろう。訓練は辛いけど、笑顔で迎えてくれるこの瞬間が大好きだ。何だかんだ言って今の生活が好きになれてるんだと思う。辛かった事も忘れるように、忘れられるように軽い調子でドアを開ける。


「ただいま」

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