エピソード 2ー4
「やっぱり、水瀬さんって可愛いよなぁ~」
「そうそう。フランス語や英語を話せるのは分かるとしても、日本語だって流暢だしさ」
「他の科目だって、先日の小テストで上位だったらしいし、しかも――」
学校の体育館。蒼依の噂をしていたクラスメイト達が反対側へと視線を向ける。そこには、クラスメイトの女子達とダンスを踊っている蒼依の姿があった。
二学期の中頃にある体育祭、その出し物で生徒がヒップホップを披露することになる。そのため、この学校ではヒップホップが体育の授業に取り入れられているのだ。
ダンスの授業は一学期からちょくちょくおこなわれていた。にもかかわらず、今日初めてその授業を受ける蒼依が、他の女子と遜色のないレベルで踊っている。
彼女がクルリとターンを決めれば、夜色の髪がふわりと広がった。
上下ジャージ姿の彼女は、上着のファスナーを開けて、真っ白な体操着を見せている。ただの体操着も彼女が着ると、まるでダンス用にしつらえた衣装のように見える。
可愛い――と、そこかしこから囁き合う男子の声が聞こえてくる。陽向もまた、躍動感あふれる蒼依のダンスに見蕩れていた。
「水瀬さん、運動神経もいいんだな」
「あぁ、そうみたいだな。僕もちょっと驚いてる」
陽向は答えてから隣に意識を向ける。そこにはいつからか一樹の姿があった。
「読モをやるくらいスタイルが良くて、しかも文武両道の美少女か。なかなかの強敵だな」
「……は? 一樹、おまえ、クラスのアイドルでも目指してたのか?」
「おまえは俺がそんなのを目指してるように見えるのか?」
半眼を向けられてしまう。どうやら違ったらしい。
「一樹なら意外といけると思うけどな」
幼少期には外国人っぽい顔立ちだという理由で異端扱いされていた一樹だが、いまでは外国人っぽい顔立ちだという理由で女子からちやほやされている。
一樹は腑に落ちないと不満気だが、陽向に言わせれば世の中そんなモノだ。
自分と違う少数派を排除しようとするのは人間の本能から来る感情だが、小中高と学年が上がるにつれて、自分達の触れる世界も広がっていく。
ネットを見る年代になれば、外国人なんていくらでも見ることになる。異質ではなくなった、むしろ国際的な容姿を持つ一樹がちやほやされるのは自然の摂理である。
ただしイケメンに限る――という言葉は外せないかもしれないが。
「俺は外見だけ見てきゃーきゃーいう奴には興味ないよ。そんな奴らに囲まれるくらいなら、陽向と遊んでる方がよっぽど楽しいからな」
「年頃の青少年だって言うのにこいつときたら……」
異性にちやほやされるより、陽向と遊んでいる方が楽しいという一樹とクリス。そのクリスはいま、蒼依達と入れ替わりで踊っていて、男連中に注目されている。
彼女の場合はその容姿と、女性としての身体的特徴が原因だろう。
端的に言って、彼女は蒼依よりも一つ二つ胸のサイズが大きい。それは中学に転校してきた頃から片鱗を見せていて、彼女がクラスで浮く原因の一つでもあった。
当時は背中を丸くしていたのだが、いまの彼女は背筋を伸ばして踊っている。金糸のような長い髪が彼女のダンスに合わせて舞う姿はなかなかに幻想的だ。
「なぁ、陽向。クリスも国語とかはちょいと苦手だが、運動神経もいいし、スタイルだってぜんぜん負けてない。なかなかの優良株だと思わないか?」
「……あぁ、そうかもな」
陽向は苦笑いを浮かべた。
一樹は昔からこんな風にストレートにクリスのことを評価する。それが一樹にとってのクリスの評価であり、陽向に売り込みを掛けていることも知っている。
だが、陽向はそれに気づかないフリをして、再び蒼依へと視線を向けた。彼女はクリス達のグループと入れ替わりで休憩に入り、壁際で他の女子とおしゃべりに興じている。
男子にちやほやされつつも、女子とも上手く打ち解けているようだ。
お高くとまるどころか親しみやすい性格なのも理由の一つだろう。
だが、なにより彼女が女子と打ち解けているのは――と、陽向の視線に気付いた蒼依が、胸の前で小さく手を振った。蒼依の話し相手である女子がそれを茶化すように笑っている。
好きな男のために転校してきたという設定が、女子達に親しみを抱かせているのだろう。
もっとも――
(勘弁してくれ……)
手を振られた陽向にとってはたまったものではない。彼に手を振る蒼依の姿が可愛ければ可愛いほど、陽向に向けられる男子の視線が殺伐となっていくからだ。
