エピソード 2ー5
タイトル変更にお知らせ。
『社畜の姫(JK)が変態です。今日も彼女に勝てません』改め、『トニカク可愛いJKが、現実でラブコメを再現してくれるだけの物語』としました。
引き続きよろしくお願いします。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その日は祭日で学校はお休み。いつものなら休日は昼まで寝ていることが多かった陽向だが、今日は朝からしっかりと起きていた。というか、リビングから良い匂いがしている。
そう、蒼依の作った朝ご飯を食べるために起きたのだ。
「朝から半熟の卵焼きにカリカリベーコン、それに炊きたてのご飯という喜び! やはり持つべきものは自称ヒロインの蒼依様」
「もう、朝から都合がいいんだから……って、自称じゃないってば」
「ごめんごめん、このご飯は間違いなくヒロイン級だ」
「それだと私じゃなくて、ご飯がヒロインになってるよっ」
他愛もないやりとりをしながら、陽向と蒼依は朝食のひとときを楽しんだ。
それから蒼依が食器を運び、それを陽向がスポンジで洗っていく。洗い物を終えた陽向がリビングのソファに座って一息吐くと、そこに蒼依が二人分のアイスミルクティーを置く。
彼女もまた、当然のようにローテーブルを挟んだ向かいにあるソファに腰掛けた。
「陽向くん、夏と言えば?」
「え? ええっと……もう終わった?」
「違うよ、プールだよ。ラブコメ定番、唐突な水着回だよ!」
「唐突いうな! いや、言いたいことは分かるけど。あれはちゃんと理由があるんだぞ?」
「……理由?」
「ああ、三幕構成って言うんだけど――」
物語を構成するプロットには一定の法則がある。
むろん、その法則から外れる名作もたくさんあるし、必ずしも従わなくてはいけないわけじゃない。けれど、多くの名作に内包する法則だ。
その中でとても有名な構成に、三幕構成という枠組みがある。シド・フィールドという偉人が、数々の名作映画に使われる構成の共通点を抜き出して作った枠組みである。
小難しいことは省略するが、三幕構成にはミッドポイントと名付けられたシーンがある。目標に向かっていた主人公が困難にぶち当たり、状況が悪化するイベントだ。
映画でいえば開始から約六十分の折り返し地点にミッドポイントが存在する。たとえば某タイタニックであれば、船が氷山にぶつかるシーンがそれにあたる。
ちなみに、恋愛であれば想い人が、異性と歩いているのを見かけたりとか、ライバルが現れて修羅場が発生するなどがミッドポイントとして機能する。
重要なのは、ミッドポイントが発生するまでは通常、順調に進んでいると思わせること。ゆえに、ミッドポイントの直前では、主人公はわりと幸せな時間を過ごすことが多い。
直前に失いたくない日常を見せることで、ミッドポイントでそれを失ったとき、主人公にその幸せを取り戻して欲しいと観客に願わせるなどの効果がある。
恋愛モノなら恋愛要素は必ず入っているし、それ以外のジャンルでもサブストーリーラインに恋愛要素を入れるのは珍しくない。
物語の主題である困難に、二人で立ち向かうという組み合わせの相性が良いからだ。
であればデートは妥当だし、水着であれば読者サービスも可能になる。しかも幸せな日常として、失った後に取り戻して欲しいと思わせることが出来るイベントだ。
来年もまた来ようね――なんて、折り返し直前で約束したらフラグであると言えるだろう。
ゆえに、水着回はラブコメを初めとした物語の定番なのだ。他にも水着回が使われる理由はいくつか存在するが、そこに触れるのは危険なので閑話休題。
――という話を蒼依に説明した。
「理由はなんでもいいけど、とにかく水着回だよ」
「さらっと流された!? ……っていうか、僕の小説に水着回はないぞ」
「なければ書けばいいんだよぅ。という訳で、陽向くん、昼から私の水着を――」
「書かない。それに水着を選んで欲しいって話なら拒否するからな?」
「えぇ、どうして?」
「今日は用事があるんだ」
姉の沙月と昼から会う約束をしている。
目的は蒼依の正体について探りを入れるためで、当然蒼依に言うことは出来ない。そんな理由で曖昧な言い方をすると、予想通りに彼女は目を細めた。
「へぇ……誰?」
「直球ど真ん中で来たな」
「浮気なら貴方を殺して私も死ぬわ」
「直球の危険球ど真ん中だったか」
陽向は苦笑いで応じる。
蒼依に問い詰めるような素振りはなく、目元は笑っていたからだ。
「もしかして、クリスさん達?」
「いいや、違うよ」
クリスが相手なら、蒼依は追及して来ないだろう。それを知りながら、陽向は嘘を吐くのが嫌で違うと答えた。
結果、蒼依は目を細め――それからふっと笑った。
「ま、陽向くんならそう言うよね」
「あん?」
「なんでもないよぅ。実は私も約束があるんだよね、今日は」
ふわりと、嬉しそうに微笑んだ。
