第29話 練習場所と結んだ約束
「えっと……下剋上します……」
俺は身体をもじもじさせて、下を向きながらしおりん達に伝える。
「私の耳元で囁く時もこれくらい緊張してくれよ。私ばっかりドキドキしてたじゃないか」
そう言って琳加は顔を赤くして不満げに頬を膨らました。
いやいや、俺も滅茶苦茶ドキドキしてたからね。
なんか琳加の髪とかすげー良い匂いするし。
「げ、下剋上って……どうやってやるのっ!?」
しおりん、あかりん、みほりんは困惑した表情で俺を見つめる。
やばい、そんなに見ないで……
一番厄介なガチ恋オタクになっちゃう。
限界オタクの俺は視線を避ける為に琳加の後ろに隠れて下剋上作戦の全貌を語り始める。
今から犯人を明かすコナンくんの気分だ。
「しおりん達は2ヶ月後に初めての単独ライブ『シンクロ!』がある。だから、一生懸命練習して、そこで文句の付けようが無いくらい上手い歌と踊りを披露すれば先輩達も頑張りを認めて優しくなってくれる……と思う」
下剋上だとか大げさに言っておいて、実際には普通に『練習をして見返しましょう』という内容である事を伝える。
だが、これが彼女たちにとって一番だと思う。
イジメの首謀者である花見がしおりん達を気に入らないと思うのは恐らく実力がないからだ。
彼女は歌姫として練習をして歌唱力でのし上がってきたのに、しおりん達は表面上の人気だけでテレビにも出演してしまった。
だったら、しおりんたちもいっぱい練習をして実力も認めさせれば良い。
「あっ、でも練習は――」
「う、うん……そうだね」
あかりんとみほりんがそう言って暗い顔を見せる。
言いづらそうにしているのを気にして朝宮さんが説明してくれた。
「事務所と契約してる練習用のスタジオがあるんだけど、私達は使えないの。その……いつも場所が埋まってて」
――朝宮さん達の言う『新人イジメ』の片鱗を垣間見た。
心が優しいから人を疑うのも悲しい気持ちになってしまうんだと思う。
だから朝宮さんはスタジオが埋まっているのを偶然かのように話している。
でも、おそらく芸歴の年功序列で練習スタジオが予約され、さらに『シンクロにシティ』には練習をさせないように嫌がらせをされているのだろう。
若い才能を伸ばす機会を奪う。
俺が一番キライなタイプのイジメだ。
それだけは――やって良いことじゃない。
「俺のスタジオを使おう」
「――えっ?」
俺は冷静になる前に、ついそんな事を口走ってしまった。
『ペルソニア』の専用スタジオが各所にいくつか存在している。
そこなら俺達が使わない時はいつでも好きなだけ練習ができる。
本当はこの時、一般のレンタルスペースを使って練習する事を提案すべきだったのかもしれない。
でも、スタジオのレンタルは1時間2000~3000円と高校生には安くない。
俺が払うのも遠慮されてしまうだろうし、事務所ぐるみの嫌がらせを受けているという事でセキュリティにも懸念がある。
その点、俺達のスタジオはグークルマップにも載らない完全シークレットだ。
誰にも邪魔されずに練習が出来る。
それに……頭にきたんだ。
正々堂々と戦うような事を避けて練習する機会を奪うようなやり方が。
そっちがその気なら――と思ってしまった。
俺の不可解な発言にみんなが注目してしまっていたので、慌てて先程の言葉の意味をでっち上げる。
「と、父さんの友達がスタジオを持ってるんだ! 昔バンドをやってたみたいで! 俺がお願いすれば使わせてもらえると思う!」
「そ、そうなの!? 凄い! じゃあ練習ができるかもしれないんだねっ!」
しおりん達は瞳を輝かせた。
本人たちのやる気は十分だ。
なのに、その努力すらさせないなんて間違っている。
俺は自分たちが持っているスタジオで、どこが『シンクロにシティ』に最適か考えた。
遠くなくて、ダンスの練習が出来て、歌の練習もできるスタジオ……
今夜のうちに決めて、使えるように連絡を入れておこう。
「じゃあ、俺が頼んでおく! 明日は休みだから、早速みんなで集まって見に行ってみるか?」
「うん! 楽しみ!」
そう言って、お互いにハイタッチをして喜ぶ天使のような『シンクロにシティ』を見て俺は自分の腕をつねって必死に堪える。
俺も覚悟を決めた。
「やばい尊い……無理……」とか言って目を逸らしてばかりじゃ、しおりん達をサポートできない。
ちゃんと、彼女達を近くで見ていられる精神力を身に着けなければ……!