もしも視線だけで人が殺せるのなら、陽向はきっと今日だけで23回は死んでいる。
「くくっ、モテる男は辛いな?」
「うるさいなぁ……分かってるだろ?」
茶化す一樹を睨みつける。
陽向に小説を書かせるための手段として、片思いの美少女――姫を演じているだけで、そこに彼女の本心があるとは限らない。
彼女が本気で自分を好いているとは限らないのに、その代償である周囲からの嫉妬を甘んじて受け入れなくてはいけないなんて、なんて不幸――と、陽向は溜め息をつく。
なのに――彼女はそのまま体育館の真ん中を歩き、陽向に向かってくる。直前に、昼休み前であることを理由に、授業を早めに切り上げるという先生の声が聞こえた。
授業の終わりを告げられて気が緩んだ生徒達の大半は蒼依の行動に気付かない。だが、それでも皆無と言うことはなく、蒼依が陽向の前に来る頃には軽く注目を浴びていた。
「な、なんだよ?」
「ここ数日見てたけど、陽向くんは購買でパンを買ったりして食べてるでしょ? だから私、陽向くんにお弁当を作ってきたんだぁ。良かったら一緒に食べよ?」
軽いどよめきと共に、羨ましいという男子のやっかみが聞こえてくる。
(こ、この小悪魔めぇ~~~っ)
陽向はうめき声を上げた。
蒼依が陽向のためにお弁当を作ったことはもちろん知っている。なぜなら、朝ご飯の合間に彼女が二人分のお弁当を作るのを真横で見ていたからだ。
むろん、その一つは陽向の分だ。
蒼依の口からそう聞いて、今日の昼飯が楽しみだと期待していた。彼女の料理が美味しいのは既に身を以て知っており、しかもいまは昼休み前でお腹がすいている。
それを見越して彼女はこう言っているのだ。
私のお弁当を食べたければ、私と一緒にご飯を食べると答えてね――と。むろん、陽向が学校では蒼依を避けていると知った上での行動だろう。
「ひ、昼は一樹やクリスと食べてるんだ」
だから、お弁当だけ渡してくれ――なんて、もちろん口には出せない。二人が一緒に暮らしていることを前提に考えればありな選択だが、それをここでバラすなんてあり得ない。
ゆえに、頼むから察してお弁当だけくれないかと全力で無言の訴えをする。
彼女は分かったとばかりに笑みを零した。
「じゃあ、私もそこに混ぜて」
違う、そうじゃないと陽向は呻く。そこに一樹が割って入ってきた。
「水瀬さんは俺達が一緒でもいいのか?」
「えっと、土岐くんだったよね? 三人はいつも一緒なんだよね?」
「ああ。クリスは中学校からの付き合いだし、俺は小学校からの付き合いだよ。たぶん、俺達より陽向と付き合いの長いやつは他にいないんじゃないかな」
キミを含めてな――と、そんな一樹の副音声が聞こえてきそうな雰囲気。
けれど――
「私は陽向くんの日常を壊すつもりはないよ。だから、私をそこに混ぜてくれると嬉しいな」
蒼依は穏やかに笑った。それを見た一樹は虚を突かれたように目を丸くして、それから相好を崩して笑い声を上げる。
「いいぜ。そういうことなら、今日は四人で昼飯にしよう」
「おい、一樹――」
彼の腕を引いて蒼依に背を向け、なにを勝手にと抗議する。
「いいだろ、別に。実は俺も彼女とは話してみたかったんだ」
「だけど――」
「間違いなく、クリスも賛成するぜ」
一樹やクリスは陽向の親友であり、陽向に対して妙に過保護なところがある。夏休み中にやたらと陽向を呼び出したのも、食生活が心配だからとか、そんな理由だ。
陽向に小説を書かせようとしている蒼依に警戒心を抱いているので、二人と蒼依を同じ席に着かせることは厄介事の予感しかしないのだが――先手を打たれてしまった。
「分かった、おまえ達がいいなら、僕に異論はないよ」
「よし、決まりだ」
更衣室で着替え終えた陽向は、一樹と共に屋上にあるテラスへとやってきた。
温暖化対策の一環で緑化がなされたその屋上はテーブル席が設けられていて、昼休みはお弁当組の憩いの場となっている。
丸いテーブル席の一つに陽向と一樹、それに蒼依とクリスが輪になって座る。
「……それじゃ、取り敢えず食べようか。あんまり時間もないしな」
四限目が体育で、着替えてからの集合で昼休みは減っている。それを理由に、陽向はよけいな会話を省いて食事を開始するように誘導した。
蒼依は素直に頷いて、はにかみながらお弁当を差し出してくる。
