第24話 オタクなら推しの表情は見抜ける

 

「ふわぁ~」


 学校に向かう通学路。

 俺はあくびをして眠い目をこすりながら歩く。


 昨日の夜はつい夜ふかしをしてしまった。

 しおりんと握手出来た興奮を夜中にまた思い出して、『シンクロにシティ』の曲をまた全て聞き直して、メンバー3人のブログやtwittarを読み返していた。

 いや、本当に3人とも良い子なんだよね。

 みんな一生懸命で、歌も踊りもぎこちないんだけどファンのみんなを元気づけるためにいつも笑顔で頑張ってる。

 このまま頑張って……いつの日か推しが武道館行ってくれたら死ぬ。

 俺は推しより先に武道館行っちゃったんだけどね……ファンとしては最悪かもしれん。


 まぁ、とにかくそんなオタ活をしたせいで寝不足だ。

 話しかけてくる友達もいないから存分に自分の机で寝れるんだけど。

 またボッチの有用性が証明されてしまったな、敗北を知りたい。


 心の中で涙を流しつつ俺は自分の席に着く。

 ちなみに、昨日はあの後あかねに嫌われ過ぎて一切目を合わせてもらえなかった。

 外を走りすぎたせいだろうか、めっちゃ顔が赤かったな。


「――みんな~! おっはよ~!」


 俺が席についた直後に朝宮さんが教室に入り、クラス中に笑顔を振りまいた。

 アイドルの登場にクラスのみんなが反応する。


「――朝宮さん、おはよう! 今日はいつも以上に元気だね!」

「えへへ~、そうなんだ! 最近テレビにも出られたし、すっごく調子が良くて!」

「うんうん、朝宮さんはいつも元気で明るいから僕たちも元気になるよ!」

「そう言ってもらえると嬉しいな! 私は元気と笑顔だけが取り柄だからね!」


 今日はシオンに関するニュースがなかったので教室中も朝宮さんにちゃんと挨拶を返していた。


 一応、今朝も俺は日間音楽ヒットランキングで一位を取ったがそんなのいつもの事だ。

 教室からは、「こいつ、いつも一位取ってんな……」「一位しか取れない男」なんて呟きが聞こえてくる程度。

 とにかく、これで朝宮さんのテレビ出演も一日遅れでみんなに祝ってもらえる事だろう。


 そう思いながら俺は参考書を読むフリをして朝宮さんの天使のような笑顔を盗み見する。

 この行動は自分でもめちゃくちゃキモいと思う。

 ほんと……生きててごめんなさい。

 そんな自己嫌悪も朝宮さんの笑顔で生きる気力を与えてもらえるから、差し引きした結果……やっぱり死にたくなる。

 まぁ家に帰った時、迎えに来たぶっきらぼうな妹の「おかえり……」を聞いて生きる気力が振り切れるんですけどね。


 それにしても……あれ?

 朝宮さん、なんだか……


 俺はみんなに笑顔を振りまいている朝宮さんの様子を横目でじっと見つめる。


(……やっぱり)


 朝宮さんについて気になる事が出来た俺はスマホを取り出しRINEを起動する。

 そして、琳加にメッセージを送った。


 "今日のお昼に会えるか? 人けのない場所で"


 送信、――既読、2秒である。

 さすがカーストトップ、RINEとインスタは常に監視しているのだろう。


 "昼休みが始まったらすぐに行く!"


 そして会ってくれるらしい、しかもお昼休みが始まったらすぐに。

 大丈夫なのだろうか。

 お昼ご飯はどのグループと食べるかとか女子たちの中では結構重要だと思うんだが。


 "校舎裏にいるから、好きなタイミングで来てくれ"


 そう送ってお昼を待つ。

 まぁ、一日くらい別に大丈夫なのか。

「具合が悪いから保健室に行く」とか言えば何とかなりそうだし。

 あいつに嘘を吐ける能力があるとは思えんが……


 気を利かせて「保健室で会うか?」なんて送ろうとしたが、俺の第六感が何故か必死に止めるのでやめた。


 ◇◇◇


 ――そして昼休み。

 俺は自分の弁当を持って校舎裏へ。

 あそこなら多分誰もいないだろうし、カースト最上位の琳加と最底辺の俺が話していても大丈夫だろう。


 校舎裏に着くと弁当の包みを持った琳加がなんだか顔を赤らめてソワソワした様子で、すでに校舎裏にいた。

 早い、本当に早い。

 こいつ走って来たのか?

 そして俺をみると幸せそうな表情で笑った。

 その笑顔に少しドキッとしてしまう。


「あはは、リツキ。ネクタイが曲がってるぞ、じっとしていろ。直してやる」

「おっ? マジか……い、いいよ自分でやる」

「いいから私に任せろ」


 そう言って琳加はすぐそばまで近づき、俺のネクタイに手をかけた。

 俺は恥ずかしい思いを我慢しつつ琳加にネクタイを任せる。

 か、身体が……ち、近い――密ですよっ!

