エピソード 3ー3

 クリスがヒロインのライバル役として参戦してから訪れた最初の休日。陽向は蒼依やクリスと共に近くの総合レジャー施設の室内プールを訪れていた。

 ちなみに、陽向の隣には頼もしき相棒――一樹がいる。


「一樹、おまえが来てくれて僕はとても嬉しい」

「陽向……俺もおまえが好きだが、あくまで親友として、だからな?」


 先に着替えた二人で蒼依とクリスを待つさなか、一樹に軽く引かれた。


「いや、分かってるけど……分かるだろ?」


 クリスがここ数日、思い出したように蒼依のライバル役を演じている。ずっとじゃないのがせめてもの救いだが、思い出したように修羅場を発生させるのだからたまらない。


「というか、一樹はなんで止めなかったんだ?」


 陽向的には、一樹はクリスに好意を抱いていると思っている。ゆえに、クリスが蒼依のライバル役として陽向に言い寄る状況は気まずさがあった。


 だが、クリスが蒼依を見張るというのはもともと、クリスと一樹が話し合って決めたことらしい。つまり、クリスがライバル役になることを、一樹が後押ししているのだ。


「なんでって、そりゃ陽向のことが心配だから決まってるだろ?」

「はいはい。おまえ達ってホント、僕のことが好きだよな」


 一樹とクリス、二人はどう見ても仲良しなのに、そこに陽向を加えようとするのだ。


「そりゃ、いまの俺があるのはおまえのおかげだからな」

「僕は大したことしてないって言ってるのに」

「そのささやかな行動に俺は救われたんだよ」


 よくある悪意なきイジメだった。

 クラスでたった一人、周囲とは違う容姿の持ち主。それを一部の人間がおかしいおかしいと騒ぎ立てる。そうして『おまえらもそう思うよな?』と周囲に同意を強制した。

 そうしてクラスに広がる一樹を排斥しようとする流れ。

 陽向はただそこで『僕は格好いいと思うけど?』と答えただけだ。


 その一言を口にするのがどれだけ難しいか、分かる人には分かるだろう。普通なら勇気のある行動だと褒め称えるべきかもしれない。


 だが、陽向はそんな覚悟を持って口にしたわけじゃない。ただ素直に、外国人風の容姿に憧れを持っていただけで、一樹を救おうだとか、そんな覚悟や目的があったわけじゃない。

 なのに一樹は――そしてクリスも、陽向を恩人だと慕ってくれている。


「……大げさすぎなんだよ」

「砂漠で遭難した人は、たった一杯の水に一生感謝すると言うだろ。だから、おまえは素直に俺達に感謝されてたらいいんだよ」

「分かった分かった」


 これは言っても無駄だと、陽向は頭を振った。

 蒼依達はまだかと周囲を見回すと、周囲にいる男達の視線が同じ方向に釘付けなことに気付く。その視線をたどっていくと、こちらに向かって歩いてくる美少女二人が目に入った。


 言わずとしれた蒼依とクリスである。

 クリスはパーカー姿でモジモジとしながら、そして蒼依は先日のコーディネート通りの水着姿で、周囲の視線を一身に浴びながらも堂々とこちらに向かった歩いてくる。

 陽向に気付いた蒼依がにへらと笑って、胸の前で可愛らしく手を振った。


 刹那――蒼依の視線の先にいる男、つまりは陽向に殺意の籠もった視線が向けられる。だが陽向もまた、周囲の視線をものともせずに手を上げて答えた。

 沙月、そしてクリスで周囲のやっかみに慣れている陽向は、わりとツワモノである。


「お待たせ、二人とも」

「お、お待たせしました、デス」


 軽い挨拶を終えると、蒼依がクルリとターンを切って背中を向けて髪を掻き上げると、身体を捻って上半身だけで陽向の方を振り返った。


「ねぇ陽向くん、似合ってるかな?」


 蒼依はオフショルダー、それもエプロンタイプのアウターとティアードスカートの水着を身に着けている。両方共にシースルーで、白い肌と黒のビキニが透けている。

 陽向の好みのど真ん中を貫いたコーディネート。


 それだけでも満点に等しい蒼依の姿だが、彼女の凄さはそれだけに留まらない。蒼依は陽向に背を向けた状態から、身体をぐっと捻って陽向の方へと振り返っているのだ。

 腰のくびれから、胸のラインが陽向の位置からは浮き上がるように見えているし、剥き出しで真っ白な背中も見えていて、そこに零れ落ちた夜色の髪が艶めかしい。

 蒼依はコーディネートによる美しさを十二分に引き出すポーズを取っていた。


「そのまま人形にして部屋に飾っておきたい」

「陽向くんのえっちぃ~」


 にやっと口の端を吊り上げて笑う。

 彼女は更に半回転しながら一歩を踏み出すと、陽向の腕をさっと抱き寄せた。


「……さすがモデル」


 思わずそんな言葉が零れ落ちた。

 蒼依はシースルーのアウターを身に着けていて、その下のビキニが透けている。つまり、いま陽向の腕が彼女のどこに当たっているのかが視覚的にも分かるようになっているのだ。

 ぜひとも小説のシーンに描写したいようなイベント。

 だが――


(こんなの、どうやって文章に起こせばいいんだよ?)