「陽向くん、はい――お弁当」
「ありがとう、楽しみにしてたんだ」
陽向は笑顔で受け取って、わくわくしながらお弁当を広げた。
ごま塩の掛かったご飯に、陽向の好物になりつつあるだし巻き卵。それにレンジで温めるタイプの唐揚げと、蒼依が包丁を入れて焼いたたこさんウィンナー。
決して手の込んだお弁当ではないが、愛情を感じさせる蒼依の手作りだ。
「それじゃ、いただきます。~~~っ、やっぱり蒼依の料理は美味しいな。これなら毎日食べてもきっと飽きないな。うん、さすが蒼依」
ハグハグとお弁当を掻き込んでいく。
だが、途中で蒼依の反応がないことに気付いて顔を上げる。彼女は頬をほんのりと赤く染め、なんとも言えない顔で陽向を見つめていた。
「陽向くんって、防御力はないくせに、ときどき無意識で必殺の一撃を入れてくるよね」
「……なんの話だ?」
「恋の駆け引きの話だよ」
「こ――っ、ち、違うぞ? さっきのは別に深い意味はなくて、ただ思ったことが無意識に口に出たというか、いや、とにかく深い意味はないから」
「陽向くんの、ばぁか。無意識の言葉だから恥ずかしくて……嬉しいんだよ?」
「――うぐっ」
上目遣いと共に放たれた、蒼依の意識的なカウンターを喰らって陽向は撃沈。
だが、いまのは明らかに陽向が悪い。無意識とはいえ、先にラブコメを始めたのは陽向の方なのだから、反撃されても仕方がないと言える。
撃っていいのは撃たれる覚悟のある者だけなのだ。
というか、それを真横で見ていた一樹がなんとも言えない顔をしている。
「……なんだよ?」
「いや、えらく打ち解けてるからちょっと驚いた」
「そうか? わりと振り回されてるが」
「それだよ。おまえが知り合って間もない相手に無防備なのはちょっと珍しいと思うぞ」
「そうかな?」
「そうだよ」
「そっかぁ……」
親友の一樹がいうのならそうなんだろうなぁと納得する。もっとも、自分にその自覚は全くないのだが――と顔を上げた陽向はびくりと身を震わせた。
クリスが、物凄くいい笑顔で陽向を見つめていたのだ。
「陽向くん、そのお弁当、美味しいデスか?」
「あ、あぁ……美味しい、けど?」
「そうデスか」
クリスはそういうと、何事もなかったかのように自分のお弁当を食べ始めた。いや、なにか言ってくれよというのが陽向の心境である。
それを見ていた一樹が苦笑いを浮かべる。
「なぁ陽向、そんなに美味いんだったら、俺にも味見させてくれないか?」
「……む。蒼依、構わないか?」
「私は構わないよ」
「そっか、ならオススメはだし巻き卵だ」
「ほう? ならそのだし巻き卵を――」
「しかし、しかし――だ」
一樹の言葉を遮って、陽向はお弁当箱を少しだけ手前に引き寄せた。
「このだし巻き卵は本当に美味し。後二切れあるが、逆に言えば後二切れしかない。対して、こっちの唐揚げは冷凍食品だが、残りは一つしかないレアな唐揚げとも言える。それを理解したおまえに質問だ、おまえはどっちが食べたい?」
「だし巻き卵だな」
「空気読めよおおおおおおっ」
陽向は泣いた。わりとガチで嘆いた。だが一樹は意に介さず、「じゃあ一つもらうぜ」と蒼依に一言ことわった。
「――ということで、箸を借りるぞ」
昼が菓子パンでお箸を持っていない一樹はクリスの手から箸を奪い取って、陽向のだし巻き卵をひょいっと摘まんだ。
そのまま流れるような動きでだし巻き卵をクリスのお弁当の上に乗せ、半分に切り分けて、その片割れを自分の口へと放り込む。
「……おぉ、たしかに美味い。陽向が籠絡されるだけのことはあるな」
「僕は別に籠絡されてないぞ」
「どう見ても胃袋を掴まれてるだろうが。ほら、クリスも食べてみろよ」
「……え?」
「どんな味か気になってたんだろ?」
「ありがとう、一樹」
(相変わらず仲が良いよな、この二人)
二人のやりとりを見てそんな感想を抱く、陽向は決して鈍いわけではない。クリスが陽向に対して好意を抱いていることも、一樹がそれを応援していることも気付いている。
だが、当然のようにクリスの箸を使う一樹も一樹だが、クリスも当たり前のようにそれを受け入れている。これをしたのが他の男子だったら、クリスはきっと嫌がるだろう。
ゆえに、陽向は二人がお似合いだと考えているのだ。
――まあ、あくまで陽向の見解なのだが。
