第22話 脈あり


「も~、私のことはいいとして、貴方のことも教えなさいよ」

「……え?」

「男の子しかいない男子校を嘆いて、こうして共学になったわけでしょ? 何かときめきはあったかしら?」

「ッ!?」


 どこか吹っ切れた様子のエルザは、ニヤニヤと笑いながらダンシコーを覗き見る。

 その美貌で微笑みかけられ、まつ毛までハッキリと見えるぐらい近い距離で見つめられ、ダンシコーの頭はヒートアップ。

 

(落ち着け、勘違いするな。男子校生は勘違いしたらダメだ!)


 何とか理性で抑えつけ、自分に「勘違いするな」と言い続ける。


「ま、まぁ、まだ慣れなくて戸惑ってるよ」

「あら、私たちは邪魔者だってことかしら?」

「そ、そうじゃ……ないけど……でも、それを言うならお前らキョーガクの女子も、一気に男子が増えて……嫌なんじゃねーのか?」

「あら、別にそんなことないわよ。で、あなたはどうなの?」

「お、俺は……」

 

 ダンシコーが「お前らは?」とリターンパスをしてきたが、すぐにエルザもリターンを返す。


(逃がさないわよ?)


 それは、さっきまで周囲で二人の様子を伺っていた客や店員たちにとっても意外な展開となった。

 勇気を出して大胆な発言をしていたエルザの方が、業を煮やして開き直って攻め始めたのだ。


「う、嬉しかったけどよ……まぁ、今はまだ視線が気になるかな? バカ話とかしにくいし、堂々と着替えもできねーし……」

「じゃあ、共学にならない方がよかった? 私たちと一緒に居たくなかった?」

「そ、そんなことは言ってねぇよ。ただ、まだ……こっちから話しかけられないというか……話しかけられたら、近寄るな痴漢みたいなこと言われないかとか……」

「……あなたねぇ……」


 照れながら、そして考えながら呟くダンシコーの言葉に、エルザだけでなく周囲の者たちも理解した。

 ダンシコーは典型的に女子に対して臆病になってしまっているのだと。

 だが、エルザにとってはそれはダンシコーだけでなく、学校全体で感じているところがあった。


「ひょっとして……佐塚くんとか、雪菜にあれだけ話しかけられているのに逃げ回るのはそういうことかしら?」

「え? あ、ああ、ヒットか……あいつは色々と拗らせてるメンドーな奴だからな……元々が奥手だし」

「はっ? きみゆう!?」

「え?」


 思わずツッコミ入れるエルザ。そして……


(((((は? おまゆう!?)))))


 周囲の者たちも心一つだった。

 ただ、ここで一つダンシコーも気になることがあり、確認しなければと思って、あることを尋ねた。


「なぁ、前から気になってたけど……生徒会長って、ヒットのこと……どうなんだ?」

「え?」


 自分ではなく友達のこと。それもまたある意味で共通の話題。

 ただし、エルザにとってもなかなか慎重にならなければならないことでもあった。

 ここで、不用意に親友のことを話してしまい、それがダンシコーを通じて広まったりしたらという懸念もあった。

 とはいえ、これはこれで大事な話でもあったので……



「雪菜の趣味と佐塚君の趣味がバッチリ合ってるからね……まずは踏み込んで、いっぱい話せる友達になりたいと思っているわ」


「……友達かぁ……」


「うん。今はまだそうね。ただ……まだ親密になれていないからそういうことであって、親密になれたらどうかは分からないわ。あの子、別に中学から好きだった男子がいたとか、恋してたとかそういうことなくて……モテるのに男の子に対して積極的に行ったり、特定の人がいたわけじゃないから……あれだけ積極的な雪菜は私も初めて見たわ」


「そっか……」


「ええ。だから佐塚君にも変に身構えたりしないで、気軽に話せる友達になってあげられないかなって……雪菜は本当にいい子なんだから。頭良くて真面目な優等生なのに、大好きなものには人格変わるぐらい一直線で……だから、『何か裏がある』なんてことはないわ」


 

 親友が「恋をしているかどうか」までは言えないが、それでも「仲良くなりたい」ということだけは知っておいてもらわないとと思った。


「お前ら、仲が良いんだな」

「ふふ、ええ。私と雪菜と、あともう一人、『ヒナタ』の三人は中学の頃からね……」

「ほ~」

「いつも三人で居たから、男の子と二人きりで出かけたりとか……『今日みたいなこと』は全くなかったな~」

「ッ!?」


 サラリと今日が男子と一緒に出掛ける人生初デートであることを打ち明けるエルザ。

 余裕の笑みを浮かべているが……



(ああああ、言っちゃったわ! さす、さすがに、これは気付く? 気付かれる? 今日が初デートよ? それに特定の男の子がいなかったから、ヴァージンだってこともついでに伝わったわよね!)


(((((うおぉ、切り込んだッ!!)))))



 内心では心臓バクバクであり、そんなエルザに周囲の者たちも心の中でガッツポーズ。



「そうなのか? でも、やっぱモテたんだよな……生徒会長とか、漫画とかアニメだって多少の知識ある男子はいただろうし、そいつらもそれを話のネタにして近づいたりとかなかったのか?」


「あ゛?」


(((((なぜそっちにいく!?)))))