 イラストがあれば、その素晴らしさを視覚的に伝えられるかもしれない。

 けれど、文章でそれを表現するとなると話が違う。


 蒼依は日常的に陽向の腕を抱き寄せる。

 だが、今日のそれはいつもとはおもむきが違う。蒼依が身に付けるのはシースルーの水着で、陽向の腕が蒼依の胸に埋もれているのが視覚的にも分かるのだ!

 なんて事細かに書いていたら、作者が変態だと言っているようなものである。


(いや、説明するんじゃなくて、裕弥の反応とかで描写したらワンチャン……?)


 真面目に考え始める陽向は気付かない。そもそも、ラッキースケベを前面に押し出したラブコメを書いている時点で、性癖を曝け出しているという事実に。

 閑話休題、陽向は蒼依から視線を外し、クリスへと視線を向けた。


「クリスはパーカーなのな」

「えっと……はい、これも一応水着、デス」

「その下に、私が薦めたエッチな水着を着てるんだけどね」

「あ、蒼依っ!?」


 真っ赤になったクリスが蒼依に詰め寄る――が、決定的なセリフは紡がれた後。水着仕様のパーカーの下はエッチな水着という言葉に周囲の男達が反応する。

 それに気付いたクリスはますます赤くなった。


「おまえ、止めてやれよ、クリスは恥ずかしがり屋なんだぞ?」

「そうっぽいね。スタイル良いのに」

「色々あるんだよ」


 クリスは蒼依に負けず劣らずスタイルが良く、胸なんかは蒼依よりも大きい。だが、それゆえに彼女は中学校時代から周囲の注目を浴びていた。

 そのときに、周囲の視線を恥ずかしがるクセが付いてしまったのだ。いまではだいぶマシになったとはいえ、やはり水着姿で注目されるのは恥ずかしいようだ。


「そういうことならさっさと移動しちゃお。ここは待ち人が多いから注目されやすいしね」


 陽向からするっと離れた蒼依がクリスの腕を掴んで引っ張っていく。彼女は肩越しに振り返って、「陽向、土岐くん、早く行くよ」と急き立てた。


 ちなみに、蒼依とクリスがくっついたことで周囲の視線はより多くなっている――が、ぱっと見はパーカーを着てるだけのクリスより、大胆な水着の蒼依に視線が集まっている。

 それに気付いたのか、クリスがホッとした顔をして蒼依に付いていった。


「……なんというか、嵐みたいな子だな」

「あれは小悪魔って言うんだ。一樹、おまえは騙されるなよ?」


 クリスはなんだか蒼依に感謝しているようだが、そもそもクリスが恥ずかしい思いをしたのは蒼依のセリフが原因である。マッチポンプもいいところだ。

 なんて思っていたら、一樹がニヤニヤと笑っていた。


「……なんだよ?」

「いや、心配しなくても、俺は陽向の好きな子を奪ったりしないぜ?」

「ばぁか、そんな心配をしてる訳じゃねぇよ」


 軽口を叩いて受け流す。

 一樹のセリフが『俺はおまえから水瀬さんを奪うつもりはない』という意味なのか、はたまた『水瀬さんみたいにクリスの好感度をかっさらったりしない』という意味なのか。

 その答えを陽向はあえて確認しなかった。



 それから四人で泳いだり水を掛け合ったり、定番のような遊びを楽しむ。意外にも蒼依は、四人で遊んでいるときにはラブコメを仕掛けてこなかった。


 どうしてかと問えば、陽向の日常を壊すつもりはないという答えが返ってきた。バカップルを演じるつもりはないらしい。


 たしかに姫もTPOはわきまえていた。

 その辺りを意識しているのか、はたまた蒼依の性分なのかは知らないが。

 だが、一樹がいなければきっと、二人は陽向を取り合っていただろう――なんて分かりやすくフラグを立てたところで、次はウォータースライダーに乗ろうという話になった。

 ウォータースライダーは一人か二人で滑るタイプである。

 だが、誰と誰が一緒に滑るのかということでは予想に反して揉めなかった。


「じゃあまずは陽向と蒼依で、私は一樹と滑りますね」


 クリスのこの一言で組み合わせがあっさりと決まったからだ。そうして組み合わせが決まったところで四人で列に並ぶ。待ち時間はそこそこに、陽向達の順番になった。


 まずは一樹とクリスなのだが――彼らは二人乗りのボートを選択する。