今、俺が
「――分かった、じゃあ須藤くん達のRINEを教えてもらって良い?」
そう言って、『シンクロにシティ』のみんなは携帯を取り出した。
覚悟を決めたばかりの俺も思わず固まる。
……え? まじ?
俺、しおりん達と連絡先交換できちゃうの?
とりあえず、自分の携帯を取り出すと、RINEの名前を須田から本名の須藤に変えた。
そして……俺がしおりんのバーコードを読み取るなんて畏れ多いので(?)しおりんに読み取ってもらう。
「……はい、友達登録したよ! これからもよろしくね!」
そう言ってしおりん達は携帯の画面を見せて俺に微笑む。
やばい……溶けそう。
同じように連絡先を交換して笑顔を見せられた蓮見は携帯を見つめている。
長い前髪から覗く瞳は嬉しそうにキラキラ輝いていた。
「流石は私のリツキだな! これならもう私にできる事はないかもな~」
「あ、あの! 琳加さまも……連絡先を教えていただいて良いですか……?」
「お……? おう! も、もちろんだ!」
朝宮さんは頬を赤らめて琳加とも連絡先を交換していた。
そして、嬉しそうにため息を吐いてその画面を愛おしそうに見つめる。
まさか、しおりんも琳加の取り巻きに……!?
珍しく、可愛い子好きのはずの琳加の方がそんな朝宮さんの様子には狼狽えていた。
自分が迫られると弱いのかな?
「じゃあ、須藤君、蓮見さん、琳加さん! また明日会おうね!」
そうして、みんなで会う約束をして俺達はそれぞれ帰宅した。
◇◇◇
――その日の夜。
利用するスタジオを決めた俺はペルソニアのメンバーに確認のメッセージを送った。
数あるスタジオの一つに過ぎないとはいえ、2ヶ月の間占領してしまうんだ。
ゲリラライブ(第3話)の時もそうだが、またみんなには迷惑をかけてしまう。
「――どうせ、また人助けなんだろ?」
「シオン君が我がままを言うときは大体いつもそうよね」
「私も友達多くて……いつも頼られるから……シオンの気持ちは分かる……」
グループラインはそんなメッセージと共に呆れられつつも和やかに進んだ。
あと、実情を知っている俺は椎名のリア充アピールを見ていて、いつもながら悲しくなった。
「――とはいえ、また無条件にシオンのお願いを聞くのも面白くねぇよな」
「私はシオン君を一晩好きにさせてくれるだけで良いわよ?」
「却下……シオンはすでに……私と保健室のベッドで一緒に過ごした仲だから……」
「はぁ!? ちょっと何よそれ!? 詳しく――」
そして、いつもの2人の喧嘩が始まってしまった。
椎名が言っているのはバドミントン事件の時の事だろう。
俺が推しのアイドルを救いたいからだと事情を正直に白状すると、なぜか女性陣の会話が荒れる。
「――そうですね……では、こういうのはどうでしょう?」
収集がつかなくなる前に、メンバーの1人から条件が提示された。
「2ヶ月後、そのアイドルのみなさんのライブに私達も全員お客さんとして招待していただく……というのは? シオンのおすすめアイドルなんて、観るのが楽しみです」
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