とにもかくにも、一樹とクリスが蒼依のだし巻き卵を味見した。
それが会話の切っ掛けとなる。
「今更だけど俺は土岐 一樹だ。水瀬さん、だし巻き卵、美味しかったぜ」
「私はクリス・スフィール。水瀬さん、こうして話すのは初めてデスね」
「二人ともよろしくね。それと、今日はあなた達の昼食会に入れてくれてありがと」
笑顔で話しかける一樹とクリスに、蒼依もまた笑顔で応じた。ファーストコンタクトは笑顔で――そして、クリスが最初に仕掛ける。
「いえいえ、私も陽向から貴方のことをイロイロと聞いて気になってましたから」
「……色々?」
そのニュアンスが気になったのだろう。
蒼依が陽向にちらりと視線を向けてくる。それに気付いた陽向は、二人は陽向と蒼依が一緒に暮らしていることを知っていると小声で打ち明けた。
とたん、なぜか蒼依はひくっとこめかみを引き攣らせた。
「へぇ、そうなの。仲が良いのね」
「ええ。陽向と私は幼馴染みデスから」
「らしいわね。私も陽向くんから貴方のことを聞いてるわよ。だから、貴方とは一度ゆっくりと話してみたいと思っていたのよ」
「そうデスか。私も貴方とは一度、ちゃんと話したいと思っていたんデス」
「あら、そうなの。私達、気が合うわね」
「ええ、本当にそう思います」
二人は変わらず笑顔――だが、周囲に謎の火花が飛び散っている。その殺気に当てられた周囲の生徒達が、さり気なく席を遠ざけていく。
(なんだこれ……なんだこれ?)
助けて一樹と、陽向は親友に視線で助けを求めた。
だが、彼はやなこったとばかりに視線を逸らす。だが、彼が視線の端でこちらを捉えているのを確認して、だし巻き卵をやっただろうと、自分のお弁当を指差した。
彼は小さく溜め息をついて――
「横からすまない、水瀬さんが読モをしてたって本当なのか?」
あんまり助け船になっていない話題を持ち出した。蒼依がその話題を避けていると知っている陽向にとっては、火を消すのに爆弾を放り込まれたような心境である。
「やってたのはホントだよ。いまは休止中だけどね」
「陽向に会いに来たからか?」
「うぅん。もう休止して二年くらいになるかな」
「二年前? それって――」
「――こらこら。根掘り葉掘り聞くなんて一樹らしくないぞ」
見かねた陽向が一樹の手綱を引く。テーブルに身を乗り出し、鋭い目つきで蒼依に詰め寄っていた一樹はハッと我に返り、それから「すまん」と言って椅子に座り直した。
「お詫びに、陽向の面白い話をしてやるよ」
「なんでそこで僕の話になるんだっ」
「私、聞きたい」
「私も聞きたいデス」
「なんでだよっ!」
抗議する陽向の意見は当然のように無視されて、陽向の武勇伝(黒歴史)が話題にされる。その甲斐あって和気あいあいとした雰囲気になるが、陽向だけは大ダメージである。
そうして昼食は終わり、昼休みもだいぶ終わりに近付いてくる。それをスマフォで確認した陽向が立ち上がり、その場は解散となった――のだが、クリスが蒼依を呼び止めた。
「水瀬さん、ちょっといいデスか?」
「うん? なにかな?」
「実は――」
首を傾げる蒼依に耳を寄せ、クリスがなにかを耳打ちした。
「うん、もちろん構わないよ」
「ありがとうございます。それじゃ申し訳ありませんけど、二人は先に教室に戻っていてくれますか?」
「いいけど、どうかしたのか?」
クリスを信用していないわけじゃない。
だけど、彼女が蒼依を警戒していることもまた知っている。そうして警戒する陽向に向かって「陽向くんのえっち」と蒼依が呟いた。
「……は? え、どういうこと?」
「陽向くん、気になるなら付いてくる? 女の子しか入れない場所だけど、陽向くんにその勇気があるのなら、付いてきても、い い よ?」
「女の子しか入れない……すまん」
トイレだと察した陽向は慌てて視線を逸らし、一樹と一緒に先に席を立った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
お読みいただきありがとうございます。
タイトルを近日中に社畜の姫が~から『トニカク可愛いJKが、現実でラブコメを再現してくれる物語』(仮)に変えさせて頂きます。混乱を招いて済みません。
投稿は引き続き、一章が終わるまで毎日を予定しています。
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