ちなみに蒼依の待ち合わせの相手はクリスで、陽向が嘘を吐かなかったからご機嫌だ――なんて、もちろん陽向は気付かない。が、彼は正直に話したがゆえに地雷を回避した。
もっとも、蒼依とクリスがいつの間にか休みの日に会う約束をしている。という事実に気付かなかった時点で、大型の時限爆弾を見過ごしたようなものなのだが。
蒼依はお出かけが楽しみで機嫌が良いのだと誤解する。
「なんだ、デートか?」
「そうだよ。――女の子とデートだね」
彼女がデートだと肯定したその一瞬だけ、陽向はピクリと反応した。それに気付いたのだろう。蒼依がニヤっと意地の悪い笑みを浮かべる。
「なんだよ、言いたいことがあればハッキリ言えよ」
「嫉妬する陽向くん、か~わ~い~い~」
「ぐぅ。やっぱり言うのは止めてくれ」
「わがままだなぁ。でも、そんな陽向くんも可愛いけどね」
「あーもーっ、僕の負けだ! だから、それ以上からかうのは止めてくれ」
全面降伏する陽向に、蒼依はクスクスと笑みを零す。
今日も陽向は彼女に勝てない。
「それじゃ陽向くん好みの可愛い水着を買ってくるから楽しみにしててね?」
「はいはい、楽しんでこいよ。……でも、水着ってあんまり興味ないんだよな」
極端な言い方をすると、陽向は裸の女性より着飾っている女性の方が好きなのだ。着飾れば着飾るほど良いという意味ではないが、水着では着飾る面積が少なすぎる。
陽向の小説に水着回がないのはそんな理由だ。
「大丈夫、陽向くんの好みは分かってるよ。だから、フリルのビキニに、オフショルダーのアウターと、フレアスカート。どっちも薄手でシースルーなのを併せるつもりだよ」
「――ふぁ!?」
水着に興味がないと言っていた青少年が思いっきり食いついた。
「ビキニの上に、重ね着をする、のか?」
「うん。アウターはオフショルダーで……エプロン的なのが良いかな?」
「エ、エプロン!? そ、それはまさか……」
「前から見るとビキニの上にオフショルダーのアウターを着てるけど、後ろから見るとビキニだけ。水着だからモノキニスタイルだね。それにシースルーのスカートだよ」
「おまえ……天才か?」
水着ではあまり着飾れない。
そんな陽向の短絡的な考えを蒼依は一蹴してしまった。
たとえば、いつもの服の下に、下着代わりに水着を着ては台無しだ。布面積は一緒でも、感覚的には露出が減ったような感じがする。下着と水着は違うのだ。
だが、蒼依は下に来ているのが水着であるという性質を見事に生かし切った。
蒼依が口にしたコーディネート。それは前面はオフショルダーのブラウスに、ふわっとしたスカート。だが、シースルーであるために、下に着用しているビキニが透けている。
しかも、背後から見たら背中にはビキニの紐しかない。
普通の服であれば露出過多、痴女と言われても仕方のないようなコーディネート。だが、水着であるがゆえに可愛らしいの範疇に収まっている。
「天才だ、天才がいる」
「ふふん、もぉ~っと褒めていいんだよ?」
蒼依が調子に乗るが、陽向的にはまだ褒めたりないレベルだった。
「よし、水着選びについて行こう」
「え? 用事があるんじゃなかったの?」
「そうだったぁ……。予定を変えて……いや、さすがに無理だ。ぐぬぬ……し、仕方ない。買い物に行くのは諦めて、プールに行くのを楽しみにしてる」
陽向が苦渋の決断を下すと、けれど蒼依は小悪魔のように笑う。
「陽向くんが水着回を執筆してくれたら、一緒にプールに行ってあげる」
「仕方ないな」
「書かないなら、可愛い可愛い水着はお預けだからね」
「だから、書くって言ってるだろ」
「……はえ?」
蒼依がらしからぬ顔で呆けた。
「蒼依は二つ誤解している。一つ目は僕は物語を書くのが嫌になった訳じゃないってことだ」
陽向は物語を作るのがいまでも好きだ。ただ、自分の書いた小説があまりに叩かれて、期待に応えられないことに恐怖を覚えて書けなくなった。
だから、執筆を止めてしまった。
だけど、蒼依と暮らしているうちに、自分は物語を作るのが好きだと再確認した。
そのうえで、陽向の書いたシーンを再現する蒼依を見ているうちに、いかに自分の小説が未熟であることを理解し、それを改善すればより良いシーンを書けるという自信が生まれた。
なにより、アップしなければ読者に叩かれる心配もない。
「そ、それじゃあ……書いて、くれるの?」
「ああ、書くよ。もっとも……久しぶりだから上手く書けるか分からないし、最初からWEBにアップするっていうのは勘弁して欲しいんだけど……」
「それでもいい。それでもいいよ!」
蒼依は満面の笑みを浮かべて――その瞳から一滴の涙をこぼした。
「ちょ、泣くことないだろ?」
「えへへ、ごめんね。陽向くんがまた小説を書こうとしてくれるなんて思ってなくて」
「そのつもりで居候してるくせに、なにを言ってるんだよ」