 そんな馬鹿な事を考えて気を紛らわせる。


 俺を見て笑顔になったのはネクタイが曲がっていたのが面白かったからか。

 あんなに良い表情をされるとつい勘違いしそうになる。

 ――ってなんか、めっちゃ俺の首元に琳加の吐息がかかるし、ハァハァ聞こえるんですけど……

 やっぱりここまで走って来たからだろう。


 琳加が俺のネクタイを結び直し、俺の首元で最後の仕上げに軽く引っ張る。


「よし、これで終わ――」


 琳加がそう呟こうとした瞬間、突然俺たちに向かって誰かが走り寄って来た。

 そしてその誰か――女生徒は突如、俺たちに土下座をする。


「――すみませんでした! お願いします、許してあげてください!」


 着ている制服が、長い前髪が、地面に付いて汚れるのもいとわずに彼女は謎の謝罪を繰り返した。


 琳加は驚いて俺の首元のネクタイを掴んだままだ。


「リツキ……女の子に土下座させるのが好きって話は本当だったのか……リ、リツキはSなんだな……?」


 そんな事を呟いて、何かを期待するような目で俺を見る。

 いや、体の向き的に俺じゃなくて琳加に対して謝ってるんだと思うぞ。

 そして、俺は"彼女を知っている"。

 なぜこんな事をしているのか事情を聞くため、行きつけの書店員である彼女に呼びかけた。


蓮見はすみ……一体どうし――」

「お、お金が欲しいなら私が差し上げますし、パシリなら私がやります! な、なのでどうか須田君は許してあげてください!」

「――え?」


 俺と琳加はお互いに今の自分たちの状況を見合わせてみた。

 学年のカースト最上位の琳加が最下層の俺の首元を掴んでいる。

 これは……完全にイジメの現場だ。


 というか、盲点だった。

 人が誰も来ないって事は、蓮見みたいな教室に居づらいボッチは来てしまう。

 俺は鋼のメンタルで教室で一人で食べているが、蓮見はいつもこんな場所で食べていたのか……。


「は、裸の写真とか送れば良いですか!? 私が逆らえないように! そうすれば須田君は解放してくれますか!?」


 焦りすぎて、目をグルグルと回しながらトチ狂った事を言い出す蓮見を俺はなだめる。

 なんでそんなにイジメの手口に詳しいの?


「――落ち着け蓮見。これは決してお前が思っているようなそういうアレではない」

「あ、貴方の裸の写真!? それは気になる……!」

「いや、琳加さん!? 欲望に負けないで!」


 まともなのは俺だけだった。


 ◇◇◇


「じゃ、じゃあ……本当に須田君は琳加さんにイジメられてたわけじゃないの……?」


 何とか誤解を解くと蓮見は驚いた表情を浮かべる。

 琳加は正義の心に燃えたような瞳でそんな蓮見に力説を始めた。


「当たり前だ! 弱いやつに脅しをかけるなんて最低な事だからな!」

「あれ? 琳加さん……? 俺たちの出会いをお忘れ? 滅茶苦茶脅されてたんだけど!? 眼鏡奪われたんだけど!?」


 都合の良い記憶改ざんを行っていた琳加に俺はツッコミを入れる。


「それにしても蓮見ちゃんか~。可愛い顔だね、前髪上げてちゃんと見せてよ~。えへへ、RINEやってる? 今から一緒にご飯食べようね」

「ひぃ!? は、這いつくばって犬のように食べれば良いですか?」

「こらこらナンパするな。蓮見も怯え過ぎだろ」


 そして、蓮見にも説明しつつ俺は話を続けた。


「――俺が琳加をここに呼び出したんだ、話があったから」

「よし、準備は出来ているぞ。リツキ、答えは『イエス』だ」

「まだ何も言ってないだろ……」


 俺が話を始める前に琳加は了承してしまう。

 興味ないのかな? ソルジャー1stなのかな?


「話っていうのはだな――」

「お、おうっ!」


 俺から一歩離れると謎の緊張感を持って琳加は返事をする。

 というか、なんだこの変な距離感と雰囲気は。

 近くで話せば良いのになんでちょっと距離を空けた?

 何で俺の正面で期待するような表情で俺を見てるの?


 蓮見はなぜか顔を青くして、祈るように両手を合わせながら俺と琳加の様子を見守っている。

 イジメられてないって分かったのになんでそんなに不安そうな表情してるの?


 何もかもが分からないまま、俺は自分の用件を話し始めた。


「――ウチのクラスの生徒、朝宮さんについてだ。琳加は朝宮さんを知っているか?」


 俺がそう話し出すと、琳加は何だかガッカリしたような表情を、蓮見はホッと胸を撫で下ろしたような表情をした。


「いや、知らないな。リツキはそいつに興味があるのか?」


 何だか不機嫌そうに琳加はそう言った。

 蓮見さんはもちろん知っているので朝宮さんについて琳加に説明をしてくれる。


「朝宮さんは『シンクロにシティ』っていうアイドルグループのリーダーだよ。いつもにこにこしてて元気いっぱいなんだ」


 蓮見の説明に俺は頷いた。


「あぁ、だが――」


 そして、俺は付け加える。


「今朝の朝宮さんは笑っていなかった」

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