エピソード 4ー1
放課後、陽向は一樹やクリスとファーストフード店に立ち寄っていた。
「それにしても、今日の水瀬さんは格好よかったな」
「デスね。陽向のためとはいえ、蒼依があんなに怒るなんてちょっと意外でした」
「あの先輩、完全に押されてたもんな」
「ハイ。でも、陽向に八つ当たりしたんですから当然の報いデス!」
陽向の向かいの席、一樹とクリスがさきほどから盛り上がっている。朝の下駄箱での一件を目撃していたようだが、蒼依の様子がおかしかったところまでは見ていないようだ。
だがそれも無理はないだろう。
蒼依の様子がおかしかったのは、下駄箱の前にいたときだけだ。
廊下を歩いているときには上手く取り繕っていて、教室に着いたときにはもう、陽向にも彼女の様子がいつも通りにしか見えなかった。
そんなはずはないのだけれど。
(……いや、いつも通りってわけでもないか」
蒼依からスマフォに届いているメッセージの履歴を確認して独りごちた。
ここしばらくは一日に数件、蒼依の自撮り写真が届いていた。私服姿だけではなくて、学校の制服姿や体操着姿の自撮り写真も届いていた。
それが今日は一件も届いていない。
下駄箱での一件が影響しているのは明らかだ。
「どうしたんだ、陽向。スマフォばっかり見て」
「いや、なんでもない」
頭を振ってスマフォを上着のポケットにしまう。
陽向は笑って、それでなんの話だっけととぼけてみせた。だが陽向が考え事をしている間に蒼依の話は終わって、プールの話へとシフトしていたらしい。
「陽向も楽しかっただろ?」
「……陽向もって、一樹は楽しめたのか?」
陽向的には、修羅場に巻き込んだだけ。しかも一樹はクリスに想いを寄せている。
不快――までは思われていないとしても、楽しめたとは言えないだろう。そんな風に考えていたので、一樹からそんな話題を振られるのは意外だった。
「楽しんだに決まってるだろ、陽向は気を使いすぎなんだよ」
「それ、一樹にだけは言われたくないぞ」
陽向は呆れるが、一樹は笑わなかった。
一樹は真顔でクリスと頷きあうと、再び陽向に視線を戻した。
「なぁ……陽向、また来年、四人みんなでプールに行こうな」
「……一樹、おまえ」
一樹も、そしてクリスも、蒼依のことを警戒していた。自分達の輪の中に蒼依を混ぜても、蒼依がゲストという位置付けから外さなかった。
だからいままで通りなら『水瀬さんも呼んで』となるはずだ。
だけど一樹は『四人みんなで』と言った。しかも事前にクリスと頷きあったことを考えれば、無意識ではなく明確な意思表示だ。自分達は蒼依を仲間だと認める、と。
だから陽向はふっと表情をほころばせた。
「……そうだな。来年もみんなで遊びに行こう。――約束だ」
一樹やクリスと青春をした陽向が家に帰ると、なぜか蒼依が陽向の部屋にいた。女の子座りをした彼女は陽向を見るなり腰を浮かせ――
「……んっ」
広げた両手を陽向に伸ばしてくる。
その仕草にタイトルを付けるのなら――ぎゅっとして。
「……なにをやってるんだ?」
「――んっ」
「だから」
「――んっ」
「……分かったよ」
蒼依の前に膝をつくと、彼女はぎゅっとしがみついてきた。
まるで甘えた盛りの子供のようである。
「くんくん……えへへ、陽向くんの匂いだ~」
訂正、年頃の変態だった。
蒼依にしがみつかれた陽向は焦るよりも、なんだか呆れてしまう。
「蒼依ってときどき変態っぽいよな」
「違うよぅ。これは恋愛遺伝子を嗅ぎ分けてるんだよ」
「……なんだそれ?」
「恋愛遺伝子HLA、正確には免疫関連の遺伝子だね。自分と違う免疫を持つ異性と結ばれることで、子供の免疫が強くなるって言われてるんだよ」
「……免疫ねぇ。でも、そんなの嗅ぎ分けられないだろ?」
遺伝子を嗅ぎ分けるってなんだと呆れるが、蒼依が陽向の顔に頬をこすりつけながら、「そんなことないんだよ」と笑った。
「女の子はHLA遺伝子の相性を匂いで判別出来るって実験結果があるんだよ」