「まぁそうなんだけど……えへへ」
蒼依は本当に嬉しそうで、陽向は照れくさくなってくる。話を逸らそうと視線を彷徨わせた彼は、時計を見つけて「そういえば」と口を開く。
「僕は昼からだけど、蒼依はいつ出掛けるんだ?」
「私も昼からだよ。良かったら、出掛けるまでおしゃべりでもする?」
「おしゃべり? なんの話がしたいんだ?」
普段の蒼依であれば、いちいち断ったりしないで会話を始める。それを陽向も嫌がったりしないし、用事があれば普通に断る。
蒼依がわざわざ断りを入れたのは、なにか話したい重要な話題があるからだろう。
「あはは……やっぱり分かっちゃうか。クリスさんのこと、少し聞きたいなって思って」
「クリスがどかしたのか?」
「仲いいよね? 陽向くんはどう思ってるのかと思って」
「なんだ、妬いてるのか?」
「……妬いたりはしないよ。私にその資格はないから」
「資格?」
蒼依の呟きは小さなものだったが、陽向はその声を聞き逃さなかった。だけど、蒼依はその陽向の聞き返しが聞こえなかったかのように続ける。
「私はただ、陽向くんに好きな人がいるのなら、ラブコメのシチュエーションを再現するのに支障が出るかなって考えただけだよ」
「……まあいいけど。その心配はないぞ。クリスは友人だからな」
「ホントに?」
「ホントに」
「ホントのホントに?」
「こんなことで嘘を言うかよ。そもそも、クリスは一樹とお似合いだろ?」
「……はあ?」
蒼依はなに言ってるのこの人、みたいな顔をした。
「陽向くん。ラブコメの主人公が鈍感なのは展開の都合で仕方ないこともあるけど、ラブコメの作家が鈍感なのは許されないことなんだよ?」
「言われなくても分かってるけど?」
「はあ……」
なにを言ってるんだこの人、みたいな顔をされた。
「失礼だな。言っておくけど、クリスが俺に好意を抱いてるのは知ってるよ。だけど、それは恩人への感謝が元になった好意であって恋じゃない――って、僕は思ってる」
クリスはかつてその容姿やらなんやかんやが原因で浮いていた。学校で苛められる寸前、いや、既に苛められていたと言っても過言じゃない。
そんなクリスに救いの手を差し伸べたのが陽向と一樹だった。だから、クリスは陽向に恩を感じている。それが好意へと変化したのも事実だが、それは恋じゃない。
「陽向くん、本気で言ってる?」
「本気だよ。それが僕の出した結論だ」
「……ふぅん、そういうこと」
ジト目を向けられた。
陽向の言葉の裏にある意味に気付いたらしい。
「……ま、あいつの好意がどういうものだったとしても、僕が彼女と付き合うことはないよ」
「あんなに可愛いのに?」
「たしかに可愛いと思うし、良い奴だよ。幸せになって欲しいとも思うし、あいつの彼氏になる奴は幸せだとも思う。でも、僕とあいつは友人だよ」
「……どう、して?」
蒼依が恐る恐る問い掛けてきた。
「言わなきゃ分からないのか?」
陽向は茶化さず、真顔で問い返した。
わずかな沈黙が流れ――やがて蒼依はふっと頬を緩めた。
「はぁ……陽向くんは仕方ないなぁ」
「なんで嬉しそうなんだよ。って言うか、膝を立てるな、はしたない」
蒼依が座っているのは向かいのソファ。陽向との間にはローテーブルしかなくて、陽向からは蒼依の足がしっかりと見えている。
なのに彼女は構わず片膝を立てて、そこに肘をついている。
「スカートの中、見えるぞ?」
「大丈夫だよ、見えそうで見えない角度を計算してるから」
「それはそれで気になるんだよっ!」
「あ、そっか、ごめんごめん」
蒼依がスカートをスルッとまくり上げた。
「見せてどうするっ!?」
「これなら気にならないかなと思って」
「よけい気になるよっ!」
「大丈夫だよ、見せパンだから」
「……む、そうなのか?」
陽向はむぅっと唸った。
彼は決して下着が見たいと言いたいわけではない。ただ、絶対に見えないのだとしても、スカートの下には普通の下着を履いて欲しいと願っている。
見える見せパンよりも、見えないパンツの方が尊いのだ。
「見せパンを見せられるくらいなら、見せないで欲しかった。むしろ知りたくなかった事実だよ。……あれ? でも、見せパンってたしか、下着っぽくない下着のことだったよな?」
それこそスパッツとかアンスコとかに近い見た目だったはずだ。そう思って蒼依の見せパンに視線を向けるが、どう見ても普通の下着にしか見えない。
むしろ、先日陽向が選んだ下着のように見える。
「……おまえ、もしかして見せパンのつもりで実は――なんてベタなことしてないよな?」
「してないよ。これはちゃんと、陽向くんに見せるために買った下着だよ?」
「それは見せパンじゃなくて勝負下着だっ!」
「私と勝負したいなんて、陽向くんのえっちぃ~」
「お前が言うな、この変態!」
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