エピソード 3ー2

「せっかくだから、三人でゲームしよ?」


 蒼依が唐突にそんなことを口にする。

 クリスがぱちくりと瞬いて「陽向を奪い合うゲームデスか」と首を傾げた。物騒な。

 陽向が戦くが、蒼依は否定せずに小さな笑みを返した。


「ゲームって、なにをするつもりなんだ?」

「やだなぁ、陽向くん。ゲームって言ったらコンシューマゲームに決まってるじゃない。リビングに置いてあったよね?」

「あぁ……まぁな」


 リビングにはたしかにコンシューマゲーム機――つまりは家庭用ゲーム機が置いてある。

 陽向の両親は昔から出張が多かった。

 だが、両親は幼少期の沙月や陽向を放っておいたわけではない。


 リアルで会う時間が取れないのなら、ネットで会う時間を取ればいい。それが両親の出した答えであり、家庭用ゲーム機を家に設置した理由でもある。

 つまり幼少期の沙月や陽向は、ネットを通じて両親とゲームで遊んでいたのだ。


 沙月が多忙を極め、陽向もまた友達と遊ぶようになり、両親とオンラインで遊ぶ機会はめったになくなったが、いまもゲーム機がリビングに置かれている。


「たしかにあるが最新機種じゃないぞ?」

「そんなの気にしないよ」

「なら、まぁ……好きにしろ」


 修羅場で追い詰められるラブコメの主人公。

 客観的に見るなら面白い。

 だが、自分が修羅場に巻き込まれるのはごめんである。ゆえに陽向は、二人がゲームで仲良くなるのなら望むところだと了承する。

 けれど――


「それじゃクリス、遠慮なく上がって……って、私が言ってもいいのかな?」

「ここはもう、蒼依の家でもあるんだから気にするな」


 バキンと、なにかが割れる音が響く。なんの音だろうと出処を探ると、クリスの手に真っ二つに折れたボールペンがあった。

 どっから出したのか、なんとも言えない空気が流れる。


「あ、ごめんなさい、手が滑りました」

「そ、そうか、手が滑ったのなら仕方ないな。あーあと、クリスも第二の実家みたいな感覚でゆっくりしていってくれ……」


 どういう理屈なのかはともかく、とにかくそう言っておく。ラブコメ小説を書いていた陽向は、修羅場に対するその場しのぎの言い訳が得意であった。

 まあ、あくまでその場しのぎなので、そのうち破綻するのだが。


 それはともかく。

 蒼依が部屋に荷物を置いた後、蒼依とクリスはリビングに集合。陽向はしれっと自分のヘヤに避難を試みるが「陽向くんがいなくてどうするのよ」と蒼依に連行されてしまった。


「いや、ほら、こういう展開って普通、『友達が来てるんだから、陽向くんは絶対、部屋から出てこないでね!』とかいって、僕が閉め出される展開じゃないか?」

「その後、飲み物を入れに台所へ行って、出くわした友達と仲良くなるんでしょ? 私のいないところでこっそりと。酷いなぁ」

「……蒼依が自分で言ったのに、理不尽だ」


 だけどまぁいいかと、陽向は大人しくリビングへと足を踏み入れた。

 ここで変に抵抗すると、クリスが蒼依を出し抜いて、こっそり陽向の部屋へ押しかけてくる、なんてパターンもたしかにありそうな気がしたからである。

 ちなみにその場合、高確率で蒼依も押しかけてきて修羅場が発生する。


「じゃあゲームをするわけだけど、まずは陽向くんがソファに座ってくれるかな?」

「あ? あぁ……いいけど」


 リビングにある大きなテレビ。ローテーブルを挟んで向かいにあるソファは結構大きい。三人くらいなら普通に座れる大きさだ。

 陽向は当然ながら、その端っこに座ろうと――


「ちなみに、陽向くんが座った場所によっては戦争が勃発するよ」


 陽向はピクッと震えて踏みとどまった。

