第28話 新人イジメされた駆け出しアイドルの下剋上

 

 朝宮さんを攻略した琳加は、お昼休みの時間も無くなったので放課後に朝宮さんの悩みを聞いてあげる約束をしてあげていた。


 ――そして、放課後。


 琳加と俺と蓮見の三人は屋上で朝宮さんが来るのを待っていた。

 裏切り者の椎名は呼んでいない。


「琳加、俺たちも居て良いのか……?」

「だって、私は朝宮の事とかアイドルとか詳しくないからな。結局リツキ達にも話す事になりそうだし。もちろん、朝宮が他の人に言うのは嫌だって言うなら私1人でどうにか解決するつもりだが」

「俺が言い出した事だ、さすがにそれは悪い。朝宮さんが俺達にも話してくれたら良いんだが……」


 そんな会話をしながら待っていたら、朝宮さんは他にも女の子を2人連れて屋上に来た。


 その2人を見て俺は心の中で大興奮する。


『シンクロにシティ』の他のメンバー、"あかりん"こと姫里ひめさと あかり、"みほりん"こと 有村ありむら 美穂みほだ。


 やばい、3人そろうと神々し過ぎて見れない。

 口から「でゅふふふ」って変な笑いが出てきそうになる。

 蓮見も三人を見て興奮した様子で俺の服の袖をぐいぐいと引っ張っている。


「蓮見、伸びちゃうから」

「鼻の下が?」

「……服もだ」


 そんなメンバーに対して琳加は過剰に反応することもなく声をかけた。


「朝宮は他にも連れてきたのか。私も他に力になってくれる2人を連れてきたんだが、一緒に話を聞いても良いか?」


 朝宮さんは琳加の他に俺と蓮見が一緒に居るのを見て驚いた表情を見せる。

 琳加一人だと思っていたんだろう。

 そして"俺"を見た後に口を開く。


「だ、駄目だよ! 須藤君は駄目!」


 ――えっ、む。

 やっぱり毎日気持ち悪い視線で見てたのがバレてたの?


 で、でも俺は須藤じゃなくて須田だから!

 別人だからセーフ、セーフ!


 自分が精神的ストレスでうつ病になってしまわないような屁理屈を一瞬で考えてついていると、朝宮さんは続けた。


「だ、だって須藤君は私達のファンだから! ファンに元気を与えるのが私達なの! 私達が元気じゃないところなんて見せちゃ駄目なの!」


(――は? なんだこいつ、一生推すわ)


 朝宮さんの健気過ぎる理由を聞いて思わず頭の中で宣言する。

 僕が須藤君です、早く役所で苗字変えないと……


 それにしても……そういう事か。

 クラスの中にも何人かファンは居るから、朝宮さんは気丈に振る舞っていたんだ。

 自分の悩みや不安なんてファンには見せないようにするため……。

 きっとあかりんとみほりんも同じだ。


 ファンでも何でも無い琳加が突撃したのはある意味正解だったみたいだ。

 朝宮さんも琳加相手に色々と困惑して、あんな事をされて、ついアイドルとしての仮面を緩めてしまったんだろう。


 ファンには知られたくないという朝宮さんの話を聞いて、琳加は俺を見る。


「――だ、そうだが……リツキ、どうする?」


 俺はそんな琳加の隣に立った。


「朝宮さん――」


 3人のアイドルとしての心構えに感銘を受けつつ、俺は真剣な表情で自分の想いを語った。


「朝宮さん達にとっては知られたくなかったのかもしれない。でも残念ながらもう、何か困っていると知ってしまったんだ。『忘れてくれ』と言われても、俺の気がかりを無くす事はできない、そばにいる蓮見も同じだ。だから……聞かせてくれないか? いつも元気をもらっている分、力になりたいんだ……琳加、愛してる」


「――いや、最後のは言ってねぇよ!?」


 俺は琳加にツッコミを入れた。

 大好きなアイドル相手にコミュ障の俺がこんなのスラスラと言えるわけがないので琳加の耳に囁き、代わりに言ってもらったのだが、最後に余計な一言が追加されていた。


「う、うん! 須田君の言う通り! 私なんて大した事はできないけど、何かしおりん達の力になりたい!」


 蓮見さんも長い前髪からキラキラした瞳を覗かせて拳を握る。

 でも須田君って誰?


