特別編 噂の陰キャ兄貴を馬鹿にしに行く その5


「えっと……実は、少しだけギターを弾くんだ。あはは……」


 音楽と関連することを指摘されて俺は内心で少し冷や汗を流す。

 普段、学校の人が家にあがる機会なんてないので完全に油断していた……!


「私たち、3人とも軽音部なんです! 今日は練習が無かったから楽器は持ってないけど!」

「お兄さん、良かったら弾いてみてくださいよ!」

「聞きた~い!」


 3人はそう言って俺に期待の眼差しを向けた。

 正直、これで彼女がいるかどうかの話が有耶無耶になるなら俺にとしては願ったり叶ったりだ。

 あかねのメンツを貶めるようなことにはなって欲しくない。

 だから、兄である俺が「彼女なんてできたことがありません」と言わされるのだけは勘弁して欲しい。

 もうすでに見た目とかで幻滅されてるのかもしれないけど……。


 別にギターを弾くだけでシオンだとバレることはないはずだ。

 俺は了承することにした。


「いいよ。下手くそだから弾いても笑わなければね」

「笑いませんよ! あっ、歌もお願いしますね!」

「いいねそれ! こんなに良い声でバラードなんて歌ってもらえたらとろけちゃいそう!」

「じゃあ、ペルソニアの『Angel』をお願いします!」


 そして、予想通りペルソニアの曲をリクエストされた。

 1年生の教室もペルソニア(主にシオン)の話題ばっかりだってあかねから聞いていたからな。


「わ、分かった……あまり詳しくない曲だけど」

「またまた~、音楽をやっててペルソニアの曲を知らないなんてありえませんよ~」


 山本さんはケラケラと笑う。


 この『Angel』は"演奏がしやすい曲"ということで非常に有名だ。

 ペルソニアの影響で全国の中~大学の軽音部の入部志願者が5~6倍に増えたなんてニュースを聞いたこともあるが、その時にあらゆるギター初心者がこの曲をこぞって練習していたらしい。


(正体がバレないように適当に弾くか……適当に……)


 そう思いつつギターを手にして俺は彼女たちを見た。

 3人とも嬉しそうな眼差しで俺を見ていた。

 そんな姿を見て、俺は考え直す――。


 いいのか?

 正体がバレたくないからって、適当に演奏なんかして。

 目の前に音楽を聞きたがっている人がいるのに?


 ――そんなの、絶対にダメだ。


 俺はギターのボディを軽く叩いてリズムをとると、弦に指をかけて『Angel』を弾き語りした。

 図らずもこの曲は妹、あかねへの愛情を歌にしてできたモノだ。


 『美しすぎる者を前にした時の喜びや好奇心、湧き出てくる少しばかりの嫉妬心やいたずら心を唄った曲』と音楽番組では説明した。

 そんなに間違ってはいないだろう。


 あかねはまさに清純でけがれを知らぬ天使Angelなのだから……。


◇◇◇


 ……結局、俺は魂を込めて最後まで歌いきった。

 そもそも、これはあかねに向けた曲だ、手を抜くなんてありえない。

 キモがられてしまうので、この曲が出来上がった経緯はあかね本人に言ってないけど……。


 声はシオンと全く違うし、アレンジも効かせた。

 これならバレることはない。


 ――弾き終わると、彼女たち3人の瞳からは涙が溢れていた。

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