 陽向が端っこに座った場合、次に座るのが蒼依かクリスかは不明だが、この流れからしておそらくは陽向の隣、つまりは真ん中に座るだろう。

 そうすると、残ったもう一人は陽向から離れた場所になる。

 めでたく席順争奪戦の勃発である。


 だが、ここで先手を譲っても同じことだ。

 その場合、一番手になった蒼依、もしくはクリスが真ん中に座る。そうすると次が誰になろうと、二番手と三番手の席は離れてしまう。

 席順争奪戦の勃発であり、陽向には優柔不断のレッテルがおまけで付いてくる。


 ちなみに、TVから見て両サイドにも一人掛けのソファはあるのだが、そこに座ってもきっと問題は解決しない。というかきっと、座る前から却下される。

 問題を先送りにした上で、陽向には優柔不断のレッテルが貼られてしまう。


 そうなると、陽向に残された選択は一つしかない。

 つまり――


「じゃあ、僕はここで」


 陽向は三人掛けのソファのど真ん中に座った。

 続けて、蒼依が陽向の左隣に腰を下ろし、トンと肩をぶつけてくる。


「陽向くん、この状況で真ん中に座るなんて……エッチなんだぁ」


 その言葉がグサリと刺さる。

 胸を押さえていると、今度は右隣にクリスが腰を落とし、ぎゅっと脇腹を抓ってきた。


「陽向、優柔不断なのはいけないと思います」


 修羅場を回避する決断をした結果、エッチで優柔不断というレッテルを貼られる。

 非常に理不尽である。


「……取り敢えずゲームを始めるぞ」


 こういうときは下手に言い訳をするよりも状況を進めるに限る。ということで、陽向は一度立ち上がり、ささっとゲーム機を用意して席に戻った。


「せっかくだから、二人でやってみろよ。僕は見てるからさ」


 真ん中席の特権で場を仕切って、蒼依とクリスにコントローラーを手渡した。

 選んだのは某有名レースゲーム。技量ももちろん重要だけど、ある程度はアイテムでひっくり返るため、技量に差があっても楽しめるという神ゲームである。


「じゃあ最初は私とクリスで……勝った人が交代ね」

「……勝ったら抜けるのか?」

「そう。そして抜けて手が空いた人は、プレイ中の二人にイタズラが出来る!」

「ええっと……言っておくけど、僕は大人しく見てるからな?」


 そんなフリをされても、二人にイタズラをしたりしない――と、陽向が言うのと同時、クリスがぎゅっと拳を握り締めて「蒼依には負けませんっ!」と宣言した。

 それに蒼依もまた「私も負けないよ」と対抗する。


 そして陽向は気付く。

 これは陽向にイタズラする権利を掛けた女の戦いなのだ、と。


 どうしてこうなったと陽向が遠い目をしている間にもレースが開始される。

 カウントが3から減っていき――零になってレースがスタート。容赦なくロケットスタートを決める蒼依とクリス。彼女達の操るマシンは間を縫って一気に上位へと躍り出た。


 このゲーム、一位から遅れているほど良いアイテムが手に入りやすくなるために、ただ前に出るだけではすぐに順位が落ちてしまうのだが……二人ともやたらと上手い。

 ジャンプから滑空へ入る直前にドリフトを入れてターボを溜めたり、コーナで溝に前輪を落として急カーブを減速なしで曲がりきったりしている。


 あっという間の首位争い。

 なのだが――


 二人の走りは安定しているのに、カーブする方へ身体を動かすクセがあるらしい。

 右へのコーナーリングでは蒼依が、そして左へのコーナーリングではクリスが、それぞれ陽向の腕に胸を押しつけてくる。

 しかも反対に逃げても、そこにもう一方の胸が待ち受けている。


(なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ!)


