第21話 うちのクラスにはアイドルがいる

 

「あっ、朝宮ちゃん! おはよう、昨日の番組見たよ!」

「ついに地上波デビューだね!」

「朝宮ちゃん、アイドルとしてどんどん人気になっていくね!」

「応援してるから、頑張って!」


 周囲の声援を受けながら、朝宮 栞(あさみや しおり)は満面の笑顔を見せた。


「みんな、ありがとう! ちょびっとだけど、みんなのお陰でついにテレビにも出演出来たよ! これからも頑張るからね~!」


 今、人気上昇中のアイドルユニット『シンクロにシティ』のセンターを務める朝宮はついに念願のテレビ出演が叶った。


 お祝いの言葉をかける為に校門の前には5人ほどの同級生が集まってくれていた。

 そんな状況に朝宮の期待は膨らむ。


 (も、もしかしたら、教室は自分の話題で持ちきりかも……!)


 そんな期待を密かに胸に抱きつつ、朝宮は自分のクラスである2年B組の扉を開いた。


 ◇◇◇


「みんな~! おはよ――」


「ちょっとぉぉおお! 朝のニュース見た!? シオンが『世界に最も影響力のある100人』に選ばれたんだって!」

「見たに決まってるわ! 日本人の音楽アーティストが選ばれるのは初めてなんでしょ!?」

「凄いよ、どんどん歴史を作っていく……シオンは日本人の誇りだよ」


 クラスメート達が熱狂している。

 朝の一段とざわざわした空気を感じながら俺は机で1人、冷や汗を流していた。


(いや、違うだろぉぉ! 朝宮さんが昨日テレビに出たんだってば! シオンなんかより早く朝宮さんにお祝いの言葉をかけに行ってぇぇ!? 教室の入り口でポツンとしちゃってるからぁ~!)


 そう、この白星高校にはなんとアイドルがいるのだ!

 俺も密かに応援しているアイドルグループ、『シンクロにシティ』のセンターを務める朝宮さん!


 その朝宮さんが、元気よく教室で挨拶をしたのに誰も気が付かずに俺(シオン)の話をしてしまっている……。


「あはは……みんな、おはよう……」


 返ってこない挨拶に朝宮さんは元気なさげにため息を吐いてしまった。

 それでも笑顔は崩さない、アイドルの鑑だ。


 くそっ、ここは唯一気がついてる俺が行くしかない…!

 この状況は俺の責任でもあるんだ!

 頑張れ、俺ぇぇえ!

 コミュ障という殻を打ち破り、朝宮さんに爽やかなお祝いの言葉を送るんだぁぁあ!


 俺は颯爽と席を立つと入り口にいる朝宮さんのもとへ行った。

 アイドルなんて眩しすぎてこれ以上は近づけない。

 1.5メートル先くらいから頑張って声をかける。


「あ、ああ、朝みみみ」

「あっ、す――須藤君だっけ? おはよう!」


 朝宮さんは俺みたいな陰キャにも笑顔で挨拶を返してくれた。

 俺の苗字は"須田"だけど、そんなのどうでも良いくらい素敵な笑顔だ。

 声かけは完璧にクリアしたので続けて華麗にお祝いの言葉を送る。


「て、てテレビ、おお、おめでで――」

「見てくれたの!? ありがとう! 嬉しいな!」


 そう言って、朝宮さんは俺に接近して手を差し出した。

 え、え、良いのですか!?

 拙者如きがアイドルの朝宮さんと握手なんてしてしまっても!?

 

「ちょ、ちょっと待って、握手券を……」


 俺は自分の財布を出そうとする。

 確か、CDを買った時に入ってたのを財布に入れてた気が――


「そんなの要らないよ! 須藤くんは一番最初に私にお祝いを言いに来てくれたんだもん! って、何だか上から目線だね……私が握手したいんだけど良いかな……?」


 そう言って朝宮さんは俺に上目遣いで様子を伺ってきた。

 天使かな?


「――あっ、鬼太郎が朝宮さんに触ろうとしてる!」

「朝宮さん、こんな奴に触るのなんてやめた方がいいよ!」


 俺とのやりとりで今更朝宮さんの存在に気がついた男どもは声を上げた。

 朝宮さんは少し怒ったように頬を膨らませて俺の手を両手で握る。


 あばば、ヤバい、手汗とか大丈夫かな……


「ねぇ、須藤君は今のを聞いて楽しくないよね!? 君達! みんなが楽しくない事はしちゃ駄目! 分かった!?」


「――あ、朝宮さんがそう言うなら……」

「ふん、鬼太郎良かったな。一生の思い出が出来て」

「あいつ、もう一生手を洗わないんじゃね?」


 俺を馬鹿にすると笑いながらクラスの男子達は散らばっていった。

 いや、手は洗います、妹の為にも衛生管理は気をつけなくては。


「全く……」と呟いて朝宮さんは俺とつないだ手に視線を落とす。


「あっ、ごめん! 勝手に手を握っちゃったね!」

「べ、べべ、別に――『キーンコーン……』」


 俺が喋ろうとしたらチャイムが鳴った。

 よく、話をしようとしたらヘリコプターや電車が通る、タイミングが悪い人いるよね。

 はい、俺です。


「あっ、席に着かないと! じゃあ須藤君またね!」

「ま、また!」


 いっぱい喋ってしまったでござる。

 しおりん、マジで最高。

 妹の次くらいに好き。

 苗字、急いで須田から須藤に変えておきますね。


 そんな気持ち悪い事を考えて、俺も席に戻る。

 すると、前の方の席からヒソヒソと話し声が聞こえた。


「シオン、握手会とかやってくれないかな~。私、何万円払ってでも絶対に行くのに」

「デビュー当時、鈴木マネージャー発案で握手会をやってみた事があるらしいよ。でも――」

「うん、シオンと引き剥がされる時に泣き出すファンや、失神するファンが出て中止になったんだよね……」

「握手券の奪い合いで暴動も起こっちゃったみたいで、シオンのマスクを外そうとした人もいたみたい」

「……納得。シオンってデビュー時から人気が凄かったのね」


 おい、そこの女生徒達よ。


 俺の黒歴史の話をしないでくれ。

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