 パーソナルスペース的には三十センチほど、いわゆる恋人と言えるレベルの至近距離――だが、ウォータースライダー的には友達なチョイス。

 おまえら、抱き合って滑っちゃえよっ! と陽向は内心で思った。


 だが、陽向の心の声が届くはずもなく、一樹とクリスはボートに乗り込んでいく。

 それを横目に陽向と蒼依の番がやってくる。


「お待たせいたしました。ボートで滑ることも可能ですが、カップルの場合はくっついて滑ることも可能ですよ~。お二人はどちらになさいますか?」


 受付のお姉さんが問い掛けてくる。陽向はちらりと蒼依に視線を向けた


「蒼依はどっちが良い?」

「それ、聞く必要あるのかな?」

「言うと思った。――抱き合って滑る方だそうです」


 陽向はやっぱりと笑って、受付のお姉さんに伝える。


「分かりました、カップル滑りですね。爆発したり、飛び出したりしないように気を付けて滑ってくださいね、いまから呪いますので~」

「……受付のお姉さんがなんか物騒なこと言い始めた」


 口調は愛想の良いお姉さんなのに、言ってることがかなり物騒だ。

 そういうのもパフォーマンスの一環なのだろうと、深く考えないことにして、陽向はウォータースライダーのパイプに向かおうとする――寸前、蒼依に腕を掴まれた。


「後ろから私を抱きしめてうっかり胸を触っちゃうラッキースケベイベントと、私に後ろから胸を押しつけられる甘いイベント、陽向くんはどっちがいい?」

「……なんか選択に悪意を感じるが、おまえが前に座っとけ」

「陽向くんのえっちぃ~」

「どっち選んでもそう言うつもりだったんだろ? ほら、後ろが使えてるんだから早く行け」


 蒼依をウォータースライダーの出発口に押しやって、陽向は蒼依をぎゅっと抱きしめた。

 それもお腹に手を回すなんて控えめな形ではなく、片手は肩から、もう片手はお腹からという大胆な抱きしめ方だ。当然、陽向の両手の交差点は蒼依の胸の辺りにある。


「ひ、陽向くん?」

「責任、取ってもらうぞ」


 蒼依の耳元で囁いて出発を促す。受付お姉さんの「末永く爆発してくださいね」という声を聞きながら、陽向達は水の流れるパイプの中を滑り始めた。


「陽向くんって以外と思い切りがいいんだね~」


 風を切り、右へ左へ揺られながら蒼依が声を上げる。陽向がなぜ後ろを選んだのか、彼女はなんとなく分かっているのだろう。


「おまえ、こうなるって分かってただろ?」


 陽向はクリスと付き合うつもりはない。クリスがただの恩返しでライバル役を演じているだけなら構わないが、彼女が本気なら傷付けることになる。


 だが、一樹もクリスも陽向に大きな恩を感じていて、その恩返しのためならなんだってする勢いで、クリスが本当に陽向に恋愛感情を抱いているとの確信は持てない。


 少なくとも、クリスの口から告白はされていない。それなのにクリスを振るのは難しいし、逆に傷付ける可能性だってある。

 であれば、陽向は態度でクリスと付き合うつもりがないと示すしかない。だからこその陽向が後ろ、自分の意思で蒼依を抱きしめている構図、という訳だ。


「私はそこまで自惚れてないよ」


 蒼依を抱きしめる陽向の腕を、蒼依がぎゅっと掴んだ。

 蒼依自身も不安だったという意味。たしかに、蒼依もクリスのタイプの違う美少女だ。十人の男子にどっちが好みかと聞けば、おそらく意見は割れるだろう。


 それでも、蒼依はクリスの提案を呑んだ。

 蒼依が『陽向くんはそんなこと望んでないよ』と言ってもクリスは納得しないだろうし、クリスの協力を受け入れるかどうかは陽向が決めることだから。

 誰よりも強くて優しい女の子。陽向は蒼依を愛おしく感じる。


「わぁ、凄い! 見てみて、陽向くん!」


 不意にウォータースライダーのパイプが透明になる。

 まるで空を飛んでいるかのような感覚。陽向は蒼依をぎゅっと抱きしめ、蒼依もまた陽向の腕に手を添える。――ほどなく、二人はクリス達の待つ水面へと突っ込んだ。

 

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