「はえぇ……そんな結果があるんだ。……ん? 待てよ、じゃあ蒼依が俺の匂いがどうとか言って抱きついてくるのは……」
もしかして、遺伝子レベルで相性が良いからなのか――と、陽向は赤くなる。
「うん、陽向くんの匂いはとっても好きだよ」
蒼依はそう言って陽向の耳に唇を押しつけ――
「子供が欲しくなる に お い、だよ」
甘く囁く。その声が耳から体中を駆け巡り、陽向はゾクリとした身を震わせた。それから、このままじゃ自制が利かなくなると、慌てて蒼依から離れた。
そのままベッドサイドまで逃げて腰を下ろす。
「……って言うか、蒼依はなんで僕の部屋にいるんだ?」
「え? あぁそうだった。このあいだ、陽向くんのエッチな本を処分したでしょ?」
「……言っておくけど、もうないぞ?」
正確には、紙の本は――であるが、嘘は言っていない。パソコンには入ってるとバレないように、陽向はさり気なく顔をそむけた。
「ふぅん、パソコンにはあるんだ?」
「な、なんのことだ?」
「視線を向けなかったのは偉いと思うけど、逆に逸らしたら反対側になにかあると言ってるようなものだよ?」
「ぐぬぬ……」
「ま、そこまで細かく言うつもりはないけどね」
言い訳を考える陽向を前に蒼依は笑った。
てっきりパソコンのデータまで消されるのかと焦っていた陽向は意外に思う。
「私的には選択肢を奪うんじゃなくて、数ある選択肢の中から私を選んで欲しいんだよね。だから、クリスのことも排除しようとはしてないでしょ?」
「はぁ……なるほど」
ライバルを蹴落とすのではなく、自分が選ばれるように努力する。恋の話でなら格好いいとは思うが、エロ本の話だと途端にバカらしく感じる。
でもって――
「ということで、陽向くんの部屋に私が掲載された雑誌とかを並べてみたよ」
「――は!?」
考えたのは一瞬、部屋の本棚へと視線を向ける。
そこには――たしかに見覚えのない外国の雑誌が増えていた。そのうちの一つを手に取ると、愛らしいコーディネートに身を包んだ女の子が表紙を飾っている。
おそらくは中学生時代、まだ幼さの残る姿だが、間違いなく表紙の女の子は蒼依だ。
「……凄いな。ホントに読モだったんだ」
パラパラとページをめくると、様々な服のモデルをする蒼依の写真が複数のページにわたって並んでいる。人気モデルというのも納得のクオリティである。
「これ全部、読モ……あれ?」
次の一冊を手に取った陽向は目を見張った。その表紙の蒼依は他の雑誌と毛色が違っていて、成長した――おそらくは最近の蒼依が表紙を飾っている。
ページを捲ると、陽向が通う学校の制服を身に着けた蒼依が愛らしいポーズを取っていた。
「これはモデルというか……おまえの写真集じゃないか?」
「うん。でもそれは市販品じゃないよ」
「市販品じゃ……ない?」
「ほら、値段とかがないでしょ?」
「言われてみれば……たしかに」
表紙のタイトルっぽいものはあるが、ISBNコードや値段、出版社などの情報がない。
「ってことはこれ……自作なのか?」
「このあいだ、沙月さんの依頼を受けたんだよね。それでいくつか写真を撮ったんだけど、そのときの報酬の一つとして、その写真集を作ってもらったんだよ」
「作って、もらった?」
陽向が首を傾げると、蒼依はこくりと頷いた。
話を聞くと、沙月のWEBショップに掲載している服のモデルとして雇われたらしい。そしてそれと引き換えにいくつかの交換条件を引き出した。
そのうちの一つが、そのプライベート写真集、という訳だ。
ちなみに、蒼依は口にしなかったけれど、その交換条件の中にこの家の合鍵なんかが含まれていたであろうことは想像に難くない。
「沙月さんの知り合いで、信頼出来る女の子が経営する印刷所だからデータの流出もないし、その本を持ってるのは私と陽向くんだけだよ」
「僕しか……って、おぃいっ」
ページを捲る陽向は思わず声を荒らげた。写真の中の蒼依がブラウスのボタンを外し、胸元をはだけた姿で映っていたからだ。