 齢十六の童貞には刺激が強すぎである。テンパった陽向が硬直している間に、いつの間にか第一戦は終わっていた。一戦目はクリスの辛勝である。

 いや、あえて言うのなら陽向の大勝利かもしれないが、リア充的な意味で。


「それじゃ、次は私が抜けデスね」


 クリスからコントローラーを受け取った陽向だが、まだ頭が真っ白だ。なんとか気持ちを落ち着かせてレースに集中しようと画面に目を向けるが――


「陽向、頑張ってください、ね?」


 クリスが陽向の耳元で囁いて、陽向の腕を控えめに抱きしめた。彼女の豊かな胸の感触が、陽向の二の腕にほんの少しだけ触れる。

 クリスはだいぶ照れがあるようで、控えめな彼女はとても恥ずかしそうだ。


 それを意識していたら、思いっきりロケットスタートを失敗していた。というか、スタートしたことにすら気付かずに出遅れていた。

 慌ててアクセルボタンを押してマシンを加速させる。


 陽向とて、両親や沙月とわりと対戦していた。沙月の友人なんかを交えて対戦したこともあるし、レートもそこそこ高かったりする。

 スタートで出遅れたとしても、その分だけアイテム運が上がるので巻き返しが可能だ。


 優秀なアイテムをゲットした陽向はぐんぐんと下位から抜け出し、一気に上位集団へと迫っていくのだが――


「陽向、そこデス! また抜きましたっ! すごーい!」


 順位を上げるたびに、陽向の腕を軽く抱いたクリスがはしゃぐ。はしゃぐと腕に力が入って、ふにょふにょと二の腕に胸が押しつけられる。


「あぁ、そこはショートカットルートじゃないデスよっ!」


 陽向の操るマシンは見事に崖から落っこちた。


(ぐぬぬ……平常心平常心平常心)


