第二話 あ、あれ? 僕が知ってる家と違う!!
中に入ると改まった様子で黒い服を着たお年寄りがおじさんに向かって頭を下げている。
「おかえりなさいませ、旦那様」
おじさんはそれを一瞥すると、僕の方をチラッとだけ見て移動を始める。これって僕も続かなきゃダメなやつなんだよね? そうだよね……。
それにしてもとにかく広い。正面を見ると鳥の翼の様に左右に広がる階段が二階へと続いていて、その階段の上りきったど真ん中にはおじさんに良く似た人のある肖像画が飾られている。上を見てみると、もう日も暮れ始めているにも関わらず、昼間のようにキラキラと照らしてくる大きな照明がその存在感をアピールしてくる。勿論凄いのは上だけじゃない。床はふっかふかの真っ赤な絨毯が広がり、その場に一度でも寝転んでしまえば、そのまま朝まで起きれないのは確実だ。いや、まぁさっきまで寝てたんだけどね?
そんな余所見をしている間もおじさんは先へ進んでしまう。慌てて僕も追いかけようとするが、その先の雰囲気が変わりすぎて立ち止まりそうになる。そこにあるのは僅かな明かりと、狭い通路。道の先はぼんやりとしていて良く見えない為、その入り口がまるで大きな口を開けているように見えるので余計に怖い。おじさんが入って行く様は、そのまま食べられてしまうんじゃないかと錯覚してしまう程だった。けど、そのままでいる訳にはいかないので、意を決して、暗闇に飲み込まれる様な気持ちになりながら後に付いて行く。
僕はここでそのまま死んでしまうのかな? お母さんを守れなかった罰なのかな?それとも罰として何かさせられるのかな? 僕はどうなるんだろう。
「ここでとまりなさい」
急におじさんが立ち止まってしまう。
あれ? ここってただの道だよね? 何かあるのかな? 周りをキョロキョロと見回すが何かあるようには見えない。
おじさんが何かを確かめる様に壁を触りだすと、ガコンっと音と共に壁の一部が回転して新しい道が現れた。思わず、今までの恐怖や緊張も忘れ、ポカーンとなってしまう。
あ、あれ? 僕の知ってる家と違う!! 秘密基地か……!
慌てておじさんの方を見てみると、悪戯が成功した子供のような笑顔でニヤニヤと僕の方を見ているじゃありませんか。な、なんか悔しいけど何も言い返せない。よくわからないけど負けた気がする……!
結局そこで何も言い返せず、悪戯ドア(僕命名)を通る。てっきり何か変わるのかと思ったけど、特に変化は無さそうで相変わらず薄暗い道が続いている。違いがあるとしたらさっきより更に道幅が狭くなったのと窓が全くない事位だ。
しばらく歩き進めていくと漸く行き止まりになった。そこに見えるのは左側と正面、右側の三か所にそれぞれにドア。おじさんは迷わず正面のドアを開けて、中へと入っていく。僕もそれに続くと、中はこじんまりとした部屋だった。そこにあるのは机とそれに合わせた二脚の椅子。端の方にドアがあるが、閉まっている為どこにつながっているかはわからない。逆側の端にはベッドが置かれ、その隣に小さめのタンスとその上に明かりを取る為にでもあるのだろうか、これまた小さい窓が一つあるだけだった。
「ふぅ……。さてと、君の年齢はいくつかな?」
部屋を眺めていると、気が付いたらおじさんが椅子に座っていて、こちらに問いかけていた。
え? 急に何だろう。……いくつ? い、いくつ……? 確かこの前お母さんが祝ってくれた時に八歳って言ってたので間違いない筈。
「はっきりとは覚えてませんが、確か八歳だったと思います」
年齢なんてあまり気にした事がなかったので曖昧な返事になってしまった。まさかこんな所で聞かれるなんて思ってもみなかったもの。幸いにも、そんなに不機嫌そうな様子もなさそうだし大丈夫だといいんだけど。
「八歳か。それでは一度しか言わないからしっかり聞いておきなさい。君は、これから成人となる十五歳までこの部屋で暮らしてもらう。本当はこんな事するのは本意ではないのだが、マスミ……いや、君の母親にもしもの時は面倒を見る約束をしていたのだ」