「――ふ、2人とも! 分かった、ありがとう! 情けないけど、頼らせてもらうね!」


 朝宮さんは他のメンバーと頷き合い、俺達に『シンクロにシティ』の悩みを打ち明けてくれた。


「……実は、私達事務所で新人イジメを受けているの……」


 3人とも、苦しそうな表情で次々に口を開く。


「私達って事務所の中じゃ歌も踊りもまだまだ下手なの。なのに、先輩たちを差し置いて人気が出てきちゃったから……」


「事務所の大先輩の一人がある日、そんな実力もない私達にキツく当たってきたの。『わたくしはあのシオン様と番組でご一緒した事もありますのよ!』って威張りながら」


「それから、その先輩の指示で他の人達も私に嫌がらせをするようになってきて……同期の子に相談しても、『芸能界は上下社会だから、芸歴が長くなるまで耐えるしかない』って……」


 ――マジか、シオン最低だな。

 ここに椎名がいたなら確実にそう言われていただろう、酷い風評被害だ。


 そして、彼女達の所属する事務所『カルデアミュージック』の大先輩……

 優しい彼女たちは自分たちが虐められているにも関わらず名前を出さなかったけど、俺と共演したことがあるって聞いて誰か分かってしまった。


 カルデアミュージックが誇るうら若き歌姫。

 花見はなみ 瀬名せなだ。


 確かに、俺は昔一度彼女と共演した事がある。

 音楽番組のひな壇で隣の席に座った程度だが、俺への執着が凄かったのを覚えている。


 面会謝絶の俺の楽屋に花束を持って特攻してガードマンに連れて行かれたり、本番中もずっと俺の顔を凝視してきて目が合うとウィンクをしてきたり、カメラが止まると隣の席の俺に身体を擦り寄せてきていた。


 しまいには塩対応を続ける俺に「連絡先を教えてください!」と泣きながら土下座してきたので俺は仕方なくシオンの携帯のアドレスを教えたのだ。


 彼女には「忙しくて返せない」と言ってあるのだが、返事が来ないにも関わらず今でも毎日何通もの「愛しています」「今日も夢に見てしまいました……」みたいなメッセージが携帯に送られてくる。


 もちろん、『シオン』のネームバリュー目当てに同じような事をしてくる人も沢山いるんだけど、花見は特に熱心だ。

 最初に楽屋に突撃された時に少し俺の素顔を見られてしまった気もするから、出来れば避けたい相手なんだけど。


「マジか……そんな酷い先輩がいるのかよ! よし、私が直接イジメなんて止めろって言ってやる!」

「り、琳加様……駄目ですよ! 相手は事務所で一番の大先輩です、琳加様に何かあったら……」


 怒りで拳を震わせて今すぐにでも殴り込もうとする琳加を朝宮さんが止める。

 蓮見も一生懸命考えてくれているが、良いアイデアが浮かばないような様子だ。


 みんなの様子を見ながら俺も『自分にできる事』を考えた。


 俺が"シオン"の力を使えばこの問題を解決する事は出来るだろう。

 とはいえ、やるなら慎重に動かなければならないのは確かだ。


 イジメの首謀者である花見に止めるように言ったら逆にもっとイジメが酷くなる事もあり得る。

 花見は有名な歌姫で、朝宮さん達はまだまだ無名なアイドルだ。

 いくらでももみ消せるし、反感を買ってしまう恐れが多い。


 ――であればしおりん達を有名にしてしまえば良い。

 極端な話なら、シオンが『シンクロにシティ』に楽曲を提供するとか。

 そうすれば彼女たちのCDの売上は恐らく一瞬で花見さんを抜いてしまうと思う、しかも総売上。

 今やシオン、ひいてはペルソニアはそれくらい異常な人気だという事はさすがに自覚している。


 ――だが、良いのか?


 俺は漫画家の堀内先生の時の事を思い出した。


 あれは結果的に俺がオススメした事によって人気が爆発したようだったが、俺は最初から手を貸そうと思ったわけじゃない。

 その作品に、物を作る人間クリエイターとしての熱意と技術を見て取る事が出来たからだ。

 埋もれずに、この人の実力が正当な評価を受けて欲しい。

 俺はそう願ってシオンの名を使った。


 もちろん、『シンクロにシティ』も一生懸命やっている。

 俺は彼女たち一人一人の事をよく知っているから。

 ――でも、堀内先生のような、自分の夢だけでなく大切な家庭や生活を背負った人間の本気程じゃない。


 しおりん達はまだまだ未熟だ。

 歌も踊りも発展途上。

 明るくて優しい性格や容姿が優れているので他より人気が出ているが、パフォーマーという観点で見たら大した事はない。


 俺は、だからこそ"シオン"という名前を出すような『ズル』はさせたくないんだ。

 彼女たちは、自分たちの力でこの問題を乗り越え、成長できるはずだ。

 誰も文句が言えないくらい歌と踊りを上達させる。

 そうする事でこの問題は根本から解決する事ができる。


 であれば、俺にできることは――


 俺は考えをまとめる。

 そして自分の胸を叩き、力強く目を見開いた。


「任せてくれ! 俺が、しおりん達に――『シンクロにシティ』に力を貸す! 歌も踊りも上手くなって、先輩たちを見返してやろう! 駆け出しアイドルの下剋上だ!」


 俺は琳加にそう囁いた。


「――いや、さすがにそれはリツキが自分で言えよ!?」

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