 陽向はお経のように平常心と繰り返して善戦するも、周囲がNPCではどんでん返しも起きにくい。結局陽向は蒼依に大敗を喫した。


「ふふっ、甘いよクリス。このゲーム、陽向くんの邪魔をしすぎるとダメなんだよ」

「はっ、そういうことデスか。奥が深いデス」


 色々一杯一杯の陽向は二人のやりとりを無言で受け流し、蒼依から送られてきたコントローラーをそのままクリスへと手渡した。


 そして始まる第三戦は、陽向vsクリスである。

 蒼依は開幕早々に陽向の背中に抱きついてくる。当然のように背中に胸が押しつけられるわけだが、背中というのは感覚がかなり鈍い。

 クリスの時よりはマシかもしれないと、陽向はなけなしの平常心を引っ張り出してスタートダッシュを決めた――のだが、


「ひゃんっ」


 なぜかクリスが艶めかしい声を上げた。

 その原因は蒼依だった。


「んくっ。ちょ、蒼依! くすぐった――ひゃっ。そこはダメぇっ!」


 クリスが続けざまに甘い声を上げる。

 陽向の腕に胸が触れるような至近距離で、甘い喘ぎ声を零すクリス。しかも、そんなクリスを追い掛ける蒼依は、陽向の背中にぎゅうっと抱きついている。


 陽向のマシンは盛大にクラッシュした。それはもう、何度も何度もクラッシュした。

 結果、陽向はクリスに敗北――というか、最下位という結果に終わった。


「ちょっと、陽向くん! どうしてイタズラされてない貴方が負けてるのよ!?」

「無茶言うな、あんな状況で勝てるか!」


 この後、連戦連敗を重ねた陽向は悶々とした時間を過ごすハメになった。そうして、時間も過ぎてクリスを見送るときに蒼依が放った一言。


「それじゃ、次の休みはみんなでプールだからね」


 陽向は虚ろな目で、天井の向こうにあるはずの空を見上げた。




 大粒の雨が天窓や窓のシャッターを叩き、激しい雨音を響かせている。時折光る稲光に、遠くに落ちる雷の音。その日の夜は土砂降りの雨が降っていた。


 少し早いけどと、陽向は眠るために電気を消してベットに潜り込んだ。けれど、目を瞑ると蒼依とクリスに抱きつかれたことを思い出して目が冴えてしまう。


 現実でのハーレム展開なんて陽向は望んでいない。

 もちろん、男として嬉しいと思う気持ちはある。だけど、陽向はクリスの想いに答えるつもりがない。なのにこんな状況は良くないと思い悩む。

 どうしたものかと考えていると、控えめにノックの音が響いた。


「……蒼依か?」


 陽向が問い掛けると、入ってもいいかと声が返ってくる。陽向が構わないと応じると、ゆっくりと扉が開かれたのだが、部屋の電気が消えていることに蒼依が軽く狼狽する。


「ごめん、もしかして寝てた?」

「いや、寝られなくて起きてたから平気だけど……どうしたんだ?」

「えっと、その……実はね」


 蒼依がモジモジとしている。その展開にはなんだか身に覚えがあった。雷が怖くて眠れない姫が、一緒に寝たいと裕弥の部屋を訪ねてくるシーンだ。

 そのシーンと同じように、蒼依は照れくさそうに「あのね」と口を開いた。


「実は私、雷が、その……怖くて眠れない――なんてことはないんだけど、せっかくそういうシチュエーションだし、陽向くんと一緒に寝ようかなって」

「帰れ」


 演技であることをぶっちゃける蒼依に冷たい言葉を投げ返す。

 本音を言えば、夕暮れの一軒で陽向の理性は既に崩壊寸前なのだ。そこに一緒に寝るなんてイベントを再現された日には、物語になかったところまで求めてしまいかねない。

 だというのに、


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 蒼依は人の話を聞かずにベッドに上がって、陽向の隣に寝転んでしまった。わずかにベッドが沈み込む感覚と共に甘い女の子の香りが漂ってくる。