しかも胸の谷間がアップだったり、ゴムの髪留めを加えていたり、あげくは手のひらで顔を隠してみたり、完全に裏アカJK的なノリである。
「おいおい、まさか、このまま過激になっていくのか……?」
更にページをめくっていく。
決して18禁ではないようだ。絶対領域やブラチラ、胸の谷間がせいぜいの健全な――といっていいかは不明だが写真が並んでいる写真集。
だが、そのコーディネートやポーズがすべて陽向の好みのど真ん中を射貫いていた。
「って、これ……僕の部屋じゃないか?」
スタジオで撮ったらしき写真の中に、陽向の部屋のベッドに寝転ぶ蒼依の写真が混ざっていた。写真の蒼依は陽向の枕をぎゅっと抱きしめ、上目遣いでカメラを見上げていた。
蒼依は、とてもあざとい。
「うん。沙月さんと交渉したのは前だけど、写真を撮ったのは最近だからね」
「……マジか。って言うか、なんでこんなものを?」
「えへへ、クラスメイトのちょっぴりエッチな写真集とか、むちゃくちゃ興奮するでしょ?」
「むしろ後ろめたさが凄いんだが……?」
前にもそう言ったはずだがと呆れる。
「大丈夫だよ、それは読モとしての私。そしてここにいるのは陽向くんのヒロインな私。読モの私は、私であって私じゃないから、陽向くんが遠慮することないんだよ」
「大丈夫じゃない」
たしかに写真のクオリティは高いし、背徳感関連でも点数は高い。だが、後のことを考えればとてもじゃないが興奮できない。
蒼依にどんな顔で会えばいいか分からなくなる。
「なら、陽向くんはヒロインの私の方がいい?」
「だから、そういう問題じゃ――あ、おいっ」
ベッドサイドに座る陽向に、片膝をベッドに乗せた蒼依が抱きついてくる。油断していた陽向は、その勢いに負けてベッドに押し倒された。
蒼依はそのまま陽向に覆い被さってくる。
「ねぇ陽向くん。私の写真を見て興奮、したでしょ? 陽向くんが小説を書けば、どんなことだって再現して、あげるよ?」
蒼依の肩から零れ落ちた髪が陽向の顔をくすぐる。
それを払いのけた陽向は、まっすぐに蒼依の顔を見上げた。
「……なあ、おまえはなにをそんなに焦ってるんだ?」
「わ、私は別に焦ってなんて……ないよ」
「そうか? 写真はたしかに前から作ってたのかもだけど、こんな直接的な誘惑をするつもりだったとは……思えないんだが?」
蒼依は目をそらさなかったが、代わりにその手をきゅっと手を握り締めた。
陽向はジッと蒼依の顔を見上げ、それからフッと息を吐いた。
「ま、蒼依がそう言うのならいいけどな。でも、言っただろ。僕はあの小説を18禁にするつもりはないって。だから、さっさと僕の上から退いてくれ」
「……陽向くんの意地っ張り。ホントは手を出したいくせに」
「まったく、そんなこと言ってると――こうだっ」
蒼依をぎゅっと抱きしめた。
馬乗りになっていた蒼依が、陽向とぴったり抱き合うようになる。そうして二人が一つになった瞬間、陽向は蒼依を抱いたままごろんと横に転がった。
半回転だけして、今度は蒼依が下になる。
絨毯の上に寝転ぶ蒼依。
その柔らかな身体に自分の身体を被せた陽向は、そのまま蒼依の耳元に唇を寄せる。
「……僕は、おまえに感謝してるんだ」
「陽向、くん……?」
戸惑った蒼依が問い返してくるが陽向は答えず、ささっと蒼依から離れて立ち上がった。
「蒼依がなにを気にしてるか知らないけど、僕はおまえに感謝してる。だから、そんな風に焦る必要も、気にする必要もないんじゃないか?」
「……陽向くん。……うん、そう、だね。……ありがとう」
不器用に笑う。
だけどその笑みは少しだけ、いつもの蒼依に戻っていた。この調子でいけば、すぐにでも日常が戻ってくるのだろう陽向は安堵する。
だけど――
それから数日後、陽向が過去に小説をネットに投稿していたことが噂になった。
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