第4話 今日も妹に怒られる


 ――月曜日。

 クラスの窓際では、先日の女子達が集まっていた。


「私、本当に人生で最高の思い出になっちゃった!」

「良かったね~、咲野。本当に良かった!」

「生のシオンきゅんやばかったね~。私、毎日夢に見ちゃうかも……」


 神之木発のゲリラライブ情報に乗るという賭けに勝利を収めた彼女達は無事に俺を見ることができた。

 すでに一日経ったというのに昨日の事を思い出しては嬉しそうに涙を流している。


 ――そして、一方の俺は。


「うわっ、鬼太郎がマジで妖怪みたいな動きしてる……」

「気持ち悪っ! 悪霊取り付いてそう……」


 そんな女子たちの黄色い声を受けながら俺は机でふらふらと身体を揺らしていた。

 原因は昨日のゲリラライブだ。

 急ごしらえで準備をしての開催。

 巻き込んでしまった関係者各位への謝恩大会。

 もう体力と精神力の限界である。


 だが学校を休むわけにはいかない。

『今日』だけは……!


「それじゃあ、テストを配るぞ~」


 やる気のなさそうな声で担任が答案用紙を配る。

 そう、今日は試験日なのだ。

 毎回学年1位をキープし続けている俺が休むなどあってはならない。

 俺の本業はあくまで学生だ。

 副業である音楽活動なんかを理由に自分だけテストを別日に受けるなどもってのほかだ。


 今朝は学校に行くのを妹に止められた。

 それはもうなんか凄い必死に。


「お兄ちゃんダメ! 絶対行っちゃダメ! 寝てないんでしょ!? 死んじゃうよ!?」

「あかね、音楽活動はいつブームが過ぎるか分からん! だから良い成績を残す必要があるのだ!」

「大丈夫だよ! 私、お兄ちゃんがいれば何も要らないよ! だからお願い!」

「親父なき今、俺がちゃんと成績優秀で将来は仕事に困らないようにならないと!」

「仕事が無くても私が一生お兄ちゃんを養うから大丈夫だよ! だから行かないで!」

「手を離してくれ、あかね! 俺は行かねばならんっ!」

「耳を塞いでないで、私の言葉を聞いてよ! うわぁ~ん!」


 普段クールなあいつですら今朝は何か言いながら腕を掴んで止めてきた。

 俺は耳を塞ぎ、自分の意見を言うだけ言って、振り返らずに家を出た。

 愛する妹の言葉を一つでも耳に入れてしまうと俺はきっと足を止めてしまっていただろう。

 というか、多分罵倒だらけで心が折れてたと思う。


 いざという時の為に俺は良い大学に行く。

 そして良い仕事に就けるようにならなくては。

 俺の家族は俺が守る……!


◇◇◇


「……ただいま~」


 無事に試験を終えて、学校から帰ってきた。

 俺は恐る恐る家に入る。

 玄関では、頬を赤らめた妹が怒ったような表情で座って待ち構えていた。


「おかえり。ほら、早く着替えて寝て」

「お、おう……」


 ぶっきらぼうにそう言うと、俺の寝間着を渡してきた。


 何となく妹の心情を推察してみる……。

 今朝の自分の取り乱しっぷりを思い出すと恥ずかしい。

 でも、やはり家族である俺を心配している。

 ――といったところか。

 それと、俺が結局学校に行ったので怒っているのだろう。


 ここは一つ、小粋な冗談ではぐらか――和ませよう。


「……あかね、一緒に寝るか?」

「――は、はぁ!? ふ、ふ、ふざけないでよ! いいからさっさと寝てよ、この馬鹿!」


 あかねは顔を真赤にして大声で俺をまくし立てる。

 そしてそのまま、自分の部屋に戻っていってしまった。


 そんなに嫌だったのか……。

 中学生の頃はむしろ向こうから来てくれてたのに。


 いつも怒らせてばかりの妹に好かれる日はいつかくるのだろうか。

 シスコン道は険しい道だ。

 俺は自室のベッドに入った。



「チャンスだったのにぃ~! 私の馬鹿ぁ~!!」



 隣の妹の部屋からそんな声が聞こえてきた。


 何のゲームをしてるのかは知らないが、1人で大声を出すほど熱中するのはお行儀が良くない。

 2人で熱中する分には良いのだ、起きたら俺も混ぜてもらおう。


 ――ベッドの上でバタバタと足を打ちつけているような隣の部屋の騒音を聞きながら、俺は目を閉じた。

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