「……おまえ、ちょっとは人の話を聞けよ」

「迷惑……かな?」


 少し不安げに問い掛けられて、陽向は答えられなくなってしまう。


「陽向くんはやっぱり優しいね」

「……本気でそう思ってるのか?」


 陽向の言葉にはほんの少しだけトゲが含まれていた。それは、ささやかな八つ当たり。だけどやっぱり蒼依が原因の葛藤に起因している。


「なぁ……どうしてクリスを巻き込んだんだ?」


 彼女と付き合うつもりはないって言ったのに――という心の声は果たして蒼依に届いたのかどうか、彼女は「どうしてもこうしても、彼女が言い出したんだよ」と答える。

 蒼依は陽向のすぐ目の前にいる。けれど、彼女が部屋に入って来るときに明かりを見たせいで、いまの陽向は彼女の表情を読み取れない。


「ねぇ、陽向くん、私からも聞いていい?」

「やだ」

「裕弥が姫に手を出さないのはどうして?」

「……ホント、おまえって人の話を聞かないよな」


 溜め息を吐いて話を逸らそうとするが、蒼依はそれに釣られてくれない。


「裕弥と姫は何度かそういう雰囲気になってるよね? なのに、裕弥はどうして姫に手を出そうとしないの? 作品的に18禁にしたくないから?」

「……まあ、正直に言えばそれもあるよ」


 ネット小説投稿サイトの規約は意外に厳しく、比喩表現ですら禁止されている。たとえば二人が結ばれたとしても、翌朝のシーンに飛ぶような手法をとる必要がある。


 ゆえに、よほどの理由でもない限り、結ばれておきながら読者にそのシーンはお預けにするような展開を書くくらいなら、主人公にへたれさせた方が無難なのだ。


 なぜなら『どうしてそこで手を出さないんだよ、このヘタレ! 自分が主人公なら絶対に手を出すのに!』って思わせる方向で読者を煽ることができるからだ。


 もっとも、それが必ずしも正解な訳ではない。

 陽向は以前、とある全年齢対象の泣きゲーをプレイしていた際、彼女であるヒロインと同棲を始めた主人公が夜になるとヘタレるので、全年齢対象だからだと思っていた。

 だが、作中で時間が流れ、いきなりヒロインの妊娠が発覚。『なんだってーっ!』と周囲の登場人物と一緒に、陽向自身も驚きの声を上げたことがある。


 つまりは主人公視点の物語であるにもかかわらず、全年齢対象であることを利用して、ヒロインの妊娠発覚まで、二人の関係が進展していることを隠して読者を驚かせたのだ。


 話がそれたが、そういう手法もある。

 だが、それはあくまで例外で、理由がなければ手を出さない展開の方が無難なのも事実だ。

 だけど、裕弥が姫に手を出さないのはそれだけが理由じゃない。


「白状すると、裕弥が姫に手を出さないのは僕の意思だよ」

「……陽向くん、女の子に興味がないの?」

「いや、そんな真面目な口調で聞かれても……違うからな?」


 BLとか、そういう発言が飛び出してくる前に否定する。

 陽向とて年頃の男の子で性に多感な時期だ。もっと18禁よりな展開はもちろん、ハーレム展開だって大好物だと言って差し支えない。

 だけど、妄想と現実は別なのだ。


「好きな子とを付き合うなら、僕はその子を大切にしたい。それが理由だよ」


 ハッキリ言ってしまえば少年の青い妄想だ。

 だけど陽向は本気でそう思っていて、だから裕弥は姫しか見ていないし、姫しか見ていないのにいつまで経っても付き合わない。


「大切にしたい、か」

「笑いたければ笑えよ?」

「うぅん、そんなことはしないよ。ただ……年頃の男の子って、そういうの我慢できるの?」

「――ぶっ」


 遠回しとはいえ、明らかに誤解しようのない質問に思わず吹き出した。


「ま、まあ、現実には色々と難しいだろうな。そういう場合はあれだ。メインヒロインとは純愛を育みつつ、サブヒロインと仲良くする物語」

「色々と台無しだよ?」

「まあな。でも、昔からその系統の物語はわりとあるよ」


 といっても、実際にサブヒロインに手を出す主人公は少ない。

 サブヒロインとの関係を曖昧にして、ヒロインが問い詰めてきたら『妬いてるのか?』みたいに挑発してうやむやにするパターンが多いのではないだろうか?


 他にもいくつかある。

 主人公が様々なサブヒロインと結ばれそうになるたびにヒロインが現れ、二人の関係を邪魔をするが、かたくなに主人公のコトなんてなんとも思ってないと言い張るパターン。


 ヒロインに相手にされない女好きの主人公が様々なサブヒロインを口説き落としていくんだけど、なんだかんだ言ってサブヒロインには手を出さないパターン。


 などなど、まぁ有名な作品にもそういった物語は多い――という話をした。


「ねぇ……陽向くん。長々と話してたけど、それって結局は物語の話だよね?」

「ぐぬっ」


 図星を付かれた陽向が視線を逸らすと、蒼依は寝返りを打ってベッドサイドへと身を寄せた。そうしてなにやらベッドの下をガサゴソと始める。


「……一応聞くけどなにしてる?」

「エッチぃ本を探してる」

「おいヤメロッ」


 もちろんベッドの下にはないのだが、反射的に蒼依の肩を掴んで引き寄せる。彼女はコロンと転がって、陽向の腕の中に飛び込んできた。


「ふふ、陽向くんって意外と大胆、なんだね」

「ち、違うしっ! おまえがベッドの下を漁ろうとするからだろっ」


 慌てた陽向はごろんと転がって蒼依に背中を向ける。


「ねぇ陽向くん。物語では純愛かもしれないけど、現実の私にはちゃんと手を出すことができるんだよ? 小説に裕弥と姫は一晩中愛し合った――とか書けば、私が具体的に再現して上げるのに、どうして書かないの?」

「……分かりきってることを聞くな、ばか」

「ふぅん。つまり、ホントはエッチしたいけど、私が大切だから我慢してるんだぁ?」

「……そうは言ってない」

「でも思ってはいるんだよね?」

「うっさい。もう寝るから帰れ」


 背中を向けたまま目を瞑る。

 だけど蒼依は帰らなくて、それどころか陽向の背中にぴったりと寄り添ってきた。


「じゃあ今日は、陽向くんの純情を試して上げる」

「……あん?」

「おやすみ、陽向くん」

「おいまて、ここで寝るな、自分の部屋に帰れっ」

「もう寝ちゃったから聞こえなーい。それになにをされても朝まで起きないかも~」

「そんな寝言があるかっ!」


 結局、陽向は朝まで理性を試される結果となった。

 

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