第三話 新しい僕の部屋

 領主様は名乗りやがった後、ハッハッハッと笑いながら颯爽と部屋を出て行ってしまった。結局、よくわからない人だった……。その後ろ姿をボーっと眺めていると、先程現れたお姉さんに優しく声を掛けられ、座るよう促された。さっきまでの対応と全く違う為戸惑ってしまったけど、とりあえずここは素直に座らせてもらう事にした。


「ハァ~~~~~~」


 思わず力が抜けて溜息が出てしまう。それにしてもまさか領主様だったなんて……。今まで領主様なんて直接見た事なんてなかったし、あんなに偉い人をおじさんなんて呼んで僕は大丈夫なのだろうか? 今になって考えてみると、おじさんと呼んだ事を少し気にしていたような気がする。後になってうあっぱ追い出すぞ! ってならなければいいんだけど。


 今更になって怖くなってきたぞ。落ち着かず、オロオロとしているとお姉さんが優しい微笑みを浮かべながら声を掛けてきてくれた。


「初めまして、ヴァン様。私の名前はサラと申します。この度、ヴァン様のお世話をさせていただきます。ヴァン様の専属になるよう旦那様に申し付けられましたので、御用の際には、お手元のベルでお呼びくださいませ。こちらの部屋に入る手前にあと二つドアがあったかと思いますが、左側が私の部屋になっております。びっくりしてしまうので大きな物音は出来るだけ立てないようにしてくださいね。あ、あとお姉さんのお部屋、勝手に覗いてはいけませんよ?」


 の、覗くって……。何の為に覗く必要があるんだろう。よくわからないけど微笑んでるのに目が笑ってない? あと、専属って何? 何か特別なのはわかるんだけど……。


 改めてサラさんを失礼にならない程度に観察してみる。かなりの長さがありそうな黒髪は後ろでお団子のようにまとめ、紫色の瞳はまるで宝石みたい。全てを包み込んでくれそうな微笑みはまるで物語の女神様だ。凛とした佇まいで、白と黒の清潔感のあるフリフリした服を着ている。後で聞いてみたら、メイド服というらしい。サラさんの正装らしいけどとても似合っていた。最初に出会った黒い服のお年寄りも同じなものらしく、『執事』って言うらしい。他にもたくさん同じような立場の人がいるらしいけど、僕が他の人と会う事はないみたい。


「サラさんですね。よろしくお願いします。あの、すみませんが専属って何ですか?」


「申し訳御座いません。まだヴァン様には難しかったですね。専属とは、ヴァン様にだけお世話するって事です。こちらこそよろしくお願いしますね」


 サラさんは僕の質問に嫌な顔一つせず、優しく、丁寧に答えてくれた。その姿に一瞬だけど、お母さんを思い出してしまい、胸が苦しくなる。サラさんがそれを見たからなのか、表情を曇らせたように見えたけど、直ぐに元の笑顔に戻った。こんないい人が僕の為にお世話してくれるって……。てっきり僕が働かされて最後には捨てられると思っていたのに。お母さんに頼まれたからって何で僕なんかが……。


「僕のお世話だなんて……。申し訳ないですよ。サラさんみたいないい人にそんな事頼めないです」


「旦那様からの申し付けですのでそういう訳にはいきませんよ。それでは早速、こちらで暮らす上で注意していただきたい事がいくつかありますので、説明させてください」


 反論しようとしたけど、有無を言わせないようなサラさんの表情に僕は口を噤んでしまう。その隙にサラさんが説明を始めてしまった。


 簡単に言うと食事は三食、着替えはタンスに入っているので自由に着替えていいらしい。入口にある残りのドアの先が用水路になっていているので、そこで身体を洗ってほしい事。


 ……何だか贅沢すぎて大丈夫なんだろうか? 贅沢すぎて心配になってくる位だ。むしろ今まで三食食べてきたことなんかないし、着替えだって自由にした事なんかない。水浴びはお母さんが帰ってから一緒に浴びたりしたけど遅い時や寒い時期は身体を拭くだけだった。頭の中が混乱したまま収まらない。


 あと、この屋敷には勿論、領主様をはじめ、その奥さん、その子供が(僕より年上らしい)暮らしている。入口の回転ドア(悪戯ドア)はこちらからは開けられないけど、物音なんかは伝わる可能性があるから近づかないで欲しい事。ちなみに奥さんがアヤノ様、子供がミスド様って名前らしい。一応覚えておいて欲しいって。


 二人は僕の事を知っているのだろうか。開けられないって事は僕から出る事はないって事だから関わる事はなさそうだけど……。けど、名前を教えるって事は会うかもしれないって事なのかな? うーん、わからない。そして今更だけど、あの悪戯ドアって回転ドアって言うらしいね。くるくる回転してたもんね。あの悪戯に成功した時の領主様の笑顔、僕は絶対忘れないよ。ぶーぶー。


 ちょっと頬っぺたを膨らませながら返事をしていたら、サラさんに突かれてしまった。何だか恥ずかしい。思わずお互い笑ってしまい、少し気持ちが落ち着く事が出来た気がする。


 せっかく少し気持ちが落ち着いた気がしたのに、その後に出た話でまたびっくりさせられた。なんと、僕は勉強を教えてもらえるらしい。領主様が「今のままじゃただの猿だ。私は動物を飼うつもりはない」って言ったらしいよ。


 ウッキー!! って違う違う。僕は猿じゃないぞ。反省。


 ……ごほん、べ、勉強って今まで殆どした事ないんだけど、僕なんかが覚える事が出来るのだろうか。具体的には、最初に文字の読み書き、あと数字の計算、それが終わってから色々な分野を教えてくれるみたい。その色々が気になるんだけどね? いっぱいらしいからその時にまた説明してくれるって。


 まだ話したい事がいっぱいあったんだけど、サラさんに言われて気が付いたんだけど、あたりが少しずつ暗くなってきていた。話に夢中になっちゃってたみたい。夕食の時間になるからって頭を下げて、部屋を出て行っちゃった。そのあまりの素早さに僕は返事も碌に出来ず、領主様の時と同じ様にその後ろ姿をボーっと見ているしかなかった。

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