第15話 大評判の『謎の女優』

 

【後日談】


 琳加との映画から数日後。

 ホームルーム前の朝の教室。

 俺はいつものように学校の自分の机で自習をしている。

 正直、勉強をしたいのではなくて、ただ居たたまれない時間を消費したいだけだ。

 そして、今日は『ある事』に対して特にビクビクしている。


「おいおいおいおい! 君たちっ! 見たかよこの動画!」

「あら? 神之木かみのぎ君、死んでくれる?」

「もはや理由もなくっ!? 相変わらずの毒舌美人だな南沢みなみさわ……」


 今日もシオンの話題で盛り上がっている女子のグループ。

 そこに命知らずな神之木が特攻した。

 結果、いきなり銃弾で撃たれたわけだが……。


「酒木監督がYUTUBEにショートムービーを公開したんだ! その役者の中に1人、凄く魅力的な子がいてさ!」


 そう言うと、神之木はスマホの画面を彼女たちに見せる。


「ほら、この"赤毛の子"!」

「う~ん、確かに可愛いけど……少し演技がぎこちなくない?」

「それに"お化粧が濃い"ね、この子なら元が良さそうだからもっと薄化粧でも良さそうだけど……」


 動画を見ながらそれぞれに感想を述べていた。

 どうやら感触はあまり良くなさそうだ。

 哀れ、神之木……。

『そんな子』をおすすめしてしまったお前の落ち度だ。


「ふっふっふ! 君たち、この後この子のセリフがある。よく聞いていてくれ」


 神之木はそう言って、自信満々に動画の続きを再生した。


 "私が君を守る! だから、安心してこの手を握ってくれ!"


「…………」

「…………」

「…………」


 女性陣は言葉を失ってしまった。

 えっ、何? やっぱり絶句するほど酷かったの?


「す、凄い綺麗な声……まるで歌を歌ってるみたいな」

「それでいて、なんだか頼りになる。まるで男の人みたいな安心感……」

「だ、だけど見た目は凄く可愛い。や、やばい……女の子なのに変な気を起こしちゃいそう」


 いやいやいや、酷い大根芝居だと思うよ!?

 何でみなさん、顔を赤らめていらっしゃるんですかね!?

 あと、何だ! 神之木お前、その表情は!

 その顔をやめろ!

『またいい仕事しちまったぜ……』みたいな!


「次の映画に出演して欲しい俳優をこの役者達の中から選ぶんだってさ」

「そうなんだ……やっぱりこの子かなぁ」

「わ、私もこの子が映画に出るなら観に行きたい……」

「よし、じゃあみんなで投票しよう! このリンクから飛べるから!」



 俺は机に頭を落とした。



 ~~時間は少し巻き戻る~~



 琳加との映画が終わり、妹への女装の誤解を解いたあの夜。

 "シオン"の携帯に酒木監督から電話がかかってきたのだ。


「シオン君、映画出演の件。確かに俺が間違っていた、『次回作に出演して欲しい』なんて……。本当に申し訳ない」

「酒木監督……。分かってくだされば良いんですよ、こちらこそ舞台挨拶では沢山ご迷惑をおかけしてしまってすみませんでした」

「あぁ、本当に俺は愚かだったよ……"シオンちゃん"は『出演』なんかで済ませて良い女優じゃない」

「……はい?」


 俺は意味が分からず、スマホを握ったまま笑顔で返事をする。


「私の次の映画の『主演』を務めてもらいたい! 一緒に主演女優賞を目指そう!」


 俺は通話を切った。


 その後、繰り返される電話の呼び出しを無視し続けて次の日。

 家の扉を開くと、酒木監督がいた。


「やぁ、シオン君。どうやら電話がつながらないみたいだから、鈴木君を脅――教えてもらって家に直接来ちゃった♡」

「『来ちゃった♡』じゃないですよ! 何で家に来てるんですか!」

「わわっ、頼む! 扉は閉めないでくれ! 話を聞いてくれ!」

「俺の話を聞いてくれない監督の話なんか、聞くはずないでしょう!」

「聞いてくれないと、大声で『シオン君!』って叫ぶぞ!」

「あなた、本当に良い歳した大人ですか!?」


 俺は仕方がなく、監督を玄関に迎え入れた。


「家には上げませんからね」


 俺はお茶も出さずに腕を組んで監督を睨む。

 家には世界一可愛い俺の妹もいるのだ。

 この監督の目につけられたら妹まで標的にされてしまう。


「シオン君、俺と賭けをしよう」

「賭け?」

「あぁ、『次の映画の出演者候補』という事で、他の役者さん達と簡単なショートムービーを撮ってサイトにアップする。それで投票をしてもらって、一番人気のある役者さんに次の映画に出てもらうんだ」

「いや、撮りませんよ? それは"ペルソニア"の活動ではありません」

「なんと言おうと、そんなことは――」

「あ~あ、あの時、舞台挨拶の締め、やりたかったな~」

「ぐぅ……俺の弱みにつけ込んで」


 俺はため息を吐いた。

 まぁ、周りはプロの方たちだし、万に一つも俺に勝ち目はないだろう。


「分かりました。その代わり、以前と同じような格好はしませんよ。全くの別人に見えるようにカツラの色を変えて、化粧も濃くします」

「……け、化粧は勘弁――いや、分かった! 君ならそれでもいけるはずだ! 勝負だ、シオン君!」



 ~~~~~~~~~~



「この、『菜々井なない しお』って女優さんが凄くて~」

「事務所も非公開なんだって~」

「可愛さとかっこよさを両方兼ね備えてるよね~」

「声を聞くとドキッとしちゃう~」

「何回も再生しちゃうね~」


 いつの間にか、俺の周りはみんな『謎の赤い髪の女優』の話をしている。

 もちろん、その菜々井 汐こそが俺である。

 いや、大丈夫だ。

 あくまでここで流行ってるだけさ。

 世界は広い、他の所では他の役者さんが注目されているはずだ。


「おいおいおいおい! 君たちっ! 見たかよこの動画!」

「あっ、神之木君、死んで~」

「『おはよ~』みたいな感じで罵倒されたよっ!」


 そして神之木がまた登校してきた生徒たちに特攻している。


 あいつ、不死身かよ……


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