無表情のまま淡々と説明をされていく。きゅ、急にそんな事言われても意味がわからないよ。お母さんとの約束って……? ここで暮らせ? どういう事? お母さんは何でこのおじさんとそんな約束したのだろう。残された僕とお母さんの家は? 気持ちがとてもじゃないけど追いつかないよ。
「急にそんな事言われても困ります! 何でお母さんがおじさんにそんな事頼んだのですか? ここで暮らすといっても、僕とお母さんの家はどうなるんですか? どうやって暮らしていけばいいんですか?」
勢い余って言ってしまった。まずい……。また不機嫌そうな顔に戻ってしまっている。聞かない方がよかったのかな……。また乱暴されるのかな。
「おじさん……か。フ、たとえ君が困ろうが何だろうが決める権利など最初からないのだよ。君の母親が私に頼んだ理由など知る必要もなかろう。ちなみに君と母親が暮らしていた家だが、既に私が買い取ったので君の家ではない」
もう家がないだって!? 我を忘れて思わずおじさんに詰め寄る。
「どうしてですか!? 僕とお母さんの家を返してください! あの家だけが僕とお母さんとの最後の思い出なんです!」
どんなに言っても、おじさんが表情を変える様子はない。それどころか不機嫌そうな顔がより深まっただけだ。
「喧しいな。そんなにどうしても嫌ならば、今すぐにでも出て行ってもらっても構わないぞ? ここで暮らすのか、それとも追い出されるのか、さぁ選べ。そんなに嫌なら摘み出してやる」
「そ、そんな……いきなり言われても――――――」
「黙りなさい。選べないのであれば今すぐ追い出す。さぁどうするのだ」
「そ、そんな……」
淡々とした表情で僕を追い詰めてくる。何も言い返せない自分に泣きそうになるがグッと堪える。今の僕じゃ睨む位しか出来ない。最初から答えは決まってるようなもんじゃないか……。
「ここで、僕をここで暮らさせて下さい」
言ってしまった……。もうどうにも出来ないのかな? お母さん、これで正しかったのかな?
「余計な手間を掛けおって。最初からそう言えばよかったのだ。それでは後は任せたぞ」
おじさんは僕の後ろに向かって話しかけている。
え? と振り向くとそこには一人の綺麗なお姉さんが立っていた。
い、いつの間に? 全然気付かなかった。話に夢中でわからなかったのかな?
「かしこまりました。後の事はお任せ下さい」
お姉さんが頭を下げる。するとおじさんは満足そうな顔で頷き、席を立ちあがった。このまま出て行くのだろうか。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 一つだけでいいんで教えて欲しい事があるんです。ずっと気になっていたのですが、おじさんは一体誰なんですか? ちなみにですが、僕は君じゃないです。ヴァンって名前をお母さんから付けられてるんです!」
さっさと出て行こうとしたので思わず引き留めてしまったが、ずっと気になっていた事を漸く聞く事が出来た。これだけは確認しないと。誰だかわからない人と一緒に暮らせないし、僕の名前位どうせなんだから覚えていってもらいたい。何だか悔しいもんね! さっきやられた悪戯のお返しだ。せめてこれくらい言ってもバチは当たらないよね。
「フン、生意気なガキが言ってくれるじゃないか。まぁ、その心意気だけは気にいったぞ。よし、これからはヴァンと呼んでやろう。有り難く思うんだな」
あれ? 何だかちょっとだけどさっきまでの厳しい顔とは違った、優しい顔してる? 本当はおじさんってそんなに怖い人じゃないのかな? いやいや、そんな簡単に信用したらダメだよ。べ、別におじさんの事が好きになったわけじゃないんだからねっ!
「そうだな、ヴァンが名乗ったのに、私が名乗らないのは失礼だな。私の名はヒャック。ヒャック・タスキンだ。そう、このタスキン都市の領主だ」
と、ふんぞり返るように名乗ってくれやがった。そう、名乗ってくれやがったのだ。とんでも無いこと言ってくれますね、この領主様。え? 領主様? 領主様ってこの都市で一番偉い人の事ですよね? ……どうやらとんでもないところで暮らす事になったみたいだ。
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