 しかしまた話を逸らす。

 ここまで来るとエルザも頬を引き攣らせてしまった……


「ふ……ふふふ、雪菜曰く、知識がものすごく浅すぎて、メジャーすぎる話題しか振られても楽しくないそうよ? あの子はもっとコアでマニアックな話をしたいみたいで……だから、佐塚君が読んでるライトノベルとか物凄くいつもチェックしているのよ……」


 何とか顔と態度に出さないようにと心がけるも、本当はいっぱいいっぱいのエルザ。

 そんなことも分からないダンシコーは不用意に……



「ははは。じゃあ、ヒットと友達になって俺も多少詳しくはなったけど、俺とかの浅い知識とかじゃダメなわけか」


「え? ダンシくんと雪菜が?」



 ダンシコーとしては会話の流れの中での冗談のつもりだった。深い意味は本当になかった。

 当然、それもエルザは分かっていた。

 でも、ここでダンシコーがそんなこと言うものだから、開き直り状態のエルザは……



「ダンシくんが雪菜にアプローチするんなら……別の意味で私は……あなたをタックルして止めちゃうわね……」


「…………あっ、ああ、大事な親友を俺なんかじゃっていうことか」


「………………」



 一瞬呆けてしまったダンシコーだが、すぐに「そういう意味」なのだと考えて苦笑する。

 だが、エルザは……


(今のも結構勇気いる発言だったんだけど……そうきちゃうのね……どうしよう……本当に……眼中にないのかしら? 慣れてないって分かってても……なんか……なんだかなぁ……)


 イライラを通り越して、かなり疲れてしまったようでガックリと項垂れてしまった。

 しかし……


「まぁ、でもそれはねえよ。ヒットの気持ちも俺は分かってるしな。だから、俺が白河にタックルされるなんて事態にはならねえって」

「ふ~ん……そうなんだ。どうせなら思いっきりタックルしてやろうかとも思ったけど」


 項垂れ、半ば投げやりのようになってそう口にするエルザだったが、そこでダンシコーは大して意識せずに笑いながら……


「ははは、まぁ、逆に白河からのタックルなんて男はみんな嬉しいから、それ受けたくてあえて生徒会長にアプローチ、なんつってな! ははは―――」

「ッ!? ……え? ……男は? 嬉しい……?」

「……へ? ……え? ……ッ!!??」


 ダンシコーにとっては友達のコイバナということで、大して意識せずに発してしまった言葉だった。

 それゆえにポロッと言ってしまった。


(ば、俺、何言ってんだ! それって、俺が白河からタックルされたい……くっつかれたいって言ってるようなもんじゃ……)

(え? 彼、どうなるって言った? 男は皆嬉しいって、じゃあ彼も? 私にタックルされて……あ……彼も今気づいて……顔真っ赤に!)


 ダンシコーは顔を真っ赤にして、今の発言の危うさに気づく。

 慌てて弁明しようとしても、もう遅い。


「ち、ちがくて、お、俺は、ほら、白河って運動神経よさそうでタックルされたらすごいかもって思って、いや、ごめ、失礼なことじゃなくて……えっと、あ、いや、その……」


 ダンシコーが心底テンパってしまった。

 その様子を見れば誰もが思うはずである。


 誰がどう見ても脈あり過ぎると。


 ならば、ここはと、もう一度だけエルザは勇気を出して……


「ふ~ん、じゃあお店を出たらさっそく、あなたにタックルしちゃおうかしら♪ 私も正直、一度は思いっきりタックルってやってみたかったの。あなたなら怪我しないだろうし~、受け止めちゃってね♡」


 これならどうだ?

 この状況をどう出る? 

 エルザも周囲も息をのみ、そして……


「ど……」

「ど?」

「ど、どうなるか、分からないから……危ないから……やめた方が良い……かも」

「どうなっちゃうの?」

「ッ!? あ……いや……」


 そのとき、もはやクラスの陰キャではないかと思われるぐらいモジモジしだしたラガーマンは、震えるように……



「きょ、共学の女子の感覚は分からねえけど、少なくとも男子校の男子には、そういうの……色々と勘違いされるし期待もするから……誰にでもはやめた方が……いいと思う……俺も今、色々と、ちょっとごめん、何言いたいのか分かんなくなったけど……ごめん……」


「ふふ、そっかそっか……ふふん♪」


「な、なんだよ……」



 言葉ではハッキリ言わない。正直、エルザも脈ありなのかそうでないのかが分からない日々で悶々として、今日も色々と空回りしていた。

 だが、今回だけはハッキリわかった。

 脈ありだと。


(もうちょっと……近づいてみよう……私自身の気持ちも確かに現時点では確定とも言い難いし……)


 ならば、もうちょっと頑張ってみようと思うことが出来た。

 そして、ダンシコーもまた……


(だめだ……やっぱ俺、こいつ好きだわ……どうしよ、マジで……)


 今までの憧れている女子という意識を越えて、本気で付き合いたいと自覚した。







――あとがき――

「早く告れよ」と思われましても、もうちょい見守ってやってつかーさい。イライラさせて申し訳ないですw


逆にイライラせんと思われましたら、下記の「★」でご評価まで戴けたら非常に嬉しいです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る